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5章 陰と陽
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どうしようっ!?
どうしたらいいの──!?
懐中電灯で闇雲に部屋を照らし、隠れてやり過ごせそうな場所を探す。
しかし運が悪いことに、この部屋には押し入れもなければ大型の収納家具もなかった。
あるのは人形を飾っている雛壇だけ──。
…………あ、そういえば──!
幼い頃、桃の節句──15人揃い7段飾りの雛人形──その雛壇の裏側に潜り込んで遊んでたら叱られたことを思い出した。
雛壇に駆け寄り、後ろを確認する。
雛壇と壁の間には隙間がある。
狭いけれど、なんとか隠れられそうだ。
そこに潜り込み、懐中電灯を消した。
潜り込んですぐに、襖が開く音がする。
同時に、ひやりと冷たい空気も流れてきた。
『…………逃ぃがぁすぅ……ものかぁぁぁ…………』
その後に「ひひひひ……」と残忍な笑い声がした。
悪魔──という単語が浮かぶ。
何者かはわからないけれど、相手は、獲物を追い詰めて楽しむ悪魔の狩猟家だ。
過去視で武彦さんが言っていたことを思い出す。
『さっきの奴は凶器を持ってたんだ』
もしかすると、彼らが遭遇した者と同一人物かもしれない……。
考えると余計に怖くなった。
足音が行ったり来たりしている。
獲物を弄ぶように、行ったり来たり──……
どうか、見つかりませんように──ッ!
ギュッと目をつぶり、天津さんが作ってくれた数珠を握り締める。
…………どれくらいそうしていただろうか。
気づけば、なんの音もしなくなっていた。
──諦めたのだろうか?
私は今起きたことを2人に伝えるため、懐中電灯を点け、スマホを取り出そうとバッグを開けた。
スマホの姿がない。塩を入れた袋の下になってしまったようだ。
まず塩の袋を取り出した。
塩か。一度これで身を浄めておくのもいいかもしれない。
開き、一掴みしようと手を突っ込む。
──急に突き刺すような寒気を感じた。
『…………見ぃぃ……つぅぅ……けぇぇ……たぁぁ…………』
すぐ目の前に、逆さまになっている邪悪な笑顔の老人──。
雛壇を昇り、そこから身を乗り出すようにして覗いているようだった。
「きゃああああぁぁッ!」
私は、声帯が傷つきそうになるくらいの悲鳴をあげる。
老人は、過去視で早苗さんが言っていた通り半透明であった。
それは、この世の者ではない証明──。
継ぎ接ぎだらけの、くたびれた着物姿。
そして、その右手には鉈──!
刃の部分は全体的に赤黒い液体がべったりと付着している。
その液体がなんなのかは、教えられなくても理解できる。
──血だ。
その赤黒い血が切っ先から滴っている。
ぼたっ……ぼたっ……ぼたっ……ぼたっ……ぼたっ……
滴り落ちた血が、畳をじわじわと赤黒く染めていく。
止まるところをしらない……というように、血は滴り落ち続けている。
まるで、刃の部分が血を生み出しているようだ。
『…………死いいぃぃ……ねええぇぇ…………!』
老人は鉈を振り上げる。
「いやあッ!」
私はダメ元で塩を掴み取ると、老人に思いきり投げつけた。
老人はぐにゃりと歪み……
煙のように消えていった。
「……き…………消えた…………?」
逃げるなら今のうち──!
冷静な私が告げる。
バッグと懐中電灯をひっ掴み、雛壇の裏から這い出ると、一目散に人形の間を飛び出した。
とにかく別の場所に隠れなきゃ──!
時々後ろを確認しつつ、私はひたすら走る。
あのまま消え去った可能性もあるけど、再び現れる可能性だってある。
好ましくない可能性がある以上、油断はできない。
危機はしっかりと回避しなければ。
そうでないと命取りになってしまう──!
息も絶え絶えになった頃だ。
壁に溶け込むような扉を見つけた。
うっかり見逃しそうな存在感の薄い扉の向こう側にいれば、気づかれることもないだろうと判断し、そこに隠れることにした。
1畳程度の納戸だった。
あまり物は詰め込まれておらず、半畳くらいのスペースがある。
そこに入り、蹲るように座った。
積もっていた埃が舞い上がったようで、黴臭さと混ざり合いなんとも嫌な臭いで満たされる。
隙間から明かりが漏れてはまずい。懐中電灯を消した。
かなり長い時間が経過したと思う。
辺りは深々とした静寂に保たれている。
あまりの静けさに、耳鳴りのような痛みが耳の奥で発生し始めた。
…………さすがに大丈夫かな?
