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6 絡まれる
しおりを挟むガウスは、格好いい。何でも知っているし、むかつくぐらい自信満々だし、でも優しい。顔だって、ちょっとおじさんだけどかっこいい。
私が出会った頃には既に大人だった。でも、見た目はあの頃とはあんまり変わってなくて、私では釣り合わないかっこいい大人の男の人だ。
出会った頃は、私にとったらガウスなんて完全におじさんだった。当たり前だ。十才の子供から見た親年代よりちょっと若いぐらいの男の人なんて、おじさん以外の何者でもない。大好きだったけど、最初はそこに恋心なんて、みじんもなかった。
ガウスは元々この町に住んでいたわけではないらしい。私を拾って、それを機にこの町に身を落ち着けたのだという。
元々どこに住んでいたのかは誰も知らないらしく、時折ふらりと街にやってきて、目的を果たすと町から去って行く、完全なよそ者だったらしい。私もガウスに直接たずねてみたけど、適当にごまかされた。
その話をしてくれた獣人に「時々しか来ない人を、そんなにみんな覚えているものなの?」と、聞けば、「あいつは特別だからなぁ」と苦笑いしていた。
確かに、特別なのだろう。見た目はヒトなのに、獣より強い。
その落差に、誰もがガウスを意識しているのだと教えてくれた。
それが子供のヒトを連れてきたかと思うと、そのまま居座って、今ではガウスは街の顔だ。
ガウスと親しい獣人は、ほとんどがこの街で力を持つ獣だ。
そんな彼らの誰もが、ガウスがここへ来たのは私のためだと言った。口をそろえて「ミーナがいるから、ガウスがこの街に居着いてくれた」と。たぶん、街の獣人達が私に優しいのはそのせいもある。
ガウスは一言もそんなことは言わないけど。
「あら、ミーナ、あなたに会いたいと思っていたの」
今日もまた声をかけられてゲッとなる。
また……っ、ホントこの女しつこい……!
イヤイヤ顔を向けると、案の定そこにいたのはエルファだ。親しくもないのに声とかしゃべり方でわかるようになるとか、意味わかんない。
最近ひどくて本当に嫌になる。このままだと、ただでさえ苦手な犬獣人がさらに苦手になりそうだ。
エルファは今、未婚の女の子の獣人の群れのトップにいる。獣性のバランスの良い、獣人しか入れない群れだ。
群れに属する獣人は多い。種族だとか生活だとかそれぞれに特徴のある群れを形成しているが、エルファが属する群れは番を得ることに特化した若い雌の獣人の群れだ。彼女たちは、番を探す短期間の間だけ所属し、異性にアプローチするとき群れの仲間がその恋のサポートをするのだ。
しかもトップのエルファの恋ともなると、選んだ時点でその雄はほぼ番確定に近い。相手がガウスでなければそうなっていただろう。
でもそれは叶わず、それが私のせいと思われているから、彼女の群れから完全に目を付けられている状態だ。
つまりエルファは、今が一番の婚期で、一番良い男性を狙える立場にあるということだ。そして、今が頂点と言うことは、後は落ちていくだけ。
トップにいるということは、選ぶ時間も少なくなってきたということでもある。その間にガウスを手に入れたくて必死になっているのだろう。
今まで何度か繰り返してきたこの状況だけど、今までとは少し違う。以前はガウスの「妹」や「家族」枠で疎まれていたのが、エルファからは「雌」として警戒されている。
これまでの嫌がらせより格段に、私への嫌悪感が強い。
どの異性を選ぶかは個人の自由だ。でも群れに属する獣人はちがう。群れに属した時、群れのルールがその自由を奪う。異性を選ぶ時に優先順位があり、群れの中で一番強い者に求愛する優先順位があるらしい。それを守れないのなら、群れから外されてしまう。
群れに属さず生きて行くには、相当な強さがいる。よほど獣性が強いか、獣性の強い家族や伴侶を持つか。
