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新しい風が吹き始めた家中
しおりを挟む信虎に限らず、この時代の地方領主は戦さを生活から切り離す事が出来ない宿命であった。
例え自分が領内の政に専念したくとも、隣の領主から仕掛けられれば戦さになるのである。
信虎だけを見てみると、正室である大井夫人の実家大井家は度々今川家の誘いに乗り紛争を引き起こした。
他の国人領主たちも、信虎が家督を継ぐ以前から独立気質の傾向が強く、一応家臣の列に入っているだけであり、武田家の意向だけで甲斐の国内が治まる状況ではなかったのである。それに加えて、信虎の独善的な統治手段は多くの家臣たちの反感を呼んでいた。
源太郎が元服をした享禄2年、元服式によって家臣団の空気が落ち着いたとみるや、信虎は加賀美虎光の征伐を企て、それを諫めた馬場虎貞だけでなく、内藤虎資・山県虎清・工藤虎豊等もついでとばかりに手討ちにして独裁の度合いを図った。
しかし、源太郎が直前でそれを止めた。馬場達は命拾いをし、加賀美へは書面を遣わして臣従を確認した。
この様な事も重なって、源太郎の存在によって未だ歩みは遅いが、武田家臣団が源太郎の元へ纏まる方向に甲斐の国内は進んでいる。ただ、信虎だけはその認識を持っていなかった。
上杉夫人を新たな側室に迎え、犬千代が病によって生死の淵を彷徨ったり、と、家族が荒波にもまれた享禄3年(1530年)、信虎は上杉夫人を迎えた事を早急に利益に変える様にと、常に考えていた。
大井夫人との婚姻を仲介した上杉朝興が、失地回復を狙って北条に奪われている江戸城へ出兵した事を知った信虎は、妹の夫で甲斐東部の小領主である小山田信有(越中守)に江戸城へ向けての出兵を命じた。
源太郎は毎年の出兵を不満に思っていた。
百歩譲って、同盟や縁続きが絡むやむを得ない出兵であるにしても、毎度毎度力任せに戦うだけの信虎のやり方に疑問を持っていた。
しかし、自分は元服を済ましてまだ一年の若輩であり、武田の当主は父信虎である。
一度目の諏訪の出兵の時に武田勢の壊滅を回避させたとはいえ、一部の家臣達にしか知られておらず、公式的には初陣を済ませていない為、自身の影響力はほぼ無いに等しい状況であった。
また例によって自室で寝転がり、天井を眺めながら思いを巡らせている。
(あぁ~・・・父上はまた戦だ。小山田の義叔父も迷惑であろう。父上は小山田の小勢だけで江戸まで行ける、と本気で思っているのであろうか?ワシには馬鹿馬鹿しく思えてならんわ。下手をすれば小山田勢を失ってしまう事にもなりかねん。どうすれば良いかのぅ)
(「ハハハ、源太郎!何をグダグダ言っておる?!そなた、小山田に対してしたい事があるのであろう?ハハハ、何を大人しゅうしておるのじゃ?未だ許される年じゃから、何でもするが好いぞ!やれっ!やるのじゃっ!!」)
(「始祖様・・・相変わらず突然にござりまするなぁ。ワシの事、楽しんでおられまするなぁ・・・ワシが動くと父上が五月蠅いのでござる」)
(「それなら、板垣でも甘利でも誰にでもグチレば良いわ。ハハハ、怖い怖い親父殿に知られぬ様、手を尽くしてくれよう程にのぅ。皆、そなたの為ならば何事でも喜んで動くであろう」)
(「果たして、そうでございましょうや?」)
(「そなたがおらねば、荻原備中守や馬場・内藤・山県・工藤・加賀美は、かつてのワシと同じになっておった。それらの者達は皆、深く感謝しておる。ただ、それを態度に出せばそなたの身を危うくする故控えておるのじゃ」)
(「解り申した。じぃに相談してみまする」)
源太郎は板垣を呼んだ。
「若殿、お呼びと聞き参上仕りました」
「じぃ、頼みがある。なるだけ多くの家中の旗竿を集めて、この手紙と一緒に小山田の義叔父に届けて欲しい。できるだけ早くにじゃ。一刻も早う届けて欲しい。下手をすれば小山田勢を失う」
「流石にございますな。ハハハ、お呼びがあるのを待っておりました。急ぎ手を打ちまする」
板垣は荷を集め小山田に合流した。
「小山田殿~!待たれい、しばし待たれよ!」
「板垣殿、急に如何なされた?」
「源太郎若君、いや、信義様からの書状と荷じゃ。ワシからの願いじゃ。書状の通りに動いてくれ。武田・・・いや、甲斐の民の為に頼む!一生の頼みじゃ!」
「ハハハ、どうなされた?板垣殿らしくもない。上杉勢に合力して城を攻めるだけじゃ。北条も武田から兵が出るとは思ってもいまい」
「よく聞け!信義様はこの戦を無意味で無駄だと思われておる。北条は甲斐相模の国境に向けて万の兵を向かわせておるそうじゃ。故に、国境で兵を引き付けるだけに留めよとの事じゃ。兵一人一人を大切にせよとの事じゃ」
「なんと?!若殿はそこまで掴んでおいでか!しかし、御館様の意向はどうすれば良いか?」
「ならば、北条に出会うたら、スグサマ早馬を出し、援軍を要請して待つと良い」
「解った。そうするとしよう。若様へは、お心遣い感謝すると伝えてくれぃ」
小山田勢2000は、国境付近で一旦軍装を解いて広範囲に偵察を出し、藁や草で案山子を作って旗竿を括り付け、雑木林の中に設置して軍勢を偽装した。
案山子を約12000体設置し終わった頃、遠目に北条の軍勢約18000が見えてきた。
小山田勢は躑躅が崎館へ急ぎ援軍を要請し、軍装をつけて雑木林の相模側出口付近に展開して、北条勢とにらみ合いを始める事となる。
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