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三章 総統閣下の無くしもの
21 (誰も態度を変えやしない)
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***
「はぁ……」
『お疲れ様です、刹那』
柵にもたれ掛かかり、眼下の街を見下ろしながら缶コーヒーをすする。
もう一本を柵に止まるベスの前に差し出すと、器用に咥えて傾け、くぴくぴと飲んだ。
日が翳り始め、遠くに見える水平線が傾いた太陽に照らされて輝いている。
ここはタスマニア支部がある複合商業施設の屋上。
立入禁止で誰も来ないことをいいことに俺とベスは風に当たって休憩していた。
キイと扉が開き、大量の袋を持ったレインが来る。
「買ってきた。好きなのを選べ」
「ん……ありがとレイン。悪いな、わざわざお前に飯買ってきてもらっちゃって――って、量多くない?」
「あなたはもう少し太るべきだ。細すぎる」
『同感です』
「中年は苦労してこの体型維持してるんだよ……!?」
レインが買ってきてくれた中から具沢山のスープを選ぶと、無言でローストビーフたっぷりのサンドイッチも渡された。
更にベスが、果物とクリームがこれでもかと乗ったワッフルを隣に並べてくる。
一応軽食を頼んだはずなんだが、がっつり食わされそうだ。
それでもまだ4人前ほど残っているテイクアウトの食事をレインが適当に引っ張り出して食べ、気になるものはベスも軽くつまむ。
こんな風に3人だけで食事を摂るのは久しぶりだ。
なんだか懐かしい、数年前までは日常だった光景。
(変わらないものだなあ……俺が敵の手先ってわかっても、誰も態度を変えやしない)
――あれから、会談は約10時間に及んだ。
モリノミヤによって語られた衝撃の歴史。
かつて地球の人々を支配していた精神系能力者――『レーギア』の兵士達は、反乱によって滅びたという。
その後、『レーギア』は警戒を高めたそうだ。
見下していた地球の人々が脅威であると認めた。
そのため、送り込む精神系能力者の数をひとつの時代に数人までとし、気づかれず目立たないように潜伏させるようになったのだという。
代わりに"ランクA"以上の強い能力者を送るようにし、潜伏しながらも秘密裏に世界を動かし続けてきた。
人々から反乱の記憶は消され、今もなお搾取は続いている。
――それでも、反乱によって人々が掴み取ったものは確かにあった。
かつて『正義』と『悪』は殺し合うのが普通だったのだという。
それが一番効率的にエネルギーが発生するからだ。
しかし反乱以降、操られる機会が大幅に減少した地球の人々の文明は大きく発展。
文化が育ち、倫理観が育ち、変化していった人々はやがて殺し合いを否定するようになった。
今『正義』と『悪』が殺し合わずに済んでいるのは間違いなく過去の人々の成果だ。
「――何か考え事か? 刹那」
「ん……? いやさ、俺とかモリノミヤのこと、皆あっさり信用してくれたなって」
『レーギア』から送り込まれた兵という記憶を失っている俺はまだわかるが、モリノミヤのことも皆あっさりと見逃したから驚いた。
『良い夢見たいってだけでエネルギー搾取するやつに従うより、逆らう方が面白いじゃん。悪夢見て泣きわめいたら面白そう』
モリノミヤがレーギアを裏切り、俺たちに情報を提供するのはなぜかと聞かれた答えがこれだ。
俺はモリノミヤを信頼しているが、一度裏切った者はまた裏切る可能性が高い――というのは人の上に立つレインやテトロさんなら十分わかっているだろう。
警戒しても全くおかしくはない。
それなのに、「そうか」「あっそうなのねぇ」とあっさり流し、会談は不可思議阿摩羅対策会議へと変遷していった。
「……知りたいか?」
「ん? 何を」
「モリノミヤの過去だ。俺も蛸薬師(たこやくし)も、モリノミヤの過去は調べてある。だから俺は……そしておそらく蛸薬師も、モリノミヤがこの場で裏切る可能性は低いと考えた」
「へぇ……モリノミヤの過去とかそういえば聞いたことなかったな」
「あなたはそうだろうな。あれを信頼している」
