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第7話 私、バイトを始めました!
6 お昼、ごちそうになります
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そして昼休み。
昼食は、四つ葉堂のすぐ裏手にあるラグラスさんの自宅でご馳走してもらうことになった。
「じゃあ、テキトーに座って待ってて」
「はい」
ダイニングルームの椅子に腰をかけ、昼食を作るラグラスさんの後ろ姿をぼんやりと眺める。かなりの手際の良さにちょっと驚き。
「はい、お待たせ。口に合えばいいけど」
「わあ、美味しそう♪」
ラグラスさんが作ったお昼ご飯は、彩り豊かな夏野菜を使った冷製パスタだった。
「いただきまーす」
一口食べるとその美味しさにまたまた驚く。
「うん、美味しい♪ すごい、レストランの味みたい!」
「そうかい? いやあ、有り合わせのもので作った昼飯に、そこまで喜んでくれるなんて嬉しいね」
「ラグラスさんって料理上手なんですね」
「ありがとう。まあ、自炊の生活が長いからかな」
そういえば、ラグラスさんの両親はもう他界している、ってアレックスがさっき言ってたな。
てことは、家事は全部自分でやってるってことか。お店と家事、両立させるのも以外に大変なんじゃない? 実はこの人、かなり凄い人かも……。
尊敬の眼差しでラグラスさんを見つめる。
「ん? どうかした?」
「あ、いえなんでもないです。そういえば、さっきはすいませんでした。ヘンな勘違いしちゃって……。あの……、かなり駄目になっちゃった商品とかあったんじゃないですか?」
さっきの倉庫での騒動について改めて謝罪した。
あれだけの騒ぎを起こしたのだから、下手するとクビになってもおかしくないのに、ラグラスさんはそれを咎めることはしなかった。それがなんとも申し訳ない。
「ああ、そのことはもう気にしないで。仕事中に私情を引きずってた俺にも落ち度があるわけだし。それに、幸い駄目になったやつはなかったから安心してよ。それより、ユウコちゃんこそ大丈夫? 怪我しなかった? ほら、かなり勢い良く倒れ込んだみたいだしね。痛いところとかあったらちゃんと言うんだよ?」
「いえ全然平気です! どこも痛くありません」
あんなにひどい目に遭わされたのに、この人ってば自分のことよりも私の心配? めちゃくちゃ良い人だなぁ。アレックスの奴とは大違いだ。それなのに、初対面の時“スケベそうな顔してる”とか思っちゃってゴメンナサイ!
程なくして昼食を食べ終えた。
「ご馳走様でした! なんかすいません。雇ってもらってる上にお昼ご飯までご馳走になって」
「いいっていいって。うち、他の店に比べると、そんなに給料出せないからさ。これくらいのサービスはしないとね」
ラグラスさんはそう笑って、食後のお茶を煎れてくれた。
「そういえば、さっきアレックスと話をしてましたけど、それってもしかして……私のこと……だったりします?」
恐る恐る訊いてみた。あいつのことだ。何か余計な忠告とか悪口を吹き込んだ可能性も否定できない。
たとえば『ユウコはかなり多情な娘だから、店主も身の安全には気をつけた方がいいぞ』とか……。あいつってば、ちょっと私のことを“男好きのふしだらな娘”って見てるフシがあるし。いや、自分としては決してそういうんじゃないけどね!
「ん? ああ、あれはちゃんとした商談の話だよ」
「商談……、もしかしてheaven&hellとかいう煙草を買い占めたいとかですか? あれ、四つ葉堂でしか売ってないらしいですし。あいつ、とうとう買い占めっていう暴挙に乗り出すんですか?」
「あはは、ユウコちゃんも面白いこと言うね。まあ、あの煙草はアレックスさんのために置いてるようなものだけどね。もの凄く強いらしくて他に買い手もいないし」
ふ~ん、そうなんだ。アレックスのためって、あいつってば何気に特別待遇受けてんだ。
まあ、あの煙草が凄く強いものってのはわかる気がする。この前、ケンユウさんが一本貰って吸った時、あの人軽く死にかけてたもん。っつーか、モルテ・アピスの持つ致死性の猛毒に耐えうるケンユウさんを死に追いやろうとした煙草って一体……。もはや兵器じゃん! 実は非合法の激ヤバ成分が含まれてんじゃないの!?
