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第3話 街に怪盗がやってきた(前編)

5 怪盗の噂と怪しい男

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「こんにちは。おやユウコさん、また会いましたね」

 ロートレックさんだった。また会えたなんて、なんだか得した気分♪

「お昼休みですか?」

「ええ、そうですよ。マスター、日替わりランチをお願いします」

 ロートレックさんは私の隣に座り注文をした。う~ん、幸せ♪

「なんだよ、ユウコちゃん。ちょっと顔赤いぜ? さてはロートレックさんに気があるな?」

 バンダさんがニヤニヤしていじってきた。思わず飲んでいたジュースを吹き出しそうになる。

「その反応……、図星だな、こりゃ。おいおい、この間はここで、アレックスさんに逆プロポーズしてたってのによ。まあ、どっちもかなりの色男だしな」

 バンダさんはそう言って豪快に笑う。

「ぎゃああっ! バンダさん、イキナリなんてコト言い出すんですかっ!」

 あの時の忌まわしい出来事を持ち出されたせいだ。私は盛大に取り乱す。

「おや、そういうことがあったのですか? アレックスも隅に置けませんね」

 ロートレックさんがにこやかに言う。

「いや、あ、あれは……酔った勢いっていうか……、その……と、とにかくあれは違いますからっ……!」

 しどろもどろになって弁解する。

「ええ、ええ、わかりました。そういうことに、しておきましょう」

 ロートレックさんは楽しそうに笑う。もしかして面白がってる?

「は、話は変わるんですけど、ロートレックさんって毎日ご飯食べてるんですか? エルセノアは特に食事をしなくても平気って、前にクリンちゃんが言ってたんですけど……」

 強引に話題を変えた。

「そうですね、僕は大体昼食だけですが、毎日食事をしますよ。きっと僕もクリムベールさんと同じで食いしん坊なのでしょう。食事をすることが好きなんです」

 ロートレックさんが天使の微笑みで教えてくれた。食いしん坊とかって、ロートレックさん、なんか可愛い♪

「そうそう、ロートレックさん、知ってるかい? 高級住宅地でまたやられたらしいじゃないか」

 突然イベリスさんが切り出した。

「ええ、例の怪盗ですね?」

「カイトウってなぁに?」

 クリンちゃんが無邪気に訊いた。その可愛らしい鼻には、巨大パフェのクリームがチョコンとついている。

「人のものを盗む悪い人のこと。つまり泥棒ね」

 エーデルさんが鼻の頭についているクリームをナプキンで拭きながら優しく説明する。

「何を盗むの? 栗饅頭?」

 クリンちゃんがまたまた無邪気に訊く。ってか、クリンちゃんの頭の中って栗饅頭のコトしかないの!? さっきも栗饅頭に釣られてウマ男とカバ男についていこうとしたし! どんだけ執着してんの!? もしかして軽く中毒になってない!?

「いえいえ、盗むものは宝石などの高価なものやお金ですよ」

 今度はロートレックさんが説明した。

「あんたの住んでる寮、確かあの近辺にあるんだろ? あんたも狙われないよう気をつけなね?」

 イベリスさんが心配そうな顔で忠告する。

「御忠告ありがとうございます。ですが大丈夫ですよ。僕の部屋には、狙われそうな高価なものなどありませんから。それに、狙われているのは、全て貴族の邸宅と聞きます」

 ロートレックさんが穏やかに説明する。そして真剣な表情を作り、

「それよりも僕は、アレックスが心配です。彼は貴族というわけではありませんが、彼の家はかなり立派な屋敷ですからね。標的にされてもおかしくないと思うのですよ」

 そして、私の方を向き、

「ユウコさん、一応、注意するよう彼に伝えてくれませんか?」

 そう伝言を託すと、ランチの代金を払って図書館に戻って行った。


 ☆★☆


 クリンちゃんが買い物があるというので、深緑の翼亭を出た私達はそのまま四つ葉堂へと向かった。

「はい、おつり、二百ディルね」

 ラグラスさんが釣銭をクリンちゃんに手渡す。その時、手と手が軽く触れ合った。

「わ、ごめん……!」

 赤面してラグラスさんは慌てて手を引っ込めた。クリンちゃんの方は気にしてないようで、?といった感じに小首を傾げている。ラグラスさん、やっぱりクリンちゃんに気があるみたいだね。ってかさっきの反応、ウブでちょっと可愛かったかも。実は奥手なの?
 そんな風に少し野暮なことを考えながら、私達は四つ葉堂を後にした。


 四つ葉堂を出てすぐのことだ。

「少しいいか?」

 不意に呼び止められた。声を掛けてきたのは、ボロボロのコートを着た痩せた男。見たところ人間のようだ。歳は三十代半ばくらいだろうか。髪はボサボサで、無精ひげが目立ち、どことなく浮浪者っぽい雰囲気を漂わせている。そして何より人相が悪い……。指名手配のポスターに載っていても不思議ではない、典型的な悪人面だ。

「うん、なぁに?」

 男の人相やら雰囲気に怯み、反応できない私に対し、クリンちゃんは全く警戒せずに無邪気に答えた。

「“テッセンの森”という地に行きたいんだが、ここからどう行けばいい?」

 え? テッセンの森って、アレックスの屋敷がある森だよね? なんだろう、ちょっとこの人、怪しいかも……

「テッセンの森はね……」

「この道をまっすぐ行けばいいんですよ!」

 教えようとするクリンちゃんを遮り、私は大きな声で道を指した。

「そうか。ありがとう」

 男はそう言って、私が示した方へ足早に歩き出す。

「ユウコちゃん、テッセンの森は反対方向だよ? どうして、あのおじさんに嘘ついたの?」

 クリンちゃんは少し非難めいた眼差しで、デタラメの道を教えた私を見る。

「いや、だってあの人怪しくなかった? 雰囲気も、なんかこうヤバげなオーラが漂ってたっていうか……。素直に教えるのは危ないよ。私達、あの森の中に住んでるんだし」

 私の訴えにクリンちゃんは「そうかなぁ?」と、あまり納得していない様子だ。クリンちゃん、やっぱりピュアだなぁ。

「まあ確かに、人を見かけで判断しちゃダメなんだけど、時には人を疑わなきゃいけない時もあるんだよ」

「そうなんだぁ。セチガライねー」

 どうもクリンちゃんはよくわかっていないようだ。まあ、こういうとこがこの子のいいところなんだろうけど。
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