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第1話 いつもの日常は唐突に壊れ

1 気づけば目の前に天使と死神が……

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(あ~あ、明日からとうとう期末テストが始まるなぁ……)

 ベッドの中で何度も寝返りをうつ。
 時刻を確認すると23:00になろうとしている。
 一応やることはやってきたんだし、試験前日くらいは充分に睡眠をとろうと、21:30には床に就いたのが台無しだ。

 どうして今日に限って眠れないワケ!?
 気分はますます鬱になっていく。

(試験が終われば夏休みが待ってるけど、今年は受験があるから勉強しないといけないかなぁ。あ~、考えただけで鬱なんだけど……)

 もはや心情は負の連鎖しかない。
 担任のセンセから“明日からの期末試験の成績が、受験にダイレクトに響く”などと脅しをかけられたせいだ。

 それにお母さんからも『うちには私立高校に通わせる余裕なんてないんだから、絶対に公立高校に入んなさいよ』と、妙なプレッシャーをかけられてることも大いに関係する。

 そんな風に暗い気分のまま、嫌なことをうだうだ考えていると、ついに時刻は0:00。日付が変わってしまった。

(こんなことなら、漫画読んだり、ゲームしてりゃよかったよ……。あ~あ、とほー……)

 そんな後悔の念を抱くが、睡魔はようやく私の元へと来てくれた。


 ☆★☆


有子ゆうこ! 今何時だと思ってるの! いい加減に起きなさい! 今日から期末試験なんでしょ!?」

 母の怒声によって飛び起きた。時計を見ると8:15になろうとしているではないか!
 バタバタと着替え階段を駆け降りる。

「ちょっと、お母さん! 何でもっと早く起こしてくんないわけ!?」

「さっきから何度も声かけてたじゃないの! なのに、あんたときたら生返事ばかりで……! 大体、あんたも有一ゆういちも……」

 小言モード全開にしてお母さんは応酬をしてきた。

「小言聞いてる暇なんかないよ! ほんと、マジで遅刻する……!」

 そう言って駆け出そうとするが、

「朝御飯は?」

「そんなの食べてる余裕ないってば! じゃ、行ってくる!」

 慌ただしく家を飛び出し、全力疾走する。


(最悪! なんでテスト初日から、こんな目に遭わなきゃいけないの!?)

 寝坊した自分が悪いのだが、ついイライラして心の中で毒づいてしまう。
 追い討ちをかけるように、目の前で信号が青から赤に変わった。

(あー、もう! こんな時に!)

 交通量が多いので信号無視はできそうにない。じりじりしながら信号が青になるのを待つ。
 そんな時だった。

(え? 何これ目眩……?)

 視界がぐらりと揺れたような感覚に襲われた。

(朝御飯も食べずに全力ダッシュしたから? ちょっ……、なんかこれ……、ヤバいかも……)

 目の前の景色かグルグルと回りだし、体の力が抜けていく。
 そこで私の意識は、ぷつりと切れてしまった。


 ☆★☆


 どこからか声が聴こえる……


「本当に実行するのですか?」

「ああ、これで、あの御方を救うことができるのなら……」


 男の声だ。
 一人は温かい響きの穏やかで優しげな柔らかい声。
 もう一人は、淡々とした機械を思わせる少し冷たい響きの声。
 だけど、その二人の姿はわからない……


「あなたらしくありませんよ。何を焦っているのです? こんな方法ではなく、他にもっと良い方法がきっとあるはずです」

「悠長なことを。あの日から一体どれ程の時が経っていると思っているんだ。早急にあの御方を救わねば、我らはいずれ滅びるぞ」

「……わかりました。もう引き止めることはしません。それよりも大丈夫ですか? あの魔神を屈服させるのは、そう容易なことではありませんよ? あなた、戦いから身を引いてずいぶんと経っているでしょう?」

「それはお前も同じだろう。見くびるな。戦闘の訓練を怠った日は一度だってない。さあ、始めよう」


 この人達、一体何をしようとしているの……?
 そう思った矢先、またも意識が暗転した。


 ………………?


 気がつくとそこは見知らぬ場所だった。
 私は、そんな場所に仰向けで転がっていた。

「えっ? 何? ここどこ?」

 体を起こし、辺りを見回す。
 窓はなく、床には魔法陣……?とでもいうのだろうか、変な図形が描かれている。そして、それを囲むように不思議な形の燭台が四つ設置されている。
 はっきり言って、ヤバ過ぎる匂いがぷんぷんする部屋だ。

