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真相㊷~男爵令嬢・エミリーバーマン視点⑤~
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「さあ、行きましょう」
「え?」
驚きに呆然としていたら、とっくにローブを脱いだセレナ様が私を促す。
「今からなら走っている彼女より先にショーワール邸に着くわ。ここまで見たのだから、彼女が作戦通りに出て行くかも気になるでしょう?」
彼女よりも一足早くショーワール邸に着いた私とセレナ様は、夫人により裏口から邸内へと招かれたわ。
誰にも見られないよう注意しつつ、廊下を進むとショーワール子爵が室内を行ったり来たりしているのを見た。扉に隙間が出来ていて、そこから見えたの。青い顔をしている彼は、娘を病弱と騙って侯爵令息に当てがった男ではなくただの父親だった。
「旦那様、奥様! お嬢様がお帰りです」
使用人の声に、子爵は弾かれたように駆け出す。夫人はそれにゆっくりと付いて行く。私とセレナ様も彼らに気付かれないように玄関に向かった。
ミガッティは門のところで、子爵夫妻に抱きしめられていた。
「パパ、ママ……」
「どこに行っていたの!? まぁこんなに泥だらけで!! しかも体もすっかり冷えてしまって……!」
「何か恐ろしい事でもあったのか? 言ってごらん、私達が守ってあげる」
「うわーん……ご、ごめん……ごめんなさい」
号泣する声が、私達のいる場所にも聞こえてきた。
そして邸内に入ったミガッティは、両親にさっき見た事を話していた。
「我々の娘を邪神の生贄に、だと!?」
あの声は疑っていないわね。本当に怒っている。
夫人は、大丈夫かしら? と見ていたら
「怖かったわね、すごく傷ついたわね。……でも無事で良かったわ。
大丈夫、リュシオンの事はお父様が計らってくれるわ。……でもね」
ごくり、と知らず固唾をのむ。ここからが作戦の正念場だから。……ショーワール夫人は、我々の作戦通りに動いてくれるかの。
結果は想像以上だった。
「ママは思うの。彼1人をどうにかしても、彼はほんの末端よ。きっと他にも仲間はいて、ミガを狙ってくるって」
「その為には……ミガは遠くに行かないといけないと思うわ。だからどうか……さっきのお話、受けてみない?」
……どう見ても心配しているようにしか見えない。
子爵夫人は聡明な方だと聞いてはいたけど、もしかしたら情に負けてペラペラ話しちゃうんじゃあ…と心配していたけど、セリフに淀みがない。
私も事実を知らなかったら、あれが演技なんて思わないわ、すごい。
……そう思う私は間違っていないと思う。
だって“嘘は方便”って東の国のことわざにあるくらいですもの。親が“子供の事を思って”付く嘘は悪くない筈よ。当然一番良いのは噓をつくような状況にならない事だけど。
「パパからも頼む。ミガに危険な思いをして欲しくないんだ」
こっちは心底、心配しているようね。子爵がオカルト好きだなんて知らなかったわ。
2人にジッと見つめられたミガッティは、
「分かったわ。……私、その施設に行く」
ハッキリとそう、宣言した。
夜に紛れるように荷物を馬車に詰め込み、屋敷を去って行く子爵とミガッティ。
それを陰に隠れて見送ったセレナ様と私。
全てを見届けた後、私の内にあったのは“これ、夢とかじゃないの?”という思いだった。
信じ、られない……。本当に両方とも、シナリオ通りにかたづいた。
それも誰も死んだり、犠牲になる事も無く。
「今の彼女は気づかないでしょう。急に決まった逃避行なのに、施設のある場所に行く最短ルートがあることも、宣言する前にあらかたの荷物が用意されていることも」
あの施設は入居する前に、所持品をチェックされる。その確認で足止めされるケースもあるのだが……今回は問題なく、スムーズに通れる。
その不自然さに気付くことがあっても、それは施設に入って暫く経った頃だろう。
それすらも……彼女の手の内。
あの……貧しく醜い、男爵令嬢の。
「ねえ、バーマン男爵令嬢」
声をかけられてハッ! と我に返りセレナ様を見た。―――無意識に握り込んでいた拳が、手の平に傷を作る前だった。
そんな私にセレナ様は微笑んでいらした。それは貴族社会では完璧と言われる微笑。……心の内を見せまいとするものだ。
つまり……私に対して、見せまいと思う“何か”があると?
