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越後勢の分の戦の仕置き

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 北信濃の国人領主達は武田の配下に納まる事となった。残るは越後勢である。

 源太郎の軍勢は弩を長槍・短槍に持ち替え、相手方を包囲するように近づいて行った。

 「さて越後勢を率いておられる方々、武田信義にお名前を頂戴したい」

 越後勢の中から2名の人物が進み出てきた。

 「長尾為景でござる」

 「上杉定実でござる」

 「さて、御二方が後ろ盾となっていた信濃の国人衆は、この戦により我が配下となり申した。ご異存あらば、戦を続行致し決着を付けまするが如何?」

 源太郎は二人に尋ねた。

 「この長尾為景、負けを認めまする」

 やや沈黙があって後

 「それがし上杉定実も負けを認めまする」

 そして二人は源太郎に尋ねた。

 「「戦の結果として、何を我等に望まれましょうや?」」

 「甲斐・信濃・越後・上野の間の永久なる不戦と街道整備の協力と往来増加の盟約でござる」

 即座に源太郎は答えた。

 「「もちろん、我等の臣従の上での話でござろうな?」」

 「そちらがお望みとあらば。されど、実の処やりとうはござらん。甲斐の人手が足りのぅなる」

 「「なんとっ?!・・・・・」」

 暫く二人はポカンと口を開けたまま沈黙した。

 「・・・で、越後の街道整備についてでござるが、御二方が同意下さればスンナリ行きましょうや?」

 源太郎が尋ねた。

 「「いや、我ら二人が組んで居る限り最大勢力になりまするが、阿賀野北衆に代表される一部の小領主共が勝手を貫いて居る故、越後も乱立状態でござる」」

 それを聞いた源太郎は早急に信濃路整備する必要を気付いて口を開いた

 「・・・幸隆殿、海野家と真田家に依頼がある」

 「はっ!如何なる事で?!」

 「我等は越後まで足を延ばす。高梨家・村上家日は引き続き統治をしてもらう。しかし、それらの城に一人ずつ城主と領民への指導役で、将と補佐の手勢の配置をお願いしたい。して頂く事は弩を使った害獣対策が基本となる。その後は、街道整備の要領です。夏の内に春日山城まで行きたい故、大急ぎでお願いしたい」

 「はっ!早速」

 幸隆は即座に馬に跨り去っていった。

 「では十日後に越後へ向けて出発致す。各々方、身体の養生をしながら準備をお願い致す!」

 「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」

 源太郎の指示に将兵達は気合十分な返事を以て応えた。





 翌日、源太郎は越後へ向かう将兵達の希望者を募った処、海野平へ来ていたほとんどの将兵が集まってしまった。その数約120000名。その中で荻原隊1000・内藤隊1000・栗原隊1000・工藤隊1000を連れて行くことにした。
 源太郎直率500・板垣隊1000を加えると武田勢は5500が越後入りする事となった。

 出発の日、長尾勢を先頭に源太郎直率部隊・板垣隊・荻原隊が先頭集団。中団が上杉勢と栗原隊。殿が内藤隊・工藤隊の順番で北国街道を春日山城へ向かって進み始めた。






 夏の盛りの頃、春日山城から越後の各領主・城主宛てに、長尾為景・上杉定実の連名で召集の使者が建てられた。そして、使者が託された文には源太郎に追加の文もあった。






 その数日後、春日山城に統べての領主・城主が集まった。
 当主の席には長尾為景の嫡男・晴景その横には、上杉定実の娘・実乃里姫が座っている。為景と定実は、それぞれ自分の息子と娘の斜め後方に控えていた。

 更に、当主席から見て左側、家臣側から見て右側に、源太郎を筆頭とした武田の諸将が控えていた。




 越後の諸将達は何事があるのか、と、それぞれが疑問に思ったが、声に出して表せる者は一人としていなかった。







 


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