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第3章 夏~Summer~
第12話 自分らしく
しおりを挟む美沙香に手を引っ張られながら着いた先は境内で先程の場所より人混みが多かった。
少し場所をずらして誰も座っていないベンチに座る。
美沙香は走ったせいか髪が少し乱れて、お面も落としたのか頭に無かった。
「ふぅ…ここまで来たら大丈夫だろう。警備員もいるし。それよりも大丈夫か?」
美沙香はポケットからハンカチを取り出して優しく俺の口元に当てる。
「いっ!」
「なぜあんな事に?」
「ぶつかって…。」
今さら自分が言い訳するかの様に感じたせいか、話すのを躊躇ってしまう。
「それだけで因縁つけられたのか?」
「いや…俺から手ぇ出した。」
何を威張っているのか出たのはつまらない嘘だった。
「嘘つけ。晴から仕掛けるはずないだろ。」
一瞬でバレていた。
「…なんで?」
「真面目だからな、君は。」
何も言い返せなかった。
俺が真面目?何故かその言葉に異常な虚無感を抱いた。
真面目だったらこんなに弱々しく思われるのだろうか。
目の前で殴られて何も出来なかった男を見て、美沙香は呆れているだろうか。
そう思ったからだ。
「だっせーな、俺。」
自虐するかの様にぼやく。
「…会社に迷惑かけるとか思ったんだろ。」
「!」
まるで見透かされたかの様に言われ激しく動揺してしまった。
「真面目だからって弱いとか思ったんだろ。」
「え!?なんで!?」
心を読めるのかコイツは…全て言い当てられ動揺が隠せない。
「痛っ!」
思わず大きく口を開け声を出してしまい殴られた頬が痛む。
「しばらくは痕が残るだろうな。しっかり冷やさないと。」
美沙香は鞄から小さなペットボトルのミネラルウォーターを取り出し渡してくれた。
「そこの茂みで濯いだらいい。神様に失礼かもしれないが致し方無い。」
「い、いいよ。」
「バイ菌入って余計腫れるぞ。」
「うっ…。」
言われるがまま人気の無い茂みに行き口を濯ぐ。
外の薄暗さでよく見えないが口から出した水は血と混ざり赤茶色になっていた。
染みるがもう一度口を濯ぐ。
「なんでこうなるんだよ…。」
愚痴るかの様にポツリと呟いた。
こんなに惨めに思ったのは久しぶり…いや初めてかもしれない。
少し前までは楽しく過ごせていた時間が、ちょっとした事でこんなに変わるなんて。
俺が大人しく待っていれば…。
「あ!」
ある事に気付き鞄の中を開く。
先程購入した扇子を取り出すと中骨が無惨に折れていた。
「あ~あ。」
溜め息が出た。折角買って渡そうと思ったのに。
これでは渡せない。扇子を閉じて再び鞄に閉まった。
踏んだり蹴ったりとはまさにこの事だ。
「悪い、水全部使っちまった。」
「構わない。それより病院に行こう。」
「え?いやいいよそこまで。」
「口腔内の傷は甘く見ると大変なんだ。」
そう言えば美沙香は看護学校に通っている。
その知識もあるせいか説得力がある。
「ん…分かった。けどもう少し、ここに居させてくれ。」
このまま素直に病院に行ったら本当に何しに来たのか分からない。
今はただ、この縁日の雰囲気だけでも楽しんで帰りたい。
「そうか。うん、分かった。」
美沙香も了承してくれた様だ。
「なぁ?なんで俺の…その、思ってた事分かったんだ?」
思っていた事を全て言い当てられてしまったのが凄く気になり問いかけた。
「分かるさ。」
「いや、だからなんで?」
「…。」
美沙香の返答はそこで止まった。代わりに賽銭を投げ入れる音と鐘を鳴らす音が帰ってくる。
「逆に訊かせてくれ。」
「え?何?」
「晴は…こんな私といて楽しいか?」
その問いの意味がよく理解出来ず思考が止まってしまう。
「楽しい、けど…。」
「けど?」
苦し紛れに出た言葉が続かない。
