23 / 72
第3話 街に怪盗がやって来た(後編)
5 真昼の来訪者
しおりを挟む
「あれ? 開いてる」
玄関の扉がうっすらと、五センチくらい開いていた。閉め忘れなんて危ないなぁ。そう思いながらドアを開けた。
そこには信じ難い光景が待っていた。
「くっ……、クリンちゃん!?」
玄関先でクリンちゃんが俯せに倒れていたのだ。
あのお姉さんの仕業だ! 直感的にそう思った。
ど、どうしよう!? ってか、アレックスは一体何してんの!? 心の中でそうなじるが、今日はフロックス魔術学院の講師をしに行ったことを思い出した。
クリンちゃんに触れてみる。温かい。それに、規則正しく呼吸をしている。ただ眠っているだけのようだ。そのことに少しだけ安心する。
だが、緊急事態ということには変わりない。早くアレックスに連絡しないと……!
ケータイをポケットから出して、震える指でボタンを押す。
この世界では役に立たないだろうと思っていたが、アレックスが使えるようにしてくれたのだ。ただし通話のみ。しかも、かけられるのはこの世界の番号のみ。ちなみにどうして使えるようになったの? と、訊いたら『説明したところで、お前に理解することはできない』と、馬鹿にされた。
「フロックス魔術学院です」
穏やかな女声が対応してくれる。
「あ、あの! アレックスを大至急お願いしますッ!」
「申し訳ありませんがフルネームでお願いします。当学院にアレックスという名の講師は七人おりますので」
そう返されてうろたえる。どうしよう!? あいつの名字なんて覚えてないんだけど! ってか、アレックスって名前の先生が七人もいるのかよ!
「えっと……、ちょっと名字の方がわからないんですけど……。あのなんていうか、見た目が死神っぽいというか幽霊みたいっていうか……。そんな感じの人なんですが……」
「ああ、あの臨時講師の方ですね。少々お待ちください」
アレな説明であったがちゃんと伝わったようだ。やはりアレックスは他の人から見ても、死神や幽霊など、それっぽい容姿に映っていることが証明された。
保留のメロディーがしばらく流れた後、アレックスが出た。
「ユウコか、一体どうした?」
「たっ、大変なの! 実はね……」
混乱しつつも最悪な状況になっていることを告げた。
「やはりこのタイミングを狙ったか。しかし、まさか正面から来るとは……。待っていろ、すぐに行く」
この事態をある程度は予測していたらしい。取り乱すことなくそう返され、通話を切られた。
アレックスはすぐに駆けつけてくれた。
「クリムベール、しっかりしろ」
アレックスはクリンちゃんを抱き上げ、頬を軽く叩いて起こした。
「ん……んん……、アレックス……?」
「一体何があった?」
「あ、あのね、あのリザーテイリアのおねーさんが来たの……! 玄関のチャイムが鳴ったから、お客さんかなって思ったら、あのおねーさんで……。その後は、う~……、よくわかんない……」
やはりあの人の仕業だったか……。胸がちくんと痛んだ。
「そうか。しかし、眠らされただけで済んだのは不幸中の幸いだったな」
アレックスはいくらか表情を和らげる。
「いや、安堵に浸るのは賊を捕らえてからだな」
表情を厳しく引き締め、アレックスは屋敷の奥へと駆け出した。
私とクリンちゃんもその後を追う。
アレックスが向かう先は行き止まりになっているはずの細い通路。そっちに行っても意味ないんじゃ……。
アレックスが曲がり角を曲がる。私達もそれに続く。
目の前にある景色はやっぱり行き止まり。のっぺりとした壁があるのみだ。だが、なぜかアレックスの姿は見当たらない。
「この壁はね、すり抜けられるの。アレックスは向こう側にいるよ」
そう言って、クリンちゃんが壁をすり抜けた。ギョッとなるものの、勇気を出して壁に飛び込む。
ぶち当たる衝撃はなかった。本当にすり抜けられた。
目の前には、重々しい堅牢な扉がそびえていた。幾つもの錠前が付いているが、それらは全て外され、僅かに扉が開いている。
アレックスは扉の前に立ち、様子をうかがっていた。
「お前達……。なぜついてきたんだ」
私達の姿を確認するなり、小声で咎めてきた。確かに考えてみれば、私達は足手まといにしかならないだろう。返答に窮していると、
「まあいい。おとなしくしているんだぞ」
あっさりそう言って、再び様子をうかがう。
扉の奥から声が聴こえる。女の声だ。
「やはり実在していたのね……。噂が本当なら、これであの人を救える……」
意味深な台詞だ。“あの人を救える”とは、一体どういうことなんだろう。
「それにしても、等身大サイズってのは少し予想外だったわ。うまく運び出せるかしら……」
この台詞も意味がわからない。この部屋にはクリンちゃんのお姉さん……フラウベールさんが居るんじゃないの? それに、フラウベールさんの声は全く聞こえない。いきなり現れた賊に怯え、声も出せない状態なんだろうか?
