上 下
11 / 66

11

しおりを挟む
 オアシス南の門から、新人騎士14人を連れて出たリュカは、肩に止まった鷹に何かを命令した。

鷹は、優雅に羽を大きく広げると、何度か翼をはためかせ浮き上がり、空高くへ登って、旋回を数回繰り返すと、岩場の方角へと向かった。

騎士達は一様に緊張し出す。いよいよ、リザードベアとの戦闘が始まるのだ。

騎士の中には生唾を何度も飲み込む者もいて、リュカはチラリと全員に目を向けた。

「そう、気を張るな、お前達は逃げる事を優先して、決して戦おうなんて思うな、安心しろ、お前らが乗ってる馬は賢い、扱いに困ったときは、その鬣にしがみついてればいいさ、勝手に逃げてくれる」

リュカにそう言われれば、確かにそうだと、皆の顔色が戻る。

「見くびらないで下さい、私たちは、これでも馬術大会では上位者揃いです」

「そうか、ならその腕前、期待している、では行くぞ」

はっ、と鞭をふるい、何のためらいもなく馬を走らせたリュカに、皆がついていく。

砂漠の砂上の乗馬は普段よりも重力を感じる、暑さで馬がバテるのも早い。早期戦だ。

空を旋回していた鷹は、大きく嘶いた。

「そろそろベアの縄張りに入るぞ、1頭づつ、引き付けろ、行け!!」

砂山から顔を出したベアに1人が近づき、ベアのロックオン状態をさそう、走り出したと、同時に、横に逃げる、追い付くかつかないかの絶妙な位置で、逃げる。

「よし、うまいぞ、さぁ、次々来るぞ」

1人があけば、もう1人、次々とベアを引き離していく。

10頭をうまく離したところで、鷹はまず1頭に近づき、リュカの方へ誘う。


真っ直ぐに、リュカの方へかけてくる騎士とリザードベア、騎士がリュカの隣をすれ違った時、リュカはザンッと剣を砂につけ、馬を走らせた。

シャァァっと、砂と剣が擦れ会う。ベアがリュカに気付き、目標を定めかけてくる、リュカは絶妙なタイミングで剣をふり、ベアの目に砂を、そしてすぐに切り返して方目を切った。ベアの目から血がほとばしり、獰猛な爪が空を切る。頭を下げた瞬間に、リュカはベアの首の付け根へ剣を突き刺し、馬上からベアを蹴り倒した。

すれ違った騎士が後ろを振り返った時にはもう、リザードベアは息絶え、ドオッと、その巨体は砂のうえに倒れた。

「え……?」

リュカは、ブンッと剣についた、砂と血をふりはらうと、今度は右方向で、鷹がなき、直ぐにそちらへと馬を走らせて行った。

新人騎士は、目を見開いたまま、動けなかった。余りの、速さに、驚きすぎて、そして倒れたリザードベアの大きさに、改めて気付き、今更ながら、冷や汗がつぅっと、背中に流れ落ちた。

(あの人は、本当に強すぎる)

とても、真似出来るものではなかった。騎士として鍛練を積んできたつもりだったが、遠く及ばないものがあることを知った。

◇◇◇


有言実行とは、正にこの事で、リュカは次々とリザードベアを難なく倒してしまう。1頭、2頭とその屍が積み上がる程に、新人騎士達は、違う恐怖を感じた。明らかに、リュカは、殺すことに慣れていた。

その剣には躊躇いなく、的確に命を奪っていく暗黒の剣を振り回す死神の様な姿に、新人騎士達は、歓喜よりも恐怖で、言葉を発することが出来なかった。


とうとう、最後の1頭を、倒してしまったリュカは、息すら上がっておらず、その不似合いな静寂さに、新人騎士達は、無言で、依り集まった。

誰も言葉を発しない。普通ならば、1頭仕留める度に歓喜し、咆哮を上げ喜び合うような場面だ。

圧倒的な力の差に、騎士としての誇りは打ち砕かれ、逃げるだけで精一杯だった己らの技量の無さを無言で恥じた。心細そうにいつの間にか集まっている新人騎士達をみて、リュカは小首を傾げた。

