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第4話 菜園荒しを捕まえろ
11 あなたの優しさに触れて
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そして深夜。
私は眠れず、ベッドの中で何度も寝返りを繰り返していた。
目を閉じると、昨日の阿修羅のような形相の人面樹の実が脳裏に浮かんでしまうのだ。
もしかしたら、悪霊となったあいつらが、この部屋のどこかに潜み、復讐の機をうかがっているのでは? などという、馬鹿げた妄想まで頭をもたげてくる始末。
昨日はそこまで怖くなかったのに、時間が経てば経つほど恐怖心が掻き立てられる。そう、私はホラー映画などを観ると、後から怖さがくるタイプなのだ。
(うーん、今日も眠れそうにないかも……)
眠れない現状に軽く絶望する。
それから、どれくらいが経っただろうか。
(げっ、この感じは……)
無情にも“尿意”という名の敵が襲いかかってきた。
とりあえず夜が明けるまで我慢できないかと思ったが、襲いかかってきた尿意はそんなに甘い奴ではなかった。
仕方ないので観念してトイレに行くことにする。
(ドアを開けたら、いきなり悪霊になったあいつらがバアって現れたりして……)
馬鹿げた妄想がまたまた頭をもたげる。
ありもしない妄想に怯えながらも、なんとか無事トイレにたどり着いた。用を足し、やっぱりビクビクしながら部屋に戻る途中……、
「どうした?」
急に声をかけられ、軽く肩を叩かれた。
「ウギャアッ!」
飛び跳ね、可愛らしさが微塵もない悲鳴を上げてしまった。
「喚くな。今何時だと思っている」
アレックスだった。
「い、いきなり声をかけないでよね! なんか用!?」
心臓がバクバクと暴れている。
「いや、ずいぶん怯えた様子で歩いている、と思ってな。……もしや、まだ人面樹の実を引きずっているのか?」
アレックスが無表情に淡々と訊いてきた。
「そそっ、そんなわけないでしょ!? こっ、子供じゃあるまいしッ!」
図星を指され、思わず反対のことを言ってしまった。
「図星だろう? お前はすぐに顔と態度に出るからな」
「よ、余計なお世話! あんたこそ、こんな時間に何徘徊してんのよ!? 幽霊みたいで超不気味なんだけど!」
「意味もなく徘徊などするわけないだろう。私は中庭に煙草を吸いに行っていただけだ。そして今は部屋に戻る途中だ」
アレックスは自分の行動を、無駄に詳しく説明した。
「あっそ! じゃ、私部屋戻るから」
素っ気なく言って、自分の部屋へと歩きだす。
「待てユウコ。……何か聴こえないか?」
背後でアレックスが言った。
「えっ?」
思わず振り返る。
「これは……、なんの音だ……?」
アレックスは辺りを伺っている。
「な、何も聴こえないけど?」
耳をすませても何も聴こえない。
「いや、聴こえる。……これは、何かのうめき声のように聴こえないか……?」
アレックスは真剣な顔をして言う。
「ちょ、ちょっと……! 変なこと言い出さないでよ! 何も聴こえないよ!?」
辺りをキョロキョロと見回す。
ウソでしょ!? ま、まさか、本当に人面樹の実が化けて出てきたとか!?