なにせ情けない姿を見せてしまった事が未だに尾を引いていたからだ。
「なんかさ、一緒にいて俺だっせー姿しか見せれてないから。」
嘲笑しながらそう言うと美沙香は少し笑った。
「私もその"だっせー"姿を見られた。」
意味がよく分からず美沙香のほうに目をやる。
「もっと女性らしく。もっと可憐でお淑やかにいたい。」
切実に思っているのか徐々に表情が曇りつつある。
「そんなに変じゃないぞ?美沙香は-」
「あれを見てか?」
言葉を遮られた。
「普通の女性はあんな事しない。」
あんな事…男をぶん投げた事か。
「体が勝手に動いたんだ。昔、合気道を嗜んでたから。」
「え?凄っ。」
「引いたか?女が-」
「その女が女がって止めないか?」
次は俺が言葉を遮った。
「美沙香は美沙香だろ?そりゃぁ初めて会った時は驚いたし、ビックリしたけど。」
重言していたがそれでも言葉が止まらなかった。
「一緒に働いて、喋ったり遊びに行ったりしてる内に思った。そんなもん関係ないよ。」
本人はコンプレックスや悩みを抱えているだろうが自分はそこまで違和感も嫌気も抱かない。
素直にそう思った。
「…。」
美沙香は面を食らったかの様に口を小さく開けていた。
「と、とにかく!考え過ぎるなよ。別に可笑しいとか軽蔑するとか無いから。」
そう伝えると美沙香はまた笑った。
「君は本当に優しいな。」
「普通だろ。」
「さっきの答えは今、晴が言ってくれた事だ。」
「?」
さっきの答え…俺の思ってる事が分かるのかを訊いた事だろう。
「自分の弱さや嫌気は…周りからしたらそんなに大した事じゃない。要は相手次第って事だ。」
「??」
よく理解出来ず固まる。
「晴の思ってる事は私には全部分かるよ。」
「え?答えになってないんですけど。」
すなわちどう言う事か自分なりに解釈するにも思考が追い付かない。
「すぅ…はぁ…。」
美沙香は大きく深呼吸をし大きく目を見開いた。
「私は…本来女性として生まれてくるはずじゃなかったんだ。」
「…え?」
空気が一瞬で変わったのを感じた。
美沙香は何か覚悟を決めたかの様な表情をしている。
「私の実家は昔から、伝統やら跡取りやら面倒な事を繋いできた柄でな。」
「へ、へぇ~。なんか凄いな。」
「柵でしかない、別に凄くともなんともない。」
美沙香は拳を強く握っている。
「私が女で生まれて、嘸かし両親は焦ったんだろう。何を思ったか中身だけでも男にしようと育てた。」
それを聞いて会った事もない美沙香の両親に憤懣遣る方無い、そう思ってしまった。
「おままごとしたくてもミニカーやロボットで遊んだ。アイドルやダンスが見たくても格闘技を見せられた。」
「美沙香…。」
「バレエやピアノがしたくても合気道や剣道…武を極めつけられた。」
苦しかったのか悔しかったのか、強く握られた拳にさらに力が入っていた。
「でも祖父だけは理解してくれて、この浴衣を卸してくれた。」
「あ…。」
確かお祖父さんは闘病中だったと聞いた。
だから美沙香が看護学を学んでいるのだと理解した。
「祖父も家の伝統を守るため、私の両親の育成方針に…抗えなかっ…たが。」
美沙香は涙を溜めながら必死に訴えかけるかの様に言葉を続けた。
「私には、祖父しか頼れない…存在…だから。」
「…。」
かける言葉が見つからず美沙香を見守る事しか出来ない。
「そんな中で…晴と出会って。」
自分の名前が出てきてハッとした。
「気付けば、私を理解してくれる人だなって思う様になった。」
少なくとも今は他の誰より美沙香の事を理解出来る自負があった。
「あぁ。ありがとう、話してくれて。」
辛かっただろう、苦しかっただろう。
小さい頃から葛藤の日々を過ごし、美沙香はこれまでどんな人生を送ってきたかと思うと心が締め付けられる。
「こんな変な自分と…変わらず接してくれる晴が…。」
溜まっていた涙が溢れだしていた。
