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第3話 街に怪盗がやって来た(後編)

7 恐ろしい奇病

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「怪我はしていないようだな。では、お前達はもう部屋に戻れ」

「戻れ、ったってあのお姉さんの魔法かなんかで、体が動かないんだよ……!」

「なんだ、あの女から呪縛の視線を受けていたのか。では解いてやろう」

 アレックスはそう言って、私とクリンちゃんの肩をポンと軽く叩いた。その瞬間、ふっと体が軽くなり体の自由が戻った。
「ふぇ~、怖かったぁ……」

 安堵し、両手を膝について深呼吸を一回し、顔を上げる。
 アレックスと目が合った。
 すると、こいつはあるまじき暴言を私達に発した。

「魔眼を見なければ拘束されることもなかっただろうに。まったく、間抜けな奴らだ」

 すぐさまぶちギレたのは私だ。

「はあ!? あんたに言われたかないよっ! 真っ先に石にされたくせに! 何ナメたこと抜かしてんだ、コラッ! なんでコロっと石にされちゃったワケ!? あんた、あのお姉さんが美人だったから油断してたんでしょ!?」

アレックスの胸ぐらに掴みかかり一気にまくし立てた。

「……まあいい。とにかくお前達は早く部屋に戻れ」

 アレックスは私の文句をサラッと無視する。
 ムカつく! こいつのこーゆーサラッと流すとこがとにかくムカつく! 何が『まあいい』なのよ!? 意味わかんないんだけど!

 イライラしてアレックスを視界から外す。すると、巨大な黒い槍に串刺しにされた女盗賊の遺体が目に入った。思わず目を背け、再びアレックスに掴みかかった。

「この人殺しっ! どうしてあのお姉さん殺しちゃったの!? 確かに悪い人かもしんないけど、殺すことはなかったんじゃない!?」

「何を言っている。別に殺してなどいないぞ」

 アレックスは無表情にしれっと言ってのけた。

「すっとぼけんじゃないよっ! 超デカい槍でお姉さんのこと、串刺しにしちゃってたじゃんか! 一部始終を、私はしっかり見てたんだからね!? 残酷過ぎて、めちゃくちゃトラウマもんだったよっ!」

「まあ確かに、知らん者が見ればかなり凄惨な光景に映るかもしれんな。だが、あの技には殺傷能力は全くない」

「えっ?えっ? そう……なの……?」

「あれは拘束術だ。体の自由を奪う以外はなんの力もない。鼠一匹殺せん術だ」

「……そう……なんだ。にしても……ほんと? う~ん、イマイチ信じられない……」

「お前も意外に疑い深い奴だな。ならば一度食らってみるか? さすれば、私の言うことに偽りはないと一発で理解できるぞ」

 アレックスは無表情に淡々と恐ろしい提案をしてきた。私に狙いを定め、さっきの術を使おうと構える。

「ちょっ、ウソでしょ!? わかった、わかったよ! あんたの言ったこと信じるから! だから止めてよねっ!?」

「本気にするな。お前なんぞに使用すれば無駄に魔力を消費するだけだ。そんな愚かな真似、私がするわけないだろう。あれもなかなか高位の術でな。行使するにはそれなりに骨が折れるのだ」

 アレックスの小馬鹿にした物言いにカチンとくる。無言でアレックスを睨みつけた。

「う……うぅ……」

 女盗賊が意識を取り戻した。

「!? あ、あれ……? アタシ……生きてる……?」

 確かにアレックスの言った通り、体にダメージは受けていないようで、女盗賊の声は苦しげなものとは程遠い。そして、体が槍で突き刺されているにもかかわらず、血は一滴も流れていなかった。

