上 下
8 / 9

8

しおりを挟む

 私の言動はきっと日本でいたなら「普通」に「優しい」物で、「気遣い」とか「思いやり」と受け入れられただろう。でも、この特殊な状況下では、きっとそれは邪魔で、重荷になる物だったんじゃないかと思う。
 でも一ノ瀬君は、役に立たない私なんかの「日本人的な」「普通」の「気遣い」を欲していた。
 一ノ瀬君にとって「日本人」の「普通」であれることが、救いだったなんて、思いもよらない言葉だった。

 ぽつぽつと、とりとめなく話し続ける彼の言葉に、うん、そう、と相槌を打ちながら彼の言葉を促す。
 こんな風に、気持ちを話してもらえたのは、初めてで、うれしかった。

 そして一ノ瀬君はいちど言葉を切ると、覚悟を決めたように、再び話し始めた。

「俺、さ……こっち来るとき、ほんとは、手を離したら、俺だけ行けるって分かってたんだ。あの瞬間からこの力は発揮されてて。手を離せば河野さん巻き込まずにすむって、分かってた。……でも、絶対離しちゃいけないって、思ったんだ。離したら、俺一生苦しい思いするって、分かって、怖くて、離せなかった……」

 それは、苦しそうな告白だった。絞り出すような声は、時々かすれて震えていた。
 彼はきっと、このことを知られたくなくて、そして、ずっと言いたかったんだろう。抱え込んでいるのが、苦しくてたまらなかったんだろう。

「……だから、ごめんな……」

 一ノ瀬君がことあるごとに紡いでいた「ごめん」の意味は、彼にとってとても重い言葉だった。私が思うより、ずっと、ずっと。
 でもね、私は、やっぱり一ノ瀬君のせいじゃないと思うんだ。
 仮に一ノ瀬君のせいだとしても、やっぱり、私は許してる。だって私が一ノ瀬君とこの世界に来たとき、一ノ瀬君が私にここにいる意味を与えてくれていたから。

『俺があの時、河野さんを、……離したくなかったから』

 一ノ瀬君、あの聖地の湖で、そう言ってくれたよね。一ノ瀬君が、私を望んでくれた。一番最初に伝えられたそれは、ずっと、私の支えだった。

「今も、そう思ってくれる?」
「え?」
「今も、離せないって、思ってくれる?」
「あたりまえだ!! 今だって、俺は、河野さんがいなかったら……」

 彼は震えながらうつむいて唇をかみしめる。
 私も、私もだよ。一ノ瀬君と、離れたくなかった。離して欲しくなかった。だから、きっと、これでよかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

【完結】婚約破棄からの絆

岡崎 剛柔
恋愛
 アデリーナ=ヴァレンティーナ公爵令嬢は、王太子アルベールとの婚約者だった。  しかし、彼女には王太子の傍にはいつも可愛がる従妹のリリアがいた。  アデリーナは王太子との絆を深める一方で、従妹リリアとも強い絆を築いていた。  ある日、アデリーナは王太子から呼び出され、彼から婚約破棄を告げられる。  彼の隣にはリリアがおり、次の婚約者はリリアになると言われる。  驚きと絶望に包まれながらも、アデリーナは微笑みを絶やさずに二人の幸せを願い、従者とともに部屋を後にする。  しかし、アデリーナは勘当されるのではないか、他の貴族の後妻にされるのではないかと不安に駆られる。  婚約破棄の話は進まず、代わりに王太子から再び呼び出される。  彼との再会で、アデリーナは彼の真意を知る。  アデリーナの心は揺れ動く中、リリアが彼女を支える存在として姿を現す。  彼女の勇気と言葉に励まされ、アデリーナは再び自らの意志を取り戻し、立ち上がる覚悟を固める。  そして――。

魔法が使えなかった令嬢は、婚約破棄によって魔法が使えるようになりました

天宮有
恋愛
 魔力のある人は15歳になって魔法学園に入学し、16歳までに魔法が使えるようになるらしい。  伯爵令嬢の私ルーナは魔力を期待されて、侯爵令息ラドンは私を婚約者にする。  私は16歳になっても魔法が使えず、ラドンに婚約破棄言い渡されてしまう。  その後――ラドンの婚約破棄した後の行動による怒りによって、私は魔法が使えるようになっていた。

あなたのそばにいられるなら、卒業試験に落ちても構いません! そう思っていたのに、いきなり永久就職決定からの溺愛って、そんなのありですか?

石河 翠
恋愛
騎士を養成する騎士訓練校の卒業試験で、不合格になり続けている少女カレン。彼女が卒業試験でわざと失敗するのには、理由があった。 彼女は、教官である美貌の騎士フィリップに恋をしているのだ。 本当は料理が得意な彼女だが、「料理音痴」と笑われてもフィリップのそばにいたいと願っている。 ところがカレンはフィリップから、次の卒業試験で不合格になったら、騎士になる資格を永久に失うと告げられる。このままでは見知らぬ男に嫁がされてしまうと慌てる彼女。 本来の実力を発揮したカレンはだが、卒業試験当日、思いもよらない事実を知らされることになる。毛嫌いしていた見知らぬ婚約者の正体は実は……。 大好きなひとのために突き進むちょっと思い込みの激しい主人公と、なぜか主人公に思いが伝わらないまま外堀を必死で埋め続けるヒーロー。両片想いですれ違うふたりの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。

まなま
恋愛
悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。 様々な思惑に巻き込まれた可哀想な皇太子に胸を痛めるモブの公爵令嬢。 少しでも心が休まれば、とそっと彼に話し掛ける。 果たして彼は本当に落ち込んでいたのか? それとも、銀のうさぎが罠にかかるのを待っていたのか……?

悪役令嬢に転生したので、人生楽しみます。

下菊みこと
恋愛
病弱だった主人公が健康な悪役令嬢に転生したお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

婚約解消と婚約破棄から始まって~義兄候補が婚約者に?!~

琴葉悠
恋愛
 ディラック伯爵家の令嬢アイリーンは、ある日父から婚約が相手の不義理で解消になったと告げられる。  婚約者の行動からなんとなく理解していたアイリーンはそれに納得する。  アイリーンは、婚約解消を聞きつけた友人から夜会に誘われ参加すると、義兄となるはずだったウィルコックス侯爵家の嫡男レックスが、婚約者に対し不倫が原因の婚約破棄を言い渡している場面に出くわす。  そして夜会から数日後、アイリーンは父からレックスが新しい婚約者になったと告げられる──

処理中です...