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三章 総統閣下の無くしもの

12 「あなたは……無能などではなかった」

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***


「ベスは眠り続け、阿摩羅が常に傍に置いている」
「ふむ。ここからじゃよく見えないな……」

 『悪の組織』本部の近くにある高層ビルのラウンジで、俺とレインは窓際の席に陣取り見下ろしていた。
 かつての俺の気に入りの店で、未成年の今飲んでいるのは残念ながらノンアルコールカクテルだが、華やかで美味くて申し分ない。

 俺は双眼鏡で本部を覗いていた。
 出入りする人間は見えるが、本部の中の様子までは上手く見えない。

「こんな時あいつがいれば楽なんだけどな~」
「あいつ?」
久寿米木くすめぎだよ。ほら、第14代総統」

 久寿米木くすめぎ 暁司ぎょうし
 俺の傍で総統として勉強を積んでいたレインに一目で心酔して『悪の組織』に加入。
 頭の回る男で、みるみるうちに頭角を表していった。

 久寿米木の<異能>は『超視力』"ランクS"。
 壁や天井すら越えて視ることができる能力。
 たしか半径20kmくらいは簡単に見透かせたはずだ。

「……よりによって、あなたを陥れた者か」
「俺、仕事と私怨は分けるタイプ」
「それがあなたの偉大な所だな」

 久寿米木はレインを総統の座に就けるために俺を陥れた。

 俺が今こうして人造人間の体になっているのは、俺がレインの童貞奪って逃げた夜、久寿米木によって陥れられことに端を発する。
 しかし、部下に足元掬われた上に処罰もできなかったという時点で俺は悪の総統として失格だ。
 元々レインが育てば総統の座は譲るつもりだったし、少し早まっただけと思えばそこまで恨みも無い。

「とはいえ、お前が目潰させたんだよな。<異能>使えるかな……」

 久寿米木の『超視力』の核は当然、瞳だ。
 しかしレインを裏切った罰として潰され、今は『正義の味方』に保護されているはず。

「……」
「レイン?」
「――あなたは悪運が強いな」
「なんだよ急に――、っ!?」

 窓際の席に並んで座っていたレインは、突如立ち上がり椅子を蹴って踏み出した。
 遅れて振り向いた俺の目に、レインが誰かの首を掴み持ち上げている光景が映る。

「なっ……どうしたいきなり。暗殺されかけた?」
「あなたがな」
「えっ俺……? あっ!」

 宙に浮いた足をバタつかせ苦しそうに呻く人物の顔を見て思わず声を上げた。

「久寿米木!?」

 噂をすれば影、とはこのことだろう。
 レインに宙ぶらりんにされた男は久寿米木――今まさに欲していた人材だった。





「げほっ……ここは、私のいきつけなのですよ」
「ああ、たしかに会ったことあるよなあ」
「そう。良い店を見つけたと思うとあなたが経営しているか常連なのです」
「あはは、俺たち趣味が似てるんだろうな」

 レインは暗殺未遂と言ったが、身体検査の結果刃物や毒は持っておらず、気配すらそのままに近づいてきたことから放免になった。
 話を聞いてみると、俺とレインらしき会話が聞こえたから挨拶に来たらしい。

 個室のテーブル席に移り、久寿米木の前に俺が、俺の隣にレインが座っている。
 久寿米木は目元を隠すように濃い色のサングラスをかけていた。

「それにしても、よく私と同席しようなどと思えますね――阿僧祇刹那」
「いつまでも恨み引きずってたら、無能な総統を10年以上続けてられないんだよ」

 総統時代、<異能>のランクが低い上に『大戦』で勝利できない俺は無能な総統だと言われ続けていて。
 下剋上を狙われる事も多かったが、いちいち気にしていたら到底前になんて進めない。
 私怨と仕事は分けて考え、引きずらないのが俺の処世術となっていった。

「……あなたは本当に阿僧祇刹那なのですね」
「うん。今はちょっと若返ったけど」
「声の質からして違う。あなたの体ではないはずだ」
「鋭いねさすがに」

 視力を失った久寿米木は、他の感覚が鋭敏になったそうだ。
 <異能>を失ったせいもあるのだろう。

 俺とレインは当然声を潜めて喋っていたのだが、久寿米木は賑わう店の中で俺達の会話に気がついた。
 そして今も、別人の体に入った俺をあっさり看破する。
 <異能>ほどではないが、すさまじい聴力だ。

