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第1話 いつもの日常は唐突に壊れ

2 お約束通り帰れない!?

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 通された場所は応接室のようだった。テーブルを挟むように、二つのソファが置かれている。
 私は自然の成り行きでロートレックさんの隣に座った。

「お茶持ってきたよ」

 そう言って入ってきたのは、私と同じ年頃の女の子。この子も耳が尖り、額に結晶が付いている。それに、かなりの美少女。

 額の結晶の色は柔らかい緑色だ。サラサラロングの栗色の髪、パッチリと大きな瞳。その瞳はロートレックさんと同じように左右で色が違う。右が黒で、左が緑。今気づいたけど、左の目って額の結晶と同じ色なんだね。
 そんでもって、スタイルがめちゃめちゃいいこと! 胸が大きく、ウエストがキュッとくびれてるのは当然で、ミニスカートから伸びた足も太すぎず細すぎず、完璧なプロポーションの持ち主だ。

 女の子と目が合った。ニッコリと笑いかけてくる。笑うとさらに可愛い。つられて私も微笑み返した。
 彼女はティーセットを置くと部屋を出ていった。
 用意してくれたのは紅茶と、これは……饅頭? ちょっと不思議な組み合わせだ。

「あの、今の子は?」

 ちょっと好奇心に駆られ、ロートレックさんに訊いてみた。

「ああ、彼女はクリムベールさん。アレックスのベビーシッターです」

「べ、ベビーシッター!?」

「ロートレック、くだらん戯れ言はやめろ」

 アレックスは無表情のまま静かにロートレックさんをたしなめる。

「だって本当のことじゃないですか。あなたが日々の生活をこうしてきちんと送れるのは、他ならぬ彼女のおかげでしょう?」

「そんなことはない。むしろ私があの子の面倒をみてやっているんだぞ」

「はいはい、そういうことにしておきましょう。さて、話を本題に戻しましょうか」

 私達はお互いのことなどについて、色々と話を進める。
 地球のことを説明する時は持っていた通学鞄の中の教科書なんかを見せてあげた。普段なら見たくもないこの教科書達も意外なところで役に立つなんて。ああ、教科書様々だ……! これからはもっと丁寧に扱います。落書きなど、もう決して決していたしません!

「なるほどな……。お前は異世界・チキュウという場所からやってきたのか」

 アレックスは無表情のまま。特に驚いた様子は見せない。この人って常に無表情だよね。話し方も淡々としてるから、なんか機械仕掛けの人形みたい。

「人間のみで、これ程までに高度な文明を築いているとは……」

 ロートレックさんは感心したように頷く。
 でも、私に言わせれば、人間以外の人種がいる方が遙かに凄いんですけど……。

 ちなみに彼らは“エルセノア”という不老不死の体を持つ種族だとか……。
 マジで!? 不老不死って凄過ぎじゃん! 人間にとっちゃ永遠の夢ですよ。そんで、二人とも既に千年以上生きてるらしい……。さっきのクリムベールちゃんって子ですら、軽く数百年生きてるそうだ。私と同じくらいだと思ってたよ……。なんていうか、スケールがでか過ぎて、いまいちピンとこないけど……。

 そしてここは“ティル・リ・ローナ”という名の世界で、人間の他にも、亜人など様々な種族が共存しているらしい……。まあ、初めに会った人達が人間ではないので納得。

 ……って納得してる場合じゃないってば! こんなの絶対におかしいでしょ!? こんなの夢の中でしかありえない話じゃん!
 ハッ! 夢!? そうだよ、これ夢なんじゃないの!?
 私は思いきり頬を抓り上げた。

「ゆ、ユウコさん、何を……しているんですか……?」

 私の行動に不審を覚えたのか、若干引き気味な様子でロートレックさんが訊いてきた。

「あ、いえ……、もしかして、これって夢なんじゃないかと思って……」

「夢ではないかと思い頬を抓る。そんな古典的で馬鹿げた行動をとる奴が実在していたとはな。珍しいものを見せてもらった気分だ」

 アレックスが小馬鹿にしたように吐き捨てた。

「しっ、仕方ないでしょ!? こっちとしては、まだ信じられないんだから!」

 なんだか恥ずかしくなり、アレックスに食ってかかった。

「ユウコさんの心中はお察ししますが、これは紛れもなく現実です。どうかこの事実を受け入れてください」

 ロートレックさんが優しく諭す。

「どうでもいいがユウコ、ここの数式間違っているぞ。ん? ここもだな。……おい、よく見ると間違いばかりだぞ。こんな極めて単純な数式によくここまで間違えられるものだ。良くない意味で才能がある」

 数学のノートを見ていたアレックスが嫌味ったらしく指摘してきた。まったくこの男は……。言葉に遠慮というものが微塵もない。黙ってりゃ結構カッコイイのにもったいない。

「う、うっさいな! 私、数学ニガテなの! っていうか、あんまりじっくり見ないでよね!」

 アレックスの手から数学のノートをひったくるように奪い返した。

「ノートも教本も落書きが多かった。そんなことばかりしているから学業の方がおろそかになるんだ。もっときちんと勉学に励むんだな」

「余計なお世話だよ! べ~~だ!」

「そういえば、ケンスケという単語がよく書かれてあったが、もしや好いている男の名か? そいつのことが気になるから勉学に集中できんのか? まったく、子供が今から色気づいてどうする」

