上 下
13 / 19

12 片が付いた後

しおりを挟む

「……ミーナ、怪我はないか」

 叩き付けられた雌たちは、うめきながらうごめいていた。
 私だったら、死んでいたかもしれない。
 こういうとき、根本的な身体の違いを感じる。
 きっと彼女たちは、私の弱さを本当の意味で理解していない。彼女たちのちょっとたちの悪い冗談で死ぬこともあるなんて、きっと、わかっていない。

 私と獣人は、きっと本当の意味でわかり合うことはできないのだろう。
 うめく彼女たちを見て、そう思う。

 この世界の獣人と私は、違う生き物なんだ。
 ここに連れ込まれてからの、短くて長すぎる時間は、そう思わせるのに十分だった。この世界の生き物とは、きっと根本的なところでわかり合えない、違う生き物なのだ。
 思い知るたびに悲しくなる。さみしくなる。……怖くなる。

 差し伸べられたガウスの手を見て、私の身体が思わずこわばった。

 一番信頼している手だ。……でも、わかり合えないその片鱗を見て、私の身体は勝手にこわばってしまった。
 ガウスが怖いわけじゃない。被害者面したいわけでもない。それでも、理屈とは違うところで、全てが怖くなっていた。

 この世界の常識に馴染んでいたと思っていた。子供の頃の記憶はもうずいぶんと遠くなって、私の記憶の半分以上は、もうこの世界の出来事になっている。なのに刷り込まれた日本での常識は、未だ残っている部分が多い。ガウスによって守られた世界で、こういった暴力ごとに直面することがなかったのも大きな要因だろう。

 恐怖から解き放たれたこの状況で、強ばっていた感情が溶け出していた。

 わたしは、こわくてたまらなくなっていた。



 もう大丈夫と理性ではわかっているのに、急速に襲ってきた恐怖に思考を塗りつぶされ、身体が勝手に竦む。

 ガウスは怖くない。わかっている。でも、怖い。この世界のなにもかもが怖い。

 大丈夫と思う理性がだんだんとかすんでいく。
 突然心を犯し始めた恐怖に、身体がガタガタと震えて止まらない。「こわい」しか考えられない。
 もう安全なことを本能的にわかっていた脳は、今まで抑圧された感情を発散させるように、恐慌状態へと私を落としていたのかもしれない。だんだんと思考が塗りつぶされていく。
 感情が、あふれた。

「もう、……やだぁ………こわい、こわい……こわい……っ」

 何かを考えての行動じゃない。ただ、叫ばずにはいられなかった。怖くて怖くて、それをかき消すように私は感情に囚われた。
 ガウスが見えてたけど、見えてなかった。

 混乱した頭で見る世界は、なにもかもが怖くて、「嫌だ」と「怖い」を繰り返しわめきながら身を守るように膝を抱えて顔をそこに埋めた。
 何かが私に触れてきた。瞬間的に身体が跳ね上がり、拒絶は悲鳴となって勝手に口からあふれ出る。

「いやぁぁぁ!!!」

 とっさに逃げようと身をよじって「ガウス」と叫ぶ。
 助けて。ガウス、助けて、助けて、ガウス、ガウス………っ

「……バカだな」

 と、優しい声がどこかでした。

「ほら、助けに来たぞ。……さっさと来い」

 ぐっと腕を惹かれて、私は恐怖に任せてがむしゃらに暴れた。
 暴れても暴れても私を抱き込んだ腕は強くて外れなくて、半狂乱になって叫びながらもがいた。

「大丈夫だ、もう大丈夫だ、……大丈夫だ。ミーナ。大丈夫だ」

 私の名前と大丈夫という言葉とが暴れている間中繰り返されていた。けれどそれは悲鳴を上げ続ける私の耳には、聞こえていても、聞こえてなくて、自分の恐怖だけに囚われて叫ぶしかできなかった。
 暴れ続けて、体力が続かなくなって、喉が痛くて声が出なくなって。ひぃ、ひぃ、と、悲鳴のような呼吸を繰り返す。
 ふと聞こえる音に気付く。

「ミーナ、大丈夫だ」

 さっきまでずっと聞こえていた声が、急に意味を持った。
 聞こえてきた声が、ゆっくりと頭の中にまで届いて、力が抜ける。

「……がぅ、す」
「ああ、怖かったな。もう大丈夫だ」

 言われた言葉の意味が染み渡ってきて、涙がボロボロとこぼれてきた。

「ガウス……ガウスぅ……」

 ようやく安心できる存在を見つけて、縋りながら掠れた声を絞り出す。私を抱きしめるその人に震えながらしがみついた。

「帰ろうな」

 抱き上げてくる腕を、拒もうとは思わなかった。さっきからずっと暴れる私を包み込んでくれていた腕だった。私を見捨てずに側にいると示してくれていた腕だった。暴れても拒絶してもなお寄り添い続けてくれたぬくもりだった。何よりも安心するその人の首に縋り付いて、私はわぁわぁと子供のように泣いた。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

美少女と魔獣~実は人間だったなんてウソですよね!?~

真麻一花
恋愛
リリーは王子から陥れられ、婚約を破棄された挙げ句魔物の森へと捨てられた。彼女を拾ったのはその森を支配する獣の王だった。 最初は怯えていたものの、いつしか彼女は恐ろしい獣の王を愛した。 って思ったら、愛の力で呪いが解けた? はぁ? 人間!? 聞いてないんですけど!? 惚れた獣人が人間に戻って愕然とするヒロインと、それ見て愕然とする元獣人の話です(たぶん)

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

告白さえできずに失恋したので、酒場でやけ酒しています。目が覚めたら、なぜか夜会の前夜に戻っていました。

石河 翠
恋愛
ほんのり想いを寄せていたイケメン文官に、告白する間もなく失恋した主人公。その夜、彼女は親友の魔導士にくだを巻きながら、酒場でやけ酒をしていた。見事に酔いつぶれる彼女。 いつもならば二日酔いとともに目が覚めるはずが、不思議なほど爽やかな気持ちで起き上がる。なんと彼女は、失恋する前の日の晩に戻ってきていたのだ。 前回の失敗をすべて回避すれば、好きなひとと付き合うこともできるはず。そう考えて動き始める彼女だったが……。 ちょっとがさつだけれどまっすぐで優しいヒロインと、そんな彼女のことを一途に思っていた魔導士の恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

遠く離れた、この世界で。

真麻一花
恋愛
偶然居合わせたクラスの中心的な存在の彼と二人きりで異世界に飛ばされた。 この遠く離れたこの世界で、私たちは。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。 ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。 ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。 竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。 *魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。 *お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。 *本編は完結しています。  番外編は不定期になります。  次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。

処理中です...