「さて、そろそろ店に戻ろうか。……ああ、そういえばアレックスさん、一言だけユウコちゃんのことも言ってたよ」
「え? なんて言ってました?」
「……別に俺が言ってるわけじゃないから怒らないでね?」
ラグラスさんは微妙な間をおいた後、困ったような顔で念を押す。ラグラスさんがこんなことを言うんだ。きっとろくでもないことを言ったのだろう……。
「大丈夫ですよ。あいつの言うことは、大体想像つきますし……」
「そっか……。じゃあ教えてあげるね。『愚かで間抜けでどうしようもない奴だが、どうか見捨てないでやってくれ』……だってさ」
ラグラスさんは遠慮がちな声で教えてくれた。
「はあ……、やっぱり……」
大きなため息をついた。
なんなの!? あいつ何様のつもり!? あんたは、私のお母さんかっての!
怒らないと約束したので、心の中でアレックスをなじる。
「ユウコちゃん、ずいぶんとアレックスさんに大事にされてるんだね」
ラグラスさんが微笑む。
「ええ!? そんなわけないですよ! あいつってば、いつもそんな感じに悪態ばっか吐いてきて私のこといじめてくるんですから……! むしろ、私のこと嫌いなんじゃないですか? まあ私も好きじゃないですけど。っていうか嫌い。あんな性格の悪い奴!」
「まあ口は悪いけど、でも、こういうこと言うってことは、気にかけてくれてる証拠だよ。本当に嫌いなら、こういう風に心配してくれることもないんじゃないかな?」
「そう……かなぁ?」
「それに、ユウコちゃんだって本当はアレックスさんのこと嫌いじゃないでしょ? だって本当に嫌いだったら、毎日それ、つけないと思うんだけどね」
ラグラスさんは私の首にかかっている白と黒の月のネックレスを指した。この世界に来たばかりの頃、初めてアレックスが買ってくれたものだ。
「うちで買ってくれたやつだからよく覚えてるんだ」
「こ、これは単に気に入ってるからです! あいつが買ってくれたとかは関係ないですよ! こ、この話はもうおしまいです! ほら、早くお店の方に戻りましょうよ?」
調子が狂い、ラグラスさんを急かす。
「はいはい。……けど、結構いいコンビだと思うけどなぁ。見てて面白いし」
ラグラスさんが小声で呟く。
「何か言いました?」
冷ややかな声で訊ねる。
「ううん、何も。じゃあ午後も頑張るとしますか」
ラグラスさんは何食わぬ顔で席を立った。
まったく、この人も突然なんてこと言い出すんだろ! 私がアレックスに懐いてる? そんなわけないじゃん……!
昼食は、四つ葉堂のすぐ裏手にあるラグラスさんの自宅でご馳走してもらうことになった。
「じゃあ、テキトーに座って待ってて」
「はい」
ダイニングルームの椅子に腰をかけ、昼食を作るラグラスさんの後ろ姿をぼんやりと眺める。かなりの手際の良さにちょっと驚き。
「はい、お待たせ。口に合えばいいけど」
「わあ、美味しそう♪」
ラグラスさんが作ったお昼ご飯は、彩り豊かな夏野菜を使った冷製パスタだった。
「いただきまーす」
一口食べるとその美味しさにまたまた驚く。
「うん、美味しい♪ すごい、レストランの味みたい!」
「そうかい? いやあ、有り合わせのもので作った昼飯に、そこまで喜んでくれるなんて嬉しいね」
「ラグラスさんって料理上手なんですね」
「ありがとう。まあ、自炊の生活が長いからかな」
そういえば、ラグラスさんの両親はもう他界している、ってアレックスがさっき言ってたな。
てことは、家事は全部自分でやってるってことか。お店と家事、両立させるのも以外に大変なんじゃない? 実はこの人、かなり凄い人かも……。
尊敬の眼差しでラグラスさんを見つめる。
「ん? どうかした?」
「あ、いえなんでもないです。そういえば、さっきはすいませんでした。ヘンな勘違いしちゃって……。あの……、かなり駄目になっちゃった商品とかあったんじゃないですか?」
さっきの倉庫での騒動について改めて謝罪した。
あれだけの騒ぎを起こしたのだから、下手するとクビになってもおかしくないのに、ラグラスさんはそれを咎めることはしなかった。それがなんとも申し訳ない。
「ああ、そのことはもう気にしないで。仕事中に私情を引きずってた俺にも落ち度があるわけだし。それに、幸い駄目になったやつはなかったから安心してよ。それより、ユウコちゃんこそ大丈夫? 怪我しなかった? ほら、かなり勢い良く倒れ込んだみたいだしね。痛いところとかあったらちゃんと言うんだよ?」
「いえ全然平気です! どこも痛くありません」
あんなにひどい目に遭わされたのに、この人ってば自分のことよりも私の心配? めちゃくちゃ良い人だなぁ。アレックスの奴とは大違いだ。それなのに、初対面の時“スケベそうな顔してる”とか思っちゃってゴメンナサイ!
