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第11章 エリザの帰省

第162話 線路は続くよⅢ テオドーラ村

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 あぁ、我々はなんと恩知らずなのだろうか。
 
 またお越し頂けたのだ。
 あの青年に…。
 いいや精霊様ご一行に…。

 1年と少し前、青年が旅の途中にこの村に立ち寄った。
 その青年はこの国では珍しい、勇者を思わせる黒い髪と黒い瞳だった。

 その時に彼は私の牧場に足を運び牛のお乳と、村で作っている乳を発酵したものを買ってくれた。
 そんなものをどうするのか聞くと、美味しい食べ物になると彼は満面まんめんの笑みを浮かべた。

 その食べ物は何もないこの村を変えた。
 王都に行く途中に広場の一部の場所を借り、野営するだけの場所。
 旅人は道で野宿するより、村の中の方が安全なので広場を借りる事が多い。
 そして場所代を払えば、誰でも一晩借りることが出来る。
 人数が多い商隊や貴族なら自分達で食事の用意をする。
 その時にでも村から野菜や肉を購入してもらえば収入にもなる。
 だからと言って宿屋や、食堂を作るほどの訪問者はいない。
 そんな高齢化と過疎化が進んだ場所。

 この村を変えたのは、あの青年だった。
 この村の牛と乳を使ったクリームシチュー。
 その食べ物の美味しい事ときたら…。

 そのクリームシチューの作り方を私は彼に頼んだ。
 この何もない村で作れればと…。
 だがそれを教えてもらえるほど、報酬も出せる訳もない。
 駄目で元々、そう思い彼に私は頼んでみた。
 すると彼は教えてくれた。
 しかも無償でだ…。
 料理のレシピを商業ギルドに登録すれば、開示の権利でお金になると言うのに。


 街に行っても匂いが強くて、誰にも相手にされなかった乳で作った保存食。
 それを使うと濃厚なクリームシチューが作れるようになった。
 この村でしか作っていない保存食を使い旅人に振舞った。
 それがいつしか評判となり、この村に寄ってくれる人が徐々に増えて行った。
 今では酒のさかなにもなり、パンなどの粉物にも合うと他の領から引き合いが絶えない。
それを気付かせてくれたのが彼だった。

 彼は普通ではなかった。
 広場に大きな一戸建てのログハウスを出して見せた。
 マジック・バッグでも、馬車1台分の容量があれば国宝級だと聞く。
 それも家1軒分だ。

 そして翌朝、気が付くとログハウスごと彼らはいなくなっていた。
 誰にも見られることもなく…。
 不思議なことだった。
 誰かが『村を救うために神様が差し向けてくださった精霊様だったのでは?』と、冗談で言った。
 後日、旅の吟遊詩人が話の種にその話をあちこちの街で広めてくれた。
 村人はもう会う事もないだろう、黒髪と黒い瞳の青年に感謝をした。



 それから村を訪れる旅人は日増しに増えて行った。
 村人は汗臭い畑仕事や苦労の絶えない酪農から離れ、旅人目当ての実入りの良い食堂や宿屋を始め出す。
 それでも始めた当初はよかった。
 しかし競合する店が多くなった。
 そしてこの村にはクリームシチューを扱う食堂と宿屋ばかりになった。
 それでは成り立たない。



 我々が感謝の気持ちを忘れたころ、彼はまた私のところへやってきてくれた。
 
 誰かが家の表の方に居るようだ。
 私は相変わらず酪農と畑仕事で暮らしている。

 すると1年間と変わらない、黒髪と黒い瞳の笑顔の青年が居た。
 以前一緒だった女性2人の他に女の子と、その子をお世話する侍女まで連れて…。
 彼が名付けた牛乳とチーズをまた分けてほしいと。
 私は驚き手に持っていた、野菜が入っていた籠を落としてしまった程だ。
 彼が私に話しかけるが、気が動転して上の空だ。
 だが分かったことは、彼が寂しそうな顔をしたことだ。
 きっと変わってしまったこの村を見て、彼は悲しんだのだろう。

