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第8話 廃墟探索という仕事

5 天使を名乗る者が恐ろしい警告をして……

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 このまま一階を全て調べようということになり、私達は探索を続けていく。
 初めは不気味だと思っていた廃墟での探索も、慣れてしまえば大したことはない。……が、ケンユウさんは違うようだ。彼は蜘蛛の巣が顔にかかっては悲鳴を上げ、腐食した床板をぶち抜いては悲鳴を上げと、始終叫びっぱなしだ。しかも、それらを全て怪奇現象と思い込んでいるのだから始末が悪い。

 そんな感じだが、どうにか一階の探索を終了し、私達はエントランスに戻ってきた。


 ☆★☆


 次は二階の探索の始まりだ。
 階段を登っていく。きしきしと軋む音が、何となく不安を煽るように聴こえる。

 …………よ……

 不意に呼び掛けられた気がした。

「? 何か言いましたか?」

 訊ねてみるが、二人とも首を横に振る。どうやら空耳だったらしい。
 階段を登りきると、壁に私達三人の姿が浮かび上がった。

「ぎゃあ! お、俺らの分身が現れた!」

 ケンユウさんが叫ぶ。

「馬鹿! 鏡にアタシ達が映ってるだけでしょ!」

 ノイアさんはケンユウさんを小突く。
 壁には、縦二メートル、横一メートル程の大きな鏡が設えてある。

「な、なんだ、鏡か……」

 ケンユウさんは安堵の息を吐く。

「鏡……!」

 アレックスの語った怪談を思い出してしまい、思わず呟いた。

「どうしたのユウコちゃん。何か気になる?」

「あ、いえ、ただアレックスのホラ話を思い出しちゃって……」

「ああ、鏡がどうとかって言ってたもんね」

「や、止めてくれよ。俺も思い出しちゃったじゃねえか……!」

 震える声でケンユウさんが抗議する。青ざめている顔が更に青くなったようだ。

「鏡っていうのは、古今東西で魔を祓うって言われてるから、魔除けって感じで設置してたんじゃないかしら。結構多いわよ、そういう家」

「へー、そうなんですか。でもアレックスの屋敷は、そういうことしてませんよね?」

「そうね。まああいつ、そういうの無頓着そうだしね」

「確かに。ところで左右に通路が伸びてますけど、どっちから行ってみます?」

 そう言った直後だ。


『おい、待てよ』


 はっきりとそう聴こえた。私は当然飛び上がる。そして、

「ひやああ!」

 情けないような妙な悲鳴を発してしまった。

「ど、どうしたのユウコちゃん?」

「こっ、声が……! 今、聴こえませんでした!?」

「声? ううん、聴こえなかったけど。あんたは?」

 ノイアさんはケンユウさんに振った。ケンユウさんは真っ青な顔で、首を横にぶんぶんと振る。

「どんな風に聴こえたの?」

「その……『おい、待てよ』って……。こ、これってクリンちゃんが言ってたことと同じ現象ですよね!? どど、どうしましょう!?」

「う~ん、アタシ達には聴こえなかったからなんとも言えないけど、ヤバい雰囲気は今のところなさそうだし大丈夫よ、きっと」

『そーそー、その女の言う通りだ。そんなに怖がんな。つーことで、ちょっとばかし、俺の頼みを聞いてもらおうか』

 再びあの声が聴こえてきた。よくよく聴いてみると、その声音はどこか幼さを残した声質だ。こうなんていうか、声変わりが完了してない男子の声といった感じだろうか。そして、無愛想でふてぶてしい。

「た……、頼みって何……?」

 恐る恐る返答してみた。

「? ユウコちゃん、何言ってるの?」

 ノイアさんが訝しげな表情を浮かべている。

「その……、さっきの声が……。二人には本当に聴こえないんですか?」

 私の言葉にやはり二人は頷く。

『そいつらに、俺の声が聴こえねーのは当然だ。今、思念を飛ばしてんのはお前だけだからな』

「そうなの? ってか、なんで私?」

『うぜーな。んなこと別にどーだっていーだろ。さっさと俺の話聞けよ!』

 あからさまに不機嫌な物言いで返された。その横暴な態度にイラッとくるものの、とりあえずそいつの話を聞いてやることにした。

「……で、頼みって?」

『一階に物置があっただろ? そこの床板の一部は、隠し部屋に通じているようになってる。俺はそこに閉じ込められてんだ。そこから出してくれ』

 あまりにも唐突な願いにたじろぐ。隠し部屋? 閉じ込められてるってどういうこと? 私の頭は混乱する。
 もちろん、私一人で決めることはできないので二人に相談した。

「お、俺は反対だぜ。こんな廃墟に閉じ込められてるって、あからさまに怪しいだろ。そいつの正体って、悪霊とか妖怪とか、そんなんじゃねえか?」

 ケンユウさんが断言した。相変わらず妄想が働いているが、今度ばかりはその意見も強ち外れてはいなさそうな気がする。

「た、確かに……。ねえ、あんた一体何者なの?」

『言ってもお前らは多分信じねーぞ』

「何それ? そんなの言ってみないとわかんないじゃん」

 数秒程間が開いた後、

『俺は“御使い”だ』

 声は短く答えた。

「ミツカイ?」

『そーだよ。ま、お前ら下界の奴らからはよく“天使”って呼ばれてるがな』

「てっ、天使!?」

 その言葉に仰天してしまった。妖精やドラゴンが存在する世界だから、天使がいても今更驚かないが、まさかこいつの正体が天使とは……。だってイメージがあまりに違い過ぎる。言葉遣いは乱暴で、神々しい雰囲気はまるで伝わってこない。話を聞いていると、育ちの悪いチンピラをイメージしてしまうくらいだ。