「おい、ユウコ」
アレックスが私の方を見て口を開いた。
「な、何よ!?」
声が震える。アレックスはゆっくりと私の背後を指し、
「お前の背後に、バラバラに砕け、恐ろしい顔をした人面樹の実が大量に漂っているぞ」
一番聞きたくなかった台詞を淡々と言ってくれた。
「ウッギャアアアッ! 助けてーッ!」
錯乱して、思わずアレックスにしがみついた。
「落ち着け。今のは嘘だ」
アレックスは私の両肩に手を置き、目を見据え、無表情にしれっと言った。
込み上げる恐怖心に耐えながら、注意深く辺りを見回す。辺りはしんと静まり返っている。
ほっと安堵の息をもらす。すると今度は、強烈な怒りがマグマのようにこみ上げてきた。
「いっ、一体、何考えてんの!? 悪趣味なウソつくんじゃないよッ! もお最悪! なんでこのタイミングで、そういうこと言い出すワケ!? あんた、頭おかしいんじゃないの!?」
両手でアレックスの胸ぐらを掴み、盛大に揺さぶりながらまくし立てた。
「……驚いたか?」
アレックスは無表情でしれっと訊いてきた。
「当たり前でしょ、バカ! おかげで寿命が三ヶ月くらい縮んだよ!」
涙ぐみながらまくし立てる。
「それはすまなかった。まさか、ここまで簡単に引っかかるとは思わなかったのでな」
アレックスは全然申し訳なさそうではない感じで、淡々と謝罪した。そんなアレックスを無言で睨みつける。
「そう睨むな。部屋まで送ってやろう」
アレックスはそう言って、私の手を取って歩きだした。
何事もなく部屋までたどりつく。
「今日も眠れなかったら、それはあんたのせいでもあるんだからね」
部屋に入り、ドアを閉めようとする直前に、軽く睨んで言ってやった。
「眠れそうにないか?」
「……そりゃまあ……、私、怖い話とか聞いちゃうと、後からだんだん怖くなるタイプだし……」
少し恥ずかしいけど、正直に白状した。
「仕方ないな。眠るまで側に居てやろう。それなら怖くないだろう?」
アレックスは淡々とそう言って、私の部屋に入ってきた。
「ちょ、ちょっと! 別にそこまで気を使わなくてもいいよ……!」
アレックスの意外な言葉に動揺する。
「遠慮するな。怖がらせてしまったのは私のせいだからな」
アレックスはそう言いながら、ベッド脇に椅子を持ってきて腰掛ける。
「……そこまで言うなら。じゃあ、おやすみ」
ベッドに潜った。
「ああ」
アレックスは短く答え、枕元の明かりを消そうとする。
「あ、消さないで……!」
「そんなに怖いのか?」
「うっ……、いいでしょ別に!」
「まったく、普段私に生意気な調子で刃向かってくるくせに、意外と小心者なんだな」
アレックスは嫌味ったらしく毒づいた。その言葉を無視して目を閉じる。
……けど、はっきり言って落ち着かない。
うっすらと目を開け、アレックスを見た。アレックスは少し顔を伏せ気味にし、考え事でもしているように見える。視線は組んだ足に添えられている手に注がれているようだ。表情のない顔からは、何を考えているのか全く読みとれない。
ふと、この世界にやってきたばかりの頃を思い出した。
私がたった一杯のカクテルで酔いつぶれてしまった時のことだ。
あの時もアレックスは、こうやって私の側に居てくれたんだっけ……。もっともあの時は、私が目覚めるのを待っていたから、状況は今と真逆だけど。
アレックスって普段の物言いにムカつくことが多いけど、こうやって気遣ってくれたりして、本当は優しいよね? 本当にわからない人だなぁ。
そういえば……、あの時のこと、結局うやむやになったままだ……。
不意に思い出してしまい、恥ずかしくて顔が熱くなった。鼓動も早くなってくる。
いい機会だし、訊いちゃう……?
しばらくの間逡巡し、思い切って訊いてみることにした。
「…………あ、あのさ」
「なんだ?」
「今更なんだけど、訊いてもいい?」
「何をだ?」
寝返りを打ち、アレックスに背を向け、ほんの少し間を置いて、
「私が酔って、あんたに絡んだ時のこと……だよ……」
「ああ、あの時のことか。本当に今更だな。それで、何を訊きたい?」
「私……、酔った勢いで、あんたに、キ……、キスを迫ったらしいけど、あ、あれ、結局どうだったの……?」
途切れ途切れになりながらも思い切って訊いた。極度の緊張が口の中をからからに渇かす。
「なんだ、まだ気にしていたのか?」
アレックスは呆れたように言った。
「そ、そりゃ、気になるよ……! いい加減教えてくれてもいいでしょ!?」
布団をすっぽりかぶり、早口で食い下がる。
「まったく、人間の娘とは面倒なものだ。口づけはしていない。これで、安心したか?」
アレックスはいつも通りの淡々とした口調であっさり言い切った。
「……そっか」
あまりにもあっけなく白状したアレックスに拍子抜けし、短い返事だけを返す。
まあ、これで私のファーストキスは無事守られたってことが証明されたね。……でも、ちょっとガッカリ……なんて……。
心の中で、どこか残念だと感じている自分がいる。
ハッ! 私ったら何考えてんの!? これじゃまるでアレックスとキスしたかったって言ってるようなもんじゃん! 冗談じゃないよ! 別にこんな奴好きじゃないから! ……そりゃまぁ、見た目は結構カッコイイけどさ……。でも、だからって……。ダメダメ! 私には健介くんっていう、気になる男子がいるんだから。
ってかヤバッ! こいつ、気安く私の心の中を覗き見するんだから、こーゆーコト考えてたらマズいって!
