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帰還

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 陣を払った翌日、江戸城の戦さで上杉勢が敗れた内容の知らせを受け取った源太郎達は躑躅が崎館へと急いだ。






 躑躅が崎館

 信虎の前では、戦さの最初から携わっていた小山田越中守が諸将を代表して報告をした。

 「此度の戦さ、我らは北条に対して常に少数であった為、江戸城へは足が届かず、北条勢に手傷を負わせたものの、その間に江戸城攻めの上杉勢が撤退した故、陣を払い帰還した次第にござりまする」

 「越中守、ご苦労であった。しかし、そなた達が江戸城へ行っておれば上杉殿は江戸城を落とせたであろう?」

 「しかしながら御館様、国境にて我が勢2000に対して約20000の北条勢に行く手を阻まれました。その後、板垣殿等が援軍として加わって下されましたが、それでも我が勢は10000、まだ敵勢の半分でござった。正面からでも搦め手を使うても、北条勢を突破する事叶いませなんだ。何をすれば良かったか、ご教授頂とうござる」

 「愚か者!ワシなら北条の総大将のみを狙い、一点突破で打ち破って居ったわ!」

 「我等は御館様ほど武勇に恵まれておりませぬ。御館様でなければでき申さん。我等には到底無理でござる。是非とも次は、御館様自らのご出陣をお願い致しとうございまする」

 「解ったわ!そなた等には無理を強いた様じゃ。此度は不問と致す。皆、下がって好いぞ」

 「「「「「「「「「「ははっ!」」」」」」」」」」






 信虎への報告は、取り敢えず無事に終わった。報告の後すぐに、小山田越中守は自領へ戻っていった。

 小山田達は今更ながらに源太郎に感服していた。と言うのも、躑躅が崎館へ帰還する道中、源太郎が小山田に報告の手順を事細かに要点を教えていたのを皆知っていたからだった。



 その夜、飯富の館に荻原・大井・栗原・馬場・山県・加賀美・内藤・工藤・今井等の諸将が集まった。

 「飯富殿、此度の経緯を聞き申したが、今更ながら我が甥は恐ろしい奴よのぅ」

 「ハハハ大井殿、あのような方が甥御とは羨ましい限りじゃ!」

 「「「「「「「「飯富殿に大井殿、御館様は何とかならぬものかのぅ?このままでは我等、近いうちに武田を退去せねばならなくなりそうじゃ。」」」」」」」」

 「「各々方、早まられるな!明朝、板垣殿を通じて若殿に我等の気持ちを伝える故、しばし待たれよ!」」

 「「「「「「「「済まぬ。気が急ぎ過ぎた様じゃ。何卒お願い申す」」」」」」」」










 そんな話し合いがなされている事を知らず、源太郎はその夜、久々に弟妹達と和やかに過ごした。





 翌日の午前、源太郎の私室に板垣が来た。

 「若殿、静かな所で急ぎお話があり申す」

 「なんじゃ?じぃにしては珍しいのぅ・・・その物言いは。今から、じぃの館へ行こう」






 板垣の館

 板垣は家臣達に人払いを命じ、来訪者が来ても留守と伝える様に指示をした。

 「じぃ、どうした?仰々しいぞ」

 「若殿、これから話す事、余人には伝えられませぬ故・・・」
 
 「じぃらしくないのぅ・・・今日のじぃは歯切れが悪すぎるぞ。ん?!何ぞあったか?もしや、謀反の兆しでもあるのか?」

 「誰にとって・・・と言う言葉は付きまするが、立場によっては謀反となりまする」

 「という事は、武田が二分されるという事か・・・一方は間違い無く父上であろう。もう一方は誰じゃ?」

 「心苦しき事ではござりますが、若殿にござります。実は少し前、飯富殿と大井殿が訪ねて来られ、御館様のご隠居を求める者達が10名以上おる由。若殿に代替わり無くば、その者達は武田を退去いたす覚悟とか・・・」

 「・・・そこまで切羽詰まって居ったか。ワシも認識が甘かったのぅ。そこまで覚悟しておるのじゃ、他にも何か言っておったであろう?」

 「げに恐ろしきお方じゃ。若殿に拒まれた場合、太郎様を立てるそうにござりまする」

 「やはりのぅ・・・太郎の才はワシを軽く超えておるでのぅ。太郎ならば幼くとも采配を振るえるであろう。されど、年端も行かぬのに上に立たすは気の毒じゃ。太郎を守る為に立つ事にするわ」

 「源太郎様・・・お守りできず申し訳ござりませぬ。この不甲斐なきじぃを手討ちにして下され!」

 板垣は床に額をつけ、深々と土下座をした。

 「馬鹿を申すでない!やらねばならぬ事が突然、富岳の如く山積みになった故、死ぬ暇など無いわ!いきり立って居る者達に伝えよ。準備がある故2年待てと。そして、繋がりを広げる事無く静かに時を待てと」

 「ははっ!必ずや一言一句違える事無く伝えまする。それから怪しまれぬ様、昼餉をお召し上がりの後、御館にお帰り下さりませ」

 「おぅ!やっとじぃが戻って参ったな。ハハハ・・・」

 昼餉を食した源太郎は何事も無かったように館へ戻った。








 一方、自領に戻った小山田備中守は、信虎の弟で妻の2番目の兄である勝沼信友の訪問を受け話をしていた。

 「義兄上殿、そなたの甥御殿は噂を超える怪物でござるぞ。此度若殿がおらねば小山田は滅んでいたやもしれぬ。おまけに、我等が兵達の、死人はおろかケガ人は皆無なのじゃ」

 「ほぅ・・・それはそれは。されど此度は良かったではないか。そう言えば1度目の諏訪攻めの後、大井殿は源太郎殿がおる限り内紛は起こせぬと言っておった。今川に付いたり武田に付いたりと、自領を守る事のみに汲々としておった今迄の大井殿とは大違いじゃったわ。頼もしくもありながら、心底恐ろしいといった感じか・・・」

 「大井殿がそう感じるのも無理はない。その上、飯富殿達は若殿に心酔しておる。甲斐の国人衆は皆、意識せずとも、若殿を中心として纏まろうとし始めておる様なのじゃ」 

 「となれば、御館様なる兄上はどう思うかのぅ?今迄の源太郎殿との経緯を思うに、面白くはないであろう」

 「そこでござる。ワシは此度の事で、情けを加えた采配をする若殿を好きになった。万が一、御館様が若殿に何かなされなば、ワシはあのお方をお守り申し上げる。どうせ此度の戦で無くしておった筈の命じゃ、若殿の為ならば惜しゅうは無い」

 「ハハハ、惚れ込んだ物じゃのぅ!ワシも気に留めておく事にする。老婆心から言うが、くれぐれも、源太郎殿が何かを起こすまでは大人しゅうしておられよ。家臣団が先に動き始めると源太郎殿が危うくなる」

 「お言葉かたじけのうござる。その言葉、胆に銘じまする」




 武田家の世代交代のうねりは静かに動き始めた。


 











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