「うん。そうか、お前たちがそうやって判断したなら俺に文句は無いよ」
念の為、世界中の人間から精神系能力による影響が残っていないかは探ってある。
あれば消し、この先数ヶ月は新たな干渉を受けないようプロテクトも施した。
まだ自分の力を完全に使いこなしたとは言えないが、この仕事には自信がある。
もしこの先モリノミヤが裏切ったとしても、肉体は脆弱な俺たちと高ランク<異能>持ちの皆ならどちらが勝つかは明白だ。
ただし万一、記憶を取り戻した俺が裏切らないという可能性も無いわけでは無い。
だから、レインとテトロさんの攻撃だけは無防備に受けるよう自分に暗示もかけてある。
皆とも相談の上でだ。
「刹那」
「ん? ……わっ」
いつの間にかベスの卵が添えられていたローストビーフのサンドイッチを食べ終わると、レインがふわりと抱きしめてきた。
腕の中に宝物のようにしまい込まれ、世界から音が消えた。
レインの鼓動と息遣いだけに包まれたような錯覚に陥る。
沈みゆく夕日に照らされたレインが、真剣な表情で俺を見つめていた。
「刹那、あなたは俺のものだ」
「ど、どうした急に」
「――レーギアには渡さない」
ぎゅうと抱きしめられ、俺の頬がレインの肩に埋まる。
ふわりと漂う香り。涼やかで、暖かい。
もしも夜に太陽が昇るなら、きっとこんな匂いがするのだろう。
「あなたの命も、体も、心も、俺にください。必ず、守るから」
「レイン……」
耳元で囁かれた真剣な声に、心臓がドクリと跳ねた。
――不可思議阿摩羅は必ずもう一度攻めてくるだろう。
というのが、あの場にいた全員の意見が一致した部分だ。
そして阿摩羅はおそらく俺を狙ってくる。
大罪人――レーギアの手先ということを忘れ、エネルギーの供給を阻害した者として。
俺は総統時代、十年以上に渡り『大戦』で負け続けた。
モリノミヤ曰く、それが阿摩羅の逆鱗に触れたらしい。
殺し合いが無くなった現代において、必要なだけのエネルギーを発生させるには『正義』と『悪』が同等の力で、なるべく長期間ぶつかり合わなければならないそうだ。
であるにも関わらず、俺はどうせ負けるからとあっさり退いていた。
そのため、必要なエネルギーの半分も供給されない状況が続いているらしい。
『元々、テトちゃんが『正義の味方』総司令官になってから数百年の間に『悪の組織』の勝率は目に見えて下がった。そんなテトちゃんに対抗する手段として送り込まれたのが"ランクSSS"という規格外の刹那っち。なのに現状打破どころか使命も忘れてエネルギー不足に加担してるんだから、そりゃ怒るよねえ』
モリノミヤが愉快そうに語った『レーギア』側の情報はこれがすべてだ。
阿摩羅がレインを我が主と呼んだ理由はモリノミヤにもわからなかった。
なぜ俺の姿をしているのかも。
不可思議阿摩羅――未知なる世界から来た未知の敵。
俺達は近いうちにもう一度戦うことになる。
いつになるかはわからないが、遅くて近日、早ければ今日中にでも来るだろうというのが会議で出された予測だ。
俺の命は阿摩羅に狙われ、心も記憶が戻れば向こうについてしまうかもしれない。
もし命が奪われるなら、俺はレインの手にかかりたいと思った。
だがそうならないために、レインは俺を守ってくれるのだろう。
きっと、命を賭けてでも。
「なあ、レイン」
俺は顔を上げ、レインの頬を両手で包み込んだ。
「あのさ、その……」
レインは不思議そうな顔をしながらも、俺の言葉を辛抱強く待ってくれた。
夕陽が沈み、辺りが暗くなり始める中で、ようやく言葉を絞り出す。
「キス、しないか。……して、ほしい」
俺の顔は今きっと真っ赤だろう。
夕陽か夜の帳が隠してくれていると願うばかりだ。
レインは目を見開くと、次の瞬間には獰猛で気高い獣が凱旋する時のように笑う。
しかし、目をつぶった俺に与えられたのは、ふわりと優しいキスだった。
永遠の時間の中でゆっくり溶け合うような、柔らかで穏やかなキス。
「レイン」
「刹那」
時折互いの名前を囁き合いながら、俺達は何度も何度も唇を重ねた。
レインは俺を守り、俺はレインを守る。
唇と共に、想いを重ねた。
*
やがて夜の帳が下がりきって、黒い空に白い雲が浮かぶ頃。
