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第二章  帝国編

第28話  翠髪の男②

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長い長い翠の髪
白を基調としたゆったりとした法衣に似た衣服
端正な顔

突如湧いて出た翠髪の長身美丈夫に硬直するシェイラに、
片方だけ上げていた眉を寄せて件の男が言葉を発した。

【…なにを奇怪な声を上げているのだ?
我を見てその態度……全く、相も変わらず失礼な奴よの】

『あの、貴方は一体……』

【む?…ふむ、覚えておらなんだか。
ほれ、以前主らが“迷いの森”と呼んでおったところで
主が幼き頃に会うたことがあろう?】

『?迷いの森……?』


突然出た故郷の慣れ親しんだ森の名に
彼の出現を驚く余裕もなく過去を思い返してみれば、確かに昔。
森で少しの間話したことのある人物のことを記憶の海から薄らと思い出した。
亡き母の友人で、確か名はー……


『……おーちゃん、様?』

【誠にその呼び名は不本意極まるところではあるが、
如何にもその通りであるな。
は我のことをオーギュストと呼ぶことを特別に許そうぞ】

『おーちゃん様では駄目なのですか?』

【だからそれは不本意な名だと言うておろうに!!
はぁぁ~…主ら親子はほんに厄介よの……。
父親にしても融通の利かないというか、頑固というか】

『っ父に会ったことがあるのですか!!?』

【それも聞いておらんのか……(まぁそれも無理からぬことか)。
会うた状況は省くが先だってな】

『そう、なのですか…(知らなかった…)』


それにも驚いてはいるが正直それよりも。
過去に知り合ったこのオーギュストなる男性がこの場に現れたのか、会場でも同じく。
そちらの方が激しく気になるのだが。
思い切って聞いてみれば答えてくれるやも…。


『ところでおーちゃ…オーギュスト様?
会場内先ほどといい今といい、どこからいらしてどこに消えているのですか?』

【む……そうか、主はそれも知らなんだな。
説明するのが面倒極まりないが、我は人ではない故どこにでも出入り自由じゃぞ?
けったいな結界でも貼られていない限りな】

『人では、ない?それはどういう』


答えてくれたが、より理解できなくなった。

私が疑問符を浮かべる様を面倒そうな眼差しで見下ろして、
自分が人間が呼称するところの精霊王なるものであるということ。
それからかつて友となった私の母と約束をしたために、
幼い私に会い、加護を授けたこと。
その加護が齎らす恩恵や効果に
シェイラ自身の寿命が来るまでの健康であれることや本人の資質に合った魔法が使えるようになるというものがあることを語って聞かせてくれた。

(そういえば、あまり激しい飢えを感じなくなったのも、
身の内に不思議な力を感じて魔法が行使できるようになったのも…)

全て彼ー…オーギュストと出会った後だということに思い至り、
陰ながら自分を守護してくれた彼に深く頭を下げて感謝をした。


『そうだったのですね…。
母の子である私への格別なご配慮に長年気付くことも礼を述べることも出来ず、
申し訳ありませんでした。
それと……
ありがとうございます……!!』


一人きりで、自分自身の力で生き抜いてきたつもりが、
人知れず力になってくれた存在がいて。
こうしてまみえることができてなんだかとても、
心が温かい。

礼の後頭を上げ、にっこりと微笑んでみせると、
その顔に照れたように僅かに頬を赤くしたオーギュスト。

【う、うむ。大いに感謝するといいぞ!
(中々どうして、娘御も愛らしいではないか…。
かつての友と髪色以外そっくりで…はっ!?いかんいかん!!)
コホン!
……それはそうとしてだな…。
何ぞ厄介なことに巻き込まれているようではないか小娘】

『ええ、まぁ。
そういえばあの時、一体なにをしたのですか?』

【ああ、あれは……】


私が投げかけた疑問にオーギュストが答えようとしたところで、
バン!!と部屋の扉が開いた。
驚いて顔を向ければそこにはモリーが、
片手にトレイに乗せた紅茶セットを掲げたまま、険しい顔でこちらー
オーギュストを睨み付けていた。

【む?】

(あ。そういえばお茶を頼んだのだったわ)
一人になってすぐオーギュストが現れたためにすっかり失念していた。
抗い難い迫力と殺気を漲らせて一歩ずつ近づいてくるモリーに冷や汗を掻く。


『私が離れた僅かな隙にこの部屋に上がり込む不届き者……。
誰だかは知らんが貴様……。
…命惜しくば即刻シェイラ様から離れろ』

(モ、モリー!!?)
口調まで未だかつて聞いたことのない荒れ具合。
茶器を片手にふらぁり……とにじり寄るさまが妙にシュールで、
険しい表情との対比が酷くアンバランス極まりない。

まずい、何がどうとは言えないが非常にまずい状況だ。

兎に角早急にモリーへ彼の説明をしなくてはと慌てるシェイラの横で、
問題の当人はといえば。


【騒々しいのぅ、何事……ほう、茶か?
いい香りだの。どれ、苦しゅうない、ここに持て】


などと呑気にモリーの手にある紅茶を自分に用意しろと宣っている。
険しさを増したモリーがトレイをテーブルに置いたのを見て、

(あああ……詰んだ)

と乾いた笑いが漏れた。

そして案の定。


『誰の許可を得て誰の部屋で誰の前に立ってるんじゃこの不審者がぁぁ!!』


咆哮とともに、
常であれば冷静にして優秀な侍女・モリーの回し蹴りが
オーギュスト目掛けて炸裂した。



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