とは思うものの、納戸を出る決心がなかなか固まらない。
とりあえず2人に報告することにする。
明るさを最低値にしたスマホ程度なら点けても大丈夫だろう。
バッグを開ける。懐中電灯は切ってあるから手探りでスマホを探す。
(え……そんな……。あ、あの時──!)
後悔と絶望がいっしょくたになって押し寄せてきた。
塩が入っている袋を、人形の間──雛壇の裏側に置き忘れてしまったのだ。
塩は身を守るものにして、霊に対抗できる唯一の武器──。
それがないということは……。
考えると、くらくらと眩暈が襲ってきた。
たとえ塩があったとしても、氷の板で造られた橋を渡るような不安が付きまとっていた。
塩を手放してしまったことで、その氷の橋が急速に溶け始めていくのを実感する。
恐怖で今にも気が触れてしまいそうだ。
これ以上1人という状態は耐えられない。
助けを求めるように、小刻みに震える手でスマホを点け、ラインを開いた。
トークルームは美伽と真人さんのメッセージで埋め尽くされていた。半分以上が私を案じるメッセージだ。
返事をすると2人は安心したようだ。
引き続き、先程起こったことを説明する。
私は1人じゃない、と思うとほんの少しだけ恐怖と不安は薄れた。
ミカ
『とうとう霊達が襲いかかってきたわけか。真人先輩も襲われたらしいよ』
マサト
『ああ。信じられないことにヒロに襲われた』
リン
『新井さんに? まさか、人違いじゃないんですか?』
マサト
『あれはヒロだったよ。もしかして呪いで死んだことと関係があるのかもしれない』
氷の塊を背中に思いきり押し付けられた時に似た悪寒が走る。
もしかしたらこの先、私も新井さんに襲われることがあるのかもしれない……。
いや、呪いが関係しているなら……柏原さんという可能性も……。
運悪く襲われてしまったら、私にはもうなす術がない。
塩を手放してしまったから……。
どうしたらいいの──!?
懐中電灯で闇雲に部屋を照らし、隠れてやり過ごせそうな場所を探す。
しかし運が悪いことに、この部屋には押し入れもなければ大型の収納家具もなかった。
あるのは人形を飾っている雛壇だけ──。
…………あ、そういえば──!
幼い頃、桃の節句──15人揃い7段飾りの雛人形──その雛壇の裏側に潜り込んで遊んでたら叱られたことを思い出した。
雛壇に駆け寄り、後ろを確認する。
雛壇と壁の間には隙間がある。
狭いけれど、なんとか隠れられそうだ。
そこに潜り込み、懐中電灯を消した。
潜り込んですぐに、襖が開く音がする。
同時に、ひやりと冷たい空気も流れてきた。
『…………逃ぃがぁすぅ……ものかぁぁぁ…………』
その後に「ひひひひ……」と残忍な笑い声がした。
悪魔──という単語が浮かぶ。
何者かはわからないけれど、相手は、獲物を追い詰めて楽しむ悪魔の狩猟家だ。
過去視で武彦さんが言っていたことを思い出す。
『さっきの奴は凶器を持ってたんだ』
もしかすると、彼らが遭遇した者と同一人物かもしれない……。
考えると余計に怖くなった。
足音が行ったり来たりしている。
獲物を弄ぶように、行ったり来たり──……
どうか、見つかりませんように──ッ!
ギュッと目をつぶり、天津さんが作ってくれた数珠を握り締める。
…………どれくらいそうしていただろうか。
気づけば、なんの音もしなくなっていた。
──諦めたのだろうか?
私は今起きたことを2人に伝えるため、懐中電灯を点け、スマホを取り出そうとバッグを開けた。
スマホの姿がない。塩を入れた袋の下になってしまったようだ。
まず塩の袋を取り出した。
塩か。一度これで身を浄めておくのもいいかもしれない。
開き、一掴みしようと手を突っ込む。
──急に突き刺すような寒気を感じた。
『…………見ぃぃ……つぅぅ……けぇぇ……たぁぁ…………』
すぐ目の前に、逆さまになっている邪悪な笑顔の老人──。
雛壇を昇り、そこから身を乗り出すようにして覗いているようだった。
「きゃああああぁぁッ!」
私は、声帯が傷つきそうになるくらいの悲鳴をあげる。
老人は、過去視で早苗さんが言っていた通り半透明であった。
それは、この世の者ではない証明──。
継ぎ接ぎだらけの、くたびれた着物姿。
そして、その右手には鉈──!
刃の部分は全体的に赤黒い液体がべったりと付着している。
その液体がなんなのかは、教えられなくても理解できる。
──血だ。
その赤黒い血が切っ先から滴っている。
ぼたっ……ぼたっ……ぼたっ……ぼたっ……ぼたっ……
滴り落ちた血が、畳をじわじわと赤黒く染めていく。
止まるところをしらない……というように、血は滴り落ち続けている。
まるで、刃の部分が血を生み出しているようだ。
『…………死いいぃぃ……ねええぇぇ…………!』
老人は鉈を振り上げる。
「いやあッ!」
私はダメ元で塩を掴み取ると、老人に思いきり投げつけた。
老人はぐにゃりと歪み……
煙のように消えていった。
「……き…………消えた…………?」
逃げるなら今のうち──!
冷静な私が告げる。
バッグと懐中電灯をひっ掴み、雛壇の裏から這い出ると、一目散に人形の間を飛び出した。
とにかく別の場所に隠れなきゃ──!
時々後ろを確認しつつ、私はひたすら走る。
あのまま消え去った可能性もあるけど、再び現れる可能性だってある。
好ましくない可能性がある以上、油断はできない。
危機はしっかりと回避しなければ。
そうでないと命取りになってしまう──!
息も絶え絶えになった頃だ。
壁に溶け込むような扉を見つけた。
うっかり見逃しそうな存在感の薄い扉の向こう側にいれば、気づかれることもないだろうと判断し、そこに隠れることにした。
1畳程度の納戸だった。
あまり物は詰め込まれておらず、半畳くらいのスペースがある。
そこに入り、蹲るように座った。
積もっていた埃が舞い上がったようで、黴臭さと混ざり合いなんとも嫌な臭いで満たされる。
隙間から明かりが漏れてはまずい。懐中電灯を消した。
かなり長い時間が経過したと思う。
辺りは深々とした静寂に保たれている。
あまりの静けさに、耳鳴りのような痛みが耳の奥で発生し始めた。
…………さすがに大丈夫かな?
とは思うものの、納戸を出る決心がなかなか固まらない。
とりあえず2人に報告することにする。
明るさを最低値にしたスマホ程度なら点けても大丈夫だろう。
バッグを開ける。懐中電灯は切ってあるから手探りでスマホを探す。
(え……そんな……。あ、あの時──!)
後悔と絶望がいっしょくたになって押し寄せてきた。
塩が入っている袋を、人形の間──雛壇の裏側に置き忘れてしまったのだ。
塩は身を守るものにして、霊に対抗できる唯一の武器──。
それがないということは……。
考えると、くらくらと眩暈が襲ってきた。
たとえ塩があったとしても、氷の板で造られた橋を渡るような不安が付きまとっていた。
塩を手放してしまったことで、その氷の橋が急速に溶け始めていくのを実感する。
恐怖で今にも気が触れてしまいそうだ。
これ以上1人という状態は耐えられない。
助けを求めるように、小刻みに震える手でスマホを点け、ラインを開いた。
トークルームは美伽と真人さんのメッセージで埋め尽くされていた。半分以上が私を案じるメッセージだ。
返事をすると2人は安心したようだ。
引き続き、先程起こったことを説明する。
私は1人じゃない、と思うとほんの少しだけ恐怖と不安は薄れた。
ミカ
『とうとう霊達が襲いかかってきたわけか。真人先輩も襲われたらしいよ』
マサト
『ああ。信じられないことにヒロに襲われた』
リン
『新井さんに? まさか、人違いじゃないんですか?』
マサト
『あれはヒロだったよ。もしかして呪いで死んだことと関係があるのかもしれない』
氷の塊を背中に思いきり押し付けられた時に似た悪寒が走る。
もしかしたらこの先、私も新井さんに襲われることがあるのかもしれない……。
いや、呪いが関係しているなら……柏原さんという可能性も……。
運悪く襲われてしまったら、私にはもうなす術がない。
塩を手放してしまったから……。
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