「ちょっと! マジでここどこ!?」

 怖くなって思わず叫んだ。すると……

「おい、まさか、こいつが例の魔神なのか?」

「……違うでしょう。魔力が全く感じられません」

 頭上から声がし、ギクリとして見上げる。
 そこには、大鎌を携えた全身黒ずくめの男と、大きな本を携えている全身白ずくめの男の姿があった。

「ひっ! もしかして、死神と天使!?」

 思わずそんな単語が口からこぼれた。

「何コレ!? どういうこと!? 私、もしかして死んじゃったの!?」

 あまりに不可解な出来事に盛大に取り乱す。

「……一体なんなんだ、こいつは?」

 黒ずくめの男が淡々とした冷ややかな声で、もう一人の男に問いかけている。

「おそらく、何かの間違いで召喚された……少女ではないかと……」

 白ずくめの男は困惑した顔で答える。

「なんだと? では、儀式は失敗したというのか?」

「は、はい……残念ながら……」

 何のことかわからず、私はただボーゼンとしていると、

「おい、娘」

 黒ずくめの男が、私の前に屈み込んで顔を覗き込んできた。

「いっ、いやあっ! 私、死神と地獄なんかに行きたくないッ! 死ぬならせめて、そっちの天使さんと天国に行きたいーッ!」

 ビビって後退り、白ずくめの男を指す。

「誰が死神だ。まったく、なんということだ。魔神・フィソステギアを召喚するつもりが、まさかこんな安い小娘を召喚して終わる結果になるとはな……」

 黒ずくめの男は淡々とした無感情な声で、落胆の言葉を吐く。

「や、安い小娘って何よ! そんなこと、死神に言われたくないんですけどっ! 死神はさっさと地獄にでも帰んなさいよ!」

 頭にきたので思わず言い返してしまった。

「死神死神としつこい奴だ。違うと言っているだろう。あまりしつこいと、本当に地獄に叩き落としてやるぞ」

 黒ずくめの男の目つきが冷たく鋭くなり、冷酷な表情になる。
 恐怖のあまり、思い切り後退った。

「落ち着いてください、アレックス! きっと突然の事態で彼女は動揺しているんですよ」

 白ずくめの男が制し、私の前に屈んだ。

「大丈夫ですか、お嬢さん? 立てますか?」

 手を取り、立ち上がらせてくれた。不思議と安心できる温かな手だった。混乱していた頭が、少しずつ落ち着きを取り戻していくのを感じる。

「僕は、ロートレック=ヘーレンス。彼は、アレックス=コールです。あなたの名前を教えていただけませんか?」

「あ……、有子、田中有子たなかゆうこです……」

 名乗り、二人を見比べる。
 へ~、よく見るとこの人達、結構イケメンじゃん。年は二十歳前後くらい……かな?
 でもさ……、かなりヘンな服着てるよね……。なんていうか、漫画とかゲームのキャラのコスプレみたいっていうか……。一体なんなのこの人達?
 ……あとさ、あんまり考えたくないけど、もしかしてこの二人、人間じゃない……? 耳が尖ってるし、額に宝石みたいな結晶が埋まってるし!

「ユウコさん……でよろしいでしょうか?」

「あ、はい」

 ロートレックさん……だっけ? この人の額の結晶は白だ。髪の毛は真っ白だけど、サラサラして綺麗だなぁ。左右で違う色の瞳がなんか神秘的。右が黒で、左が白っぽい灰色なんだね。その目がとにかく優しそうで、眼鏡が良く似合ってる。中性的で上品な顔立ちだから、ほんと天使みたいだよ。あと、この人の声! 柔らかい響きですっごい癒される。

「あの、どうかしましたか……?」

 不思議そうな顔でロートレックさんは訊いてきた。

「あ、いえ……、何でもないデス!」

 アブナイ、アブナイ。つい、見とれちゃってたよ。てか、私ってば動揺し過ぎだって。最後声が裏返ってたもん。

「ユウコとやら。お前は一体どこからやってきたんだ? なぜ、魔神・フィソステギアは召喚されんのだ? 速やかに全て答えろ」

 何こいつ? なんでこの人、初対面の相手にこんなに偉そうなワケ? ハッキリ言ってムカつくんだけど! この似非死神が!
 確かアレックスさんだっけ? あ、ムカつくから、さん付けなんかしなくてもいいや。っていうか、魔神・フィソ何とかって何よ? そんなの、私が知るわけないっつーの!

「おい、聞いているのか?」

 質問に答えない私に痺れを切らしたのか、アレックスは一歩近づいて訊いてきた。
 でもこの人、性格は悪いけど、見た目は結構カッコイイよね。額の結晶は黒かぁ。ツヤツヤの黒髪で、流し目っていうのかな、ちょっと鋭い切れ長の黒い瞳が色っぽいかも。なんていうか、クールビューティー系? あと、肌! え、何コレ、美白? ちょっと男にしては白過ぎる気がするけど、思わず触ってみたくなるくらい綺麗!

「……聞いているのか?」

 再び訊いてきた。相変わらず淡々とした話し方だが、心なしか少し怒っているみたいだ。

「あっ、えっと、私は、その……東京に住んでるんですけど……。その、魔神・フィソ何とかっていうのは、ちょっとわかりません……。っていうか、ここ、一体どこなんですか?」

 律儀にアレックスの質問に答え、ついでに一番知りたいことを質問した。

「まあまあ二人とも、こんな部屋で立ち話することもないでしょう。とりあえず、上に行きませんか?」

 ロートレックさんが穏やかに提案する。

「こんな部屋で悪かったな。ここは私の屋敷だぞ。……まあいいだろう。では上に行くぞ」

 アレックスはそう言うと一人でさっさと行ってしまった。自分勝手な奴だ。やっぱり見た目は良くても、性格が悪いとろくな奴じゃない。

「さあ行きましょう。こちらですよ」

「あ、はい……!」

 戸惑いつつも、ロートレックさんの後をついていく。
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