「気がついたか」

「あんた、なんでアタシを殺さなかったの?」

「お前の命を奪ったところでなんの意味もないからだ」

「意味ならあるじゃない。アタシを始末すれば、水晶の女神像は護れるんだから」

「この状況で減らず口を叩くとは……。気の強い女だ。そんなことでは嫁の貰い手がなくなるぞ」

「よっ、余計なお世話よ!」

「さて、お前は手も足も出ない状態のわけだが、まだ諦めんつもりか?」

「………………」

 女盗賊は唇を噛み締め、沈黙する。

「水晶の女神像。あらゆる病を癒やし、永遠の命を得ることができる秘宝……か。お前はそういう認識であの水晶像を手に入れようとしたのか」

「そうよ。もう、それしか方法がなかったから」

「馬鹿げた噂がまことしやかに流布しているものだ。そんな噂に振り回されるお前は、前代未聞の阿呆だな」

「あんたに何がわかるっていうの!? 大切な人が苦しんでいるなら、それを助けたいって思うのが当然でしょ!?」

「ああ、そうだな。だから話せ。お前の育ての親が、なんの病を患っているのかをな」

「あんたに話して一体何になるっていうのよ?」

 女盗賊はせせら笑う。

「話してみなければわからないだろう?」

 そう言って、アレックスは女盗賊の拘束を解いた。彼女はもう攻撃を仕掛けるようなことはせず、転がっている短刀を鞘に納めた。


 ☆★☆


 場所を応接室に移した。私がこの世界に召喚され、初めて通された部屋だ。なんだか懐かしく感じる。
 外はすでに日が暮れていた。雨足が強くなり、雨粒が窓ガラスを打ちつけている。時折、空が光り雷鳴が聴こえる。

「“ビデンス病”って知ってる?」

 女盗賊が切り出した。

「通称“先祖返り症候群”。その名は最初の発症者に由来する。アニマフィンドを始め、亜人種にのみ発症する病であり、発症率は百万分の一程度。未だに発症要因の特定はできておらず、治療法も確立していない奇病の一つ。発症した者は心身共に祖先である生物へと退化していく。それに伴い凶暴化するのが特徴。末期にはその凶暴性によって自傷行為を繰り返すようになり、多くの場合それが原因で死に至る」

 すらすらと淀みなくアレックスは答えた。

「詳しいのね。あんた、もしかして医者なの?」

 感心したように女盗賊は目を丸くする。

「いや違う。なるほど、その育ての親はビデンス病を発症してしまったのか」

 やり切れない表情で女盗賊は頷いた。

「発症してどれくらいになる?」

「二年……になるかしら。もう人とは呼べない状態になっているわ……」

 女盗賊は両手で顔を覆う。

「なるほどな……」

 アレックスは顎に手を当て、しばし考え込む。

「……それで? まさか、あんたが治してくれるとでも?」

 挑発的に女盗賊は言う。だが、その声は涙声で力ないものだ。

「そんなこと、無理に決まっているだろう」

 アレックスは清々しいほどに、あっさりキッパリ言い切った。何こいつ!? 無理とわかっていながら話を聞いたワケ!?

「ほら見なさい! 話すんじゃなかった。時間の無駄だったわね!」

 女盗賊は当然キレてしまい、勢いよくソファーから立ち上がった。

「話は最後まで聞け」

「嫌よ! やっぱり女神像を借りてった方がいいみたい」

 足早に部屋を出ていこうとする女盗賊だが、クリンちゃんが素早く扉の前に立ちはだかり妨害する。

「そんなことさせないもん! お姉ちゃんは絶対に連れて行かせない!」

 クリンちゃんはそう言って女盗賊を睨みつける。

「いい加減にしなさい。まだそんな嘘を……」

「嘘じゃないもんッ! お姉ちゃんは二百年前に水晶になっちゃったんだよ! どうしてそうなっちゃったのか、どうすれば元に戻るのかもわからないから、ずっとあのままなんだ! 嘘だと思うなら水晶像の顔をよく見ればいいよっ。あたしと同じ顔してるから!」

 クリンちゃんは涙で顔をぐしゃぐしゃにして訴える。
 私はこの子が嘘をついているとは思ってないが、誰の目から見てもそういう風に映るだろう。もし、これが演技だというのならアカデミー賞ものだ。いや、この世界にそういうもんがあるかわかんないけど、とにかく、それだけ真に迫っている。

