59 / 72
第7話 私、バイトを始めました!
1 戦いの稽古
しおりを挟む
早朝。中庭にて。
私は一心不乱に杖の素振りを続ける。
「おはようさん、ユウコちゃん。早くから頑張ってるねぇ。感心感心」
ケンユウさんが声をかけてきた。
「あ、おはようございます。なんだか早く目が覚めちゃって」
「ははっ、そうかい。それにしても、ずいぶんと動きが滑らかになってきたな。ユウコちゃんはなかなか筋がいいみたいだ」
「えへへ、そうですかね?」
「ああ。……よし! 朝飯の前だが、今日の稽古始めるか?」
「はい!」
元気よく返事をした。
☆★☆
クロウェア山で自分の非力さを嘆いた私に、戦えるようにとアレックスはその稽古をつけてくれることを約束してくれた。
なのに、稽古をつけているのがアレックスではなくケンユウさんなのか?
それは、あいつがケンユウさんに押し付けたからである。“なんでもやる”ということを条件にしてケンユウさんはこの屋敷に住み込むことになったので、真っ先に私の戦闘指南を命じたのだった。
けど、そうなって私は本当によかったと思っている。だってわかるでしょ? あいつのあの性格を考えれば。
ケンユウさんが来るまで、約束通りあいつが稽古をつけてくれていたのだが、その時間は最低最悪な生き地獄だった。
訓練メニューなんか、詳細は割愛するが『特殊部隊の訓練か!』ってくらいガチで超ハードなものだったし、しかも罵詈雑言という名のBGM付き!
『素質がない』『こんなこともできんのか』はまだいい方で、極めつけには『ププカ以下だな』と、野良猫やウサギより弱いという最弱生物以下の烙印を押してきやがった……。これには本当にヘコまされ、三日間は立ち直れなかったものだ……。
新しく師匠になったケンユウさんは、そんな鬼教官……いや、鬼畜教官アレックスとは真逆の人。
私の体力、運動能力を考慮し、無理のないペースで稽古を進めてくれる。問題点があったら優しく指摘し、上手くできたら自分のことのように喜び誉めてくれる。本当に最高の師匠だ。
☆★☆
「じゃあ、まずは打ち込みからだ」
そう言ってケンユウさんは藁を組んで作った人型の的を指した。
「前回は七分二十六秒で壊すことができたんだったな。それより少ない時間で壊せるように頑張ってくれよ」
「はい!」
早速打ち込みを開始する。
縦に振り下ろし横に払い、とあらゆる角度から的を打つ。
的は少しずつ崩れ、原型を留めないくらいにボロボロになった。
「そこまで!」
ケンユウさんのよく通る声が終了宣言を告げる。
深く息をするようにして呼吸を整える。
「やったな! 七分、九秒だ。前回より時間が短縮されたぜ」
ケンユウさんは嬉しそうに笑う。
「そうですね。……でも、七分の壁は破れませんでした。私、ほんとに強くなってんのかなぁ……?」
思わずため息がこぼれた。
「おいおい、もっと素直に喜びな。それに、強さってのは一朝一夕で身に付くもんじゃねえんだ」
「あ、すいません、つい……」
「地道に頑張っていこうぜ。じゃあ次は、受け身と回避の訓練な」
ケンユウさんが言った直後だ。
「二人とも~、朝ご飯できたよー!」
エプロン姿のクリンちゃんが呼びに来た。
それに反応するように、私とケンユウさんのお腹が同時に鳴った。
「……続きは、朝飯の後だな」
「ですね……」
私達は食堂に向かった。
☆★☆
朝食後、私達は稽古を再開させ、一通りの訓練メニューを終わらせた。
「ありがとうございました! また明日もよろしくお願いしますね」
「おう!」
私達はそのまま中庭にとどまり、ベンチに腰を下ろした。
「いつも稽古つけてくれてありがとうございます。でも、迷惑だったら言ってくださいね?」
「迷惑なもんか。むしろ嬉しいくらいだぜ。俺、末っ子だったからさ。こうなんていうか、妹ができたみたいでよ」