――それは、来た。
「はぁ……」
『お疲れ様です、刹那』
柵にもたれ掛かかり、眼下の街を見下ろしながら缶コーヒーをすする。
もう一本を柵に止まるベスの前に差し出すと、器用に咥えて傾け、くぴくぴと飲んだ。
日が翳り始め、遠くに見える水平線が傾いた太陽に照らされて輝いている。
ここはタスマニア支部がある複合商業施設の屋上。
立入禁止で誰も来ないことをいいことに俺とベスは風に当たって休憩していた。
キイと扉が開き、大量の袋を持ったレインが来る。
「買ってきた。好きなのを選べ」
「ん……ありがとレイン。悪いな、わざわざお前に飯買ってきてもらっちゃって――って、量多くない?」
「あなたはもう少し太るべきだ。細すぎる」
『同感です』
「中年は苦労してこの体型維持してるんだよ……!?」
レインが買ってきてくれた中から具沢山のスープを選ぶと、無言でローストビーフたっぷりのサンドイッチも渡された。
更にベスが、果物とクリームがこれでもかと乗ったワッフルを隣に並べてくる。
一応軽食を頼んだはずなんだが、がっつり食わされそうだ。
それでもまだ4人前ほど残っているテイクアウトの食事をレインが適当に引っ張り出して食べ、気になるものはベスも軽くつまむ。
こんな風に3人だけで食事を摂るのは久しぶりだ。
なんだか懐かしい、数年前までは日常だった光景。
(変わらないものだなあ……俺が敵の手先ってわかっても、誰も態度を変えやしない)
――あれから、会談は約10時間に及んだ。
モリノミヤによって語られた衝撃の歴史。
かつて地球の人々を支配していた精神系能力者――『レーギア』の兵士達は、反乱によって滅びたという。
その後、『レーギア』は警戒を高めたそうだ。
見下していた地球の人々が脅威であると認めた。
そのため、送り込む精神系能力者の数をひとつの時代に数人までとし、気づかれず目立たないように潜伏させるようになったのだという。
代わりに"ランクA"以上の強い能力者を送るようにし、潜伏しながらも秘密裏に世界を動かし続けてきた。
人々から反乱の記憶は消され、今もなお搾取は続いている。
――それでも、反乱によって人々が掴み取ったものは確かにあった。
かつて『正義』と『悪』は殺し合うのが普通だったのだという。
それが一番効率的にエネルギーが発生するからだ。
しかし反乱以降、操られる機会が大幅に減少した地球の人々の文明は大きく発展。
文化が育ち、倫理観が育ち、変化していった人々はやがて殺し合いを否定するようになった。
今『正義』と『悪』が殺し合わずに済んでいるのは間違いなく過去の人々の成果だ。
「――何か考え事か? 刹那」
「ん……? いやさ、俺とかモリノミヤのこと、皆あっさり信用してくれたなって」
『レーギア』から送り込まれた兵という記憶を失っている俺はまだわかるが、モリノミヤのことも皆あっさりと見逃したから驚いた。
『良い夢見たいってだけでエネルギー搾取するやつに従うより、逆らう方が面白いじゃん。悪夢見て泣きわめいたら面白そう』
モリノミヤがレーギアを裏切り、俺たちに情報を提供するのはなぜかと聞かれた答えがこれだ。
俺はモリノミヤを信頼しているが、一度裏切った者はまた裏切る可能性が高い――というのは人の上に立つレインやテトロさんなら十分わかっているだろう。
警戒しても全くおかしくはない。
それなのに、「そうか」「あっそうなのねぇ」とあっさり流し、会談は不可思議阿摩羅対策会議へと変遷していった。
「……知りたいか?」
「ん? 何を」
「モリノミヤの過去だ。俺も蛸薬師(たこやくし)も、モリノミヤの過去は調べてある。だから俺は……そしておそらく蛸薬師も、モリノミヤがこの場で裏切る可能性は低いと考えた」
「へぇ……モリノミヤの過去とかそういえば聞いたことなかったな」
「あなたはそうだろうな。あれを信頼している」
「うん。そうか、お前たちがそうやって判断したなら俺に文句は無いよ」
念の為、世界中の人間から精神系能力による影響が残っていないかは探ってある。
あれば消し、この先数ヶ月は新たな干渉を受けないようプロテクトも施した。