玄関の扉がうっすらと、五センチくらい開いていた。閉め忘れなんて危ないなぁ。そう思いながらドアを開けた。
そこには信じ難い光景が待っていた。
「くっ……、クリンちゃん!?」
玄関先でクリンちゃんが俯せに倒れていたのだ。
あのお姉さんの仕業だ! 直感的にそう思った。
ど、どうしよう!? ってか、アレックスは一体何してんの!? 心の中でそうなじるが、今日はフロックス魔術学院の講師をしに行ったことを思い出した。
クリンちゃんに触れてみる。温かい。それに、規則正しく呼吸をしている。ただ眠っているだけのようだ。そのことに少しだけ安心する。
だが、緊急事態ということには変わりない。早くアレックスに連絡しないと……!
ケータイをポケットから出して、震える指でボタンを押す。
この世界では役に立たないだろうと思っていたが、アレックスが使えるようにしてくれたのだ。ただし通話のみ。しかも、かけられるのはこの世界の番号のみ。ちなみにどうして使えるようになったの? と、訊いたら『説明したところで、お前に理解することはできない』と、馬鹿にされた。
「フロックス魔術学院です」
穏やかな女声が対応してくれる。
「あ、あの! アレックスを大至急お願いしますッ!」
「申し訳ありませんがフルネームでお願いします。当学院にアレックスという名の講師は七人おりますので」
そう返されてうろたえる。どうしよう!? あいつの名字なんて覚えてないんだけど! ってか、アレックスって名前の先生が七人もいるのかよ!
「えっと……、ちょっと名字の方がわからないんですけど……。あのなんていうか、見た目が死神っぽいというか幽霊みたいっていうか……。そんな感じの人なんですが……」
「ああ、あの臨時講師の方ですね。少々お待ちください」
アレな説明であったがちゃんと伝わったようだ。やはりアレックスは他の人から見ても、死神や幽霊など、それっぽい容姿に映っていることが証明された。
保留のメロディーがしばらく流れた後、アレックスが出た。
「ユウコか、一体どうした?」
「たっ、大変なの! 実はね……」
混乱しつつも最悪な状況になっていることを告げた。
「やはりこのタイミングを狙ったか。しかし、まさか正面から来るとは……。待っていろ、すぐに行く」
この事態をある程度は予測していたらしい。取り乱すことなくそう返され、通話を切られた。
アレックスはすぐに駆けつけてくれた。
「クリムベール、しっかりしろ」
アレックスはクリンちゃんを抱き上げ、頬を軽く叩いて起こした。
「ん……んん……、アレックス……?」
「一体何があった?」
「あ、あのね、あのリザーテイリアのおねーさんが来たの……! 玄関のチャイムが鳴ったから、お客さんかなって思ったら、あのおねーさんで……。その後は、う~……、よくわかんない……」
やはりあの人の仕業だったか……。胸がちくんと痛んだ。
「そうか。しかし、眠らされただけで済んだのは不幸中の幸いだったな」
アレックスはいくらか表情を和らげる。
「いや、安堵に浸るのは賊を捕らえてからだな」
表情を厳しく引き締め、アレックスは屋敷の奥へと駆け出した。
私とクリンちゃんもその後を追う。
アレックスが向かう先は行き止まりになっているはずの細い通路。そっちに行っても意味ないんじゃ……。
アレックスが曲がり角を曲がる。私達もそれに続く。
目の前にある景色はやっぱり行き止まり。のっぺりとした壁があるのみだ。だが、なぜかアレックスの姿は見当たらない。
「この壁はね、すり抜けられるの。アレックスは向こう側にいるよ」
そう言って、クリンちゃんが壁をすり抜けた。ギョッとなるものの、勇気を出して壁に飛び込む。
ぶち当たる衝撃はなかった。本当にすり抜けられた。
目の前には、重々しい堅牢な扉がそびえていた。幾つもの錠前が付いているが、それらは全て外され、僅かに扉が開いている。
アレックスは扉の前に立ち、様子をうかがっていた。
「お前達……。なぜついてきたんだ」
私達の姿を確認するなり、小声で咎めてきた。確かに考えてみれば、私達は足手まといにしかならないだろう。返答に窮していると、
「まあいい。おとなしくしているんだぞ」
あっさりそう言って、再び様子をうかがう。
扉の奥から声が聴こえる。女の声だ。
「やはり実在していたのね……。噂が本当なら、これであの人を救える……」
意味深な台詞だ。“あの人を救える”とは、一体どういうことなんだろう。
「それにしても、等身大サイズってのは少し予想外だったわ。うまく運び出せるかしら……」
この台詞も意味がわからない。この部屋にはクリンちゃんのお姉さん……フラウベールさんが居るんじゃないの? それに、フラウベールさんの声は全く聞こえない。いきなり現れた賊に怯え、声も出せない状態なんだろうか?
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる