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真相㉞
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ここで彼女――ミガッティ・ショーワールと出会ったのはまさに偶然だった。
指定されたレストランへ行く途中、ザッと風のように自分の横を走り抜けた誰かがいた。後ろ姿と服装から、若い女性だと分かる。
この周辺には貴族の住居が多い。下手すると逆鱗に触れるかも知れないのに、落ち着きのない人もいるなぁと思っていたら後から
「ミガちゃぁ~ん、待ってぇ」
と追いかけるイケメンが目に入る。
どこかで見たようなイケメンだな……?
う~んとしばし悩んだ後あ・爬虫類好きの新聞王だ! と思い出した。
そして同時に大まかな状況を把握し、にやりと口元を歪めた。
察するに、さっき走って行ったのはかの自称病弱令嬢だろう。多分間違いない。そして新聞王の特殊な趣味を知って、進められたか抱いてみて欲しい、とか言われて逃げ出した――ってところか。
「しっかし、どこが病弱何だか」
風のような見事な走りっぷりである。
「確かあのレストランがあるのも、あっちだったっけ」
うわああ、何と言う偶然! こんな事ってあるんだ!
と脳内で感動の嵐を巻き上げながら、彼女たちが走る方向に向かったのだが……。
そこはまさに、あのレストランの前で。
大勢に見守られる中、トカゲを抱えたイケメンにジリジリと距離を詰められ、真っ青になっているミガッティ・ショーワールという場面に出くわした。
この子が自称・病弱令嬢さんか。とマリアンヌは冷静に観察する。
可愛い系の服に折れそうな体型と愛らしい……だろう顔立ち。全体が甘ったるい砂糖菓子を想起する。
そんな彼女は、イケメンの腕に抱かれているトカゲに恐怖で顔を引きつらせていたが、何かに気付いたようにほっとした表情になると人ごみに叫ぶ。
「ド、ドッチィ! 助けて……! ドッチィ!?」
お? とマリアンヌも彼女が見ている方を見たら、ミガッティに近づこうとしているドッチィがいた。……が、彼もトカゲを見た途端にフラフラ~と、その場に卒倒してしまった。そんな彼にミガッティが毒づく。
「何よ、使えない!」
本来なら可憐だろう顔が、醜悪に歪んだ。
そこでチラ、と群衆の向こうにあるレストランを見る。正確には底にいる筈の人物を探す。と……いた。セレナがあたかもドッチィを追いかけてきたといった体で、ジーリッツと共に外に出て来ている。
そこまで把握し……マリアンヌの直感が告げた。
―――これは“チャンス”だ。これだけ役者が揃い舞台も整っている。
ならば……一発、乗るしかない! と、マリアンヌは気持ちをキモデブスモードに切り替え、群衆をかき分けて彼らに近づいた。
「ドッチィ様! 何ておいたわしい、しっかりしてぇ!!」
思い切り泣きわめきながら、彼しか見えないとばかりにその体を抱きかかえ、恥も外聞もかなぐり捨てたように彼の名を呼ぶ。
そんなマリアンヌの耳に聞こえたのは、予想通りのセリフだった。
「……何? このデブ」
その瞬間、マリアンヌの目尻に涙が浮かぶ。
傷ついたのではない。笑いを必死にこらえていたのだ。見下す視線も冷たい声も、あまりに思い通りの、願い通りの反応を返してくれる事が嬉し過ぎた。そんな気分を引き締めつつ見上げた顔も、また予想通りだった。
本当ならパッチリしたとか評される目。でもその真ん中の瞳は、明らかに下等なモノに向ける蔑んだもの。
そして形だけなら魅惑的に見える筈が奇妙に歪んでいる。言葉にしたら……“なんて滑稽なの?”ってところかな。
と、そこまで分析した後、マリアンヌが目を向けたのは新聞王だった。
「え、何?」
「……貴方、トカゲちゃんを早くお家に帰してあげないと。繊細なのにこんな人目の多いところに連れて来てはいけません。震えてますよ?」
「え? ご、ごめんよブラン! 君、教えてくれてありがとう! ミガちゃん、悪いけど今日はこれで!」
バタバタと、新聞王が去った後。
「あ、あなた確か、ドッチィ様のご友人ですね! 誰か呼んできてもらえますか?」
すがるように言ったマリアンヌを、ミガッティは非常に切り離す。
「イヤよ、もうドッチィなんて、いらない」
冷淡に言い切るミガッティ。……そうくるかと思いつつも、顔は戸惑った風を装った。
「は?」
「もういらない、必要ないの。貴女も面倒なら適当に転がしといて?」
冷たい顔であんまりな事を言う。
おーいおいあんた、その言いぐさは無いんじゃない?
彼は長年、誰よりもあんたを大事にして来て、優先し続けていたんだよ?
そこにどんな理由があっても……あんたが不要だと言える理由はないはずだ。だってあんた、彼の好意によっかかってたんだから。
なのに……いらない、って言えるのなら、あんたはその価値を知らないって事だ。
そう、……何も知らない人。
自分が与えてもらっているあらゆる事を、当たり前みたいに受け入れ続けて、それに魅力が消えればおもちゃのように捨てられる人。
そんな彼女を例えるなら……これだろう。
と思いついたままにそれを言った。
「ああ……あなたが、“赤ちゃんみたいな幼馴染”のミガッティ様?」
指定されたレストランへ行く途中、ザッと風のように自分の横を走り抜けた誰かがいた。後ろ姿と服装から、若い女性だと分かる。
この周辺には貴族の住居が多い。下手すると逆鱗に触れるかも知れないのに、落ち着きのない人もいるなぁと思っていたら後から
「ミガちゃぁ~ん、待ってぇ」
と追いかけるイケメンが目に入る。
どこかで見たようなイケメンだな……?
う~んとしばし悩んだ後あ・爬虫類好きの新聞王だ! と思い出した。
そして同時に大まかな状況を把握し、にやりと口元を歪めた。
察するに、さっき走って行ったのはかの自称病弱令嬢だろう。多分間違いない。そして新聞王の特殊な趣味を知って、進められたか抱いてみて欲しい、とか言われて逃げ出した――ってところか。
「しっかし、どこが病弱何だか」
風のような見事な走りっぷりである。
「確かあのレストランがあるのも、あっちだったっけ」
うわああ、何と言う偶然! こんな事ってあるんだ!
と脳内で感動の嵐を巻き上げながら、彼女たちが走る方向に向かったのだが……。
そこはまさに、あのレストランの前で。
大勢に見守られる中、トカゲを抱えたイケメンにジリジリと距離を詰められ、真っ青になっているミガッティ・ショーワールという場面に出くわした。
この子が自称・病弱令嬢さんか。とマリアンヌは冷静に観察する。
可愛い系の服に折れそうな体型と愛らしい……だろう顔立ち。全体が甘ったるい砂糖菓子を想起する。
そんな彼女は、イケメンの腕に抱かれているトカゲに恐怖で顔を引きつらせていたが、何かに気付いたようにほっとした表情になると人ごみに叫ぶ。
「ド、ドッチィ! 助けて……! ドッチィ!?」
お? とマリアンヌも彼女が見ている方を見たら、ミガッティに近づこうとしているドッチィがいた。……が、彼もトカゲを見た途端にフラフラ~と、その場に卒倒してしまった。そんな彼にミガッティが毒づく。
「何よ、使えない!」
本来なら可憐だろう顔が、醜悪に歪んだ。
そこでチラ、と群衆の向こうにあるレストランを見る。正確には底にいる筈の人物を探す。と……いた。セレナがあたかもドッチィを追いかけてきたといった体で、ジーリッツと共に外に出て来ている。
そこまで把握し……マリアンヌの直感が告げた。
―――これは“チャンス”だ。これだけ役者が揃い舞台も整っている。
ならば……一発、乗るしかない! と、マリアンヌは気持ちをキモデブスモードに切り替え、群衆をかき分けて彼らに近づいた。
「ドッチィ様! 何ておいたわしい、しっかりしてぇ!!」
思い切り泣きわめきながら、彼しか見えないとばかりにその体を抱きかかえ、恥も外聞もかなぐり捨てたように彼の名を呼ぶ。
そんなマリアンヌの耳に聞こえたのは、予想通りのセリフだった。
「……何? このデブ」
その瞬間、マリアンヌの目尻に涙が浮かぶ。
傷ついたのではない。笑いを必死にこらえていたのだ。見下す視線も冷たい声も、あまりに思い通りの、願い通りの反応を返してくれる事が嬉し過ぎた。そんな気分を引き締めつつ見上げた顔も、また予想通りだった。
本当ならパッチリしたとか評される目。でもその真ん中の瞳は、明らかに下等なモノに向ける蔑んだもの。
そして形だけなら魅惑的に見える筈が奇妙に歪んでいる。言葉にしたら……“なんて滑稽なの?”ってところかな。
と、そこまで分析した後、マリアンヌが目を向けたのは新聞王だった。
「え、何?」
「……貴方、トカゲちゃんを早くお家に帰してあげないと。繊細なのにこんな人目の多いところに連れて来てはいけません。震えてますよ?」
「え? ご、ごめんよブラン! 君、教えてくれてありがとう! ミガちゃん、悪いけど今日はこれで!」
バタバタと、新聞王が去った後。
「あ、あなた確か、ドッチィ様のご友人ですね! 誰か呼んできてもらえますか?」
すがるように言ったマリアンヌを、ミガッティは非常に切り離す。
「イヤよ、もうドッチィなんて、いらない」
冷淡に言い切るミガッティ。……そうくるかと思いつつも、顔は戸惑った風を装った。
「は?」
「もういらない、必要ないの。貴女も面倒なら適当に転がしといて?」
冷たい顔であんまりな事を言う。
おーいおいあんた、その言いぐさは無いんじゃない?
彼は長年、誰よりもあんたを大事にして来て、優先し続けていたんだよ?
そこにどんな理由があっても……あんたが不要だと言える理由はないはずだ。だってあんた、彼の好意によっかかってたんだから。
なのに……いらない、って言えるのなら、あんたはその価値を知らないって事だ。
そう、……何も知らない人。
自分が与えてもらっているあらゆる事を、当たり前みたいに受け入れ続けて、それに魅力が消えればおもちゃのように捨てられる人。
そんな彼女を例えるなら……これだろう。
と思いついたままにそれを言った。
「ああ……あなたが、“赤ちゃんみたいな幼馴染”のミガッティ様?」
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