「天使って……、その語りかけてる奴がそう言ってるの?」

 ノイアさんが疑わしげな顔で訊いてきた。

「はい。私には信じられませんけど……」

 これは、天使の存在を疑っているのではなく、その男のぞんざいな態度から判断した言葉だ。

「当然よ。天使なんてこの世にいるわけないもの」

 あっさりばっさりと、ノイアさんは言い切った。

「そうなんですか?」

「ええ。天使は聖書や神話、昔話なんかのおとぎ話の中にしか存在しないわ。自分が天使だなんて、そんな大ボラ吹く奴、助けない方がいいわよ。胡散臭いったらないもの」

 隣でケンユウさんも大きく頷いている。

「だってさ。悪いけど、他の人に頼んでくれる?」

『ほらみろ。やっぱり信じねーじゃねーか。だから言いたくなかったんだよ。おいガキ、よく聞け。御使いってのはな、普段は下界の奴らに姿を見せないから、架空の存在として扱われてんだ。大体てめーらがのうのうと人生を送れてんのは、そんな御使い達が休むことなく下界を管理して、働いてるからなんだよ。普段てめーらのために馬車馬みてーに働いてやってんだから、少しくらいこっちも助けてくれていーだろ!? そいつらにそう伝えろ!』

 よほど興奮してるらしく、自称・天使は早口でまくし立てた。それを簡単にまとめて二人に伝える。

「そんなこと言われても知らねえよ。それに怪しいことには変わりねえだろ。っつうか、本物の天使だったら、奇跡でも起こして自分でどうにかしたらいいんじゃねえのか?」

 ケンユウさんがもっともなことを言う。

『それができねーからこーやって頼み込んでんだろーが! そんなこともわかんねーのか、この赤毛野郎!』

 罵倒されているのにケンユウさんは平然としている。それもそうだ。こいつの声は私にしか聞こえないのだから。

「そんなことケンユウさんに直接言いなよ。てか、私達忙しいんだよね。あんたみたいな怪しい奴に構ってる暇ないの」

『知ってるよ。この間来たオジョーサマみてーなガキが落としていったチョーカーを探してんだろ? 俺、ある場所知ってるぜ』

「え、ほんと!? どこにあるの?」

『俺からタダで情報を引きだそうってか? 世間知らずのガキが。タダで手に入るものなんざ、この世に存在しねーんだよ。世の中そんなに甘くねー。てめーの目論見がどれくらい甘いかっつーと、ドーナツに練乳と蜂蜜を塗りたくって食うよーなもんだ。ここは一つ、交換条件といこうじゃねーか』

「世間知らずのガキで悪かったねっ! てか、その喩えも意味わかんないから。交換条件……、それってつまり、在処を教えるからあんたを助けろってこと?」

『理解が早くて助かるぜ。とろそーな面してる割には、なかなか物分かりはいーみたいじゃねーか。そうだ。互いのためになるだろ?』

 “とろそうな面”呼ばわりされ、内心イラッとしながら私は再び言われたことを二人に伝える。

「そんな怪しい奴に頼らなくても落とし物くらい探せるわよ」

「ああ、だよな」

「だってさ。残念だったね」

『へえ……、大した自信だな。そのチョーカーはフツーに探してるだけじゃ、ぜってーみつかんねーよーな場所にあるんだぜ?』

 自称・天使はあざ笑うかのように言った。そのことを二人に伝える。

「そいつ、自分が助かりたいもんだから出任せ言ってるのよ」

「ああ、そんな手には乗らねえよ」

「だって。じゃあ、もう私達行くから」

『……そーかよ。じゃ、せいぜい自力で探すんだな。あ、そーだ、忠告しとくけどよ、この館に封じられてんのは俺以外にもいるんだぜ。しかも、そいつは──。いや、薄情なてめーらにこれ以上アドバイスをくれてやる義理はねーか。ま、くれぐれも気をつけるこったな』

 恐ろしげな忠告をぶつけられ、私の心臓は雷に撃たれたように痺れ上がった。

「ちょっ! ままま、待ってッ! そ、それどういう意味っ!?」

 悲鳴に近い声で叫ぶ。しかし、自称・天使はもう何も語りかけてこない。

「ど、どうしたの、ユウコちゃん。また何か言われたの?」

 ノイアさんに訊ねられ、最後に受けた不気味な忠告について話した。

「じょっ、冗談だろっ!?」

 ケンユウさんが真っ青な顔で過剰な反応を見せる。

「落ち着きなさいよケンユウ。そんなの、はったりに決まってるじゃない。アタシ達に見捨てられて悔しいもんだから、わざと不安を煽るようなこと言ったのよ」

 それに比べ、ノイアさんは至って落ち着いたものだ。

「け、けどよぉ、強ちはったりでもねえんじゃねえか……? 実際、物置から続く隠し部屋とやらには、天使と名乗る得体の知れねえ野郎が封印されてるんだろ?」

「それは、そうみたいだけど……。んもう、そんなこと考えてても仕方ないわよ。今はチョーカーを探すことだけを考えてればいいの! さ、次は二階よ。早く見つけてしまいましょ」

 一抹の不安を覚えながらも、私達は探索作業を再開させた。
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