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第5話 連鎖する不幸に振り回され

10 意外な助っ人が現れて……

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「待て、人質なら私が代わりになろう。だから、その娘は解放してやってほしい」

 突然アレックスが言い出した。

「はっ! あんたアホなのかい? 人質ってのは、一番弱そうな奴を取ってこそなんだよ! そんな願い、却下に決まってんだろっ!」

 一番弱そうな奴って……。そうかもしれないけど、散々な言われようだ。

「ほれ、何ボサッとしてんだい! さっさと言われた通りにしな! なんなら見せしめに、今、こいつの頭をぶち抜こうか!?」

 アニーはマシンガンの銃口を私のこめかみにぐりぐりと押し付けて、ノイアさん達を急き立てる。
 私の身体は恐怖のあまり硬直する。
 万事休す、という言葉が浮かんだ。
 私の命は今、崖っぷちすれすれに晒されている状態である。絶望的状況にくらくらと目眩がしてきた。

 だが、その時だ。

「……させねえよ」

 背後から、感情を押し殺したような声が聞こえた。

「お、お前は……!?」

 アニーが狼狽する声で訊く。意識は完全に背後の何者かに向き、突き付けられた銃口は私のこめかみから下ろされた。
 恐る恐る背後の人物を盗み見る。
 あまりにも意外な人物だったので驚きの声を上げそうになった。

 その人物は、メイド服をまとった猫耳の美少女。ローズリーさん宅のメイド・ミントさんだった。

「喉、掻き斬られたくないなら、大人しくこいつらを解放しな」

 ミントさんはゾッとするほど冷たい瞳でアニーを見据え、低く囁いた。刃が三枚ある独特な形のナイフをアニーの首に当てている。

「ふざけんじゃじゃないよ! そうなる前に……」

「無駄だ。このナイフをよく見ろ。さっきの反応を見る限り、てめえはオレの正体を知ってんだろ? オレは、てめえがその引き金を引く前にてめえの命を奪うことができる。確実にな」

「くっ……!」

「ほら、さっさとしな」

 ミントさんは凍り付くような瞳でアニーを見据え、ナイフを持つ手に力を入れる。冷たい殺気がミントさんの全身から漂う。

「くっ……。ちっ……、ちくしょおおおぉッ!」

 分が悪いと判断したのか、アニーは絶叫して降参の意を表し、プリンを放り投げ、私を突き飛ばした。
 助かったのだ、と思うと身体から力が抜け、へなへなと崩れ落ちた。

「ユウコちゃん!」

 崩れ落ちる私をノイアさんが受け止めてくれた。

「クリンちゃ~ん! 怖かったプ~! ふぇ~~ん、ふぇ~ん!」

 プリンは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして泣きじゃくる。
 そんなプリンをクリンちゃんも泣きながら抱きしめる。

「おーい、アレックスさんよ。こいつ、縛り上げてくれや」

 ミントさんが明るい調子で言った。さっきの冷たい殺気はもはや微塵も感じられない。

「あ、ああ……」

 ミントさんの登場に戸惑っているのか、アレックスは短い返事を返し、黒い光の鎖でアニーを縛り上げた。

「ミントさん、助けに来てくれてありがとう!」

 クリンちゃんはぺこりと頭を下げた。

「なーに、いいってことよ!」

 ミントさんは明るく笑い、クリンちゃんの頭をわしわしと撫でる。

「えっと……、あなたは?」

 ミントさんとは面識がないノイアさんが訊いた。

「オレはミント。メガネに頼まれて来たんだ」

「ロートレックに?」

 アレックスが訊き返した。

「そ。心配だから助けに行ってくれってな」

「そうか。奴もたまには役立つ働きをするのだな」

アレックスは無表情で減らず口を叩くものの、どことなく嬉しそうにしている。

「おいおい、その言い種はねーだろ。メガネが機転を利かさなかったら、ユウコもそのチビすけも高確率で死んでたかもなんだぜ? メガネには嫌ってほど感謝しねーと罰があたんぞ」

 ミントさんの言葉に背筋が寒くなった。ほんと、一歩間違ってたら私達死んでたよね……。

「ミントさん。助けてくれて本ッ当にありがとうございました! もう、なんとお礼を言っていいのか……」

 ありったけの感謝を込めて深々と頭を下げる。
 ミントさんは照れたように微笑み、気にすんな、と私の頭を撫でてくれた。

「さて、こいつらの処分はどうしようかしら?」

 ノイアさんはアニーを一瞥し、腕を組んで言った。
 アニーは凄まじい形相でこちらを睨め付け、聞くに耐えない罵詈雑言を吐き続けている。

「ああ、そのことなら問題ねえ。警官隊に連絡したからな。もうじき来ると思うぜ。後は連中に任せればいいさ」

 そう言ってミントさんは明るく笑った。

「では、もうここに用はないな。引き上げるとするか」

 アレックスは亜空ゲートを開いた。


 ☆★☆


 翌日。書斎にて。

「皆さん、お手柄でしたね」

 穏やかに微笑んで、ロートレックさんは新聞を置いた。
 見出しには“悪名高き盗賊夫婦、ついに逮捕!”と、でかでかと印字されている。

「ま、一番のお手柄はあのミントっていう子だったけどね。あんた達知り合いみたいだけど、彼女、一体何者なの? あの身のこなし……、ただ者じゃないわよ、あの子」

 ノイアさんはアレックスとロートレックさんの顔を見比べて訊いた。
 それは私も少し知りたい。ただ、アニーとのやり取りを見た感じでは、何となく裏の世界の人なのでは? と思う。

