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第25話 自宅への誘い
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「新? 携帯端末が鳴っているようだが」
マナーモードにしていた携帯端末の振動音を察知して、直樹が声をかける。緊張から一時的に解放されて、新は我に返った。
好きだなんて真正面から言われたのは初めてで、どうしたらいいかわからない。とりあえずビジネスバッグを開けて、携帯端末を取り出し着信相手を確認する。
相手の名前を見た瞬間、新は携帯端末の電源を落とした。表示されていたのは、今一番見たくない名前だった。
「電話に出なくていいのか?」
怪訝そうに尋ねられて、慌てて笑顔を作る。
「いいんです。実は今日、会社の先輩から合コンに誘われていたんです」
「合コン?」
低い唸るような声とともに、直樹の眼に怒気がひらめいた。新は慌てて言葉を重ねた。
「誘われてもちゃんと断ってます。でも俺が恋人を作らないのを心配してくれて」
「電話してきた相手に、俺と結婚してると言えばいい。なんなら俺が電話を代わってやる」
本当に代わりかねない相手に、新は曖昧に笑うことしかできなかった。
バース性が科学的に証明されて同性間の結婚が合法化された現在でも、子どもが生れない性別とバース性間の婚姻にはまだまだ偏見が強い。結婚式に招待した人間は、直樹と新の結婚が政略結婚だとわかっているからいいが、新の正体を知らない勤務先の人間に知られたら、直樹の名前に傷がつく。
何よりも、着信相手は職場の人間じゃなかった。直樹とは最も会わせたくない相手だ。
冷や汗が背中を伝う。
(どうしてこんな時に)
(どんなニュースを聞いても連絡してくるなって、あの時言ったのに)
「新? 顔色が悪いぞ」
自分を心配する直樹に「そんなことないです」と微笑みかけて、運ばれてきた次の料理に箸をつけた。
「これも美味いな」
「ええ、すごく美味しいです」
笑顔で夫と話しながら、新はどの料理を食べても味がわからなかった。
食事がデザートを残すのみとなった頃、さりげなく直樹が言った。
「明日から3連休だ。天気も良さそうだし、お前の家にラケットやテニスウェアを取りに行かないか」
直樹の言葉に、他に気がかりなことのある新は深く考えずに「わかりました」と頷いた。途端に直樹が溜め息をついて、額を押さえる。
「俺が言うのもなんだが、もう少し警戒心を持ってくれ」
「え」
無防備な新に、直樹は唸った。
「俺のような男に自宅を教えるというのが、どれほど危険なことかわからないのか」
「危険?」
「俺に新の自宅を教えたら、間違いなく送り狼になる。そしてお前の家に毎晩通いつめる」
テニス用品を取りに行こうという提案が、自宅の場所を知るためのものだとようやく理解して、新はどんな顔をしたらいいのかわからなくなった。その額にかかった前髪を払ってやって、直樹は苦笑した。
「何度でも言うが、体が目当てじゃないんだ。新と一緒に過ごしていろんな話をして、お前のことを知れば知るほど、さらに会いたくなる。そして少しでも長く一緒にいたいと思う。一緒にいたらいたで、お前の体も手に入れたくなる。どうしたら、お前をもっともっと欲しいという気持ちを抑えられるんだろうな。日曜日に自宅に帰らせるたび、体が引き裂かれるようだ」
新は何も言えなかった。
「だから、少し離れたところに車を停める。お前の自宅は俺に教えないでくれ」
ハッとして顔を上げる。直樹は唇を引き結んでいた。二人の前にデザートのジェラートが運ばれてくる。スプーンを取って先に食べ始めた直樹とは逆に、新はジェラートがゆっくり溶けていっても食べようとしなかった。
「俺がうちに来てくださいと言っても、来てもらえませんか?」
囁くように尋ねると、直樹は無意識にスプーンを置いた。
「俺は、あなたにうちに来てほしい。そして明日、一緒にテニスをしたい。できれば、あなたともっと関係を深めていきたい」
駄目だ。自分で言ってて恥ずかしい。ようやくスプーンを取ってジェラートを口に運ぶ。直樹ものろのろとスプーンを手にした。二人は黙って食後のデザートを口に運んだ。
二人とも黙りこくって駐車場に向かった。新が夫の車に乗り込むと、直樹に覆いかぶさられるようにしてシートベルトを着けられた。新は顔をそむけた。夫の体温と体臭で身体が熱くなったのを悟られたくなかった。自分はこんなに淫らな人間だっただろうか。この車の中で、今すぐ抱かれたいと願うなんて。
不意に直樹に顎を掴まれて、正面から目を合わされた。
「本当に自宅に行ってもいいのか」
直樹の双眸は狂おしい情熱にギラギラしていた。新はしっかりと頷いて、さらに「来てほしい」と付け加えた。
「そんな顔をしないでくれ。車の中で犯してしまいたくなる」
その一言に火がついた。夢中で夫をかき抱き、深い口づけをする。頭の中に、ここは駐車場だという警鐘が鳴り響いた。腕の力を緩めると、ゆっくり直樹が離れていく。なんとか新から体を引き剥がし、運転席に体重を預けたアルファは、呻くように尋ねた。
「新の家にローションとコンドームはあるか?」
「ありません」
直樹以外にそんなことする相手はいないんだから、あるわけがない。
「自宅の住所を教えてくれ」
住んでいるタワーマンションの住所と名前と部屋番号を言うと、彼はすぐに地図で場所を確認した。
「わかった、先に上がってエントランスロビーで待っててくれ。地下駐車場に車を入れたら、コンビニエンスストアで買ってくる」
え、と声を上げて俺は顔を赤らめた。
「うちで、するんですか?」
「新の家で、新を抱きたい」
新はどきどきしながら夫の頬を撫でた。たくましい体にゆっくりと手のひらを滑らせて下ろしていき、止められないのをいいことに股間をそっとまさぐる。服越しにもアルファの欲望がさらに熱く充血したのがわかった。直樹が喉奥で唸る。雄の根元近くにある、まだ受け入れたことのない亀頭球を撫で回して、新は濡れた声でねだった。
「めちゃくちゃにして。直樹のここまで全部を俺にください。オメガじゃないから難しいかもしれないけれど、お腹の奥が寂しい」
「新!」
再び深く唇を奪われる。新は何もかも忘れて夫にしがみついた。
マナーモードにしていた携帯端末の振動音を察知して、直樹が声をかける。緊張から一時的に解放されて、新は我に返った。
好きだなんて真正面から言われたのは初めてで、どうしたらいいかわからない。とりあえずビジネスバッグを開けて、携帯端末を取り出し着信相手を確認する。
相手の名前を見た瞬間、新は携帯端末の電源を落とした。表示されていたのは、今一番見たくない名前だった。
「電話に出なくていいのか?」
怪訝そうに尋ねられて、慌てて笑顔を作る。
「いいんです。実は今日、会社の先輩から合コンに誘われていたんです」
「合コン?」
低い唸るような声とともに、直樹の眼に怒気がひらめいた。新は慌てて言葉を重ねた。
「誘われてもちゃんと断ってます。でも俺が恋人を作らないのを心配してくれて」
「電話してきた相手に、俺と結婚してると言えばいい。なんなら俺が電話を代わってやる」
本当に代わりかねない相手に、新は曖昧に笑うことしかできなかった。
バース性が科学的に証明されて同性間の結婚が合法化された現在でも、子どもが生れない性別とバース性間の婚姻にはまだまだ偏見が強い。結婚式に招待した人間は、直樹と新の結婚が政略結婚だとわかっているからいいが、新の正体を知らない勤務先の人間に知られたら、直樹の名前に傷がつく。
何よりも、着信相手は職場の人間じゃなかった。直樹とは最も会わせたくない相手だ。
冷や汗が背中を伝う。
(どうしてこんな時に)
(どんなニュースを聞いても連絡してくるなって、あの時言ったのに)
「新? 顔色が悪いぞ」
自分を心配する直樹に「そんなことないです」と微笑みかけて、運ばれてきた次の料理に箸をつけた。
「これも美味いな」
「ええ、すごく美味しいです」
笑顔で夫と話しながら、新はどの料理を食べても味がわからなかった。
食事がデザートを残すのみとなった頃、さりげなく直樹が言った。
「明日から3連休だ。天気も良さそうだし、お前の家にラケットやテニスウェアを取りに行かないか」