「そんなに潜っていると息苦しくないか?」
アレックスの中ではもうこの話題は終わったものらしい。別に私の心の中も特に覗いてはいないようだ。覗いてたら絶対なんか言うだろうし。
気まずいながらも、おずおずと布団の中から顔を出す。確かに潜ってると息苦しい。
すると、アレックスと目が合った。相変わらず端正な無表情顔をしている。
「さあ、もう眠るんだ」
アレックスが目を閉じさせるように私の目に優しく手をかぶせた。
心地いい温かな手だった。ありもしない妄想に怯える臆病な心を、守ってくれるような優しい手だ。私はこの手にもっと触れていたくなった。
「……お願いがあるんだけど」
「今度はなんだ?」
「私が眠るまで、手……握ってて欲しいの」
「仕方ないな」
アレックスはそう言って、私の手を両手で包むように握ってくれた。
アレックスの温かな手は大きな安らぎを与えてくれ、だんだんと眠りに落ちていった。
そしてそのまま朝を迎えた。
当然というべきか、そこにはアレックスの姿はなかった。私が眠ったのを見届け、退室したのだろう。
☆★☆
着替えて食堂に向かう。その途中、アレックスに会った。
「あ……、昨日は、ありがと……」
少し俯きながらお礼を言った。『手を握ってて欲しい』なんて、せがんでしまった後だから、顔を合わせるのが少し恥ずかしい。
「気にするな。良く眠れたか?」
アレックスはそのことは特に気にしてないらしい。
「うん、おかげさまでね」
「そうか」
「じゃあ私、食堂で朝御飯食べてくるから」
「ああ」
食堂に向かって歩きだす。
「そうだ、ユウコ」
不意にアレックスが呼び止めた。
「何?」
振り返る。すると、アレックスは無表情顔で、
「お前、いびきと歯ぎしりが凄かったぞ。将来、夫となる者が気の毒になるくらいにな」
言わなくてもいい失礼なことを、しれっと言ってきた。
「うっ、うっさい! たまたまかもしんないでしょ!? 私、いびきや歯ぎしりがうるさいって、家族や友達からは、言われたことないもん!」
顔を熱くさせてまくし立てた。
いつも通りのアレックスだ。
少し意識してしまった自分が急に恥ずかしくなる。
信じらんない! 別にそんなこと言わなくてもいいじゃん! ほんとデリカシーない奴だよね!?
ああ、やっぱりこいつは、こーんな感じの奴だよ……。
心の中で、深ーいため息を吐いた。
私は眠れず、ベッドの中で何度も寝返りを繰り返していた。
目を閉じると、昨日の阿修羅のような形相の人面樹の実が脳裏に浮かんでしまうのだ。
もしかしたら、悪霊となったあいつらが、この部屋のどこかに潜み、復讐の機をうかがっているのでは? などという、馬鹿げた妄想まで頭をもたげてくる始末。
昨日はそこまで怖くなかったのに、時間が経てば経つほど恐怖心が掻き立てられる。そう、私はホラー映画などを観ると、後から怖さがくるタイプなのだ。
(うーん、今日も眠れそうにないかも……)
眠れない現状に軽く絶望する。
それから、どれくらいが経っただろうか。
(げっ、この感じは……)
無情にも“尿意”という名の敵が襲いかかってきた。
とりあえず夜が明けるまで我慢できないかと思ったが、襲いかかってきた尿意はそんなに甘い奴ではなかった。
仕方ないので観念してトイレに行くことにする。
(ドアを開けたら、いきなり悪霊になったあいつらがバアって現れたりして……)
馬鹿げた妄想がまたまた頭をもたげる。
ありもしない妄想に怯えながらも、なんとか無事トイレにたどり着いた。用を足し、やっぱりビクビクしながら部屋に戻る途中……、
「どうした?」
急に声をかけられ、軽く肩を叩かれた。
「ウギャアッ!」
飛び跳ね、可愛らしさが微塵もない悲鳴を上げてしまった。
「喚くな。今何時だと思っている」
アレックスだった。
「い、いきなり声をかけないでよね! なんか用!?」
心臓がバクバクと暴れている。
「いや、ずいぶん怯えた様子で歩いている、と思ってな。……もしや、まだ人面樹の実を引きずっているのか?」
アレックスが無表情に淡々と訊いてきた。
「そそっ、そんなわけないでしょ!? こっ、子供じゃあるまいしッ!」
図星を指され、思わず反対のことを言ってしまった。
「図星だろう? お前はすぐに顔と態度に出るからな」
「よ、余計なお世話! あんたこそ、こんな時間に何徘徊してんのよ!? 幽霊みたいで超不気味なんだけど!」
「意味もなく徘徊などするわけないだろう。私は中庭に煙草を吸いに行っていただけだ。そして今は部屋に戻る途中だ」
アレックスは自分の行動を、無駄に詳しく説明した。
「あっそ! じゃ、私部屋戻るから」
素っ気なく言って、自分の部屋へと歩きだす。
「待てユウコ。……何か聴こえないか?」
背後でアレックスが言った。
「えっ?」
思わず振り返る。
「これは……、なんの音だ……?」
アレックスは辺りを伺っている。
「な、何も聴こえないけど?」
耳をすませても何も聴こえない。
「いや、聴こえる。……これは、何かのうめき声のように聴こえないか……?」
アレックスは真剣な顔をして言う。
「ちょ、ちょっと……! 変なこと言い出さないでよ! 何も聴こえないよ!?」
辺りをキョロキョロと見回す。
ウソでしょ!? ま、まさか、本当に人面樹の実が化けて出てきたとか!?