―――あの笑みの下で、何をお考えなのか。
と、思っていたら、その笑みを崩すことなく、私を見つめたままでこう一言おっしゃった。
「だから、もう止めてね?」
「え?」
驚きに呆然としていたら、とっくにローブを脱いだセレナ様が私を促す。
「今からなら走っている彼女より先にショーワール邸に着くわ。ここまで見たのだから、彼女が作戦通りに出て行くかも気になるでしょう?」
彼女よりも一足早くショーワール邸に着いた私とセレナ様は、夫人により裏口から邸内へと招かれたわ。
誰にも見られないよう注意しつつ、廊下を進むとショーワール子爵が室内を行ったり来たりしているのを見た。扉に隙間が出来ていて、そこから見えたの。青い顔をしている彼は、娘を病弱と騙って侯爵令息に当てがった男ではなくただの父親だった。
「旦那様、奥様! お嬢様がお帰りです」
使用人の声に、子爵は弾かれたように駆け出す。夫人はそれにゆっくりと付いて行く。私とセレナ様も彼らに気付かれないように玄関に向かった。
ミガッティは門のところで、子爵夫妻に抱きしめられていた。
「パパ、ママ……」
「どこに行っていたの!? まぁこんなに泥だらけで!! しかも体もすっかり冷えてしまって……!」
「何か恐ろしい事でもあったのか? 言ってごらん、私達が守ってあげる」
「うわーん……ご、ごめん……ごめんなさい」
号泣する声が、私達のいる場所にも聞こえてきた。
そして邸内に入ったミガッティは、両親にさっき見た事を話していた。
「我々の娘を邪神の生贄に、だと!?」
あの声は疑っていないわね。本当に怒っている。
夫人は、大丈夫かしら? と見ていたら
「怖かったわね、すごく傷ついたわね。……でも無事で良かったわ。
大丈夫、リュシオンの事はお父様が計らってくれるわ。……でもね」
ごくり、と知らず固唾をのむ。ここからが作戦の正念場だから。……ショーワール夫人は、我々の作戦通りに動いてくれるかの。
結果は想像以上だった。
「ママは思うの。彼1人をどうにかしても、彼はほんの末端よ。きっと他にも仲間はいて、ミガを狙ってくるって」
「その為には……ミガは遠くに行かないといけないと思うわ。だからどうか……さっきのお話、受けてみない?」
……どう見ても心配しているようにしか見えない。
子爵夫人は聡明な方だと聞いてはいたけど、もしかしたら情に負けてペラペラ話しちゃうんじゃあ…と心配していたけど、セリフに淀みがない。
私も事実を知らなかったら、あれが演技なんて思わないわ、すごい。
……そう思う私は間違っていないと思う。
だって“嘘は方便”って東の国のことわざにあるくらいですもの。親が“子供の事を思って”付く嘘は悪くない筈よ。当然一番良いのは噓をつくような状況にならない事だけど。
「パパからも頼む。ミガに危険な思いをして欲しくないんだ」
こっちは心底、心配しているようね。子爵がオカルト好きだなんて知らなかったわ。
2人にジッと見つめられたミガッティは、
「分かったわ。……私、その施設に行く」
ハッキリとそう、宣言した。
夜に紛れるように荷物を馬車に詰め込み、屋敷を去って行く子爵とミガッティ。
それを陰に隠れて見送ったセレナ様と私。
全てを見届けた後、私の内にあったのは“これ、夢とかじゃないの?”という思いだった。
信じ、られない……。本当に両方とも、シナリオ通りにかたづいた。
それも誰も死んだり、犠牲になる事も無く。
「今の彼女は気づかないでしょう。急に決まった逃避行なのに、施設のある場所に行く最短ルートがあることも、宣言する前にあらかたの荷物が用意されていることも」
あの施設は入居する前に、所持品をチェックされる。その確認で足止めされるケースもあるのだが……今回は問題なく、スムーズに通れる。
その不自然さに気付くことがあっても、それは施設に入って暫く経った頃だろう。
それすらも……彼女の手の内。
あの……貧しく醜い、男爵令嬢の。
「ねえ、バーマン男爵令嬢」
声をかけられてハッ! と我に返りセレナ様を見た。―――無意識に握り込んでいた拳が、手の平に傷を作る前だった。
そんな私にセレナ様は微笑んでいらした。それは貴族社会では完璧と言われる微笑。……心の内を見せまいとするものだ。
つまり……私に対して、見せまいと思う“何か”があると?
―――あの笑みの下で、何をお考えなのか。
と、思っていたら、その笑みを崩すことなく、私を見つめたままでこう一言おっしゃった。
「だから、もう止めてね?」
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