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第一章  出会い編

第56話  三人目の愚者〜策に溺れた者(後)〜

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※ケイン視点ラストです!

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side:ケイン


協力者の手引きの元、無事城を抜け出すことに成功した俺は、王都の裏通りにあるいつもの繋ぎをつけた相手と密会するために使う宿屋へと入っていく。王都滞在時の寝ぐらとしても使っているその宿屋の宿泊費などは前もって多めにしている為に常に決まった部屋への出入りは自由となっていた。捕われてすぐ繋ぎをつけたのならばもうきている頃合いだ。
時間が余りにずれると繋ぎ役は消えてしまう為、早足で二階のその部屋へと急ぐ。

大夜会という一大催事が開催されているためか、通ってきた表通りは人通りが多く、逆にこの宿屋がある裏通りは常になく閑散としている。王都に高貴な人間が多く集中している今、街中には役人が多く、後ろ暗い仕事を生業にしている者にとっては酷く煩わしいことに王都門の検問や兵の巡回が厳しい。そのために人通りがないのだ。

とにかく早急に王都を脱出する必要のある自分としては厄介極まる状況ではあるが、背に腹は変えられない。
“翁”との繋ぎ役ならば金次第でどうとでも手配をしてくれることは長年の付き合いで承知済みのことなので、さして心配していなかった。しかしー…


「何故……」

ノックも無しに部屋へと入った自分が見たのはの室内。
いるはずの人間がいない。
長年のパートナーよろしく付き合ってきた商売相手の繋ぎが部屋にいないことに愕然とした俺は、必死に手がかりを求めて室内に視線を彷徨わせる。
と、簡素な燭台置きのテーブルに一枚の紙を見つける。
無言で歩き、その手紙に目を通す。


『今までのお取引及び贔屓をありがとうございます。
検問では一層の厳しさが見受けられた為、一先ず先に王都を去らせて頂くので了承を』



たった二行書かれたその手紙とも言えないものの内容に苛立ちが頂点に達した俺は、思い切りテーブル脇にある椅子を蹴飛ばし、手にあるそれを握りつぶして投げ捨てた。
粗末なベッドの上に腰を下ろすと常に整えている髪をガシガシと掻き乱す。
わなわなと指先が震え、投げ捨てたそれが指すわかり切った結末から必死に目を逸らす事でしか、冷静を保てそうもない。

何故だ。
何故、繋ぎの人間がいない?
翁とはそんな浅い付き合いじゃない。
闇商人の中にあって常に自分に自分に忠実で、俺の要望に何でも応えてきた便利なー……

「見切りをつけられたんだよ、アンタ」


嘲笑を含んだ聞き覚えのある声にバッと顔を上げると、開け放ったままだった部屋の入り口に、城で自分の腹に一撃を入れた男が立っていた。

「何故、貴様が、ここに…」

「そんな何故何故ってなぁ…気が付いてねぇかも知れんがアンタさっきから全部口に出てんぞ?
にしてもその取り乱し様……くくっ、色男振りが台無しだ」


肩を竦めて飄々と宣う男の隠さぬ嘲笑にカッと頭に血が上る。

「質問に答えろ!何故貴様がここにいる!!?」

「おうおう、カッカしちゃってまぁ。何故ってそりゃあ、脱獄した犯罪者を捕らえにきたに決まってんだろうが」

「だから何故」

「アンタそれしか言えんのか、軽くうぜぇな。
態々丁寧に説明してやる義理もないが、あまり時間もかけたくない事だし一度だけ物分かりの悪いアンタに教えてやるよ。
要は俺らにとっちゃあアンタが脱獄することなんてだったって事だ。
9年間も人間一人洗脳する手間をかけたアンタが逃げ道用意してないはずないからな。だが1週間やそこらじゃ俺らに協力者を事前に全て洗い出すのは困難…て訳で、さした強い拘束もなく適当に牢に放り込んで様子伺ってたんだよ。誰も不審な行動を起こさなきゃそれもまた良し、誰か動けば捕縛対象が増えるだけ。
脱獄するアンタの後を尾けて脱獄協力者以外の協力者もあわよくば捕まえるのが予定の一つだった訳だ」

「なっ!?」

「少し考えれば分かるだろうが阿呆。
囚人がいるってのに見張りもない、あんな簡単に城から出れる、アンタの根城のこの宿屋まで誰の追手も妨害もない。おかしい事だらけだろうが。
残念ながらアンタの協力者が繋ぎをつけた相手は速攻気付いてトンズラしたようだが。
……余程アンタより警戒心も危機管理もちゃんと働かせている、犯罪者ながらに褒めてやりたいくらいだぜ」

「…っ!!」

一頻り説明という名の種明かしを終えると、表情を引き締めて距離を縮めてくる男。最早逃げ場はないことも分かり切ってはいたが、それでも腰を浮かして逃げ道を探す。往生際の悪いその様子に男が僅かに眉を顰め、

「……おい。
もう逃げれんことぐらい分かんだろ、最後くらい素直に捕まれ。
……アンタ、色々舐めすぎだよ。ロイドのことも、シェイラ嬢ちゃんのことも、……俺ら帝国のことも。
この場を切り抜けたところで結局のところアンタに待つのは牢の中の小部屋での楽しい尋問とその後の断罪だけ」

「煩い!!」


勢いをつけて腰元に忍ばせたナイフを振りかぶる。
振るわれたそれを片手でいなし、尚距離を詰めてくる男に向けめちゃくちゃに凶器を振り回して叫ぶ。

「煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩いっ貴様に!何が!分かる!
異物に毒された屑どもが!!あの忌々しい男からやっとの思いで築いてきた平穏を突然やってきて台無しにしようとするクソどもが!俺を見下すか!!
……俺は彼女の元に帰るんだそこをどけぇぇぇぇぇッッ!!」

「黙れよ屑」

「っがッッ!!」

迫る刃を物ともせず間合いを詰めて手首を叩きナイフを弾き落とすと、先に倍する力で腹部を殴られて苦痛と衝撃で肺から息が押し出される。
腹を抱えてくの字に上体を折る俺の首に間髪入れず追撃を加え、再び意識が闇に落ちる。

「さっきから人のことを屑だのクソだのと煩ぇ、屑はアンタだろう。
アンタの様な人の尊厳を無視する輩が一番我慢ならねぇんだよ。
“彼女”ってのが誰のことだか知らんが、アンタみたいな自分勝手な犯罪者を愛そうなんて女、いると思えんがな。
………もう聞こえてないか」


掃除も満足にされていない床に崩れ落ちて意識を失った俺が、男の言葉を耳にすることはなかった。

ああ 俺の愛しいエリー……
煩い虫が君の元へ帰ろうとする俺を邪魔するんだ
どうしたらまた君の笑顔を隣で見ることが出来る?
なぁ、答えてくれよ エリー



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