「おい、ユウコ」
アレックスが私の方を見て口を開いた。
「な、何よ!?」
声が震える。アレックスはゆっくりと私の背後を指し、
「お前の背後に、バラバラに砕け、恐ろしい顔をした人面樹の実が大量に漂っているぞ」
一番聞きたくなかった台詞を淡々と言ってくれた。
「ウッギャアアアッ! 助けてーッ!」
錯乱して、思わずアレックスにしがみついた。
「落ち着け。今のは嘘だ」
アレックスは私の両肩に手を置き、目を見据え、無表情にしれっと言った。
込み上げる恐怖心に耐えながら、注意深く辺りを見回す。辺りはしんと静まり返っている。
ほっと安堵の息をもらす。すると今度は、強烈な怒りがマグマのようにこみ上げてきた。
「いっ、一体、何考えてんの!? 悪趣味なウソつくんじゃないよッ! もお最悪! なんでこのタイミングで、そういうこと言い出すワケ!? あんた、頭おかしいんじゃないの!?」
両手でアレックスの胸ぐらを掴み、盛大に揺さぶりながらまくし立てた。
「……驚いたか?」
アレックスは無表情でしれっと訊いてきた。
「当たり前でしょ、バカ! おかげで寿命が三ヶ月くらい縮んだよ!」
涙ぐみながらまくし立てる。
「それはすまなかった。まさか、ここまで簡単に引っかかるとは思わなかったのでな」
アレックスは全然申し訳なさそうではない感じで、淡々と謝罪した。そんなアレックスを無言で睨みつける。
「そう睨むな。部屋まで送ってやろう」
アレックスはそう言って、私の手を取って歩きだした。
何事もなく部屋までたどりつく。
「今日も眠れなかったら、それはあんたのせいでもあるんだからね」
部屋に入り、ドアを閉めようとする直前に、軽く睨んで言ってやった。
「眠れそうにないか?」
「……そりゃまあ……、私、怖い話とか聞いちゃうと、後からだんだん怖くなるタイプだし……」
少し恥ずかしいけど、正直に白状した。
「仕方ないな。眠るまで側に居てやろう。それなら怖くないだろう?」
アレックスは淡々とそう言って、私の部屋に入ってきた。
「ちょ、ちょっと! 別にそこまで気を使わなくてもいいよ……!」
アレックスの意外な言葉に動揺する。
「遠慮するな。怖がらせてしまったのは私のせいだからな」
アレックスはそう言いながら、ベッド脇に椅子を持ってきて腰掛ける。
「……そこまで言うなら。じゃあ、おやすみ」
ベッドに潜った。
「ああ」
アレックスは短く答え、枕元の明かりを消そうとする。
「あ、消さないで……!」
「そんなに怖いのか?」
「うっ……、いいでしょ別に!」
「まったく、普段私に生意気な調子で刃向かってくるくせに、意外と小心者なんだな」
アレックスは嫌味ったらしく毒づいた。その言葉を無視して目を閉じる。
……けど、はっきり言って落ち着かない。
うっすらと目を開け、アレックスを見た。アレックスは少し顔を伏せ気味にし、考え事でもしているように見える。視線は組んだ足に添えられている手に注がれているようだ。表情のない顔からは、何を考えているのか全く読みとれない。
ふと、この世界にやってきたばかりの頃を思い出した。
私がたった一杯のカクテルで酔いつぶれてしまった時のことだ。
あの時もアレックスは、こうやって私の側に居てくれたんだっけ……。もっともあの時は、私が目覚めるのを待っていたから、状況は今と真逆だけど。
アレックスって普段の物言いにムカつくことが多いけど、こうやって気遣ってくれたりして、本当は優しいよね? 本当にわからない人だなぁ。
そういえば……、あの時のこと、結局うやむやになったままだ……。
不意に思い出してしまい、恥ずかしくて顔が熱くなった。鼓動も早くなってくる。
いい機会だし、訊いちゃう……?