直樹の言葉に、他に気がかりなことのある新は深く考えずに「わかりました」と頷いた。途端に直樹が溜め息をついて、額を押さえる。
「俺が言うのもなんだが、もう少し警戒心を持ってくれ」
「え」
無防備な新に、直樹は唸った。
「俺のような男に自宅を教えるというのが、どれほど危険なことかわからないのか」
「危険?」
「俺に新の自宅を教えたら、間違いなく送り狼になる。そしてお前の家に毎晩通いつめる」
テニス用品を取りに行こうという提案が、自宅の場所を知るためのものだとようやく理解して、新はどんな顔をしたらいいのかわからなくなった。その額にかかった前髪を払ってやって、直樹は苦笑した。
「何度でも言うが、体が目当てじゃないんだ。新と一緒に過ごしていろんな話をして、お前のことを知れば知るほど、さらに会いたくなる。そして少しでも長く一緒にいたいと思う。一緒にいたらいたで、お前の体も手に入れたくなる。どうしたら、お前をもっともっと欲しいという気持ちを抑えられるんだろうな。日曜日に自宅に帰らせるたび、体が引き裂かれるようだ」
新は何も言えなかった。
「だから、少し離れたところに車を停める。お前の自宅は俺に教えないでくれ」
ハッとして顔を上げる。直樹は唇を引き結んでいた。二人の前にデザートのジェラートが運ばれてくる。スプーンを取って先に食べ始めた直樹とは逆に、新はジェラートがゆっくり溶けていっても食べようとしなかった。
「俺がうちに来てくださいと言っても、来てもらえませんか?」
囁くように尋ねると、直樹は無意識にスプーンを置いた。
「俺は、あなたにうちに来てほしい。そして明日、一緒にテニスをしたい。できれば、あなたともっと関係を深めていきたい」
駄目だ。自分で言ってて恥ずかしい。ようやくスプーンを取ってジェラートを口に運ぶ。直樹ものろのろとスプーンを手にした。二人は黙って食後のデザートを口に運んだ。
二人とも黙りこくって駐車場に向かった。新が夫の車に乗り込むと、直樹に覆いかぶさられるようにしてシートベルトを着けられた。新は顔をそむけた。夫の体温と体臭で身体が熱くなったのを悟られたくなかった。自分はこんなに淫らな人間だっただろうか。この車の中で、今すぐ抱かれたいと願うなんて。
不意に直樹に顎を掴まれて、正面から目を合わされた。
「本当に自宅に行ってもいいのか」
直樹の双眸は狂おしい情熱にギラギラしていた。新はしっかりと頷いて、さらに「来てほしい」と付け加えた。
「そんな顔をしないでくれ。車の中で犯してしまいたくなる」
その一言に火がついた。夢中で夫をかき抱き、深い口づけをする。頭の中に、ここは駐車場だという警鐘が鳴り響いた。腕の力を緩めると、ゆっくり直樹が離れていく。なんとか新から体を引き剥がし、運転席に体重を預けたアルファは、呻くように尋ねた。
「新の家にローションとコンドームはあるか?」
「ありません」
直樹以外にそんなことする相手はいないんだから、あるわけがない。
「自宅の住所を教えてくれ」
住んでいるタワーマンションの住所と名前と部屋番号を言うと、彼はすぐに地図で場所を確認した。
「わかった、先に上がってエントランスロビーで待っててくれ。地下駐車場に車を入れたら、コンビニエンスストアで買ってくる」
え、と声を上げて俺は顔を赤らめた。
「うちで、するんですか?」
「新の家で、新を抱きたい」
新はどきどきしながら夫の頬を撫でた。たくましい体にゆっくりと手のひらを滑らせて下ろしていき、止められないのをいいことに股間をそっとまさぐる。服越しにもアルファの欲望がさらに熱く充血したのがわかった。直樹が喉奥で唸る。雄の根元近くにある、まだ受け入れたことのない亀頭球を撫で回して、新は濡れた声でねだった。
「めちゃくちゃにして。直樹のここまで全部を俺にください。オメガじゃないから難しいかもしれないけれど、お腹の奥が寂しい」
「新!」
再び深く唇を奪われる。新は何もかも忘れて夫にしがみついた。
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