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11 制裁

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 ガウスはかがむと、エルファの首をつかみ、引きずり出すように片手で引き上げた。
 ぐうぅぅぅ……と、息を詰めるようなうめき声がエルファから聞こえたけど、ガウスはそれを気にした様子もない。

「俺はなぁ、察しの悪い奴は嫌いなんだよ。何度も言ったよなぁ? 俺とミーナには近づくなと。てめぇを番にする気はねぇと」

 首を絞めるようにつるし上げられて、エルファは苦悶の表情を見せるものの、うめく声さえ出せないようだった。

「てめぇの兄貴がよく言って聞かせるというから様子を見ていたが、さっさとわからせておくべきだった。穏便に済ませたい兄貴の気持ちを踏みにじるとは。本当にできの悪い妹を持って、あいつも苦労する」

 ガウスの手をかきむしるように動いていたエルファの手が、やがて動きを止めた。だらんと力が抜けエルファの体を、ガウスが面白くなさそうに見やると、そのまま壁にたたきつける。
 どふっと、鈍い音がした。
 私の前に立つ震える雌達が、エルファが投げられた瞬間ビクッと身体を強ばらせた。
 床に力なく落ちたエルファは、びくっびくっ、と身体を痙攣させている。

 もう、訳がわからなかった。なぜこんな恐ろしいことになっているのか。
 ただただ混乱していた。そして、助かったのだという安心する感情と、理解できない状況への恐怖とが一緒に渦巻いていて、何かを考えなければいけないと思うのに、頭が働かない。

 ガウスがゆっくりと獅子獣人に向き直った。

「さぁて、あんたは、あの阿呆な雌に担がれたのか? それとも、自ら乗ったのか」
「……あんたの匂いがしっかり付いてたのなら、手は出さなかったよ……」

 力ない、震える獅子獣人の声が聞こえてきた。

「濡れてんだから、拭われたことぐらい察しろ。バカが」
「……あぁ」

 ひどく苦々しい返事を獅子獣人が返す。

「殺されるか、今すぐこの町を出て行くか、選べ」
「……すぐに出て行く」
「そうしろ。殺す気はない……お前の弟のように「あの雌は俺のだ」などと執着しなければ、だが。引き際を見誤るな。あいつはまだ若く弱かった。だから手加減してやった。……お前なら、殺すしかなくなる」

 グルルル……と、牙をむき出しにし、威嚇するような唸り声が獅子獣人からしていたが、それでもその身体は怯えるように腰が引けた状態で後ずさっている。
 ガウスの言葉から、この獅子の獣人を前にしてさえ、圧倒的な強者なのだとわかる。手加減する余裕はなくても、殺すことはできると確信している。
 そして、獅子獣人はそれを否定しない。

「刃向かうそぶりを見せた時点で、殺す。……行け」

 ガウスが顎で外を示すようにしゃくれば、はじかれたように、獅子獣人は外へ向かってかけだした。
 溜息のあと、ガウスがこちらを見た。そしてゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
 座り込んだ私の目に映るのは雌達の足だ。ガクガクと震えていた。

「……ガウス?」

 こちらに向かってるのに、私を見ようとしない大好きな人に向けて、声を振り絞る。
 ピクリと肩を揺らしたガウスは、チラリと私を見てからすぐに目をそらした。そして、端にいる雌の一人の首をつかんだ。

「キャウ……」

 獣じみた弱々しい声が彼女から漏れた。

「……ガウスっ」

 声を張り上げたけど、ガウスは反応しない。
 どこか遠くの出来事だった今までの光景と違い、目の前の震える彼女たちは、触れられるほど距離が近かったせいか、ひどく身近に感じた。

 怖かった。ガウスのその怒りが、恐ろしかった。
 私のために、ガウスは怒っている。私を守るためにガウスが怒っている。……そのせいでこんなひどいことをしている。
 それが、理由も理解出来ないまま、ただ怖かった。