「……なあ、久寿米木」
「なんですか」
「<異能>貸して!」
「はぁ……?」
「刹那……」
「使えるものは使いたいだろ」

 頼んでみたら久寿米木は困惑し、レインは直球すぎると眉をしかめた。
 しかしベス救出のためだ、手段を選んではいられない。

 レインの言う通り、俺は悪運が強いらしい。
 欲しかった時に欲しかった能力が向こうからやってきたのだ。
 これを利用しないでどうする。

「私はこの通り目が潰されていますから、お役になんてとても」
「それはもちろん、ベスの卵を提供しよう」

 俺の体力回復に何個か使い、俺とレインの手元に残った卵は残り1つとなっていた。
 今は貸し金庫にしまってある。
 久寿米木の目は最後の一個を使うだけの価値があった。

「……」
「回復専門じゃないから完全にとは言わないが多少は戻るはずだ。ここからビル内くらいなら余裕だろ?」

 黙り込んだ久寿米木。
 迷っているのだろう。
 もう少し待ってもいいが、もう一枚カードを切っておくか。

「――これはレインのためでもある」
「……というと?」
「当然、不可思議阿摩羅だ。――久寿米木、お前あれの洗脳を受けていないよな」

 久寿米木が阿摩羅の洗脳を受けていない。
 これは、俺のことを阿僧祇刹那と呼んだ時に勘付いたことだ。

 阿摩羅は大罪人の阿僧祇刹那を自分の元へ連れてこいと言った。
 精神系<異能>の強制力は非常に強い。
 俺を刹那だと認識してもすぐさま捕らえようとしなかった時点で、洗脳を受けていないと踏んだ。

「……! やはり、不可思議阿摩羅は……」
「精神系能力者だ。あいつの手の中で『悪の組織』が転がされているのはお前としても本望じゃないだろう、第14代総統?」

 久寿米木はレインのために俺を陥れ、自分が就任してもすぐにレインに席を譲った。
 出会った時から久寿米木の行動理念は変わらない。

 全てはレインのために。
 ちょっと過激でちょっと信仰心と思い込みが激しいだけで、レインが世界の中心にいる男なのだ。

 そこに付け込まない理由は無い。

「……いいでしょう」

 案の定、久寿米木はすぐに首を縦に振った。

「助かるよ! ありがとう久寿米木!」
「おやめなさい馴れ馴れしい……!」
「ごめんごめん。レインと握手でもする?」
「刹那、やめろ」
「ごめん断られた。じゃあ早速、ベスの卵取りに行ってくるな」

 阿摩羅が本部にいるとは限らないが、夜になればセキュリティ完備の山奥の家に帰ってしまう可能性がある以上、行動は早い方がいい。
 立ち上がると1人でいくなとレインに止められて一緒に貸し金庫へ向かった。





 1人残された個室で久寿米木は物思いに耽る。

「……阿僧祇刹那」

 プライドの要であった<異能>を潰され、久寿米木は最低ランクの<異能>使いと変わらない立場に落とされた。
 弱者として『正義の味方』によって保護され手厚い治療を受けてしまった、『悪の組織』としては最悪の屈辱の日々。

 治療された久寿米木は『正義の味方』の保護下を飛び出した。
 人脈もコネも資産もある。1人で生きていくことは可能だと思えたのだ。

 しかし、現実は甘くなかった。
 強い者こそ至高という価値観に染まった世間において、弱者の扱いは久寿米木が想定した以上に悪かったのだ。
 裏切られ、搾取され、自分という価値がいかに高ランク<異能>に支えられた脆いものだったかを知った。

 ――弱者としての立場を経験した久寿米木は、低ランクの<異能>でありながら『悪の組織』第13代総統として10年以上君臨し続けた男のことをよく考えるようになる。

 第12代総統の鶴の一声によって就任し、高ランクの<異能>使いを部下にし、疎まれやっかまれながら決して下剋上を許さなかった男、阿僧祇刹那。
 刹那が消えた後、無能がいなくなったとせいせいするものは多かったが、すぐに『悪の組織』全体が混乱した。
 しかし刹那のデスクに残されていた引き継ぎ資料により事なきを得たのだ。

 『悪の組織』はたしかに刹那によって支えられていた――今も、刹那の育てたレインが引き継いでいる。

「あなたは……無能などではなかった」

 俯いていた久寿米木はふと、個室の外から聞こえてきた足音に耳をすませた。
 刹那とレインが戻ってきたのかと思ったが、荒々しく洗練されていない足音は彼らのものとは違っている。

(まずいな……)

 『悪の組織』を裏切り情報を流した者へのリンチか、幹部時代に叩き潰した『正義の味方』か。
 久寿米木に恨みを持つ者は多くいた。
 普段は慎重に目立たないよう過ごしてきたが、どうしていても目立つレインと共にいたせいで気づかれてしまったようだ。

(お役に、立てないかもしれませんね)

 せめてもの罪滅ぼしと考えたがそれも叶わないようだと、久寿米木は見えない目を伏せた。
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