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しおりを挟む直後高崎君の腕に更に力がこもって、くぐもった叫び声が返ってくる。
「好きでもない女にこんなことしねぇよっ」
え。と、私は固まる。
肩口に顔を埋めているせいで上手く聞き取れなかったのかと耳を疑った。そのくらい想像もしていない言葉だった。
「……なに、それ」
新手の嫌がらせか冗談かもしれないと、とっさに思ってしまう。
「やっぱり、分かってないじゃねぇか」
またぽつりとくぐもった声がして。
「お前がいないと、落ち着かないんだ……」
言いにくそうに続けた言葉に、なにそれって思う。今まで言ってた事と正反対だったから。生まれるのは反発心と、もっと聞きたいって言う気持ちと。でもそれ以上に私を受け入れてくれる言葉をもっと言ってくれるかもしれない、なんていう期待と。
「うるさいって、いった癖に……」
期待の混じったなじる言葉は、高崎君を困った顔にさせる。けれど返ってくるのはやっぱり悪い言葉ではなくて。
「静かすぎると面白くねぇだろ」
「なに勝手なこと、言ってんの……」
「だから、ごめんって謝ってる!」
全然謝る態度じゃない。じゃないけど、でも、こんな言い方しかできないのが高崎君らしい。少しだけ呆れて、でもそれは、きっと私が猪突猛進にしかアプローチできないみたいに、この人もこんな風にしか謝り方を知らないのかもしれない。
考えていると、なんだかおかしくなってきた。くすぐったいような嬉しいような。あれだけ思い悩んでいたのが嘘のようで、そのギャップで更に笑いが込み上げてくる。
謝り方を知らなくても、その気持ちが伝わってくるなんて思うのは、私の思い上がりだろうか。
高崎君が、私を必死で引き留めようとしていて、その意味が私を好きって事で。
そこまで考えて、また不安がよぎる。
また、高崎君の気持ちを勘違いしてるんじゃないだろうか……。
……ううん。違う、高崎君は嫌じゃなかったっていってるんだし、私の事を好きでもない女って言ってたから、私は勘違いしてなくって。
あれ? 好きでもない女って、好きじゃないって事だよね。なんか混乱してきた。
「……好き? 高崎君、私の事、好き?」
ちゃんと考えがまとまらない。頭の中が真っ白で上手く考える事が出来ない。だから勘違いしたくないから、やっぱりちゃんと確認しないと。
うん。それが一番手っ取り早い。私を否定しない高崎君の言葉に勇気づけられて、いつもの前向きな自分が戻ってきた。
「私が高崎君のそばにいるの、楽しいって思っててくれた?」
少し身をよじって後ろを振り返ると、すぐ目の前に高崎君の顔がある。
口をつぐんで怖い顔をしている高崎君に一瞬びくっとするけど、よく見ると首が真っ赤だった。
「ねえ」
促すと、またぎゅっと抱きしめ直されて、やけになったように叫んだ。
「そうだよ!」
「ね、じゃあ、ちゃんと言って?」
「な……っ」
焦った様子で言葉を詰まらせる高崎君がらしくないなぁ、なんて考えてしまうのは、決して余裕があるからじゃない。緊張して心臓ばくばくしている私の頭の片隅に、変に冷静なところと言うか現実逃避している部分があるだけ。
「でないと、自信なくして、また避けたくなっちゃうかもしれないし?」
「ちょ、調子にのんなよ……」
顔は歪んでいるけれど、その声にいつものキレはない。
なんて思ってるその瞬間だった。
「……好きだ」
ぼそっと聞こえた気がした。すぐに言ってもらえると思ってなくて油断していた。良く聞こえなかった。
「え? もう一回」
慌ててねだると、照れているらしい高崎君が唸った。
「ちゃんと言っただろうがっ」
「ちゃんと聞こえなかったから、もういっ……」
「好きだって言ったんだよ!」
高崎君が照れながら叫んだ…!
かっと胸が熱くなる。
うわ、好きな人に好きって言われるのって、こんなに幸せなんだ。しかもこの高崎君が叫んで告白とか!