「そう……なの……?」

 クリンちゃんの訴えは女盗賊にも届いたようで、困惑した顔でアレックスに確認する。

「そうだ。だから私はここで、あの御方を元の姿に戻すために研究を続けているんだ」

 女盗賊は「そう……」と短く答え、俯いた。どうやら納得したようだ。

「さて、話の続きをしよう。時間の無駄と思うのであれば、立ち去ってくれても構わんがな」

 アレックスは感じ悪い物言いで話を戻す。
 当てにしていた水晶の女神像はただの噂だったと知り、女盗賊は黙ってソファーに腰を下ろした。きっとこの人の心境は“溺れる者は、わらを引っこ抜く”って感じなんだな。

「おい、ユウコ。引っこ抜いては意味がないだろう。正しくは“溺れる者は、わらをも掴む”だ」

 なんの前触れもなくアレックスが突っ込んできた。その言葉に、私の心臓は縮みあがる。

「ちょっ……! なんでいきなりそんなこと言い出すの!? あっ、さてはナントカっていう魔法で私の心ん中読んだね? ちょっと! どうでもいい時にホイホイ使わないでよっ!」

 私の猛抗議にアレックスは、『そんなの知ったことか』といった感じにスッと視線をそらす。ふざけんじゃないよ! ここは『勝手に心の中を盗み見てしまい申し訳ありませんでした、有子様』って謝罪するトコだろ、ウラッ!

「あの、じゃれあってないで話を先に進めてもらいたいんだけど」

 少しイラッとした感じで女盗賊は口を挟む。

「ビデンス病を完治させることはできないが、発症する前の状態に戻すことはできる。つまりはそういうことだ。根本的な解決には至らんが、何もしないよりはマシだろう」

「はあ? どういうこと?」

「時戻しの薬……いや、若返りの薬と言った方が理解しやすいか。それを使うのだ」

「若返りの薬!?」

 私と女盗賊は同時に言ったので見事にハモった。
 胡散臭いというような表情で女盗賊はアレックスを見る。

「信じられんか? ならば実際に効果を見せてやる」

 私達は調合室に連れて行かれた。
 薬品棚には様々な薬が並べられている。鮮やかな色をしてるものも多く、なかなかきれいだ。
 用意されたのは、桜色の液体が入った小瓶とニワトリとハトの合いの子みたいな鳥。

「このポポ鳥で実験するわけ?」

 女盗賊が訊ねる。へえ~、この鳥がポポ鳥なんだぁ。美味しくて好きなんだけど、できることなら、生きた状態で会いたくはなかったかな。食べづらくなりそうだし……。
 アレックスは「そうだ」と答え、小瓶の蓋を開けた。すると、嫌な臭いが辺りを包み込んだ。

「うげっ! この臭い……、いつぞやのカメムシのやつじゃん」

 思わず鼻を押さえる。クリンちゃんも女盗賊もそうしている。

「だから虫ではない。原料は全て植物だ」

 どうでもいいことに突っ込みを入れ、アレックスは無表情に淡々と薬品をビーカーにほんの少し注ぎ、水で希釈して霧吹きに入れた。それをポポ鳥に吹きつける。
 強烈な臭いの液体を吹きかけられたポポ鳥は、ケージ内でギャーギャー暴れる。この子も気の毒なことだね……。

「ええっ!? こんなことって……!」

 女盗賊は目を見開いて驚く。もちろん、私の顔も似たような感じになっているだろう。
 ポポ鳥は見る見るうちに縮んでいき、雛になってしまったのだ。

「見ての通りだ。これを使えば、肉体を発症する前の状態に戻せるはずだ」

「凄い……!」

 女盗賊の表情が明るくなる。
 アレックスは使い方を説明し、薬を全て女盗賊に譲り渡した。

「その……、こんなこというのもなんだけど、本当にいいの? こんな貴重なもの貰っちゃって……」

「お前、水晶像を盗みに侵入してきたくせに、変なところで気を使うのだな。いいから気にせず持っていけ」

 アレックスにそう言われ、女盗賊は迷惑をかけたことを詫び、何度もお礼を言って去っていった。
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