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2 ヒトと獣人と獣
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ガウスにとって私が子供だということはわかっている。
どういうわけか庇護欲をそそっただけの、養い子だということぐらい。
マーキングされる度にドキドキするのは、私だけだということぐらい。
マーキングするガウスの様子は、我が子を猫かわいがりする親そのものだ。
私はこうやって毎日のように、自分がガウスの対象外って思い知らされるんだ。所詮は養い子でしかないんだって。
ガウス本人からも、……他の獣人達からも。
今日だってそうだ。買い物に行ったとき、獣人の女の子に絡まれた。
「あなた、いいかげんに親離れしなさいよ」
昼間、そう言って突っかかってきたのはエルファだ。
あーもう、ヤな女に捕まった。
私は顔を引きつらせた。
私は獣人の女の子達に目を付けられている。結婚適齢期の自信満々の子達の一部からは、完全に邪魔者扱いだ。その中で一番しつこいのが、このエルファだ。
うんざりする。
エルファはふわふわした三角の犬耳とふわふわの尻尾、そして牙がほんの少しのぞくのが可愛い犬の獣人だ。ガウスの番になりたいみたいで、最近ものすごく私にちょっかいをかけてくる。
そしてこの町に住む年頃の女の子たちの群れのリーダー格だ。ちょっと前まで抑えてくれてたお姉さんがいたんだけど、その獣人のお姉さんも結婚して群れを抜けたらしく、今はエルファがたぶんトップで、抑えてくれる人もいなくなった。
獣人には割と絶対的なカーストがある。力だ。強い者こそが、何よりも尊重される。男の人は特にその傾向が強い。でも、それとは別に、もう一つ存在するカーストがある。獣性のバランスの良さだ。一種の「美しさ」なのだと思う。私にはピンとこないけど、人と獣性が半々ぐらいでほんの少し獣性が強い、これが理想的なバランスらしい。
というのも、その獣性なら誰と番ってもそれなりに獣性のバランスがとれるから。それは、子供を産む雌にとって最高の強みなのだ。
だから結婚前の女の子は特に、獣性のバランスの良さが重視される。結婚っていうか、番う事っていうか。
結婚は番うことの中でも、番を変えるつもりがない場合に使う言葉で、番はだいたいが結婚を意味するけど、恋人みたいな感じで年ごとにコロコロ番を変えていく場合の関係も含まれる。獣の性質によって、結婚には向かない種族がいるらしい。
ともあれ、この世界で番う事はすごく重要で、いい雄をつかまえることと、いい子供を産むことが雌の誉れだ。
エルファは今、バランスがいい獣人の女の子の中でも、町で一番人気の番候補だった。
かわいくて面倒見が良いといわれているけど、私にはいつもイジワルだ。私がいつもガウスの側にいるから邪魔みたいで、なんとか排除しようとしてくる。ガウスの手前、強行的な態度はとれないから、手は出してこない代わりに、いつも嫌味ばかり言ってくる。
私みたいに、獣の血が薄すぎるヒトは、「番候補」としては、需要のない雌として嘲笑の対象になったりもする。
ガウスは自分を獣だと言ってるけど、どう見てもヒトだ。
「ヒト」っていうのは、獣性の弱い人間よりの獣人に向けて使う呼び方で、「獣」っていうのは、獣性が特に強い獣人向けの言葉だ。ヒトも獣も使い方次第で蔑称にもなれば、褒め言葉にもなる。
ヒトと獣は、基本的に対だ。獣性がバランスよく交わるように番うのが普通で、ヒトは大抵獣と番う。ヒトとヒトが番うなんてほとんどない。本能的に、惹かれないらしい。
内面の獣性がどれだけ強くても、外見がまるっきりヒトだと、やっぱり獣性は半分以下っていうのが当たり前。
つまり、ガウスは私を選んでくれないって事だ。私とガウスはヒトとヒトだから。
それに対していちいち文句を言ってくるのが、このエルファだ。
「あなた、もしかしてヒトの癖に、ガウスの番になれるつもりでいるの?」
ホント、やな女。
「ガウスにはもっと獣性の強い女の子でないと番になれないのに、いつまでもしがみついてみっともない。ガウスがかわいそうだと思わないの?」
その嘲りに、胸が軋む。
わかっている。私だって、わかってる。この世界を知れば知るほど、私とガウスでは釣り合わないと思い知る。でも、こんな女相手に傷ついてるとこなんて見せたくない。おとなしく引き下がるのも絶対嫌だ。
だって弱みを見せるのはバカのすることだ。この世界ではマイナスにしかならない。だから私は後ろ向きの気持ちを全部隠して、にっこりと笑って見せた。もちろんエルファを思いっきり馬鹿にする顔をして。
だいたい、それを言うならエルファだって同じだ。完全なヒト型であるガウスの相手になるには、獣性が弱すぎる。番になれないこともない、っていう程度なのだ。
「エルファこそ、もしかしてガウスの番になれるなんて、思ってるの?」
痛いところを突かれて、エルファの顔が不快そうに歪んだ。
獣性が強くなるほど、感情が強く出やすい。単純でわかりやすい部分が多くなる。
『応戦するときは頭を使え』
ガウスに言われた言葉だ。
案の定、エルファは怒りだした。でも、私に手は出せない。だって私にはガウスの匂いが染みついているから、本能的に躊躇うのだ。だから煽るだけ煽って言い負かす。手が出せない以上、言葉で勝てないエルファは負けるしかない。
そろそろ覚えてくれたらいいのに。
「ガウスはねぇ! あなたみたいなヒト型にはわかんないでしょうけど、見た目よりもずっと獣性が強いのよ! だから、ちょっと獣性強めの私ぐらいの獣人が合うって言ってるのが、まだわかんないの?」
「だとしても、エルファを選ぶのはないかな。だってガウスの番になりたいくせに、ガウスの家族を嫌ってるなんて女、ガウスならぜーーーったい番になんかしないんだから!」
言い返すと、急いでやってきた様子の熊の獣人が「ぶはっ」と吹き出した。
「確かに、ミーナの言うとおりだな!」
「うるさいわね!」
どうやら騒ぎを聞きつけて、妹であるエルファを迎えに来たようだ。兄である熊の獣人は、エルファよりもずっと獣性が強く、顔立ちはヒト型だけど、ひげ面がよく似合う、まさしく熊のような獣人だ。でも獣の割に温厚で、私にも優しい。
「はいはい、エルファがかわいいのはわかったから、そろそろやめとけよ。それ以上ミーナにちょっかい出してると、こわーい保護者がお前の喉元食いちぎっちまうぞ」
「もう子供じゃないんだから! ガウスがいつまでもミーナを甘やかしてるからいけないんじゃない!」
「ばっかだなぁ。子供じゃないから余計ダメだっつーの。嫉妬もほどほどにしとけつってんの。お前、ホント、いいかげんやめろよ。ガウスはお前は選ばないっつーの。ガウスの獣性が強いの、わかってんだろ?」
「だって!」
「あー、うるさい、うるさい。ほら、帰るぞ」
かえれ、かえれー!!
問答無用で保護者につれてかれるエルファをチラリと見て、心の中で、イー! っと顔を顰めておいた。
毎度、エルファが来た後は、どっと疲れる。
どういうわけか庇護欲をそそっただけの、養い子だということぐらい。
マーキングされる度にドキドキするのは、私だけだということぐらい。
マーキングするガウスの様子は、我が子を猫かわいがりする親そのものだ。
私はこうやって毎日のように、自分がガウスの対象外って思い知らされるんだ。所詮は養い子でしかないんだって。
ガウス本人からも、……他の獣人達からも。
今日だってそうだ。買い物に行ったとき、獣人の女の子に絡まれた。
「あなた、いいかげんに親離れしなさいよ」
昼間、そう言って突っかかってきたのはエルファだ。
あーもう、ヤな女に捕まった。
私は顔を引きつらせた。
私は獣人の女の子達に目を付けられている。結婚適齢期の自信満々の子達の一部からは、完全に邪魔者扱いだ。その中で一番しつこいのが、このエルファだ。
うんざりする。
エルファはふわふわした三角の犬耳とふわふわの尻尾、そして牙がほんの少しのぞくのが可愛い犬の獣人だ。ガウスの番になりたいみたいで、最近ものすごく私にちょっかいをかけてくる。
そしてこの町に住む年頃の女の子たちの群れのリーダー格だ。ちょっと前まで抑えてくれてたお姉さんがいたんだけど、その獣人のお姉さんも結婚して群れを抜けたらしく、今はエルファがたぶんトップで、抑えてくれる人もいなくなった。
獣人には割と絶対的なカーストがある。力だ。強い者こそが、何よりも尊重される。男の人は特にその傾向が強い。でも、それとは別に、もう一つ存在するカーストがある。獣性のバランスの良さだ。一種の「美しさ」なのだと思う。私にはピンとこないけど、人と獣性が半々ぐらいでほんの少し獣性が強い、これが理想的なバランスらしい。
というのも、その獣性なら誰と番ってもそれなりに獣性のバランスがとれるから。それは、子供を産む雌にとって最高の強みなのだ。
だから結婚前の女の子は特に、獣性のバランスの良さが重視される。結婚っていうか、番う事っていうか。
結婚は番うことの中でも、番を変えるつもりがない場合に使う言葉で、番はだいたいが結婚を意味するけど、恋人みたいな感じで年ごとにコロコロ番を変えていく場合の関係も含まれる。獣の性質によって、結婚には向かない種族がいるらしい。
ともあれ、この世界で番う事はすごく重要で、いい雄をつかまえることと、いい子供を産むことが雌の誉れだ。
エルファは今、バランスがいい獣人の女の子の中でも、町で一番人気の番候補だった。
かわいくて面倒見が良いといわれているけど、私にはいつもイジワルだ。私がいつもガウスの側にいるから邪魔みたいで、なんとか排除しようとしてくる。ガウスの手前、強行的な態度はとれないから、手は出してこない代わりに、いつも嫌味ばかり言ってくる。
私みたいに、獣の血が薄すぎるヒトは、「番候補」としては、需要のない雌として嘲笑の対象になったりもする。
ガウスは自分を獣だと言ってるけど、どう見てもヒトだ。
「ヒト」っていうのは、獣性の弱い人間よりの獣人に向けて使う呼び方で、「獣」っていうのは、獣性が特に強い獣人向けの言葉だ。ヒトも獣も使い方次第で蔑称にもなれば、褒め言葉にもなる。
ヒトと獣は、基本的に対だ。獣性がバランスよく交わるように番うのが普通で、ヒトは大抵獣と番う。ヒトとヒトが番うなんてほとんどない。本能的に、惹かれないらしい。
内面の獣性がどれだけ強くても、外見がまるっきりヒトだと、やっぱり獣性は半分以下っていうのが当たり前。
つまり、ガウスは私を選んでくれないって事だ。私とガウスはヒトとヒトだから。
それに対していちいち文句を言ってくるのが、このエルファだ。
「あなた、もしかしてヒトの癖に、ガウスの番になれるつもりでいるの?」
ホント、やな女。
「ガウスにはもっと獣性の強い女の子でないと番になれないのに、いつまでもしがみついてみっともない。ガウスがかわいそうだと思わないの?」
その嘲りに、胸が軋む。
わかっている。私だって、わかってる。この世界を知れば知るほど、私とガウスでは釣り合わないと思い知る。でも、こんな女相手に傷ついてるとこなんて見せたくない。おとなしく引き下がるのも絶対嫌だ。
だって弱みを見せるのはバカのすることだ。この世界ではマイナスにしかならない。だから私は後ろ向きの気持ちを全部隠して、にっこりと笑って見せた。もちろんエルファを思いっきり馬鹿にする顔をして。
だいたい、それを言うならエルファだって同じだ。完全なヒト型であるガウスの相手になるには、獣性が弱すぎる。番になれないこともない、っていう程度なのだ。
「エルファこそ、もしかしてガウスの番になれるなんて、思ってるの?」
痛いところを突かれて、エルファの顔が不快そうに歪んだ。
獣性が強くなるほど、感情が強く出やすい。単純でわかりやすい部分が多くなる。
『応戦するときは頭を使え』
ガウスに言われた言葉だ。
案の定、エルファは怒りだした。でも、私に手は出せない。だって私にはガウスの匂いが染みついているから、本能的に躊躇うのだ。だから煽るだけ煽って言い負かす。手が出せない以上、言葉で勝てないエルファは負けるしかない。
そろそろ覚えてくれたらいいのに。
「ガウスはねぇ! あなたみたいなヒト型にはわかんないでしょうけど、見た目よりもずっと獣性が強いのよ! だから、ちょっと獣性強めの私ぐらいの獣人が合うって言ってるのが、まだわかんないの?」
「だとしても、エルファを選ぶのはないかな。だってガウスの番になりたいくせに、ガウスの家族を嫌ってるなんて女、ガウスならぜーーーったい番になんかしないんだから!」
言い返すと、急いでやってきた様子の熊の獣人が「ぶはっ」と吹き出した。
「確かに、ミーナの言うとおりだな!」
「うるさいわね!」
どうやら騒ぎを聞きつけて、妹であるエルファを迎えに来たようだ。兄である熊の獣人は、エルファよりもずっと獣性が強く、顔立ちはヒト型だけど、ひげ面がよく似合う、まさしく熊のような獣人だ。でも獣の割に温厚で、私にも優しい。
「はいはい、エルファがかわいいのはわかったから、そろそろやめとけよ。それ以上ミーナにちょっかい出してると、こわーい保護者がお前の喉元食いちぎっちまうぞ」
「もう子供じゃないんだから! ガウスがいつまでもミーナを甘やかしてるからいけないんじゃない!」
「ばっかだなぁ。子供じゃないから余計ダメだっつーの。嫉妬もほどほどにしとけつってんの。お前、ホント、いいかげんやめろよ。ガウスはお前は選ばないっつーの。ガウスの獣性が強いの、わかってんだろ?」
「だって!」
「あー、うるさい、うるさい。ほら、帰るぞ」
かえれ、かえれー!!
問答無用で保護者につれてかれるエルファをチラリと見て、心の中で、イー! っと顔を顰めておいた。
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