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14 獣の正体

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 次に目を覚ましたときは、もう家の中は明るくなっていた。一瞬どこにいるかわからなくて、慌てて部屋を見渡す。
 私の部屋じゃなかった。

 ここは、ガウスの部屋……?

 私はベッドで寝ていて、そしてガウスはすぐ近く……ベッド横にいた。

「ガウス!!」

 私はとっさに体を起こすと、その体に思いっきり飛びついた。
 いなくならないで。私を置いていかないで。
 ガウスがいなくなってしまうようなそんな恐怖が込み上げて、抱きつかずにはいられなかった。どこにも行かないように縋らないとって、そんな気持ちでいっぱいだった。

 ガウスは椅子に座っていたけれど、私が胸元に力一杯ぶつかっても、よろめくことなく抱き留めてくれた。
 背中に腕を回して力一杯抱きついて、頭をグリグリこすりつけると、上から溜息が聞こえて、ガウスの体から力が抜けた。
 強ばっていたのか、私を抱き留めるために力が入っていたのか、私には分からない。
 でも、その力の抜け方が、私を受け入れてくれてることを意味してるのは確かだ。
 ポンポンと頭に触れる手つきは、いつもより遠慮がちで優しい物だったけど。

 ほっとした。
 大丈夫、ガウスはここにいる。いなくならない。
 ようやくそれが実感としてわいてきて、逃さないように強ばっていた私の身体も、ゆっくりと力が抜けていく。

「……怖くねぇのか」

 低い声がした。
 らしくないその声に、泣きたくなる。
 ガウスが、苦しそうなのがわかったから。
 まだ頭は働いてなくて、だから私は、今の状況とか考えなきゃいけないこともよくわかっていなくて、寝ぼけた頭と衝動だけで動いていたんだと思う。
 だから問われたことがわからなくて、ようやく頭が考えなきゃって働き出して、それから、ゆっくりとガウスを仰ぎ見た。

 あんなに苦しい声を出していた癖に、顔は真顔というか、表情がなくて、表情を隠されてるんだなって、気付いた。苦しい声って思ったのも、もしかしたら私がそう感じただけで、本当は淡々とした低い声だったのかもしれない。
 何を考えているのか全然わからない顔に、また私は苦しくなる。

「なにが?」

 ようやく声をしぼりだす。
 何が怖いと思うの? この世の中は、私にとっては怖いことばっかりだ。でも、ガウスがいるから大丈夫だよ。ガウスが守ってくれているのを知ってる。一緒にいてくれるから大丈夫。
 ぎゅうっと抱きついたまま、もう一度頭を押しつけていると、私を安心させてくれる大きな手は、どこか躊躇うような動きでゆっくりとやさしく背中を撫でてくる。

「……見ただろう」

 低い声は淡々としてたけど、やっぱり私には、苦しそうに聞こえた。
 安心感と共に覚めてきた私の頭の中は、だんだんと状況をつかめてくる。昨夜のこと、昨日のことにも頭が回るようになってきて、訳の分からない焦りの理由がつかめた。
 でも私はとぼけて見せた。

「なにを?」

 だってガウスが狼だったなんて、些細なことだ。ガウスがガウスであるなら、その本性が何の動物だとしても、どうでも良いことだ。
 そう思えるぐらい大切にしてくれた。
 私がガウスを怖いなんて思うわけないよ。側にいてくれるならなんだっていい。

「……覚えてねぇのか?」

 安心したのか、それとも脱力したのか、複雑そうな声がした。
 でも私は首を横に振ってそれを否定する。

「昨日、助けに来てくれて、ありがとう」

 ぎゅうぎゅうとガウスにしがみつく。逃げられないように、力いっぱい。
 覚えてるよ。大事だったことは、助けに来てくれたことだよ。

「……なら、なんで……」

 ぽつりと漏れ聞こえた小さな呟きに、私はもう一度力を込めてしがみつくことで応える。
 私が怖がるから隠してくれてたんだよね。

「……怖くねぇのか」
「ガウスだもん」
「……バカじゃねぇの」

 低い声が震えていて、私はちょっとほっとして、思わずふふっと笑いがこぼれる。
 心配されてる。私がまた怖い思いをするんじゃないかって、私がガウスを怖がるんじゃないかって。そんなこと、あるわけないのに。
 ガウスがなにを言いたいのかは、大体わかる。
 でも、あまりにもいっぱいのことが起こりすぎていて、私もどっから話して良いかわからなかった。

「ガウスは……本当に、獣だったんだね」

 ガウスが呆れたように苦笑した。

「信じてなかったのか?」
「強さが獣並みっていう意味だと思ってた」
「悪意のある連中の言葉を鵜呑みにするな」

 溜息をつくガウスにカチンとくる。なにそれ。

「……ちゃんと説明しなかったのは、ガウスのくせに」

 私がヒトと獣人と獣の力関係を知るきっかけは、獣人の雌からの嫉妬めいた忠告が多かったからなのは間違いない。
 ガウスは、私にとって獣は危ないということと、ヒトと獣の関係に付いてしか教えてくれなかった。たぶん、獣人は眼中になかったんじゃないかなって思う。
 考える機会も知る機会も、獣人の嫉妬からくる常識しか、与えられなかった。
 私に優しくしてくれる獣性の強い獣人達は、ガウスにとっての私の立ち位置を知っていたから、それをわざわざ言及する必要がなかったのかもしれない。
 そうだ、私の立ち位置。
 昨日のことを思い出して、すごくすごく躊躇った末に、ようやく覚悟を決める。

「……私は、ガウスの番なの?」
 ガウスを逃がさないように抱きついたまま、その顔を見上げる。
 本当に?

 俺の番に手を出したと、ガウスは言った。
 信じられなかった。確認するのがこわかった。でも、そうだったら良いなと私は期待してしまう。
 でも、あの場を収めるために言った嘘かもしれない。そんな不安がよぎる。ガウスは雌の獣人達からのアピールを嫌がっていた。私を番ということにしておけば、楽だと思っただけかもしれない。
 だって私は、ガウスからそういう目で見られた記憶なんてないから。いつだって子供扱いだったから。

 本当に番だったら良いのに。
 その期待が目に現れていたのだろうか。
 ガウスの顔が歪んだ。めちゃくちゃ嫌そうに眉間に皺が入っている。

 もしかして、聞いたらいけないことだった……? やっぱり、その場しのぎの嘘だった……?

 お腹がぎゅっと苦しくなって、泣きたくなる。否定されるのが怖くて、慌てて言葉を取り消そうとした。

「ごめん、そんなわけ、ないよね……」
「……そうだ」

 私とガウスの言葉が重なった。

「……え?」

 なにがそうだなのかわかんない。
 そんなわけないのが、そうなのか、私が番って言うのがそうなのか。

 どう聞き返したら良いのか分からなくて、でも、聞き直して違うことをはっきりさせるのも怖くて、どう言ったら良いか分からないまま、ガウスにしがみつく手に力がこもる。

 泣きそうな気持ちになった私の頭の上から、小さく溜息が聞こえた。
 呆れられた。
 そう思った。
 恥ずかしい。勘違いしてた自分が恥ずかしい。私を守るためだったのに。

「ごめ……」

 震えながら紡ごうとした言葉は、ガウスの声で遮られた。

「俺の番は、お前だ」

 ガウスが、絞り出すような声で、そう呟いた。


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