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第4話 菜園荒しを捕まえろ

8 再び、ゴブリーの集落へ

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 プリンを飼い始めてから数日が経った。

「クリムベール、そいつの躾がきちんとできないようなら、今すぐに野にかえすんだ。もうこれ以上は我慢ならん」

 アレックスは派手に散らかった書斎の片づけをしながら、無表情に淡々とクリンちゃんを咎める。
 書斎の散らかりようは半端ではない。まるで空き巣に部屋を引っかき回されたような有様だ。プリンの仕業である。

「ヤダッ! プリンちゃんは、ずっとず~っと、うちの子だもんっ!」

 プリンを抱っこしたまま、クリンちゃんはアレックスに食ってかかる。

「たった数日でそいつは私の書斎を十二回も荒らしたのだぞ? お前の監督不行き届きだ。そして溺愛のし過ぎはそいつのためにもならない。時には厳しく躾ることも必要なのだ。それができないようであれば、生き物を飼う資格はない」

 アレックスは念動力の魔法かなんかで散らばった本を書架にしまいながら、クリンちゃんを見据える。

「ちゃんとしてるもん! もうこんなことしちゃダメだよ、って毎回毎回プリンちゃんに言い聞かせてるもん……!」

 アレックスの正論だけど厳しい物言いに、クリンちゃんは涙を滲ませている。

「この子、普段はおとなしいし、食事やトイレの躾は完璧よ? なのに、なんでこんなイタズラは、何度注意しても繰り返してやるのかしらね……」

 ノイアさんは奇妙だという感じで腕を組む。

「プリンちゃんの言葉がわかるといいのにな。そうしたら、どうしてこんなことするのか、わかるのに……」

 クリンちゃんが寂しげな瞳でプリンを見つめ、ぽつりと呟いた。

「ねえ、アレックス、動物の言葉がわかるようになる魔法とかはないの?」

「言語に関する術か……。残念だが、私はその方面には疎くてな。その手の術なら、ロートレックの奴が得意なのだが、間の悪いことに、奴は今、司書仲間と慰安旅行などというものに現を抜かしている最中だ。そういうわけで、奴の協力は仰げんぞ。まったく、どこまでも使えん奴だな」

 アレックスは忌々しそうに、なんの非もないロートレックさんをなじる。

「じゃあ、そういう力を秘めた道具とかはないわけ? あんた、魔導具の類をいっぱい持ってるじゃない」

 今度はノイアさんが訊いた。

「ああ、そういえばあったな。確か、ゴブリー族に伝わる秘薬だったか……」

「ゴブリーって、この間行った村の?」

「そうだ。度重なる悪戯被害の慰謝料代わりとして奪い……いや、受け取った魔導具のレシピ集に、そんな薬の生成法が記されてあった」

 え、何? 今『奪い……』って言って言い直した? ちょっと! 受け取ったんじゃなくてホントは強奪したね!?
 アレックスは書架を引っ掻き回し、そのレシピ集を探すが、

「見つからんな……。ああ、そういえば、特に必要性も感じなかったから、以前書物の整理をした時に処分したのだった。残念だったな」

 ちっとも残念そうではない感じでアレックスはしれっと言った。

「村に行けば、作り方を教えてくれるかしら?」

「ああ。長が知っているだろう」

「決まりね! じゃあ今から作り方を聞きに行きましょう」

 ノイアさんは手をパンと叩く。

「何が決まりだ。私はそんな面倒なこと、したくないぞ」

 何こいつ? ほんと空気読まない奴だよね? 普通この流れでそういうこと言う!?

「はあ!? どうしてそんなこと言うのかしら? その秘薬を使えば、あんたの書斎だってもう荒らされなくなるかもしれないのよ? そんなこともわからないの? あんた、もしかして馬鹿?」

 私が思っていたことを、ノイアさんが代弁してくれた。

「それだけではない。先日、私達は菜園荒らしの容疑で奴らの集落に押し掛け、長をカンカンに怒らせた挙げ句、果ては命まで奪おうとしたのだ。それなのに今更『秘薬の生成法を教えてくれ』と訪ねるのも虫のいい話。そう、あれだ……、非常に気まずい」

 アレックスは気まずさが全く現れてない無表情顔でしれっと言った。

「それは全部あんたが悪いんでしょ!? つべこべ言わず、今から行くわよっ!」

 ノイアさんがアレックスの胸ぐらを掴み上げて怒鳴った。

「……仕方ない。これ以上書斎を荒らされるのは御免だからな」

 ノイアさんに押し切られる形で、アレックスは渋々ゴブリーの村に行くことを了承した。


 ☆★☆


 村に到着すると辺りは静まり返っていた。数人のゴブリーが物陰から、何やら怯えた感じでこちらを見ている。この間の一件を引きずっているのだろう……。アレックスの奴、マジで村長のこと殺りそうだったしね……。
 当のアレックスは、そんなことなど既に過去の出来事らしく、気にも留めていない様子だ。
 私達は一直線に村長の家へと向かった。

「ナンヤ、レックスハンカイ。サイキン、チョクチョク、ヨオクルノォ」

 村長は特に怯えた様子もなく、嫌な顔もせずに、ごく自然に迎えてくれた。
 ってゆーか村長! アレックスの名前、また間違って言ったね!? 数日前に指摘されたばかりじゃん! もう、正しく覚える気ないの!?

