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最終章 消えたものと見つけたもの
6 「刹那、刹那、お願い」
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***
モリノミヤが倒れた。
「刹那、……どうしたい?」
「……一人で行く。大丈夫、ここでベスと待っていてくれ」
報を受け動揺する俺をレインが車で病院まで連れてきてくれて、病室の前にいる。
モリノミヤが倒れたことには当然驚いた。
しかし今俺の前にはもう一つ、大きな衝撃がある。
――阿僧祇須臾。
モリノミヤの病室のネームプレートに書かれた名前。
須臾は十のマイナス15乗の単位。
阿僧祇は――俺や、俺の両親と同じ苗字。
「……行って、くる」
「ああ」
レインやテトロさんはモリノミヤの身元を調べたと言っていた。
だから彼らは知っていたんだろう。
モリノミヤの正体を。
なぜ俺に献身的に協力してくれるのかを。
「モリノミヤ……」
震える足で病室に入ると、個室に一つきりのベッドにモリノミヤが寝かされていた。
足音を殺して枕元に近づくと伏せられていた瞼が震え、弱々しく開かれる。
モリノミヤは――いや、阿僧祇須臾は俺を見ると全て悟ったのだろう。
口の端を上げようとして力が入らなかったようで、力なく掠れた声で囁いた。
「――とうとう知られちゃったね、お兄ちゃん」
俺には一人、弟妹がいた。
赤ん坊の頃しか知らないし性別もよく覚えていない。
俺の<異能>の暴走によって養子に出されたがその後戻された小さな子。
以降どのように過ごしているかは知らなかった。
家族から俺の記憶を消し去って、関わらないようにしてきたから。
家族だった人たちには戸籍などで俺の痕跡を見ても気にならないよう<異能>で操作しておいた。
もちろん、赤ん坊にも。
でも――同じ精神系能力者には、俺の<異能>は効かない。
「……一(はじめ)さんと万(よろず)さんは元気か?」
「あはは、自分の両親なのに他人行儀だなあ。元気だよ。妹生まれたのは知ってる?」
「知らない」
「可愛いよ。今12歳でね、もこちゃんっていうの」
「模糊(もこ)か……あの人たち数字の名前好きだな」
「数学教師だからね」
「そうだったか?」
「刹那っちって変なところ物忘れ激しいよね」
話せば話すほどに、モリノミヤがあの時の赤ん坊だと実感していく。
「大きくなったなぁ……。須臾、そうか、須臾か……」
「……泣かないでよ刹那っち」
「……俺は謝らないからな。俺はもうあの家と関係は無いし、お前は俺の幼馴染のモリノミヤだ」
「そう言ってる時点で謝ってるようなものだけど……ボクも謝罪なんていらないよ、ひとつも恨んでないもの」
モリノミヤの顔に嘘は無い。強がってもいない。
それが俺にとって何よりも救いであると、きっとモリノミヤは知らないだろう。
「はぁ……」
会話が一瞬途切れ、静寂が病室に落ちる。
何か言わなければと焦燥感に追われていたら、目をつぶったモリノミヤがため息を漏らした。
「良い、人生だったなあ」
「――モリノミヤ」
「俺はこのまま死ぬよ、刹那。そう長くは保たない」
最も気がかりで最も聞きたくなかったことを、モリノミヤはさらりと明かす。
「……レーギアがお前に何か……?」
「……レーギアは直接的には何もしてない。あのさ、刹那っちも最近体調良くないって言ってたでしょ? ごめんね、その体に異常が無いのは本当だけど、原因不明というのは嘘だった。――ボクたちってさ、"道"なんだよ」
「道?」
「そう。『正義』と『悪』が戦った時に発生するエネルギーは、ボクたちの中にある"道"を通ってレーギアへと送られる」
モリノミヤは点滴が繋がれていない方の手で自分と俺の胸元を指した。
「その際にボクたちもエネルギーを受け取っていたんだ。精神系能力者――レーギアの兵ってね、食物以外にそのエネルギーが無ければ生きることができないみたい」
『正義』と『悪』が戦うことで発生するエネルギーを、地球の人類は長年に渡り搾取されてきた。