 アレックスの言葉に私の心臓は盛大に飛び跳ね上がり、顔から炎が出るんじゃないかと思うくらい熱くなった。

「かっ、かかか、関係ないでしょ、あんたには! っていうか、どんだけじっくり見てたのよ!?」

 何で私、こんな異世界で出会って間もない奴に秘密を暴かれて、うろたえなきゃいけないんだろう……。なんか、泣けてくる……。

「それより! 私、早く地球に帰りたいんだけど!」

 強引に話を本筋に戻す。これ以上この陰険男に色々指摘されて余計なストレスは溜めたくない。
 それに、家族だって心配するだろう。癪だけど受験も控えてる身だしね。
 こんなワケのわからない世界で油を売ってる暇はない。

「それなんですが……」

 申し訳なさそうな表情でロートレックさんが口を開いた。

「あなたを元の世界に還すことは、すぐにはできないんです…」

「えっ!? どうしてですか!?」

「僕らがあなたがいた世界のことを何も知らないからです。これでは退還たいかんゲートを開くことができません」

「えっと……、言ってる意味が、よくわからないんですけど……」

「そんなに難しく考える必要もないだろう。お前はチキュウとやらに還れん、というだけの話ではないか」

 アレックスは無表情に簡潔で非情な事実を言い切った。

「何それ!? じゃ、じゃあ私、残りの一生を、この世界で過ごすしかないってこと!?」

 二人は否定も肯定もせずに俯き黙っている。その沈黙が私に更なる不安を呼び起こす。
 ちょっと、ウソでしょ!? 何この、お決まりな安っぽい漫画みたいな展開!

「そんな、勝手に人のこと喚んどいて還せませんって……。いくらなんでもひどくない!?」

 思わず叫んだ。

「勘違いをするな。別に私は、お前なんぞを召喚したかったわけではない」

「うるさい! あんたが、その魔神ナントカっていうのを召喚する儀式を失敗させたから、こうなったんでしょ!?」

 アレックスに掴みかかった。

「だったら全部あんたのせいじゃない! この責任、ちゃんと取ってよね!」

 アレックスの胸をぽかぽか叩く。アレックスは抵抗もせず、なすがままの状態でいる。

「ユウコさん、落ち着いてください!」

 見かねたようにロートレックさんは私をアレックスから引き離した。

「彼を責めても得るものは何もありませんよ? あなたをチキュウに還す方法はきっとあるはずです。それを一緒に探していきましょう」

 ロートレックさんは私の目を見て優しく言った。慈愛に満ちた穏やかな顔で私の頭をなでてくれる。

「……はい、すいません、取り乱してしまって……」

 ロートレックさんに謝る。

「お前、謝罪する相手を間違えているぞ。今の謝罪は私にすべきだろう。いきなり掴みかかり暴行を働いたのだからな」

 アレックスは足を組み直して、しれっと言った。

「だってあんたの言い方、いちいちムカつくんだもん」

「すみませんね、彼、ああいう性格なものですから。思ったことを言わずにはいられないだけで、別に悪気はないので、どうか大目に見てあげてください」

 ロートレックさんは本当に申し訳なさそうな顔で、アレックスの口の悪さをフォローする。

「あ、いえ、平気です。ロートレックさんが謝ることないですよ」

「ほう、そいつにはずいぶんとしおらしいことだな。私と対応する時とは、えらく態度が違う」

 アレックスが嫌味ったらしく指摘してきた。スルーしてやり過ごそうとしていると、

「そいつのことが気に入ったのなら、もういっそのことチキュウに戻る方法を探すなどという七面倒くさいことは止め、そいつに娶ってもらい、この世界で一生を過ごしたらどうだ? 儀式の失敗の責任はそいつにもあることだしな」

 アレックスは無責任な提案をサラッとした。

「なっ!? イキナリ何言い出すの、あんた!」

 信じらんない! 何言ってんの、こいつ!?
 ……でも、ロートレックさんとなら、それもちょっとアリかな~とか思っちゃったりして。だってイケメンで優しくて、誠実そうだもん。……人間じゃないけど。

「ああ、そういえばお前には、ケンスケとかいう想い人がいるのであったな。ならば、不本意ではあるが、チキュウに戻る方法を探さねばならんか。まったく、面倒なことだ」

 こともあろうか、健介くんのことを持ち出しやがった。

「ちょっと! 健介くんのことは忘れてよ! っていうか、その言い種も何なの!? あんた罪悪感とか全く感じてないわけ!? 本来ならこんなことになったこと、大いに猛省するべきじゃないの!?」

 そうまくし立てた直後だ。

「みんなー、晩御飯できたけど、食べる?」

 美少女エルセノア・クリムベールちゃんが再び現れた。
 私達は今後のことを話し合うことも兼ね、全員で夕食を取ることにした。ってか、こっちの世界は夜だったのね。
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