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あの日の出会い~公爵令嬢・アンナマリー・カトレア~

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 “冒険者など、出自も分からぬロクデナシの集まりだ”
彼らのことを話す時、あたかも汚らわしいもののように、お父様は話す。
 “いつも薄汚れていて、埃や泥にまみれた、食べるためにはどのような汚れ仕事でも行う者どもだ。しかし、彼らを取り仕切る冒険者ギルドは、どのような前科(まえ)があろうが関係無く、雇い入れている。……無法者共には都合が良いだろうが依頼をする側にとっては危険極まりない。……泥棒を家に呼び込むようなものだからな”
 さも憎々しげに仰るお父様。そのお言葉はきっと、正しいのでしょう。お父様がお間違えになる筈は、ないのだから。
“だから良いかアンナ! 冒険者などを同じ人だと思ってはいけない。彼らは彼らの世界で生きる者・我らとは違う次元で生きてる何かとして、必ず線を引いて接すること。それが我々、上位貴族の使命だ”
断言されるお父様に、わたくしは素直に頷く。お父様の仰る事なのだから、正しい事だ。
……そう、思っていた。


 でも、その日の夜。
“旦那様のお考えに、異議を唱える気はありませんが……”
  寝ようとするわたくしに、ばあやが布団を掛けてくれながら口を開く。いつも一緒にいてくれる優しいばあや。時には厳しいことも言われるけど、それはをわたくしのことを思ってくれるから。わたくしはばあやが大好き。
“どのように薄汚れていて、世間でどう言われている存在でも関係なく、キラリと光るものを持つ人間がおります”
“……光る?”
汚いのに、光る? きょとんとするわたくしに、ばあやはニッコリ笑って、
“はい。……ばあやはお嬢様が、そんな素敵な出会いが出来れば良いと思っておりますよ”
と額を撫でてくれた。


 そして……今、わたくしはこの国の王子殿下の婚約者だ。
妃教育は厳しいけど、不満や逃げ出したいと思う事は無い。これも未来の国の為と思えば力が入る。
そして……支えてくれる皆がいるから。
 与えてくれた優しさに、報いよう。そのために頑張ろうと思えるのだ。

 
 「合宿、楽しゅうございましたわね!」
「本当に……。でも私、あまり眠れなくて。馴染んだ部屋の方がやっぱり、落ち着きますわ。アンナマリー様はいかがでした?」
「そうですわね。わたくしもちょっと眠れなかったかしら」
 馬車の中で、ご令嬢2人と会話を楽しむ。普段ならおしとやかに振る舞うわたくし達だけど、気心がしれた者同士。そして今は馬車という密室の中。ややだらけた感じになっている。
 今日まで3日間、わたくし達王立学園の2年生は学園の所有する保養所で合宿だった。
この国で子供は、15~18歳迄の間、学園に通うことになっている。
 特に強制はしていないが、貴族の大半は子供達を通わせている。卒業後の人脈作りのためだ。そんな場所だから合宿と言っても目的は交流だ。しかし学園からも実家からも離れた慣れない場所で生活するのは、新鮮だが疲れるもので。
 ……だから、気がつくのが遅かった。
馬車が来た道から、どんどん離れていっていることに……。


「ところで……アンナマリー様、本当に良いんですか? あの男爵家の娘を放っておいて」
ぶーとむくれた顔になり、サリー嬢がわたくしに言う。
“あの男爵家の娘”と言うだけですぐにピンときた。それほど彼女は目立っていた。
……ただし、悪い意味で。


「……それはアイリス・ケーチャー嬢の事かしら」
問いかけると、サリー嬢は一気に背筋を伸ばし、くい気味なほどの勢いでまくし立てた。
「はい! あの身の程を弁えず、高位貴族であれば誰彼構わずちょっかいをかけまくる男爵家のアイリス・ケーチャー嬢の事です!! そしてこの度の合宿にいたってはアンナマリー様の婚約者である王子殿下にまで馴れ馴れしく接してきた不届き者です!」
 