今歴史上初めて戦いは無くなりエネルギーも発生していない。
「だから弱い者から衰弱してやがて死に至る。……ボクさ、ずっと不思議だったんだよね。レーギアの兵って言っても地球人の親から生まれて地球で育ってさ、なのに平穏を脅かす戦いをどうして煽動しなくちゃいけないんだろうって」
天井を見上げるモリノミヤの目元に、雫が光る。
乾いた唇から吐き出されたのは、悔恨と怒りに満ちて震える声。
「自分の命を人質に取られたらさあ、逆らえないじゃん……!」
「……っ!」
駆け寄ってモリノミヤの頭を掻き抱いた。
俺のTシャツの胸元が濡れ、弱々しい手が必死に縋り付いてくる。
「死にたくないよ、刹那……! ボク、嫌だよ。まだまだやりたい研究もあるし、タスマニア支部の皆とも今度旅行行こうねって言ってて……」
「そうだな、モリノミヤ。そうだよな……」
「なんだよレーギアって! ボクたち親も妹も友だちも皆地球人なのに、なんでボクたちだけ知らない世界のために尽くさないといけないんだよ!」
「そうだよなあ……」
「戦いの中ならまだわかるよ、覚悟だってできてた。でも終わってから時間が経って、どうして、どうしてこんな……」
「うん……」
泣きじゃくるモリノミヤを強く、強く抱きしめる。
今の俺にはそれしかできなかった。
俺よりずっと真実を知っていたモリノミヤ。
これまでにどれほど葛藤してきたことだろう。
『正義』と『悪』が再び戦えば俺たちの命は繋がる。
今の時代に戦いの中で死者が出ることは少ないから、俺たちが死ぬくらいなら再び戦って貰えばいい。
きっとレインもテトロさんも了承してくれる。
「刹那、刹那、お願い」
でも――わかっていた。
モリノミヤが、俺が、その選択をすることは決して無い。
「ボクと一緒に死んで」
「ああ。一緒に死のう、モリノミヤ」
俺たちは地球の人たちが大好きだから。
かけがえの無い人々だから。
不自然に生み出された不自然な争いで彼らの日常が脅かされないために、俺たちは人生を賭して戦ってきた。
――レーギアに支配される悲しみは俺たちで最後にしよう。
モリノミヤが倒れた。
「刹那、……どうしたい?」
「……一人で行く。大丈夫、ここでベスと待っていてくれ」
報を受け動揺する俺をレインが車で病院まで連れてきてくれて、病室の前にいる。
モリノミヤが倒れたことには当然驚いた。
しかし今俺の前にはもう一つ、大きな衝撃がある。
――阿僧祇須臾。
モリノミヤの病室のネームプレートに書かれた名前。
須臾は十のマイナス15乗の単位。
阿僧祇は――俺や、俺の両親と同じ苗字。
「……行って、くる」
「ああ」
レインやテトロさんはモリノミヤの身元を調べたと言っていた。
だから彼らは知っていたんだろう。
モリノミヤの正体を。
なぜ俺に献身的に協力してくれるのかを。
「モリノミヤ……」
震える足で病室に入ると、個室に一つきりのベッドにモリノミヤが寝かされていた。
足音を殺して枕元に近づくと伏せられていた瞼が震え、弱々しく開かれる。
モリノミヤは――いや、阿僧祇須臾は俺を見ると全て悟ったのだろう。
口の端を上げようとして力が入らなかったようで、力なく掠れた声で囁いた。
「――とうとう知られちゃったね、お兄ちゃん」
俺には一人、弟妹がいた。
赤ん坊の頃しか知らないし性別もよく覚えていない。
俺の<異能>の暴走によって養子に出されたがその後戻された小さな子。
以降どのように過ごしているかは知らなかった。
家族から俺の記憶を消し去って、関わらないようにしてきたから。
家族だった人たちには戸籍などで俺の痕跡を見ても気にならないよう<異能>で操作しておいた。
もちろん、赤ん坊にも。
でも――同じ精神系能力者には、俺の<異能>は効かない。
「……一(はじめ)さんと万(よろず)さんは元気か?」
「あはは、自分の両親なのに他人行儀だなあ。元気だよ。妹生まれたのは知ってる?」
「知らない」
「可愛いよ。今12歳でね、もこちゃんっていうの」
「模糊(もこ)か……あの人たち数字の名前好きだな」
