私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花

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そのときの高崎くん

後編

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 鈴はかわいい。
 盛り上げ役で結構合コンには連れて行かれると言うが、今までよく他の男に引っかからなかったと思う。
 いつもにこにこしていて、開けっぴろげの感情を真っ直ぐにぶつけてきて、とにかくかわいい。
 彼女の告白に軽口を返すのがすっかり定着してしまい、今更どうやって付き合おうと言ったらいいのか分からなくなってしまっているが、いつも一緒にいるし、なんだかんだとデートも頻繁にしているし、すっかり俺は付き合っているつもりでいた。

 告白のやりとりは挨拶みたいな物だと思う事にした。
 鈴の真っ直ぐなところは自分にはないところで、そんなところも好きだった。自分も彼女のように「好きだ」と言いたいのに、ひねくれた性格が邪魔をして言えずにいる。
 きっと好きだと言えたなら、鈴が満面の笑顔で笑うのだろうと思う。それを見たいと思うのに。
 鈴が好きだと言った時に「俺も」と、せめて返そうと思うのだが、なかなかタイミングが掴めない。
 真っ直ぐに見つめてくる顔がかわいくて、触りたいだとか抱きしめたいだとか思う感情と戦うのは日常になっていた。
 そのせいで、余計に言葉が荒くなってしまうのだが、毎度やばいと思う度に、笑って気にした様子のない鈴を見て、ほっとする。

 けれど、そんなふうに、自分の言動を改めなかったツケがやってきた時には、鈴を傷つけて、取り返しが付かなくなっていた。
 次の日には、笑ってまたそばに来るだろうと思っていた。来て欲しかった。けれど、彼女は来なかった。
 当然だ。今までだって、あんな言動を気にせずにそばにいてくれたことの方が奇跡だ。好きだと言った事もない。思う気持ちとは逆ばかりを言っていた。
 メールを送ろうと何度も画面を開いては、何を書いたらいいか分からないまま、真っ白な画面を閉じた。電話をかけようと思っても、やっぱり何を言ったらいいのか分からず通話ボタンを押せずじまい。
 鈴だったから気兼ねなく話せた。鈴がそばにいてくれて笑っていたから、メールも電話も出来た。
 でも、今携帯を持ち上げて思い浮かぶのは泣きそうになりながら笑っている鈴の顔で、どう声をかけたらいいのかなんて、思いつきもしない。
 鈴がいなかったら、俺は鈴に何をしてやったらいいのかさえ、分からなかった。




 すったもんだの末、一生分「好きだ」を叫ぶ羽目になった俺は、これからはもっとちゃんと小出しで、恥ずかしい思いをしなくてすむようにしようと思った。
 それでも、たぶん鈴に泣かれると、俺はどんなセリフでも言う。でも言いたくない。なら普段から地道に頑張るしかないのだろう。
 とはいえ、鈴はかわいいが、色気はない。決してむらむら来ないという意味ではないが、やるべき事はしっかりとやらせてもらうが、鈴は下ネタ言う割に、いやらしさもなければ、どこまでも冗談の延長でしかなく、健全な雰囲気がある。会話も完全に友達のノリだ。
 いわゆる「良い雰囲気」になることが極めて少ない。
 おかげで俺は何一つ自分の言動を改善できないままだった。鈴の言動を見ていると思わずつっこみたくなるし、ノリだけで言葉を返してしまう。ノリで言葉を返すと普通に悪態になる自分の口の悪さを何度呪っただろう。けれど意識しないと勝手に口をついて出るから、直すのがとてつもなく難しい。それを我慢していると、完全に黙り込んでしまい、鈴がものすごく悲しそうな顔をする。結局いつも通りのやりとりに終始してしまうのだ。

 そんな居心地の良さに負けて、今まで通りに言いたい放題言う……という体たらく。鈴が笑っているから、ひとまずは安心して、けれどまた同じツケが来ないように、出来る範囲で言動に彼女を思う気持ちがこもるようにはしているが、今ひとつ成功している気がしない。
 普段より鈴が嬉しそうにしているのだから、間違ってはいないのだろうと思っているが、その程度だ。
 ようやく口に出せる程度の「良いんじゃねぇの?」とか「気にすんな」だとか、肩や頭をぽんぽんと叩いたりだとか、一応の努力はしているが、友人から見ても、俺はかなり素っ気ないらしい。素っ気なく見えるのならまだ良い方で、やりとりに罵倒系が多すぎて、何故鈴が笑っているのか分からないというヤツもいる。
 現実は気持ちとはずいぶん裏腹な態度になっているらしい。

 一度鈴に「お前、俺の言葉キツイとか思わねぇの?」と、決死の思いで聞いてみた。かなりびびっていたが、外から見ると、かなりふてぶてしい態度に見えるらしい俺のびびり具合に鈴は特に気にした様子はない。
 しばらく考え込んだ鈴は首をかしげて「……なんかきついこと言われたっけ?」と、真剣に悩んでいた。