しばらくの間逡巡し、思い切って訊いてみることにした。
「…………あ、あのさ」
「なんだ?」
「今更なんだけど、訊いてもいい?」
「何をだ?」
寝返りを打ち、アレックスに背を向け、ほんの少し間を置いて、
「私が酔って、あんたに絡んだ時のこと……だよ……」
「ああ、あの時のことか。本当に今更だな。それで、何を訊きたい?」
「私……、酔った勢いで、あんたに、キ……、キスを迫ったらしいけど、あ、あれ、結局どうだったの……?」
途切れ途切れになりながらも思い切って訊いた。極度の緊張が口の中をからからに渇かす。
「なんだ、まだ気にしていたのか?」
アレックスは呆れたように言った。
「そ、そりゃ、気になるよ……! いい加減教えてくれてもいいでしょ!?」
布団をすっぽりかぶり、早口で食い下がる。
「まったく、人間の娘とは面倒なものだ。口づけはしていない。これで、安心したか?」
アレックスはいつも通りの淡々とした口調であっさり言い切った。
「……そっか」
あまりにもあっけなく白状したアレックスに拍子抜けし、短い返事だけを返す。
まあ、これで私のファーストキスは無事守られたってことが証明されたね。……でも、ちょっとガッカリ……なんて……。
心の中で、どこか残念だと感じている自分がいる。
ハッ! 私ったら何考えてんの!? これじゃまるでアレックスとキスしたかったって言ってるようなもんじゃん! 冗談じゃないよ! 別にこんな奴好きじゃないから! ……そりゃまぁ、見た目は結構カッコイイけどさ……。でも、だからって……。ダメダメ! 私には健介くんっていう、気になる男子がいるんだから。
ってかヤバッ! こいつ、気安く私の心の中を覗き見するんだから、こーゆーコト考えてたらマズいって!
「そんなに潜っていると息苦しくないか?」
アレックスの中ではもうこの話題は終わったものらしい。別に私の心の中も特に覗いてはいないようだ。覗いてたら絶対なんか言うだろうし。
気まずいながらも、おずおずと布団の中から顔を出す。確かに潜ってると息苦しい。
すると、アレックスと目が合った。相変わらず端正な無表情顔をしている。
「さあ、もう眠るんだ」
アレックスが目を閉じさせるように私の目に優しく手をかぶせた。
心地いい温かな手だった。ありもしない妄想に怯える臆病な心を、守ってくれるような優しい手だ。私はこの手にもっと触れていたくなった。
「……お願いがあるんだけど」
「今度はなんだ?」
「私が眠るまで、手……握ってて欲しいの」
「仕方ないな」
アレックスはそう言って、私の手を両手で包むように握ってくれた。
アレックスの温かな手は大きな安らぎを与えてくれ、だんだんと眠りに落ちていった。
そしてそのまま朝を迎えた。
当然というべきか、そこにはアレックスの姿はなかった。私が眠ったのを見届け、退室したのだろう。
☆★☆
着替えて食堂に向かう。その途中、アレックスに会った。
「あ……、昨日は、ありがと……」
少し俯きながらお礼を言った。『手を握ってて欲しい』なんて、せがんでしまった後だから、顔を合わせるのが少し恥ずかしい。
「気にするな。良く眠れたか?」
アレックスはそのことは特に気にしてないらしい。
「うん、おかげさまでね」
「そうか」
「じゃあ私、食堂で朝御飯食べてくるから」
「ああ」
食堂に向かって歩きだす。
「そうだ、ユウコ」
不意にアレックスが呼び止めた。
「何?」
振り返る。すると、アレックスは無表情顔で、
「お前、いびきと歯ぎしりが凄かったぞ。将来、夫となる者が気の毒になるくらいにな」
言わなくてもいい失礼なことを、しれっと言ってきた。
「うっ、うっさい! たまたまかもしんないでしょ!? 私、いびきや歯ぎしりがうるさいって、家族や友達からは、言われたことないもん!」
顔を熱くさせてまくし立てた。
いつも通りのアレックスだ。
少し意識してしまった自分が急に恥ずかしくなる。
信じらんない! 別にそんなこと言わなくてもいいじゃん! ほんとデリカシーない奴だよね!?
ああ、やっぱりこいつは、こーんな感じの奴だよ……。
心の中で、深ーいため息を吐いた。
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