「数学教師だからね」
「そうだったか?」
「刹那っちって変なところ物忘れ激しいよね」
話せば話すほどに、モリノミヤがあの時の赤ん坊だと実感していく。
「大きくなったなぁ……。須臾、そうか、須臾か……」
「……泣かないでよ刹那っち」
「……俺は謝らないからな。俺はもうあの家と関係は無いし、お前は俺の幼馴染のモリノミヤだ」
「そう言ってる時点で謝ってるようなものだけど……ボクも謝罪なんていらないよ、ひとつも恨んでないもの」
モリノミヤの顔に嘘は無い。強がってもいない。
それが俺にとって何よりも救いであると、きっとモリノミヤは知らないだろう。
「はぁ……」
会話が一瞬途切れ、静寂が病室に落ちる。
何か言わなければと焦燥感に追われていたら、目をつぶったモリノミヤがため息を漏らした。
「良い、人生だったなあ」
「――モリノミヤ」
「俺はこのまま死ぬよ、刹那。そう長くは保たない」
最も気がかりで最も聞きたくなかったことを、モリノミヤはさらりと明かす。
「……レーギアがお前に何か……?」
「……レーギアは直接的には何もしてない。あのさ、刹那っちも最近体調良くないって言ってたでしょ? ごめんね、その体に異常が無いのは本当だけど、原因不明というのは嘘だった。――ボクたちってさ、"道"なんだよ」
「道?」
「そう。『正義』と『悪』が戦った時に発生するエネルギーは、ボクたちの中にある"道"を通ってレーギアへと送られる」
モリノミヤは点滴が繋がれていない方の手で自分と俺の胸元を指した。
「その際にボクたちもエネルギーを受け取っていたんだ。精神系能力者――レーギアの兵ってね、食物以外にそのエネルギーが無ければ生きることができないみたい」
『正義』と『悪』が戦うことで発生するエネルギーを、地球の人類は長年に渡り搾取されてきた。
今歴史上初めて戦いは無くなりエネルギーも発生していない。
「だから弱い者から衰弱してやがて死に至る。……ボクさ、ずっと不思議だったんだよね。レーギアの兵って言っても地球人の親から生まれて地球で育ってさ、なのに平穏を脅かす戦いをどうして煽動しなくちゃいけないんだろうって」
天井を見上げるモリノミヤの目元に、雫が光る。
乾いた唇から吐き出されたのは、悔恨と怒りに満ちて震える声。
「自分の命を人質に取られたらさあ、逆らえないじゃん……!」
「……っ!」
駆け寄ってモリノミヤの頭を掻き抱いた。
俺のTシャツの胸元が濡れ、弱々しい手が必死に縋り付いてくる。
「死にたくないよ、刹那……! ボク、嫌だよ。まだまだやりたい研究もあるし、タスマニア支部の皆とも今度旅行行こうねって言ってて……」
「そうだな、モリノミヤ。そうだよな……」
「なんだよレーギアって! ボクたち親も妹も友だちも皆地球人なのに、なんでボクたちだけ知らない世界のために尽くさないといけないんだよ!」
「そうだよなあ……」
「戦いの中ならまだわかるよ、覚悟だってできてた。でも終わってから時間が経って、どうして、どうしてこんな……」
「うん……」
泣きじゃくるモリノミヤを強く、強く抱きしめる。
今の俺にはそれしかできなかった。
俺よりずっと真実を知っていたモリノミヤ。
これまでにどれほど葛藤してきたことだろう。
『正義』と『悪』が再び戦えば俺たちの命は繋がる。
今の時代に戦いの中で死者が出ることは少ないから、俺たちが死ぬくらいなら再び戦って貰えばいい。
きっとレインもテトロさんも了承してくれる。
「刹那、刹那、お願い」
でも――わかっていた。
モリノミヤが、俺が、その選択をすることは決して無い。
「ボクと一緒に死んで」
「ああ。一緒に死のう、モリノミヤ」
俺たちは地球の人たちが大好きだから。
かけがえの無い人々だから。
不自然に生み出された不自然な争いで彼らの日常が脅かされないために、俺たちは人生を賭して戦ってきた。
――レーギアに支配される悲しみは俺たちで最後にしよう。
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