「……Mか」

 思わずこぼれた感想に、鈴が迷わず食いついた。

「ああんっ、高崎君にいじめられるのなら、私どこまでも我慢するっ、いじめても良いのよ、さあ……!!」
「きしょくわりぃわ!」

 手を広げた鈴に思わず叫んでからはっと気付く。
 あ。また、やってしまった。
 でも鈴は楽しそうに笑って、更に食いついてくる。
 当の本人がこれなのだ。
 俺は関係を変えられそうな気がしなかった。
 とりあえず付き合うことになってからはキスは割と頻繁にするし、しゃべるよりやりやすい。それに、キスの後の鈴の顔は、少しはにかんだ笑顔でいつもよりかわいい。いつもと違って色気のある笑顔になる。
 上手く言えないときは、とりあえずキスしとけ、な心境に流されてしまっている。
 似たようなことをしているらしい友人の話によると、それは非常に良くないらしい。誤魔化していると彼女にキレられたとか言う話を以前聞いたことがある。が、鈴は笑っているからきっと大丈夫だと思う。
 分かってる。自分が悪いのは分かっているから、頼むから、それ以上は追求するな。
 俺も結構いっぱいいっぱいなんだ。



 目の前で鈴がどうでも良いような話でキャンキャンと吠えている。
 かわいいが、ちょっとうるさい。
 とりあえず黙らせてみようと思って、口元に手を当ててしゃべれなくしてみた。
 もがもがと文句を言う姿がかわいい。
 笑っていると、しばらく考え込んでいた鈴が、俺の手をどけてじっと見つめてくる。

「どうせなら今度唇ふさぐときは高崎君の唇が……」

 とか「きゃっ恥ずかしい!」と胡散臭く照れながら言いだした。

「ふーん?」

 目の前には、目を閉じて両手を組み合わせて、タコチューの状態で待っている鈴の姿。
 全く色気がない。顔も変だ。でも、それをおもしろがってやってる鈴は、とてつもなくかわいい。
 俺はにやっと笑うと、期待に応えて手っ取り早く唇でその口をふさぐ。ついでに鼻も指で摘まんでおいた。
 鼻をつままれるのは予想外だったらしい。鈴が目を開いてもごもごと暴れ出すが、鼻をつまんだまま、空いた手で鈴を力一杯抱き寄せて思いっきりディープなキスをかます。
 もごもごした後、少し息苦しそうになったあたりで、口を離すと、鈴は相変わらず余裕にしか見えないふざけた口調でぬかした。

「高崎君のキスが激しすぎて昇天するところだったわ☆ 照れちゃ~う☆」

 ずいぶん余裕じゃねぇか。 
 ムカついたから今度はキスなしでもう一回鼻をつまんで引っ張ると「痛い痛い」と言いながらなされるがままにやられている。
 鼻をつまんだまま溜息をつくと、鼻をつままれたままの鈴が、「どうしたの?」とでも言うように首をかしげている。お前は状況に馴染みすぎだ。何でおとなしくつままれたままでいるんだ。でもそんなとぼけたところがかわいい。

 仕方のない奴だと思う。なんだかんだと俺を信頼しきっているこいつが、どうしようもなくかわいくて仕方がない。 
 たぶん、一緒にいられなくなって困るのは、こいつじゃなくて俺の方なのだと思う。
 こんなくだらないやりとりが楽しくて、かわいくて、この時間が大切でたまらない。 
 きっと俺は鈴のいない未来は耐えられない。
 今までこんなに女と付き合うことに悩んだことはない。だから別れるときにそれほど執着したこともなければ続けるための努力をしたこともない。

 でも鈴は駄目だ。こいつと別れるわけにはいかないから、ささやかながらも彼女が笑顔でいられる努力をする。一度失いかけたあの苦しさをもう二度と味わうことがないよう。
 鈴のように、大風呂敷を広げたような愛情を示すのは俺には無理だけど、せめて彼女がこのままそばで笑っていられるように出来たらいいと願った。










おまけ。 

「ねぇねぇ、鈴はさぁ、あの男のどこが良いの?」
「……全部?」
「え、でも、口悪いよね。悪態しかつかないし。すごいこき下ろしてばっかりでしょ?」
「あんなの、軽口だし、別に本気で思ってないし、気にすることじゃないよ。それにすごく優しいし。ちかよんなとか言いながら、一回離れてもすぐにほっぺ触ったり頭撫でたり、スキンシップしてくるし、あの仏頂面で言い過ぎて地味に気にしているところとか、かわいいよ」
「……惚気かよ」
「うわ、鈴にのろけられるとか最悪」
「あははは。高崎君の言葉も、そんな感じの言葉だからへいきー」
「…あれだよ、あれ。えーと……蓼食う虫も好き好き?」
「イヤ、割れ鍋に綴じ蓋の方だと思う」
「それだ!」
「割れ鍋って言うなw」 

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