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第7話 私、バイトを始めました!

3 お客様第一号はマシンガンおばちゃん

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「ムカつく~! 何あの言い種っ!」

 勤務前にして、不快指数は既にMAXだ。あいつってばホント他人の神経逆撫ですることしか言わないよね。

「まあまあユウコちゃん。少し落ち着いて。これから接客の仕事をするんだから、そんな怖い顔してたらダメだよ?」

「えっ? ああ、すいません。ついイラッとさせられたものですから」

 そう取り繕い、無理矢理笑顔を作る。

「それにしてもユウコちゃん、アレックスさんによくあんな軽口叩けるね。勇気あるなぁ」

 ラグラスさんは半ば感心したように言った。

「えっと……、そうですかね?」

「だってさ、アレックスさんって結構怖そうじゃない? いつも無表情で、物言いなんかも妙に威圧的だし」

「まあ、確かに私も最初は『うわ、この人怖っ!』って一瞬思いましたけどね。でも居候してすぐわかったんですけど、実態は、超負けず嫌いでガキっぽい部分がヤバいくらい目立つ、ヘタレでかな~り残念な奴なんですよ?」

「あはは、そうなんだ」

「そうですよ。ぐーたらだし、日常生活じゃクリンちゃんがいないと何もできないダメ男なんですから。そんでもって、ノイアさんによく叱られてます」

 秘密をバラされた恨みを晴らさんとばかりに、アレックスのことを悪し様に語った。

「へえ~、あの人って常に崩れず、なんでも完璧にこなすようなイメージだったから意外な一面だなぁ。そういう話聞くと、ちょっとだけアレックスさんに親しみを感じるかも。ってか、クリンちゃんに世話されてるって、ちょっと羨ましいなぁ」

 最後の台詞は独り言だったようで小声だった。だが私は聞き逃さず、

「そういえばラグラスさん、私なんかより本当はクリンちゃんを雇いたかったんじゃないですか?」

 ちょっと意地悪な感じに訊いてみた。

「ちょっ、ユウコちゃん、いきなり何言い出すの……! そんなことないから!」

「え~、でもずっとバイトに誘ってたんでしょ?」

「ま、参ったなぁ……。でもあれには、ちょっと打算的な意味もあったんだよ」

「はあ……。どういう風に?」

「クリンちゃんが看板娘になってくれたら、うちの評判も上がるんじゃないかと思ってね。あの子、街の人達から人気あるし」

「へー、ラグラスさんって意外と強かだなぁ。私、てっきりクリンちゃんに気があるから誘ってたんだと思ってた」

「それは……まあ否定はしないけどさ。そういうわけだから、ユウコちゃんがバイトってのも大歓迎なんだ」

「いやいや、私、看板娘なんて器じゃないですよ。地味だし……」

「そんなことないよ。君にはクリンちゃんとはまた違う魅力があると思うよ。小さくて可愛らしいし、礼儀正しくて親しみやすいとことかさ」

 小さくて可愛らしいってのは、遠回しに“チビ”と言われてるような……。でもまあ、誉められて悪い気はしない。お世辞かもだけど。

 和んだところで、ラグラスさんは仕事の説明をしてくれた。

「……と、まあ、こんな感じで接客をすればいいだけだから。あ、勘定は間違えないように気をつけてね」

「はい、わかりました。うう、緊張するなぁ」

「大丈夫大丈夫。すぐに慣れちゃうよ。値も複雑な数字は付けてないから、計算も楽だし」

 ラグラスさんは気楽に言う。
 それから少しして、来客を告げるベルが鳴った。入ってきたのは恰幅の良いファータのおばさんだった。
 早速ラグラスさんは研修ということで私に接客を任せる。

「いらっしゃいませ」

 緊張しながらも、努めて明るい声を出す。

「おやまあ、可愛いらしい売り子さんだこと」

 おばさんは私を見るなり、親しげな笑顔を向ける。

「どうも、おかみさん。彼女、今日からなんですよ」

「そうかい。けどラグラス、あんた調子に乗って手を出すんじゃないよ?」

「なっ!? そんなことするわけないだろ! ったく、おかみさんも人聞き悪いこと言わないでくれよな。誤解されていきなり辞められちゃったら、どうしてくれんだよ?」

「あっはっは! そん時はあたしが責任もって売り子をしてやるよ」

「勘弁してくれ……」

 ラグラスさんはやれやれといった感じでかぶりを振った。かなり親しげだ。常連のお客さんとか?