「そうだったんですか。てか、妹みたいって……。だったら、ケンユウさんのこと“お兄ちゃん”って呼んじゃいますよ?」
「いいねいいね♪ ぜひそうしてくれや」
「あ、いや、冗談ですけどね……」
「あらら、そりゃガッカリだ。まあ、さすがに歳が離れ過ぎだしな」
「ご兄弟って、お兄さんですか? お姉さんですか?」
「両方だ。兄貴一人と姉貴二人な。ユウコちゃんは兄弟いねえのか?」
「いますよ。お兄ちゃんが一人。あの馬鹿兄、今頃どうしてることやら……」
遠い目で噴水を見つめる。
この世界、ティル・リ・ローナに召喚され、かれこれ半年が過ぎてしまった。
地球では、私が行方不明になったと大騒ぎだっただろう。
「悪い……。今の発言は無神経過ぎたわ……」
私の置かれてる状況を思い出したようで、ケンユウさんは口を噤んだ。
「いいんですよ。なんかもう、かなり開き直ってますし」
地球には帰りたいとは思うが、最近の私は、この世界での生活にもすっかり馴染み楽しんですらいる。
「でも、好きな男に会えないのは寂しいんじゃねえか?」
ケンユウさんの言葉に心臓が大きく跳ねた。
脳裏に浮かんだのは、中田健介くん。まだ地球にいた頃、気になる存在だったクラスメイトだ。
「やだなあ。そんな人いませんよぉ」
嘘をついて、話題を回避しようとするが、
「またまた~。俺知ってるんだぜ? 確かケンスケとかいう奴なんだろ?」
ケンユウさんはニヤニヤ笑いながら肘でつついてくる。その言葉に、思わず心臓が口から飛び出るような衝撃を受けた。
「んななっ!? どうしてソレを!?」
「ああ、アレックスから聞いたんだ。昨日あいつと飲みに行ってな」
アレックスから聞いたんだ
アレックスから聞いたんだ
アレックスから聞いたんだ
脳内でケンユウさんの言葉がエコーする。その事実を受け入れた時、私の腸は煮え返った。
何あいつ!? しつこく健介くんを覚えてるだけじゃ物足んなくて、ついに他人に暴露!? しかも酒の席で!? 女子の秘密をなんだと思ってんの!? きっと、あることないことをケンユウさんに吹き込んだに違いない……!
「そういや、そろそろ行った方がいいんじゃねえか? 初日から遅刻はよくねえぞ?」
ケンユウさんの言葉で我に返り、腕時計で時刻を確認する。
「あ、ホントだ! じゃあ、私そろそろ行きますね」
「おう、頑張れよ!」
ケンユウさんの快活な声に見送られ、支度のため自室に戻った。
私は一心不乱に杖の素振りを続ける。
「おはようさん、ユウコちゃん。早くから頑張ってるねぇ。感心感心」
ケンユウさんが声をかけてきた。
「あ、おはようございます。なんだか早く目が覚めちゃって」
「ははっ、そうかい。それにしても、ずいぶんと動きが滑らかになってきたな。ユウコちゃんはなかなか筋がいいみたいだ」
「えへへ、そうですかね?」
「ああ。……よし! 朝飯の前だが、今日の稽古始めるか?」
「はい!」
元気よく返事をした。
☆★☆
クロウェア山で自分の非力さを嘆いた私に、戦えるようにとアレックスはその稽古をつけてくれることを約束してくれた。
なのに、稽古をつけているのがアレックスではなくケンユウさんなのか?
それは、あいつがケンユウさんに押し付けたからである。“なんでもやる”ということを条件にしてケンユウさんはこの屋敷に住み込むことになったので、真っ先に私の戦闘指南を命じたのだった。
けど、そうなって私は本当によかったと思っている。だってわかるでしょ? あいつのあの性格を考えれば。
ケンユウさんが来るまで、約束通りあいつが稽古をつけてくれていたのだが、その時間は最低最悪な生き地獄だった。
訓練メニューなんか、詳細は割愛するが『特殊部隊の訓練か!』ってくらいガチで超ハードなものだったし、しかも罵詈雑言という名のBGM付き!