 男爵令嬢・アイリス・ケーチャー。
下級貴族の令嬢でしかない彼女が、ここまでその名を広めた理由は主に2つ、だ。
 1つは“素晴らしいアイデアの発案者”。
彼女が提供するアイデアは今まで誰も考えなかったもので、国に貢献したことも数え切れない。
 それだけなら時代の寵児と崇められる。全ての人に良い方向に受け容れられるだろう。……が、そこでもう1つの理由が邪魔をしてくる。それは、
“将来有望な男性。――しかも美男子にだけちょっかいをかける腹黒女”
というものである。
 高位貴族の令息達に、あたかも長年の友人のように馴れ馴れしく声をかけてはあたかもその体に密着したりする。
世間知らずな見かけに反し、体と欲情だけは普通な彼らにとっては毒でしかない。それが不敬に値するのだと忠告をしてもどこ吹く風。どころか逆ギレし“○○嬢がわたしに意地悪するー!”とギャン泣きして見せる有様だ。
 そうやって自分は悪くないと、被害者だから守られるべきだと主張する彼女に、わたくしはただ、呆れるしかない。
 …………この方はどのような教育を受けていたのかしら?
名ばかり貴族の家に生まれた子が、到底手の届かない王子殿下に馴れ馴れしく接しても親の立場を危うくするだけだろうに。
しかも今、ちょっかいをかけているのは王子。わたくしの婚約者だ。公爵家を愚弄していると思われても仕方ない所業だ。
 なのに。それを考慮しても王子は、彼女が接近するのをいさめる気配はない。どころか、いさめようとする者を制圧しているのだ。
不満とは感じているけど……仕方ないかなと思う。
 だってわたくし達は、王家と公爵家によって決められた関係。他者が決めた婚約だ。そこに本人達の意思はない。だから殿下がわたくしを愛せないのは仕方が無い。
 「…………わたくしに、殿下をつなぎ止めることが出来ないのが悪いのですから……」
ため息に混じって、そんな事を言ってしまった。気まずい沈黙が流れる。
「そ、そう言えば最近、妹がまた“運命の出会い”なんて言い出して……!」
わざとらしい明るい口調で、今度はパンジー嬢が話し始めた。
えーと、パンジー嬢の妹さんというと……。
「チェリー様……でしたかしら」
「? でもこの前、イトコのお兄様に失恋されたのでしたわね?」
「その前は大劇場の人気俳優だったわ。……全く我が妹ながら、呆れるのを通り越して感心しております」
パンジー嬢は苦笑する。恋多き女性とはたくましいものだ。わたくしも見習った方が良いのかしら?
 でもこの話題ですっかり雰囲気は明るくなったわ。人様の恋バナは楽しいですものね。
「それで、相手はどんな方ですの?」
「それが……一緒にいた乳母が言うのには、酔っ払いに絡まれていたところを助けてもらったとか」
 何でも音もなく近付いて間に入り、引き離したらしい。更になおも絡もうとする男を避けたついでに軽く足払いをかけ、よろめいたところを逃げ出したそうだ。
 車内にきゃあ! と黄色い声があがった。
「何てロマンチック!」
 わたくしも何だか興奮してきた。
そんなロマンス小説のような出来事が起こるなんて。聞いているだけでこうなのだから、実体験されたチェリー様なら尚更だろう。もしかすると本当に運命の出会いなのでは……? とも、思ってしまう。
「それで? そのナイト様はどんな方ですの?」
でも、そこで何故かパンジー嬢は、少しだけ難しい顔になられて腕を組んだ。
「そこなのよ……それだけが問題点なの」
「問題、って?」
身を乗り出している私達に、しばらく迷っていたパンジー嬢だったけど渋々といって様子で口を開いて言った。



 「……男の方でなく、まだ10歳になったかどうか位の、女の子だったんですって……」
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