私は群れに属していない。どうしてもカーストが最底辺となるから、ガウスの庇護下にいた方が断然安全なためだ。下手に群れに属すると、そこのルールに縛られる。
つまり今、若い獣人の雌は、存在そのものが要注意だ。誰がエルファの群れにいるのかは、私には分からないから。エルファがガウスを諦めるまでは、できるだけ避けたい。
まあ、結局、そのエルファにまたつかまってるんだけど。
でもエルファとガウスも、獣性が釣り合わない筈なんだけどねぇ……。
私の親しくしてる獣人達は、その意見で一致してるらしい。
親しい獣のおばさんなんかは、「バカな子ねぇ」なんて笑ってたんだけど、エルファはそんな声は気にしていないらしい。
本人曰く、見た目は獣性が低くても、獣性の強い獣人でさえ敵わないのなら、能力的には獣性が強いって事で、自分とちょうど釣り合う……と、言い張っているらしい。
エルファは私のことを勝手とか言ってるけど、エルファも十分に自分勝手な言い分を振りかざしてるわけだ。
だから私が、エルファのために身をひいてあげる謂われは全然ないんだけど、悪意をぶつけられるのは気分悪いし、どんなに強がっていても、絶対的に力で敵わないエルファに敵対されるのは、普通に怖い。獣人の喧嘩はどんなに軽い物でも、私なら重傷レベルの暴力になる。
私に手を出すことは、ガウスに敵対をすることだ。
私に手を出した時点で、それがどんなに軽い物でもガウスからの報復がある。それは絶対だから、エルファであっても私に直接的な暴力で手を出してくることはない。けれど、自分より一回り以上大きく、自信に満ちた彼女を前にすると、本能的な恐ろしさは拭えない。絶対にひるんでる様子なんて、見せてやらないけど。ガウスの威を借りまくってやるんだけど。
早く諦めてくれないかなぁ。
ふしぎなことに獣の雌だと、これがまったくこういうちょっかいを出してこない。
ガウスの獣性は低すぎるから、もっと獣性の強いお姉さん達の方が粉をかけてきそうなのに、なぜか私に文句を付けるのは、エルファ達みたいなちょっと獣性の強めな獣人の雌達だ。
ちなみにヒトの雌は見た目がヒトのガウスにはあまり興味を示さない。
そもそも獣性の高い獣人は、エルファよりもっと単純だ。ヒトの割合が多いほど、回りくどくなる。
「獣性が強いヤツは強さを測れるからな。俺が怖くて、お前には手が出せねぇよ」
とは、ガウスの弁。
「中途半端なのが、一番話を付けるのが面倒なんだよ。理屈も本能も、中途半端にしか能力を発揮しねぇ」
そう言っていたとおり、獣には間違いなくガウスの威嚇が通じているようで手を出してこないし、獣人のエルファらには通じていないから絡んでくるのだろう。
私は相変わらず、ガウスの過保護すぎる匂いを纏っているはずなのに、彼女たちがそれにひるむ様子はない。
理屈はわかるんだけど、私には強さを感じ取る本能も嗅覚もないから、この世界は未だ、感覚的にわからない事ばっかりだ。
この世界は弱肉強食で、とても単純で、私にとっては感じ取れない部分が多すぎてとても難しい。
でも私には、ガウスの足手まといになっている事実はわかっていて、お荷物になっている負い目がある。
守られているばかりの私は、ガウスに好きって言っていいわけないって、いつも思い知る。
それは、ずっと守ってって願うことだから。とても自分勝手だって、わかるから。
ガウスにはガウスに似合うお嫁さんが来るべきで、私じゃ務まらないのもわかっている。だから、エルファの言葉がとても痛くて、いつも心が負けそうになる。
でも、私は私を大切にしてくれる人の言葉を信じるから、にらみ返すことができる。
ガウスがエルファのこと嫌がってるの知ってるし。何より、ガウスが私のことを大切にしてくれているのだけは、わかっているから。
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