『素質がない』『こんなこともできんのか』はまだいい方で、極めつけには『ププカ以下だな』と、野良猫やウサギより弱いという最弱生物以下の烙印を押してきやがった……。これには本当にヘコまされ、三日間は立ち直れなかったものだ……。
新しく師匠になったケンユウさんは、そんな鬼教官……いや、鬼畜教官アレックスとは真逆の人。
私の体力、運動能力を考慮し、無理のないペースで稽古を進めてくれる。問題点があったら優しく指摘し、上手くできたら自分のことのように喜び誉めてくれる。本当に最高の師匠だ。
☆★☆
「じゃあ、まずは打ち込みからだ」
そう言ってケンユウさんは藁を組んで作った人型の的を指した。
「前回は七分二十六秒で壊すことができたんだったな。それより少ない時間で壊せるように頑張ってくれよ」
「はい!」
早速打ち込みを開始する。
縦に振り下ろし横に払い、とあらゆる角度から的を打つ。
的は少しずつ崩れ、原型を留めないくらいにボロボロになった。
「そこまで!」
ケンユウさんのよく通る声が終了宣言を告げる。
深く息をするようにして呼吸を整える。
「やったな! 七分、九秒だ。前回より時間が短縮されたぜ」
ケンユウさんは嬉しそうに笑う。
「そうですね。……でも、七分の壁は破れませんでした。私、ほんとに強くなってんのかなぁ……?」
思わずため息がこぼれた。
「おいおい、もっと素直に喜びな。それに、強さってのは一朝一夕で身に付くもんじゃねえんだ」
「あ、すいません、つい……」
「地道に頑張っていこうぜ。じゃあ次は、受け身と回避の訓練な」
ケンユウさんが言った直後だ。
「二人とも~、朝ご飯できたよー!」
エプロン姿のクリンちゃんが呼びに来た。
それに反応するように、私とケンユウさんのお腹が同時に鳴った。
「……続きは、朝飯の後だな」
「ですね……」
私達は食堂に向かった。
☆★☆
朝食後、私達は稽古を再開させ、一通りの訓練メニューを終わらせた。
「ありがとうございました! また明日もよろしくお願いしますね」
「おう!」
私達はそのまま中庭にとどまり、ベンチに腰を下ろした。
「いつも稽古つけてくれてありがとうございます。でも、迷惑だったら言ってくださいね?」
「迷惑なもんか。むしろ嬉しいくらいだぜ。俺、末っ子だったからさ。こうなんていうか、妹ができたみたいでよ」
「そうだったんですか。てか、妹みたいって……。だったら、ケンユウさんのこと“お兄ちゃん”って呼んじゃいますよ?」
「いいねいいね♪ ぜひそうしてくれや」
「あ、いや、冗談ですけどね……」
「あらら、そりゃガッカリだ。まあ、さすがに歳が離れ過ぎだしな」
「ご兄弟って、お兄さんですか? お姉さんですか?」
「両方だ。兄貴一人と姉貴二人な。ユウコちゃんは兄弟いねえのか?」
「いますよ。お兄ちゃんが一人。あの馬鹿兄、今頃どうしてることやら……」
遠い目で噴水を見つめる。
この世界、ティル・リ・ローナに召喚され、かれこれ半年が過ぎてしまった。
地球では、私が行方不明になったと大騒ぎだっただろう。
「悪い……。今の発言は無神経過ぎたわ……」
私の置かれてる状況を思い出したようで、ケンユウさんは口を噤んだ。
「いいんですよ。なんかもう、かなり開き直ってますし」
地球には帰りたいとは思うが、最近の私は、この世界での生活にもすっかり馴染み楽しんですらいる。
「でも、好きな男に会えないのは寂しいんじゃねえか?」
ケンユウさんの言葉に心臓が大きく跳ねた。
脳裏に浮かんだのは、中田健介くん。まだ地球にいた頃、気になる存在だったクラスメイトだ。
「やだなあ。そんな人いませんよぉ」
嘘をついて、話題を回避しようとするが、
「またまた~。俺知ってるんだぜ? 確かケンスケとかいう奴なんだろ?」
ケンユウさんはニヤニヤ笑いながら肘でつついてくる。その言葉に、思わず心臓が口から飛び出るような衝撃を受けた。
「んななっ!? どうしてソレを!?」
「ああ、アレックスから聞いたんだ。昨日あいつと飲みに行ってな」
アレックスから聞いたんだ
アレックスから聞いたんだ
アレックスから聞いたんだ
脳内でケンユウさんの言葉がエコーする。その事実を受け入れた時、私の腸は煮え返った。
何あいつ!? しつこく健介くんを覚えてるだけじゃ物足んなくて、ついに他人に暴露!? しかも酒の席で!? 女子の秘密をなんだと思ってんの!? きっと、あることないことをケンユウさんに吹き込んだに違いない……!
「そういや、そろそろ行った方がいいんじゃねえか? 初日から遅刻はよくねえぞ?」
ケンユウさんの言葉で我に返り、腕時計で時刻を確認する。
「あ、ホントだ! じゃあ、私そろそろ行きますね」
「おう、頑張れよ!」
ケンユウさんの快活な声に見送られ、支度のため自室に戻った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる