上 下
9 / 14

9. クリスティーナの怒り

しおりを挟む
  
 張り詰めた空気の流れるカフェテリアで注目を集めるのは3人。ルパート殿下、クリスティーナ、そしてエイミーである。
 つい先日、婚約破棄で注目された3人が再び顔を合わせたのだ。皆が注目するのは当然の事である。
 まず先に動いたのはクリスティーナである。
 この学園の制服はくるぶしまであるロングの厚手のフレアプリーツスカートである。その裾を持ち上げ、クリスティーナが礼をする。
 スカートを摘まんだ両の手から広がり落ちるスカートは緩やかな流れを作る。
 クリスティーナの美しい所作に周囲の者からもため息が零れる。
 
 それはあの婚約破棄の日、ライリーが見た美しい礼と同じものだ。
 だが、普段のクリスティーナの姿を見ているライリーはその時とは異なる印象を抱く。 
 優雅な姿の鳥が羽を広げて威嚇をするように、クリスティーナの美しく完璧な姿もまた武装のように見えるのだ。完璧な鎧をまとう事で相手に攻撃の隙を与えない。そんな公爵令嬢としての姿がそこにはあった。

 礼をしたままクリスティーナはその姿勢を取り続ける。優雅には見えるがきつい姿勢のまま動かずにいられるのは彼女の修練の賜物であろう。
 この数秒間の沈黙の間、視線はルパート殿下へと注がれる。
 先に動いたのはクリスティーナ、であれば次はルパート殿下の番である。従者であるテレンスがそっとルパート殿下に耳打ちをする。クリスティーナに気圧されていたルパートは気を取り直したように表情を整え、彼女に声をかける。

 「ここは学園であり、そのような態度をわたしにとる必要はないよ」
 
 だが、クリスティーナは頭を上げようとしない。
 ルパート殿下の指示に従わない事に周囲からは戸惑いと非難の声が上がる。それに動じず、クリスティーナはルパート殿下に尋ねる。

 「恐れながら殿下、発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか」
 「え、あぁ」
 
 礼をし、頭を下げたままでクリスティーナは言葉を続ける。

 「殿下は我々にとって敬うべきお方です」
 「あぁ」
 「学園においても殿下の尊い存在は揺るぎないものです。多くの者がその認識でおります。そして、今では私自身もそう思っております。どうか、そのご寛大な心でお許しいただければと願います」

 あくまでルパートの立場を敬い立てるクリスティーナだが、建前でこそ平等な学園でその立場を用いて婚約破棄を告げたルパートを、遠回しに指摘しているとも捉えられる。
 そんな意味合いも込められてはいるが、クリスティーナの美しい礼に皆が気を引かれているため、その言葉に気付く者はいないとライリーは思う。
 
 「そ、そうか…。君の気持ちは理解した。だが、どうか顔を上げてはくれないだろうか」
 
 その言葉にクリスティーナは礼を解く。そして顔を上げるが、その表情にライリーは息を呑む。
 微笑みを湛えながらも長い睫毛に覆われた瞳はけっして微笑んではいない。完璧でありながら冷たさを感じる微笑みは、ゲーム上の公爵令嬢クリスティーナ・ウォーレスそのものだ。

 ルパート殿下一行はその完璧な微笑みに怯んだようで、適当な挨拶を述べ、クリスティーナとライリーから離れていった。周囲の者も恐れるように目を伏せ、足早に自らの席へと戻っていく。

 クリスティーナは心の内でそのような者たちを嗤う。覚悟もなく自らに敵意を向け、集団であるにもかかわらず、怖気づくのかと。同時に虚しさにも襲われる。自分が今まで戦ってきたのは必死に努力してきたのは誰のためなのだろうと。
 遠巻きにこちらを見つめる者の中にはかつてクリスティーナを慕う素振りを見せた者たちもいる。クリスティーナには彼らも努力してきた自らも滑稽に思えてくるのだ。

 そんなクリスティーナにそっと近付く者がいる。ライリーである。

 「あの、クリスティーナ様…」

 おずおずと話しかける姿にクリスティーナは彼女も怯えさせたかと案じる。同時にそうでなければいいと願ってしまう自分に気付く。
 彼女に嫌われたくない、拒まれたくないとどこかで思ってしまっていたのだ。
 だが、ライリーの言葉はどこまでも彼女らしいものである。

 「ごはん、食べませんか?冷めちゃいますから」
 「…ふふ。そうね」
 
 自らの返事に嬉しそうに笑ったライリーをクリスティーナは興味深く思う。
 クリスティーナのあの振る舞いは敢えて身に付けたものだ。貴族として戦う時の姿、それに怯えることも臆する事もなく今まで通りに接してくる少女は、見た目以上に大物で豪胆であろう。
 嬉しさから笑いたくなる気持ちを押さえ、クリスティーナはあくまで公爵令嬢らしく席に着くのだった。