程なくして昼食を食べ終えた。
「ご馳走様でした! なんかすいません。雇ってもらってる上にお昼ご飯までご馳走になって」
「いいっていいって。うち、他の店に比べると、そんなに給料出せないからさ。これくらいのサービスはしないとね」
ラグラスさんはそう笑って、食後のお茶を煎れてくれた。
「そういえば、さっきアレックスと話をしてましたけど、それってもしかして……私のこと……だったりします?」
恐る恐る訊いてみた。あいつのことだ。何か余計な忠告とか悪口を吹き込んだ可能性も否定できない。
たとえば『ユウコはかなり多情な娘だから、店主も身の安全には気をつけた方がいいぞ』とか……。あいつってば、ちょっと私のことを“男好きのふしだらな娘”って見てるフシがあるし。いや、自分としては決してそういうんじゃないけどね!
「ん? ああ、あれはちゃんとした商談の話だよ」
「商談……、もしかしてheaven&hellとかいう煙草を買い占めたいとかですか? あれ、四つ葉堂でしか売ってないらしいですし。あいつ、とうとう買い占めっていう暴挙に乗り出すんですか?」
「あはは、ユウコちゃんも面白いこと言うね。まあ、あの煙草はアレックスさんのために置いてるようなものだけどね。もの凄く強いらしくて他に買い手もいないし」
ふ~ん、そうなんだ。アレックスのためって、あいつってば何気に特別待遇受けてんだ。
まあ、あの煙草が凄く強いものってのはわかる気がする。この前、ケンユウさんが一本貰って吸った時、あの人軽く死にかけてたもん。っつーか、モルテ・アピスの持つ致死性の猛毒に耐えうるケンユウさんを死に追いやろうとした煙草って一体……。もはや兵器じゃん! 実は非合法の激ヤバ成分が含まれてんじゃないの!?
「さて、そろそろ店に戻ろうか。……ああ、そういえばアレックスさん、一言だけユウコちゃんのことも言ってたよ」
「え? なんて言ってました?」
「……別に俺が言ってるわけじゃないから怒らないでね?」
ラグラスさんは微妙な間をおいた後、困ったような顔で念を押す。ラグラスさんがこんなことを言うんだ。きっとろくでもないことを言ったのだろう……。
「大丈夫ですよ。あいつの言うことは、大体想像つきますし……」
「そっか……。じゃあ教えてあげるね。『愚かで間抜けでどうしようもない奴だが、どうか見捨てないでやってくれ』……だってさ」
ラグラスさんは遠慮がちな声で教えてくれた。
「はあ……、やっぱり……」
大きなため息をついた。
なんなの!? あいつ何様のつもり!? あんたは、私のお母さんかっての!
怒らないと約束したので、心の中でアレックスをなじる。
「ユウコちゃん、ずいぶんとアレックスさんに大事にされてるんだね」
ラグラスさんが微笑む。
「ええ!? そんなわけないですよ! あいつってば、いつもそんな感じに悪態ばっか吐いてきて私のこといじめてくるんですから……! むしろ、私のこと嫌いなんじゃないですか? まあ私も好きじゃないですけど。っていうか嫌い。あんな性格の悪い奴!」
「まあ口は悪いけど、でも、こういうこと言うってことは、気にかけてくれてる証拠だよ。本当に嫌いなら、こういう風に心配してくれることもないんじゃないかな?」
「そう……かなぁ?」
「それに、ユウコちゃんだって本当はアレックスさんのこと嫌いじゃないでしょ? だって本当に嫌いだったら、毎日それ、つけないと思うんだけどね」
ラグラスさんは私の首にかかっている白と黒の月のネックレスを指した。この世界に来たばかりの頃、初めてアレックスが買ってくれたものだ。
「うちで買ってくれたやつだからよく覚えてるんだ」
「こ、これは単に気に入ってるからです! あいつが買ってくれたとかは関係ないですよ! こ、この話はもうおしまいです! ほら、早くお店の方に戻りましょうよ?」
調子が狂い、ラグラスさんを急かす。
「はいはい。……けど、結構いいコンビだと思うけどなぁ。見てて面白いし」
ラグラスさんが小声で呟く。
「何か言いました?」
冷ややかな声で訊ねる。
「ううん、何も。じゃあ午後も頑張るとしますか」
ラグラスさんは何食わぬ顔で席を立った。
まったく、この人も突然なんてこと言い出すんだろ! 私がアレックスに懐いてる? そんなわけないじゃん……!
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