「だから、私の名はアレックスだ。数日前に指摘したばかりにもかかわらず、まだ正しく覚えられんとは……。もしや貴様、ボケでも始まっているのか? これ以上悪化する前に、さっさと長の座を降り、他の奴に任せることだ」

 アレックスは気まずいと言いながらやってきたくせに、またまた名前を間違われたことに腹を立てたのか、嫌味ったらしく毒づいた。

「クリムベールチャン、ノイアチャン、ユウコチャン、ヨオキタノォ♪ ママ、ユックリシテッテヤ~♪」

 村長はアレックスの悪態を華麗にスルーして、私達と握手をする。
 って、村長! 私とノイアさんの名前はバッチリ正しく覚えてんじゃん! やっぱり女の名前しか、ちゃんと覚えらんないの!?

「今日、ここへ来たのは──……」

 アレックスは早速本題に入ろうとするが、肝心の村長は、

「イマ、チャヲイレルデナ~♪」

と、いそいそとお茶を用意し始めている。

「聞いているのか? 長よ」

 アレックスは村長の背後に立つと、ひょいっと片手で村長を持ち上げた。
 あんた……、さっきから無視されてるから怒ってるの? 無表情だけど、これはもう完全にキレちゃってるよね?

「チャントキイトルワイ。ハナシナラ、チャヲノミナガラデモエエヤロ?」

「必要ない。用件が済んだら我々はすぐに帰る。用件はすぐ済む」

 アレックスは村長を持ち上げたまま淡々と言った。
 菜園荒らしの顛末を交えつつ、秘薬の生成法を教えてほしいと村長に頼んだ。

「ホゥ、ププカトハ、メズラシイノゥ。シカシ、ヒヤクノレシピハ、タダデハヤレンナ」

「なんだと?」

「カンガエテモミィヤ。アンサン、コナイダ、ワシラノコトウタガッテ、ワシニブレイヲハタライタンヤデ? シカモシマイニハ、ナニヲチマヨッタノカ、アンサン、ワシノコト、コロソウトシタヤナイカ。ソレナノニ、タダデレシピヨコセナンテ、ソナイムシノイイハナシハ、トオランヤロ」

「ならば、いくら出せばいい?」

「ワシハ、カネニハ、キョウミアラヘン」

「……では何が望みだ?」

 アレックスの言葉に村長はクリンちゃんの前に立ち、

「クッ、クリムベールチャンノ、チ、チチヲ、モマセテクレタラ、レシピナンゾ、イックラデモ、クレテヤルワイ♪」

と、だらしなく目尻を下げ、わきわきと、いやらしい手つきで揉む仕草をする。
 何この村長!? とんでもねーエロ親父じゃねーか! 羞恥心もなく乳揉ませろって、メガトン級のセクハラ爆弾を炸裂させんなよ!

「えっ……!?」

 クリンちゃんは村長のトンデモエロ発言に面食らって、目を丸くしている。

「駄目だ」

 アレックスがクリンちゃんを守るように制し、きっぱりと言った。そして、ノイアさんを一瞥し、

「この女で我慢しろ」

と、言い切った。
 んなッ!? アレックスも何考えてんの!? クリンちゃんはダメだけど、ノイアさんならいいってか!?

「ふっ、ふざけんじゃないわよ! いきなり何言い出すのよ、あんたッ!」

 当然ノイアさんはアレックスの胸ぐらを掴み上げて、猛烈に抗議する。

「別に構わんだろう? お前が犠牲になれば、これでめでたく秘薬のレシピが手に入るのだ」

 胸ぐらを掴まれたままアレックスはしれっと言った。

「恋人でもない男に、身体を触られるなんて絶対に嫌よ!」

「お前、病を患った親のためなら、窃盗行為に手を染めていたではないか。ならば今度はその気概を、レシピ入手のために向け、一肌脱いでくれ」

「嫌よッ! 大体この間の一件は全部あんたが悪いんだから、あんたが犠牲になればいいじゃない! 罪滅ぼしと思ってね! それが道理ってもんでしょ!?」

 ノイアさん……その発言は、なんかずれてます……。

「キショイコトイワントイテヤ。オトコノチチサワッテモ、ナ~ンモタノシュウナイ。ソヤネ、コノサイ、ノイアチャンデモエエヨ♪ モ・マ・セ・テ・ヤァ~♪」

 村長がノイアさんににじり寄る。

「嫌だって言ってるでしょ? あんたもつけあがるんじゃないわよ。さっさと秘薬のレシピをよこしなさい。そうしないと、アタシの石化の視線で石になってもらうわよ?」

 ノイアさんは村長の胸ぐらを掴み、左目の魔眼をチラつかせながら、怒りに満ちた静かな声で言った。
 うわ、ノイアさん、完全にキレちゃったよ! 脅迫までしちゃってるしっ!

「ヒッ……、ヒイィ! ワ、ワカッタワイ! レシピ、クレタルカラ、カンニンシテヤ~!」

 村長は情けない声でそう言うと、素早い動きで戸棚から大人の顔くらいの大きさの葉っぱを取り出し、ノイアさんに渡した。
 葉っぱには見たこともない文字で何やら書かれている。これがレシピなのか。

「ア・リ・ガ・ト♪」

 ノイアさんはレシピを受け取ると、村長に色っぽく微笑んだ。
 村長は脅迫されたのにもかかわらず、ノイアさんの微笑みを見てデレ~っと締まりのない顔をしている。村長……、どんだけ女好きなのよ……。
 こうして、村長から秘薬のレシピを脅し取る形で入手し、私達はゴブリーの村を後にした。
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