 私は急いで村長のブレームス様のところに走った。
 ブレームス様にまた彼が来てくれたこと、牛乳とチーズを欲しがっていることを話した。
 村長はすぐに手配するようにと、みんなに声を掛け指示を出した。
 過剰に買い込みすぎて余っている牛20匹と、村人と連れ私は牧場に戻った。
 そしてシャルエル教会の司祭様も丁度、村長様の家に他の用事で来ており、『精霊など居る訳が無い。私が見極めよう』と言い一緒について来た。

 そしてたくさんの牛を連れた私を見て驚いたのか、女の子の精霊が彼に何か言っている。
 するとどうだ。
 あんなに精霊なんて居ない、と豪語していた司祭様が突然、彼の前に進み出てひざを付き両手を胸の前で組んだのだ。
 私達は慌てて、同じようにひざを付いた。
 すると彼は困ったように

 あぁ、司祭様が膝と付くと言う事は、司祭様以上の存在。
 女神様、いいや彼は男性だ。
 それではやはり彼は精霊様だったと言う事か。
 村長のブレームス様が、精霊様に挨拶している。
 精霊様はご自身の名前を名乗ろうとした。
 すると突然、司祭様がそれを遮った。
 どうして?

 そ、そうか?
 精霊様のお名前には、きっとお力がある。
 もし私達がその『真名』を聞いたら、私達が耐えられないかもしれない。
 それを危惧され止めて頂いたのかもしれない。

 時間がなかったので、生きたまま牛をお持ちしたが…。
 さすがに生きたままの牛では、供物にはならなかったか?
 それ以前に精霊様に牛が供物になるのか?
 生肉が結びつかない。
 煮込んだ肉なら良いのか?悩むところだ。

 そんなことを思案していると、彼は乳搾りをみんなでやりたいと言う。
 やはり生きている牛では駄目だったか…。
 妖精の女の子が乳搾りをやりたいらしく、その後は精霊様と村人達で牛の乳を搾った。
 楽しい時間を、みんなで過ごした。

 そして妖精の女の子と彼が話を聞いてしまった。
 彼に付き従うのは彼を守る弓の精霊、剣の精霊、の精霊。
 小さい女の子は生まれたばかりの精霊と、それを守る精霊様だと言う事を。

 その話を近くて聞いていた何人かの人達は思った。
 このことは誰にも言うことは出来ない。
 妖精が遊びに来ることは稀にあっても、護衛付となれば高位の妖精だからだ。
 今日のことを心に刻み忘れてはいけないと。

 そして精霊様は乳とチーズの代金を下さると言ってくれた。
 しかしもらう訳にはいかない。
 村の人達が代金を拒んでいると精霊様はこう言われた。
『恵みには応えなければいけないい』
 そうだった。

 精霊様にも都合がある。
 その言葉を聞いて、我々も渋々代金を頂いた。
 我々用の貨幣をどこから手に入れているのはわからない。
 だがその苦労をかんがえると申し訳ない思いだった。


 乳絞りも終わった。
 どうやら精霊様は前回と同じように、広場に行かれそこで休まれるようだ。
 だがもう広場はない。
 欲に駆られ空いていた広場に食堂を建ててしまったのだ。
 そのため、もう以前とは違い野営にくる旅人もいない。

 私は精霊様のお休みになる場所を奪った、村人の1人であることを痛感した。
 仕方なくもう広場はないことを説明し、牧場の空いているところを使って頂くように話した。




 朝になった。
 まだ陽は上っておらず辺りは闇に包まれている。
 私は家のドアを開け、外を確かめる。
 何度も眠れずに、その夜は確かめたものだ。
 精霊様のログハウスを…。

 何度目のことだろうか?
 そこにあったログハウスが跡形もなく消えていた。
 そして以前と同じように音もなく、精霊様は行かれてしまった。
 まるで最初からそこに、何もなかったように…。

 残っているのはログハウスの跡だけだった。
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