「どうした?」

リュカが、騎士達に、問いかけると、1人の新人騎士は、真剣な面持ちで答えた。

「リュカ将軍、我々は何も役に立てず」

うつ向く騎士に、リュカは、経験の差だとあっさりと告げた。

「別に恥じることはない、経験はこれから積めば良い、生き残る事が大事なんだ、戦いは今日の1勝を次に繋いでの繰り返しさ、リザードベアは群れで動く、お前達がいたから勝てた、誰1人怪我もせず、使命を全うした、それで良い」

そうなのかもしれない、でも、恐らくは幾ら経験を積んだとしても遥かに及ばない。生き残れたのはリュカの功績だと誰もが知っている。

この歴然の差が、高い壁が、新人騎士達の心に刻まれ、それは終わりのない研鑽の日々へと彼等を誘うのだ。

リュカは不意に、オアシスの方へ顔を向け、ぽそりと呻いた。

「……それぞれでいい、自分の卑屈さに負けなくていい」

あの子は負けなかった。一生懸命努力をした。どんなに周りに高い壁が有ろうと必死で踠いて、医者になった。

「さ、帰るぞ、戦勝なんだ宴の準備で忙しくなる」

リュカがそう言うと、やっと、緊張の糸が解れた騎士達が、おおおおっと、喜びの声を上げた。

オアシスへ、報告へ行くもの、岩場の調査をするもの、戦利品のリザードベア10体と、薬草になる苔、これまで犠牲になった人の骨をひろい、墓を作り、大きな満月が、砂漠を照らす頃に、リュカ達はオアシスへと帰ってきた。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

健気な公爵令息は、王弟殿下に溺愛される。

りさあゆ
BL
ミリアリア国の、ナーヴァス公爵の次男のルーカス。 産まれた時から、少し体が弱い。 だが、国や、公爵家の為にと、自分に出来る事は何でもすると、優しい心を持った少年だ。 そのルーカスを産まれた時から、溺愛する この国の王弟殿下。 可愛くて仕方ない。 それは、いつしか恋に変わっていく。 お互い好き同士だが、なかなか言い出せずに、すれ違っていく。 ご都合主義の世界です。 なので、ツッコミたい事は、心の中でお願いします。 暖かい目で見て頂ければと。 よろしくお願いします!

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

お飾り王婿ライフを満喫しようとしたら、溺愛ルートに入りました?

深凪雪花
BL
 前世の記憶を取り戻した侯爵令息エディ・テルフォードは、それをきっかけにベータからオメガに変異してしまう。  そしてデヴォニア国王アーノルドの正婿として後宮入りするが、お飾り王婿でいればそれでいいと言われる。  というわけで、お飾り王婿ライフを満喫していたら……あれ? なんか溺愛ルートに入ってしまいました? ※★は性描写ありです ※2023.08.17.加筆修正しました

出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様

冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~ 二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。 ■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。 ■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)

最強で美人なお飾り嫁(♂)は無自覚に無双する

竜鳴躍
BL
ミリオン=フィッシュ(旧姓:バード)はフィッシュ伯爵家のお飾り嫁で、オメガだけど冴えない男の子。と、いうことになっている。だが実家の義母さえ知らない。夫も知らない。彼が陛下から信頼も厚い美貌の勇者であることを。 幼い頃に死別した両親。乗っ取られた家。幼馴染の王子様と彼を狙う従妹。 白い結婚で離縁を狙いながら、実は転生者の主人公は今日も勇者稼業で自分のお財布を豊かにしています。

【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」 知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど? お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。 ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。 8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。 序盤はBL要素薄め。

処理中です...