「待って!! ガウス、大丈夫だから!!」

 恐怖に任せて慌てて声を張り上げれば、怒鳴り声が返ってきた。

「大丈夫じゃねぇ!!!! なにをされそうになったのか、忘れたのか!! これで許されたなら、こいつらはまた同じ過ちを犯す!!」
「……っ、だってっ」
「てめぇは人間だ。獣人の習性すら理解出来てねぇくせに、獣の決着の付け方に、口出しをするな」
「だって……!!」

 混乱して訳がわからないまま、私は首を振るしかできなかった。ガウスのやろうとしていることが恐ろしいということだけしかわからなかった。そんなことさせちゃいけないと思えて、必死だった。
 ガウス、私は大丈夫だから、だから……。
 涙をにじませる私を見て、激高していたガウスが、小さく溜息をついた。

「……大丈夫だ、殺しゃしねぇ。あそこで伸びてる雌も生きている。ただ、ちぃとばかし、お灸を据えるだけだ。オレの番に手を出したんだ。それが許されたら、俺自身も侮られる。その意味をよく考えろ」
「……意味」

 ガウスは、苦しげにうなった。

「……お前が、危険なんだよ。俺が侮られるって事は、お前が侮られるって事だ。前に言っただろう。獣性の強い奴らにとって、お前はごちそうだ。良い匂いがプンプンする。黙って見てろ。獣の娼婦にでもなりてぇのか」

 吐き捨てるような低い声だった。
 私は、何の言葉も返せなくなって、唇を噛みしめた。
 暴力は怖い。力が何よりも優先する世界とわかっていたつもりなのに、慣れたつもりだったのに、根付いた価値観はどうしたって捨てきれない。この世界には、どうしたって慣れきれないのだと、こんな時にどうしようもなく痛感する。

「……ごめんなさい、ガウス、ごめんなさい……」

 私のせいで、ひどいことをガウスにさせている。
 そのことが辛かった。自分のせいだと思うと、怖かった。全部、私の弱さも、私の罪も、全てガウスに背負わせている。なのに私は、守られることぐらいしかできないのだ。それに頼って生きるしかできないのだ。

 震えながら涙をこぼすしかできない私の目の前で、ガウスが次々と彼女たちをつるし上げて床にたたきつけて行く。
 雌たちは、震えながらも、逃げることも抵抗することもできず、なされるがままだ。そして、獣のような悲鳴を上げながら制裁を受けていく。
 叩き付けられてギャンと吠えて身動きしなくなる彼女たちの声を、耳を塞ぎながら聞いた。塞いでも、その声は耳の奥にまで届いた。でも、怖くても目は離せなくて、離しちゃいけなくて、それを、ただずっと見ていた。

 あまりにもひどすぎる行為が、恐ろしくて、悲しくて、被害者面をするしかできない自分があまりにも醜悪で、泣きながら震えるしかできなかった。

 行われる一方的な暴力を見ながら、感覚が遠のいてゆくのをうっすらと自覚していた。まるでぼんやりと映画を見ているのにも似ている。他人事のように、目の前で実際に起きている実感が全然なくて。
 感情はひどく遠いまま、理性だけが冷静に働いていた。

 私は、汚い。自分は手を汚さず震えていれば全てガウスが片付けてくれる。それに自ら甘んじている。なんてひどい人間だろう。なのに、それでも助けてくれるガウスに安心している。これからも守ってくれることを望んでいる。
 私は、逃げる。これからも。この世界で生きていくために。ガウスの背中の後ろに逃げて縋り付きながら生きていくしかないのだ。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。

 私に力さえあれば、これは私がするべき事だった。できないから代わりにガウスがやっているのだ。この暴力を振るっているのは、ガウスだけどガウスじゃない。私なんだ。
 私はこの暴力から目をそらしたらいけない気がして、最後までそれを目に焼き付けるように、見ていた。でも、耳を塞ぐ手は、どうしても離せなかった。



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