「さあ……。ローズリーさん宅のメイドとしか。彼女はあまり自分のことは話されない方なので……。ですが、非常に腕の立つ方だったでしょう?」

 ロートレックさんは曖昧に微笑んで答えた。

「それはそうだけど……」

「それよりも僕は、あなたが銀の天秤の関係者だったということに驚きです」

 何か言いたげなノイアさんであるが、ロートレックさんはしれっと話題を変えた。

「そんなに有名なのか? その銀の天秤とかいう組織は」

 アレックスが口を挟む。

「ええ。一部では熱狂的なファンがいるほどの盗賊団ですよ。彼らが標的にするのは悪徳商人や汚職政治家。いわゆる不正な利益を得ている者達です。そんな者達から奪った金品を貧しい者達に分け与える。まさに義賊。彼らをモデルとした小説や演劇もあるんですよ」

「そ、そうなの? 知らなかったわ……」

 ノイアさんは困ったような恥ずかしそうな顔をしている。

「いや~感激です。まさか関係者の方とこうして親しくしているとは。サインをいただけますか? 家宝にします」

 うっは、ロートレックさんってばサインねだったりしてるし! 一部の熱狂的なファンの中に、実はあなたも入ってるんですね……。

「げっ、止めてよ、恥ずかしい……。ってか、あんた見かけによらずミーハーなのね……」

「そうですか……。残念です」

 ロートレックさんは心底残念そうな表情になる。うーん、意外な一面だぁ。

「さてと、じゃあアタシ、これから仕事があるから」

「では、そろそろ僕も帰ります」

 ノイアさんとロートレックさんはそう言って書斎を出て行った。

「それにしても、このヘーベって奴、マジで最低だね」

 私は新聞に載っているヘーベの写真を指した。
 解体屋・ヘーベ。本名はマロウ=ヘーベ。その正体はなんと医者だ。それもかなり有名な医者らしい。

「幼少の頃より生物の解剖や解体が趣味であり、医師になってからは、そこで人体にメスを入れる快感にとりつかれ、解体屋として暗躍するようになったと供述し、その凶行は六十件以上にも及ぶ……か。こんな変態が医者とはな。世も末だ」

 アレックスは新聞を放り、汚らわしいと言わんばかりに吐き捨てた。
 もちろんヘーベだけでなく、クラウドとアニーもノイアさんが言ってた通り負けず劣らずの極悪人だ。
 窃盗、強盗、詐欺、誘拐、放火、殺人……、犯罪と名の付く行為のほとんどに手を染めてきた、と新聞に書いてある。

「こいつら、やっぱり死刑だよね」

「いや、この国は死刑制度は五十年前に撤廃されているんだ」

「じゃあ、終身刑とか? あ、でもこいつら、この国の出身じゃないみたいだから故郷に送還されるかもしれないね?」

「別にどうだっていいだろう。あんな犯罪者どもの行末に興味はない」

「え~? 気になるじゃん。私は人質にされて、めちゃくちゃ被害を受けたんだからさ。あの時はさすがに、もうダメかと思ったよ」

「………………」

 アレックスは俯き、黙り込んでしまった。
 さてと、私も部屋に戻ろうかな。と思った時だ。
 突然アレックスが抱きしめてきた。

「!?」

 思わず身体を緊張させる。
 ちょっ……! いきなりどうしちゃったの、こいつ!? なんか変なもん食ったとか?

「すまなかった。私があの時、お前に薬草を採りに行かせなければ、あんな事件は起こらなかった。全て私の責任だ。それなのに、私はお前を護ることができなかった……」

 アレックスは自分の心情を語り始めた。
 抱きしめられたまま黙ってその言葉を聞く。

「もしあの時ミント嬢が来なかったら、と思うと今でも背筋が凍り付くような気がするんだ。本当に……本当にすまなかった」

 アレックス……、痛いほど責任感じてたんだ……。

「も、もういいってば! あんたの気持ち、よくわかったから」

 照れくさくて、アレックスの腕の中から慌てて逃げ出した。
 アレックスは少し泣きそうな顔をしているように見える。

「私はこうして生きてるんだから。だから……、もう、あんまり自分を責めないで……」

 アレックスの頬を撫でながら私も素直な自分をさらけ出す。
 アレックスはただ黙って私を見つめる。切れ長の黒い瞳は、じっと見ていると吸い込まれそうだ。
 見つめられ続け、顔が熱くなってきた。それを隠すように俯き、

「さ、もうこの話はおしまいね。蒸し返したりしたら、ただじゃおかないから」

 照れ隠しに可愛くないことを言ってしまった。

「ああ、……ありがとう」

 顔を上げると、アレックスはほんの少し笑った顔をしていた。

 ごく、ほんとにごくまれに見せるアレックスの笑顔に私は弱いみたいだ。視線を思わず下に向けてしまう。
 鼓動が大きくなる。
 胸の中に甘いような微かな疼きが刻まれる。
 この感覚は、誰かを好きになる時にちょっぴり似ている。

 だが、そんないい雰囲気も長くは続かない。

「それはそうと、お前暇なのか? まあ、暇に決まっているか。お前ほどの暇人はそうそうお目にかかれるものではないしな」

 アレックスは普段のノリで嫌味ったらしい台詞を吐き、いい雰囲気を完膚なきまでにぶち壊した。

「いきなり何!? とことん失礼な奴だね、あんた。一体何が言いたいワケ?」

「暇ならば、四つ葉堂で煙草を買ってきてくれ。銘柄はheaven&hellだ。釣りはくれてやる」

 アレックスはくるっと手首を回して千ディル札を出し、恩着せがましく言ってきた。
 無言で乱暴にそれを受け取りアレックスの書斎を出た。
 なんなの、あの変わりよう!? ついさっきまで、さめざめとした感じでヘコんでたくせに!
 私は憤慨しながら、煙草を買いに四つ葉堂へと向かった。
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