禁踏区

nami

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終章 夢現

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 落雷が轟き、激しい雨が病室の窓を叩きつけている。
 深夜、不規則な落雷に起こされ、私は目を覚ました。

 喉の渇きを覚える。
 備え付けの冷蔵の中を見てみると空だった。
 そういえば、買い置きしていたお茶は寝る前に飲みきってしまったのだった。

 仕方ないので、休憩所にある自販機まで買いに行くことにした。
 廊下はシンと静まり返っている。火災報知器の赤い光と、非常口を示す緑の光が、照明を落とした廊下に不気味に浮かび上がっていた。

 目当てのものを買い、病室に戻ろうとしていると、どこかの病室から人影が現れた。



 美伽──?



 紛れもなく美伽であった。
 暗いけれど、親友の姿を見間違えるはずがない。


 美伽は私がいる方向ではなく、反対方向へと歩いていく。
 …………一体、どこへ行くというのだろう──?


 美伽は記憶を失った状態だ。
 何が目的なのかは、さっぱりわからない。


 考えるまでもなく、私の体は動いていた。
 尾行という形で。


 本当は声を掛ければ済むことなんだろうが、なんとなく声をかけるのがためらわれた。

 美伽は階段を降りて1つ下の階に移動した。
 そのまま、その階を歩いていく。



 まさか──?



 胸の中で言い知れぬものが生まれる。



 美伽は消えるように、ある病室の中へと入った。



 やっぱり……。でも、どうして──?



 病室の入り口にある名札には──東海林真人──とあった。



 ドアはうっすらと開いている。



 ここまでしてもいいのか……。
 迷ったが、私は様子を見ることにした。



「──!」



 頭を鈍器で思いきり殴打された気がした。



 真人さんの病室で、真人さんと美伽は抱きしめ合っていた。



 そんな…………そんな…………



 一体どうして──!?



『全て片付いたら、水族館に行かないか?』



 あの時の約束が、手の届かない場所へ消えてしまった気がした。



 そして同時に、私は初めて美伽を憎いと思った。
 応援するような素振りを見せといて、よくも。



 ──が、それは筋違いであると気付く。



 今の美伽は、あの時の美伽ではないのだから。



 くらくらと目が回ってきた。
 目の前がチカチカして、こめかみの辺りを締め付けられるような痛みを覚える。





「御前様……」





 病室の中から聴こえてきたのは美伽の声。
 その聞き覚えのある言葉遣いに、私の頭と心臓は冷たくなった。


 2人の会話が聴こえてくる。


「君とこうして生きていけることは嬉しいけれど、果たして、このような仕打ちをしてよかったのか……」


「そうですね……。この体の持ち主だった方々を思うと、私も胸が痛みます。ですが彼らの魂は、呪いによりほとんど潰えている状態にありました」


「…………そうだね。だから、僕らは魔が差してしまった……」





 何これ…………何これ…………



 まさか──……



 そんな──……



 美伽と真人さんは…………



 八雲さんと沙雪さんに…………



 体を…………乗っ取られて…………?
 
 
 
 私は夢でも見ているのだろうか……?
 
 
 
 これ以上はないという悪夢を──。


 
 地面がふわふわと不安定になり、そのまま沈み込んでしまいそうな気がした。



 冷たくなった頭と心臓が、急速に凍りついていく。

「あのまま2人で黄泉の国に向かっても、来世で一緒になれる保証はありません。ならば私は、現世うつしよで御前様と生きていたい。もう離れ離れは嫌です」


「僕も同じ気持ちだ。…………けれど、そのために僕らは忘恩ぼうおんと成り下がった。この不義理は──許されない大罪だ。命終わりし時は…………必ずや地獄に堕とされることだろう」


「覚悟の上です。地獄に堕ちるのも、御前様とならば怖くはありません」





 2人がゆっくり立ち上がるのが見えた。
 私は慌てて身を隠す。



 2人が病室から出てくるのを確認した。
 そのまま2人は手を繋ぎ、いずこかへ歩いていく。



 私は動くことができず、2人の背をただ見送るだけだ。
 2人は階段がある方へと向かった。



 愛し合う2人は引き裂かれ、長きに渡って離れ離れにされていた。
 だからもう二度と離れたくない。ずっと一緒にいたい。
 ──その想いは理解できる。


 けれど、やっぱり美伽と真人さんの体を乗っ取っていい理由にはならない!


 それと、美伽……ううん、沙雪さんは、美伽と真人さんは死んだわけじゃないような口振りだった。



 だったら、あの2人の魂はどこへ行ったの──?



 問いたださなきゃ!



 大切な人達への想いが、私に動く力を与えてくれた。



 私は階段の踊り場に駆け込む。


 あの2人は、どっちに行ったの? 上の階と下の階を交互に見比べる。
 すると、下の階から階段を降りる音がわずかに聴こえた。


 私は2人を追いかける。


 足音を頼りに1階まで来てしまった。


 2人は、鉤の手に折れた方へ曲がっていく。


 追いかけていくと、夜間の通用口に続いていた。
 ドアは開け放たれ、横殴りの雨が室内に吹き込んで、水浸しになっている。


 雨に煙るその先に、2人の姿を確認した。
 2人は傘も差さずに歩いていく。



「待って──!」



 通用口から飛び出す私。



 そこに、眩しい稲光。



 続いて、一際激しい落雷が轟く。かなり近くに落ちたらしい。



 思わず怯み、私は目をつぶってしまった。



「そんな……!」



 目を開けると、そこに2人の姿はもうなかった──。



【了】
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感想 1

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みんなの感想(1件)

スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

nami
2021.09.14 nami

ありがとうございます!
大変励みになります(ノ´∀`*)

解除

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