まだ自分の力を完全に使いこなしたとは言えないが、この仕事には自信がある。
もしこの先モリノミヤが裏切ったとしても、肉体は脆弱な俺たちと高ランク<異能>持ちの皆ならどちらが勝つかは明白だ。
ただし万一、記憶を取り戻した俺が裏切らないという可能性も無いわけでは無い。
だから、レインとテトロさんの攻撃だけは無防備に受けるよう自分に暗示もかけてある。
皆とも相談の上でだ。
「刹那」
「ん? ……わっ」
いつの間にかベスの卵が添えられていたローストビーフのサンドイッチを食べ終わると、レインがふわりと抱きしめてきた。
腕の中に宝物のようにしまい込まれ、世界から音が消えた。
レインの鼓動と息遣いだけに包まれたような錯覚に陥る。
沈みゆく夕日に照らされたレインが、真剣な表情で俺を見つめていた。
「刹那、あなたは俺のものだ」
「ど、どうした急に」
「――レーギアには渡さない」
ぎゅうと抱きしめられ、俺の頬がレインの肩に埋まる。
ふわりと漂う香り。涼やかで、暖かい。
もしも夜に太陽が昇るなら、きっとこんな匂いがするのだろう。
「あなたの命も、体も、心も、俺にください。必ず、守るから」
「レイン……」
耳元で囁かれた真剣な声に、心臓がドクリと跳ねた。
――不可思議阿摩羅は必ずもう一度攻めてくるだろう。
というのが、あの場にいた全員の意見が一致した部分だ。
そして阿摩羅はおそらく俺を狙ってくる。
大罪人――レーギアの手先ということを忘れ、エネルギーの供給を阻害した者として。
俺は総統時代、十年以上に渡り『大戦』で負け続けた。
モリノミヤ曰く、それが阿摩羅の逆鱗に触れたらしい。
殺し合いが無くなった現代において、必要なだけのエネルギーを発生させるには『正義』と『悪』が同等の力で、なるべく長期間ぶつかり合わなければならないそうだ。
であるにも関わらず、俺はどうせ負けるからとあっさり退いていた。
そのため、必要なエネルギーの半分も供給されない状況が続いているらしい。
『元々、テトちゃんが『正義の味方』総司令官になってから数百年の間に『悪の組織』の勝率は目に見えて下がった。そんなテトちゃんに対抗する手段として送り込まれたのが"ランクSSS"という規格外の刹那っち。なのに現状打破どころか使命も忘れてエネルギー不足に加担してるんだから、そりゃ怒るよねえ』
モリノミヤが愉快そうに語った『レーギア』側の情報はこれがすべてだ。
阿摩羅がレインを我が主と呼んだ理由はモリノミヤにもわからなかった。
なぜ俺の姿をしているのかも。
不可思議阿摩羅――未知なる世界から来た未知の敵。
俺達は近いうちにもう一度戦うことになる。
いつになるかはわからないが、遅くて近日、早ければ今日中にでも来るだろうというのが会議で出された予測だ。
俺の命は阿摩羅に狙われ、心も記憶が戻れば向こうについてしまうかもしれない。
もし命が奪われるなら、俺はレインの手にかかりたいと思った。
だがそうならないために、レインは俺を守ってくれるのだろう。
きっと、命を賭けてでも。
「なあ、レイン」
俺は顔を上げ、レインの頬を両手で包み込んだ。
「あのさ、その……」
レインは不思議そうな顔をしながらも、俺の言葉を辛抱強く待ってくれた。
夕陽が沈み、辺りが暗くなり始める中で、ようやく言葉を絞り出す。
「キス、しないか。……して、ほしい」
俺の顔は今きっと真っ赤だろう。
夕陽か夜の帳が隠してくれていると願うばかりだ。
レインは目を見開くと、次の瞬間には獰猛で気高い獣が凱旋する時のように笑う。
しかし、目をつぶった俺に与えられたのは、ふわりと優しいキスだった。
永遠の時間の中でゆっくり溶け合うような、柔らかで穏やかなキス。
「レイン」
「刹那」
時折互いの名前を囁き合いながら、俺達は何度も何度も唇を重ねた。
レインは俺を守り、俺はレインを守る。
唇と共に、想いを重ねた。
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やがて夜の帳が下がりきって、黒い空に白い雲が浮かぶ頃。
――それは、来た。
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