「じゃあ、これをいただこうかね」

 おばさんは小麦粉と調味料をカウンターまで持ってきた。え~と、小麦粉が百五十ディルで調味料が百ディルだから……

「合計で二百五十ディルになります」

「はいよ」

 ちょうどぴったりの金額を渡してきた。

「ありがとうございました」

 基本的に領収書はないので、包んだ品物だけを渡す。

「ところでお嬢さん、なんて名前なんだい?」

 おばさんが訊いてきた。

「有子っていいます」

「ユウコ? ああ、じゃあ、あんたが異世界から来たっていう噂の娘さんだね。あの幽鬼みたいな学者の兄さんがおかしな実験をしたせいで、こんなことになったんだろう? あんたも災難だったねえ」

おばさんは心底同情したような口振りで私の肩に手を置いた。

「え、ええ、まあ……」

 曖昧に頷いた。まあ、間違っちゃいないし。っていうかアレックスって学者と思われてんのか。

「そうそう、あの学者の兄さんといえば、この間ね!」

 おばさんの話はまだ続く。しかも、長くなりそうな感じだ。

「この人、ポピーさんっていうんだけど、もの凄く噂好き話好きで近所じゃ有名なんだよ。適当に相槌打って聞き流せばいいから……」

 ラグラスさんがそう耳打ちしてくれた。

「あの人、いつ見ても顔色悪いからさ、見てると不安になってきてねえ。だから、あたしゃとうとう言ってやったんだよ。ちゃんと食事や睡眠を取ってるのか? って。そしたらあの人なんて言ったと思う?」

「さ、さあ……、わかりませんねえ」

 さも見当がつかないというように答えた。けど、あいつの言ったことは大体想像がつく。
 どうせ『それは、いらん世話というものだ。他人の詮索などしている暇があったら、自分の老後のことについて考えたらどうなんだ』とかなんとか、とにかく失礼な台詞をズバッと言ったに違いない。

「あの男、あたしにこう言ったんだよ。『血色が悪くて悪かったな。これは生まれつきだ。生まれついての体質を他人にとやかく言われる筋合いはない。他人の生活を干渉している暇があるのなら、まずは己の生活を省みることだ。見たところ、生活習慣病の予備軍のようだからな。気をつけておかないと、老後は様々な合併症を患い、苦しんで死ぬことになるぞ』ってね。まったく、大きなお世話だよ!」

 ポピーさんはアレックスに言われたであろう台詞を長々と語った。ってゆーか、そんな長い台詞よく覚えてたよね!? それにあいつも、やっぱり予想を裏切らず超失礼なこと言っちゃってるし! 想像以上なんだけど!

「まあ、十数年前に流行った疫病騒ぎの時は、あの人が作った特効薬とワクチンのおかげで、この国は大事に至らずにすんだんだから、あの人のこと悪くは言えないんだけどね」

 ふ~ん、そんなことがあったんだ。でも、あいつが自発的に薬を作ったってことはないでしょ。きっとクリンちゃんあたりに説得されて、渋々作ったに違いない。
 それにしても、ほんとこのポピーさんってよく喋るなあ。まるで、言葉のマシンガンを食らってるみたいな気がするよ。

「けど、あの人もあんな深い森に住んで何やってんだかね。噂じゃ“死んだ恋人を生き返らせるための研究をしてる”って話だけど」

 うっは! そんな噂が流れちゃってんの!? まあ、限りなく似たようなことをしてるよね。水晶になった聖母姫を元の姿に戻す方法を探してるわけだし。

「まったく男って奴は、どいつもこいつも未練タラタラで嫌だねえ! そんな後ろ向きな研究してないで、さっさと新しい出会いを求めりゃいいのに。ユウコちゃんもそう思うだろ?」

 ポピーさんは興奮気味にまくし立て、私に同意を求めてきた。私は「はぁ、そうですね~」と、曖昧に答えるしかない。

「おかみさん、そんなに熱くならないでくれよ。ユウコちゃん困ってるじゃないか」

 ラグラスさんが見かねたようにおばさんを止める。しかし、それは火に油を注ぐ結果になり、

「ラグラス、あんたもだよ! まだ新しい恋人できないのかい!? カンナと別れてもう二年も経つのにっ! まぁだ、あの娘のことが忘れられないのかね? あの娘は来月結婚するっていうのに……!」

 ポピーさんの矛先はラグラスさんへと向けられた。

「い、いや、俺の場合、純粋に新しい出会いの機会がないってだけで別に過去を引きずってるワケじゃ……。ってか、何? あいつ、結婚すんの!?」

 予期せぬ形で元カノの情報を知ってしまったらしく、ラグラスさんは戸惑いの表情を浮かべる。

「あらヤダ! あたしったら、ついうっかり……」

 ポピーさんは慌てて口を噤むが既に遅い。

「ふーん、そうか……。あいつ結婚すんのか……。ま、あいつが誰と結婚しようが俺には全然関係ないけどさ。お互い、納得した上で別れたんだし……」

 ラグラスさんは遠くを見つめ、自分に言い聞かせるように呟く。その顔に表情は全くない。すでに過去の人だと割り切ってたつもりだったのだろうが、やっぱりショックなのだろう。

「げ、元気だしなよ。あんただってすぐに可愛い嫁さんがみつかるさ。じゃあ、あたしはこれで……」

 ポピーさんは居づらくなったのか、ラグラスさんに根拠のない励ましの言葉をかけ、そそくさと店を出ていった。
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