*****


 もぐもぐと口を動かしながらライリーはエイミーに頼まれていたことを思い出す。
だが、先程の光景を見てもやはりクリスティーナに合わせていいのか悩むのだ。
そもそも、エイミーがクリスティーナと何を話したいのかがわからない。場合によってはクリスティーナが傷付くのではという思いもある。
 エイミー自身が素直な子ではあったが、現状を思えばクリスティーナが傷付くか不利な状況になりかねない。

 そう思うライリーは無意識に視線をエイミーに向ける。
 そこで見たエイミーの様子にライリーは目を見開く。
 
 ルパート殿下やその従者に囲まれるエイミーの表情は愛らしい。だが、それはまるで人形のような微笑みだ。口角を少し上げてはいるが、その表情は同じ笑顔を湛え続けている。会話もほぼ交わさず、話したとしても同意を示す言葉のみだ。
 
 共に過ごしたときとは全く異なるその様子にライリーは戸惑う。
 だが、周りの者はそんなエイミーを気にかける事もなく、和やかに食事を進めている。であれば、これが彼らにとって日々の光景ということなのであろうかと疑問に思ったライリーに、クリスティーナが声をかける。

 「ライリー、そろそろ参りましょう」
 「え、えぇ!そうですね!」

 エイミーの様子は気がかりだが、今彼らに近付くのは得策ではないだろう。人形のように作られた可愛らしいが寂しさを湛えた表情に、後ろ髪を引かれる思いでライリーは第一カフェテリアを後にしたのだった。



 廊下をクリスティーナと歩きながらも、ライリーは先程のことが頭を離れない。
 エイミーの様子、クリスティーナに話したい事、この2つは繋がるのだろうか。だが、クリスティーナにとってはどちらがいいのだろうか。どちらも傷付かない道などあるのだろうかと、つい思いふける。

 そんなライリーの少し先を歩んでいたクリスティーナがふと歩みを止める。

 「クリスティーナ様?どうかなさったんですか?」

 クリスティーナがゆっくりとこちらを振り返ると、ライリーの顔が青ざめる。

 「ク、クリスティーナ様?えっと、何か怒ってますか?え?」
 「えぇ、そうね」

 先程、公爵貴族として振る舞うクリスティーナに怯える事のなかったライリーだが、にこやかな笑顔を浮かべながらも怒りを感じさせる表情とこぼれ出る気迫に顔が引きつる。
 だが、ライリーには全く覚えがない。
 
 「ねぇ、ライリー。あなた私に隠し事をしていない?」
 「え、え!え?あの…なんでわかるんですか?」

 ライリーの隠し事は2つ。前世の記憶を持つことと、エイミーにクリスティーナとのことを頼まれていること。この場合、後者が気付かれたのだろうとライリーは思う。
 穏やかな微笑みを湛えながらも怒りが滲み出るクリスティーナ話していいのか悩むライリーは目を瞬かせる。

 のんびりとした昼休みになるはずが次から次へと何事かに巻き込まれるライリーであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜

浅大藍未
恋愛
国で唯一の公女、シオン・グレンジャーは国で最も有名な悪女。悪の化身とまで呼ばれるシオンは詳細のない闇魔法の使い手。 わかっているのは相手を意のままに操り、心を黒く染めるということだけ。 そんなシオンは家族から疎外され使用人からは陰湿な嫌がらせを受ける。 何を言ったところで「闇魔法で操られた」「公爵様の気を引こうとしている」などと信じてもらえず、それならば誰にも心を開かないと決めた。 誰も信用はしない。自分だけの世界で生きる。 ワガママで自己中。家のお金を使い宝石やドレスを買い漁る。 それがーーーー。 転生して二度目の人生を歩む私の存在。 優秀で自慢の兄に殺された私は乙女ゲーム『公女はあきらめない』の嫌われ者の悪役令嬢、シオン・グレンジャーになっていた。 「え、待って。ここでも死ぬしかないの……?」 攻略対象者はシオンを嫌う兄二人と婚約者。 ほぼ無理ゲーなんですけど。 シオンの断罪は一年後の卒業式。 それまでに生き残る方法を考えなければいけないのに、よりによって関わりを持ちたくない兄と暮らすなんて最悪!! 前世の記憶もあり兄には不快感しかない。 しかもヒロインが長男であるクローラーを攻略したら私は殺される。 次男のラエルなら国外追放。 婚約者のヘリオンなら幽閉。 どれも一巻の終わりじゃん!! 私はヒロインの邪魔はしない。 一年後には自分から出ていくから、それまでは旅立つ準備をさせて。 貴方達の幸せは致しません!! 悪役令嬢に転生した私が目指すのは平凡で静かな人生。

見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子
恋愛
 ステラフィッサ王国公爵家令嬢ルクレツィア・ガラッシアが、前世の記憶を思い出したのは5歳のとき。  現代ニホンの枯れ果てたアラサーOLから、異世界の高位貴族の令嬢として天使の容貌を持って生まれ変わった自分は、昨今流行りの(?)「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に「転生」したのだと確信したものの、前世であれほどプレイした乙女ゲームのどんな設定にも、今の自分もその環境も、思い当たるものがなにひとつない!  それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。  ───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの? ******** できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。 また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。 ☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

処理中です...