禁踏区

nami

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5章 陰と陽

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 ○月 ●日

 あの男に呪いをかけてから三つの月が過ぎたことになる。漸くあの男はくたばってくれた。最後の足掻きとして、沙雪の婚姻に関する遺言を残していったが、そんなものは無効にしてくれる。何故なら、今より俺が月宮の当主だからだ。俺に逆らう者は悉く雪いでくれる。
 何かと塞ぐ日が続いてきたが、久し振りに心は晴れやかになった。思わず破顔しそうになってしまったが、母と沙雪、下僕どもの前では悲しむ振りをしていなければ。全く面倒なことだ。
 俺にとっては下らぬ父であったが沙雪にとっては良き父であったのかもしれない。あれ以来沙雪はひどく塞ぎ込み笑顔が減ってしまった。そこだけは可哀想なことをしてしまったと胸が痛む。早く立ち直り、また可憐な笑顔を見せてほしいものだ。
 しかし喪服に身を包み憂う沙雪もまた魅力的だ。
 平時も黒色の着物を好んで着ているが、喪服の黒はまた趣が違う。どちらにせよ沙雪には黒色の着物が合っている。黒色は沙雪の抜けるように白く滑らかな柔肌をより美しく際立たせる。
 だが、艶めく妖しい気配を伴う所は少しばかり厄介なものだ。思わず剥いて裸にしたくなる時もある。危ういものだ。
 
 
 ○月 ●日
 
 沙雪は月読の化物の元へ通わなくなった。良い傾向だと思われたが喪に服しているからか。それどころか逢えない時間がより奴への慕情を募らせているようである。
 このまま沙雪を娶っても心は奴に奪われたままだろう。その身も心も等しく俺のものにできなければ意味がない。
 月読家の人間に害を為すのはそれなりに問題になりそうで気が進まぬが、やはり奴には消えてもらうことにしよう。
 

 ○月 ●日

 化物の世話係にして監視役の小僧を抱き込み、奴を神隠しに見せ掛けて消してやった。
 懸念していた問題は特に起こらなかった。どうも奴の両親は奴に対して一欠片の愛情も抱いてなかったようだ。此度の神隠しは僥倖と言わんばかりに月読家存続のため養子を選んでいるという。
 奴が消えたことで悲しむのは沙雪だけだ。毎日泣き暮らしている。食事も全く摂らなくなってしまい日に日に窶れていくばかりだ。
 可哀想だが仕方あるまい。しかしこのままでは沙雪は衰弱していく一方だ。早く奴のことを忘れられるよう慰めてやらねば。
 可愛い可愛い俺の沙雪。ずっと俺が傍にいる。

 
 ○月 ●日
 
 なぜこのようなことになったのだ。
 沙雪は自決してしまった。
 死んでしまった。いなくなった。もう永遠に沙雪に逢うことは出来ぬのだ。もう二度と抱きしめることも、話をすることすら叶わぬ。
 奴の後を追ったというのか。それ程までに奴を慕っているというのか。俺よりも奴を選ぶというのか。
 理解できぬ。ただ一つ言えることは、俺は最後まで沙雪の愛を得られなかったということだ。
 
 
 ○月 ●日
 
 沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪
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 ○月 ●日
 
 沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪
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 沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪
 沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪沙雪
 

 ○月 ●日
 
 何度沙雪の名を書き連ねた所で沙雪は戻らない。俺も沙雪の後を追いかけようか。
 いや、俺にはまだやる事が残っている。
 沙雪が自決したのはあの化物のせいだ。そして奴はまだ生かしてある。惨たらしく殺してやろうと奴の元へと向かったが、奴は既に虫の息であったらしく、あっさりとくたばってしまった。
 月読八雲。最早月読一族の全てが憎い。必ずや滅ぼしてくれようぞ。

 
 ○月●日
 
 ふとあることを思い出し、相続した禁術書をひもといてみることにした。
 やはり思った通りだ。その禁術は奈落の底に落とされた俺を掬い上げることになるだろう。
 だが禁術故に成就するには相当な贄が必要になりそうだ。置場の形代を全て費やしても足りぬかもしれぬ。ならば月読一族とその下僕どもを利用するまでだ。それでも足りぬなら我が月宮一族とその下僕どもを犠牲にしても構わぬ。
 この呪いが無事成就したとしても、俺の胸に広がる闇を完全に払拭することはできまい。苛立ちながら禁術書のけつを捲っているとある禁術に目が留まった。これこそが俺の求めていたものだ。思わず手が震えた。歓喜の震えだ。
 この禁術を行うには俺も命を捨てなければならぬようだが、どうせ沙雪の後を追おうと考えていたのだ。好都合というもの。
 月読八雲。沙雪を死に至らした疫病神め。俺と沙雪を苦しめるだけ苦しめ、あっさりとくたばった忌々しい化物。貴様を黄泉よみの国に行かせはせぬ。
 
 
 △▼△
 
 ここで日記は終っている。
 至るところに沙雪さんへの異常な愛情と狂気が散りばめられていた。
 
 一番最後の日記──これが、狭間ノ國滅亡の真相。
 禁断の呪い。大勢の犠牲によって成就される──。
 
 そんな…………
 
 
 己の欲望を叶えるために、ためらいもなく大勢の人を犠牲にするなんて──!
 
 
 恐怖と嫌悪感が軽い目眩を起こさせた。
 美伽と真人さんも似たような感想を抱いているのだろう。顔をしかめている。

「うえ、読まなきゃよかった。読後感はきっと最悪だって覚悟してたつもりだけど、想像以上にひどかった! 気持ち悪ッ! こんな変態が兄貴って沙雪さん可哀想……。ていうか、やっぱ何もかもこの変態鬼畜男が悪いんじゃん!」
 
 今にも日記を破り捨てそうな勢いで、美伽はまくし立てる。
 私と真人さんの心情を代弁してくれているようだった。

「八雲さんを監禁していた場所については何も書かれてなかったな……」
 
 やはり自力で探すしかない。
 落胆を抱きながら、私達は詰所を後にした。
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