「好きなんだ。」
その言葉を聞いて締め付けられていた心が和らいだ。
「その…もし良かったら私と…正式に付き合ってほしい。」
今まで生きてきた中で一番幸せになれた気分だ。
人に好きと言われるのがこんなに嬉しい事だったなんて。
「俺達、出会ってまだ二ヶ月経って無いしさ。」
まだ間もないだろう。
全て知った訳じゃない。
だが今話をしてくれた事
好きと言ってくれた事がなにより嬉しく
月日の問題じゃないと思った。
「俺もその…誰かと付き合ったこととか無くて…。」
「…あぁ。」
ありがとう、美沙香。
「それでも良かったら…宜しくお願いします。」
改まった言葉になってしまったが軽く頭を下げた。
「あぁ……すまな……えぇ!?」
急な大声で驚愕する美沙香に驚いた。
「な、何!?」
「いや…断られるかと思って。」
「なんでだよ!?」
「いや…そんな口調だったから。」
そんなに変な感じだったのか…。
「ご、ごめん。」
「こちらこそ悪かった、急に。」
「いや…。」
何を喋っていいのか分からず先程からずっと強く握られてある美沙香の手を包む様に握った。
凄く熱い。
すると美沙香は包まった手を解き、手を握り返してくれた。
「嬉しい。」
涙声は続いていた。
「もっと、女性らしくするから。」
「まだそんな事言ってんのか?美沙香は美沙香らしくで良いから。」
そう。俺はそんな美沙香が好きなんだ。
と言えば良いのだろうが恥ずかしくて言えなかった。
「さっき言ってたバレエやピアノ、逆に武道とかも男女関係無いだろ?やってきた事を誇りに思えばいいさ。」
「ふふ。祖父と同じ事言ってるぞ。」
「あ、そうなの?」
ちょっと恥ずかしくも嬉しかった。
すると鈍い痛みが口の中に広がり思わず顔が歪んだ。
「痛むんだろ?病院に行くぞ。」
手を握ったまま立ち上がる美沙香。
「どっちにしてもこんな時間じゃもうやってないだろ?」
「大丈夫だ。私の通っている学校の伝手で急患でも診察出来る。」
頼りになる。
「そう言うけどなんて言えば良いかな。殴られてなんか言うと色々面倒そう。」
「そこは適当で良いだろ。」
「例えば?」
「転んだとか。」
「マジかよ…。」
取って着けたかの様な言い訳で少し笑えた。
その後俺は美沙香に連れられて口腔外科に寄り、軽い診察と処方箋で抗生物質の薬を貰った。
帰り際に窓口のナースの人が「星野さん、彼氏?」と茶化した。
数時間前と似た様な場面だ。
しかし美沙香は少し恥じらいながら「そうです。」と返した。
「あの時な?」
「ん?」
駅に向かっている途中に美沙香が口を開いた。
「ラムネを買った時に晴言われていただろ?彼氏って。」
「あ、あぁ。」
「あの時、そうだったら良いなって思ってたんだ。」
まさか数時間も経たない内に本当に彼氏になると思わなかった。
「そ、そうか。」
「多分その時の私、凄く浮いている顔をしていたと思う。」
「だから被っていたのか?あれ。」
「あぁ…ってあれ!無い!落としたのか!?」
今さら火男の面が無いことに気付く。
「今さらかよ。」
「もっと早く言え!」
そんなに気に入っていたのか。
少し可哀想に思えて鞄からあるものを取り出す。
「代わりにじゃないけどさ…。」
折れた扇子。
正直壊れた物を渡すのもどうかと思ったが今日の記念として渡すだけ渡したかった。
「転んだ時に壊れちゃったみたいだけど。」
「それは…。」
「待ってる時に買った。」
すると美沙香は丁寧にそれを受け取ってくれた。
「ありがとう、凄く嬉しい。」
「折れてるから使わないと思うけど。」
「いや、大事にする。本当にありがとう。」
まるで赤子を抱える様に両手で大事に持ってくれる。
その姿を、俺はしばらく見ていた。
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