「いつも、ケンカしか売られてなかったのに、愛を押し売りされた気分……!」
「売ってねぇ!」
「売って! めいいっぱい売って! 全部全力で買うから!!」
たまらなくなるぐらいうれしさが込み上げてくる。もう、他の事全部どうでも良い!興奮してテンションが馬鹿みたいに上がる。
思わず叫ぶと、高崎君はのけぞるように顔をゆがめた。
「おまっ、立ち直り早すぎだろ!!」
怒っているのに、高崎君は私を後ろからぎゅっと抱きしめたままだった。
「だって、高崎君が好きって言ってくれたんだもん、全力で浮かれちゃうよ」
嬉しくてたまらないのに、涙がにじむ。
今日の私、おかしいぐらい涙腺が緩い。
「えへへっ」
わざとらしくても笑ってないと泣いてしまいそうだった。
「泣くなっ、何回でも好きって言うから泣くなっっ」
うろたえる様子が嬉しくておかしくて泣き笑いになる。
「何回も言われたら、余計に涙出ちゃうかも……」
笑いながら涙がにじむのをごしごしとふいていると、高崎君の腕がふっとゆるんで、目をこする手を掴まれて今度は正面からぐっと抱きしめられた。
「目、こすんな」
涙は、頭ごと押しつけられた高崎君の服の肩口に吸い込まれて行く。
私を抱きしめているのは、私の知ってる通りの高崎君だった。
勘違いしてたと思ってた高崎君が勘違いで、高崎君は私が思ってた通りの人で。
分かったとたん、いろんな事が突然見えるようになる。
あの時の言葉は、照れてただけで。
なんだぁ。そっか、なーんだぁ……。
安心してぼろぼろと涙がこぼれだした。
ほっとして、おかしくて、嬉しくて、幸せで。人気のない広場の片隅で、涙がとまるまで私達は抱き合ったままだった。
晴れて恋人になってからもう何日も経った。でも私達の関係は意外と変わってなかったりする。
「ねぇ、ねぇ、いつから私の事好きだったの?」
今日も私は高崎君の腕にしがみついて、教えてくれないその答えを問いかけた。
「うざい。くっつくな。鬱陶しい」
不快感もあらわに、高崎君が私を押し離そうとする。
それに抵抗しながら、幸せ気分で私は更に腕にすり寄る。彼が動揺しているのと、照れているのが、何となく分かってしまうから全然平気で。
「やだよー。だって、私が離れたら寂しい癖にー。でも大丈夫! 高崎君にそんな寂しい思いさせないから!」
「はぁ? 意味わかんねぇ」
高崎君が吐き捨てるように呟いた。
ふふふ。照れてる、照れてる。
何であの時の照れ隠しの言葉を真に受けたのか、今になっていると不思議なぐらいだった。この高崎君が、あの状況で本音を言うわけがないと気付いても良かったのに。
もし『あいつが毎回まとわりつくから、照れちゃってさ……』とか頬を染めて言ってたら、それは高崎君の皮を被った別人だと思う。
だから、あのとき『またまた~。照れちゃって!』とかニヤニヤ笑ってたら、きっとあの後もそのままだっただろうに。
と、そこまで考えて、はっと気付く。
……そんな事してたら、今頃まだ私、絶賛片思い中だったかも、という事……? なし! その流れはナシ!! 勘違いして良かった! ほんとに良かった!!
勘違いは苦しかったけど、あれはあれで面白かった! だって今幸せだから! それに高崎君の怒鳴りながらの告白聞けたし!
心の中ではついつい後悔しそうなことを考えては、良い事探しをして、後悔より幸せな方に考えるようにする。片思いの醍醐味も悪くはないと思った方が幸せだから。
不安だったのと、自信がなかったのと。あの時の失敗の理由を挙げれば、私にも彼にもいくつも原因があるけど、私にとって一番の原因は私の心の問題。今だってマイナスに気持ちが振れたらまたあの気持ちにとらわれてしまうだろう。そのくらい私の感情なんて脆くて揺れてる。だから出来るだけ前向きに。高崎君がひねくれた言い方するところも、気軽に楽しく言いたい放題出来て好きなんだから、それに振りまわされないように。しっかりと幸せを見逃さず。
「今日も仲が良いよね!」
声をかけてきたのは、あの高崎君の友達。以前から私と高崎君の中を面白が……応援してくれていたので、私は手を振って応えた。
「うるせぇ!」
怒鳴り返した高崎君の言葉を遮るように、代わりに本当の事を答えておく。
「はーい! 今日もラブラブです! 今度照れてる高崎君に愛の鉄槌しといてね~。私は嫌われたくないからやらないんで、代わりによろしく!」
「おっけー! 鈴ちゃんには迷惑かけたからね! 今度説教しとくよ!」
高崎君越しに会話していると、高崎君が、ぐっと私の頭を抱え込むように腕を回してきた。
「ちょっ、この抱きしめ方恋人向けじゃない!」
「黙れ。俺抜きで勝手にもりあがってんじゃねぇよ」
ヘッドロックかけられて無理矢理歩かされながら、不機嫌そうに呟くのを聞いて、わたしはおや?っと気付く。
高崎君抜きでもなければ、盛り上がってもないのに。
「え、やきもち? まさか高崎君、やきもち?! や~ん! うれしい!」
からかい半分に叫ぶと、高崎君は無言のまま怒鳴りもツッコミもしてこない。
あれ? とツッコミ待ちだった私は、ヘッドロックかけられて歩きながら、ちょっと身をよじって顔をのぞき見る。
うわ……っ
高崎君の顔がこわばってる。耳が赤い。首も真っ赤。
え、ほんとに、やきもち……?
私まで高崎君につられるように顔が熱くなってくるのを感じる。
思ったより、私、愛されてる?
高崎君の友達が笑いながら見送ってくれている。高崎君がそれに応えて、私は首を抱え込まれたまま手を振ると、視界から隠された。
やっぱり愛かも!
無言で歩く高崎君にヘッドロックをかけられたまま、私はすごい幸せに浸る。
乱暴だけど、素っ気ないし口も悪いけど、こういうのも、私、全然嫌いじゃないなって、口元をゆるませながら。
でも今度はヘッドロックじゃなくって、腕回されるのなら普通に肩か腰が良いなぁ、って、次回に向けてそのくらいの期待はちょっと込めた。
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