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第7話 私、バイトを始めました!

1 戦いの稽古

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 早朝。中庭にて。
 私は一心不乱に杖の素振りを続ける。

「おはようさん、ユウコちゃん。早くから頑張ってるねぇ。感心感心」

 ケンユウさんが声をかけてきた。

「あ、おはようございます。なんだか早く目が覚めちゃって」

「ははっ、そうかい。それにしても、ずいぶんと動きが滑らかになってきたな。ユウコちゃんはなかなか筋がいいみたいだ」

「えへへ、そうですかね?」

「ああ。……よし! 朝飯の前だが、今日の稽古始めるか?」

「はい!」

 元気よく返事をした。


 ☆★☆


 クロウェア山で自分の非力さを嘆いた私に、戦えるようにとアレックスはその稽古をつけてくれることを約束してくれた。
 なのに、稽古をつけているのがアレックスではなくケンユウさんなのか?
 それは、あいつがケンユウさんに押し付けたからである。“なんでもやる”ということを条件にしてケンユウさんはこの屋敷に住み込むことになったので、真っ先に私の戦闘指南を命じたのだった。

 けど、そうなって私は本当によかったと思っている。だってわかるでしょ? あいつのあの性格を考えれば。
 ケンユウさんが来るまで、約束通りあいつが稽古をつけてくれていたのだが、その時間は最低最悪な生き地獄だった。

 訓練メニューなんか、詳細は割愛するが『特殊部隊の訓練か!』ってくらいガチで超ハードなものだったし、しかも罵詈雑言という名のBGM付き!
『素質がない』『こんなこともできんのか』はまだいい方で、極めつけには『ププカ以下だな』と、野良猫やウサギより弱いという最弱生物以下の烙印を押してきやがった……。これには本当にヘコまされ、三日間は立ち直れなかったものだ……。

 新しく師匠になったケンユウさんは、そんな鬼教官……いや、鬼畜教官アレックスとは真逆の人。
 私の体力、運動能力を考慮し、無理のないペースで稽古を進めてくれる。問題点があったら優しく指摘し、上手くできたら自分のことのように喜び誉めてくれる。本当に最高の師匠だ。


 ☆★☆


「じゃあ、まずは打ち込みからだ」

 そう言ってケンユウさんは藁を組んで作った人型の的を指した。

「前回は七分二十六秒で壊すことができたんだったな。それより少ない時間で壊せるように頑張ってくれよ」

「はい!」

 早速打ち込みを開始する。
 縦に振り下ろし横に払い、とあらゆる角度から的を打つ。
 的は少しずつ崩れ、原型を留めないくらいにボロボロになった。

「そこまで!」

 ケンユウさんのよく通る声が終了宣言を告げる。
 深く息をするようにして呼吸を整える。

「やったな! 七分、九秒だ。前回より時間が短縮されたぜ」

 ケンユウさんは嬉しそうに笑う。

「そうですね。……でも、七分の壁は破れませんでした。私、ほんとに強くなってんのかなぁ……?」

 思わずため息がこぼれた。

「おいおい、もっと素直に喜びな。それに、強さってのは一朝一夕で身に付くもんじゃねえんだ」

「あ、すいません、つい……」

「地道に頑張っていこうぜ。じゃあ次は、受け身と回避の訓練な」

 ケンユウさんが言った直後だ。

「二人とも~、朝ご飯できたよー!」

 エプロン姿のクリンちゃんが呼びに来た。
 それに反応するように、私とケンユウさんのお腹が同時に鳴った。

「……続きは、朝飯の後だな」

「ですね……」

 私達は食堂に向かった。


 ☆★☆


 朝食後、私達は稽古を再開させ、一通りの訓練メニューを終わらせた。

「ありがとうございました! また明日もよろしくお願いしますね」

「おう!」

 私達はそのまま中庭にとどまり、ベンチに腰を下ろした。

「いつも稽古つけてくれてありがとうございます。でも、迷惑だったら言ってくださいね?」

「迷惑なもんか。むしろ嬉しいくらいだぜ。俺、末っ子だったからさ。こうなんていうか、妹ができたみたいでよ」

「そうだったんですか。てか、妹みたいって……。だったら、ケンユウさんのこと“お兄ちゃん”って呼んじゃいますよ?」

「いいねいいね♪ ぜひそうしてくれや」

「あ、いや、冗談ですけどね……」

「あらら、そりゃガッカリだ。まあ、さすがに歳が離れ過ぎだしな」

「ご兄弟って、お兄さんですか? お姉さんですか?」

「両方だ。兄貴一人と姉貴二人な。ユウコちゃんは兄弟いねえのか?」

「いますよ。お兄ちゃんが一人。あの馬鹿兄、今頃どうしてることやら……」

 遠い目で噴水を見つめる。
 この世界、ティル・リ・ローナに召喚され、かれこれ半年が過ぎてしまった。
 地球では、私が行方不明になったと大騒ぎだっただろう。

「悪い……。今の発言は無神経過ぎたわ……」

 私の置かれてる状況を思い出したようで、ケンユウさんは口を噤んだ。

「いいんですよ。なんかもう、かなり開き直ってますし」

 地球には帰りたいとは思うが、最近の私は、この世界での生活にもすっかり馴染み楽しんですらいる。

「でも、好きな男に会えないのは寂しいんじゃねえか?」

 ケンユウさんの言葉に心臓が大きく跳ねた。
 脳裏に浮かんだのは、中田健介くん。まだ地球にいた頃、気になる存在だったクラスメイトだ。

「やだなあ。そんな人いませんよぉ」

 嘘をついて、話題を回避しようとするが、

「またまた~。俺知ってるんだぜ? 確かケンスケとかいう奴なんだろ?」

 ケンユウさんはニヤニヤ笑いながら肘でつついてくる。その言葉に、思わず心臓が口から飛び出るような衝撃を受けた。

「んななっ!? どうしてソレを!?」

「ああ、アレックスから聞いたんだ。昨日あいつと飲みに行ってな」

 アレックスから聞いたんだ

 アレックスから聞いたんだ

 アレックスから聞いたんだ

 
 脳内でケンユウさんの言葉がエコーする。その事実を受け入れた時、私の腸は煮え返った。
 何あいつ!? しつこく健介くんを覚えてるだけじゃ物足んなくて、ついに他人に暴露!? しかも酒の席で!? 女子の秘密をなんだと思ってんの!? きっと、あることないことをケンユウさんに吹き込んだに違いない……!

「そういや、そろそろ行った方がいいんじゃねえか? 初日から遅刻はよくねえぞ?」

 ケンユウさんの言葉で我に返り、腕時計で時刻を確認する。

「あ、ホントだ! じゃあ、私そろそろ行きますね」

「おう、頑張れよ!」

 ケンユウさんの快活な声に見送られ、支度のため自室に戻った。
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