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早朝のお客様

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 日が昇る前に起きて、柔軟体操からの走り込み。コースはお屋敷の外周。
それには見回りも兼ねている。屋敷の周りには旦那様特製警報器と侵入者を瞬時に拘束出来る捕縛型結界が置かれているので問題ない。とは言われているけど、目で見ないと分からない事もある。現に、黒いローブを着たいかにもなご一行発見。
「何をされているのですか?」
 体格からして、全員男、歳は分からないけど、30~50歳あたりか。気配を消してすぅーっと近付いたせいか、皆さん驚いた様子でこっちを見た。中には飛び上がった人もいる。すいません、わざとです。
「……!? いつからそこに」
 色めきだつ彼らに、公爵家の使用人として教わった通りの礼をする。
「失礼致しました。旦那様……もといクラウディア公爵にご用でしょうか? 先触れはお済みですか? 誠に申し訳ございませんが、ただいま主は就寝して」
「貴様、公爵家の者か……」
話を遮って1人が呟いたのに、隣にいる男が
「こりゃあ、手間が省けそうですね、兄貴?」
フードの下から見える唇をニヤリ、と片方に上げた。サッと腰からナイフを出し、見上げる私の顔面に突きつける。鋭い切っ先が今にも目に突き刺さる距離にある。
「助けを呼んでも無駄だぞ」
「どうやらここの使用人のようだが、ここにいたのが運の尽きだな」
「死にたくなければ、屋敷の中に案内してもらおうか」
 ……やはり、あやしい人だったか。旦那様のご予定は予めアントニオさんを通して伝えられている。旦那様のお客は気まぐれな方が多いけど、その事も踏まえて伝わっているからそうだと思っていたけど。
クル、と首を曲げて切っ先を躱してから身をかがめた。
「な、に――?」
 動揺している隙をついて腰に手を入れてから、握ったクナイを大きな手に叩きつける。
「うっ!」
ポロ、とナイフが落ちたのを蹴飛ばせば、植え込みの中に落ちていった。
間を空けず向かってくる巨体を避けて再びクナイを数本握り、一気に背後にいる2人に放つ。2人は小さくうめき、肩や脇腹を押さえて昏倒した。
「魔力持ちの方から、先に失礼させて頂きました」
「な……!魔法使いが分かるだと!?」
「油断するな、やれ!!」
 残りの3人が剣を抜く。子供相手に躊躇いもないあたり“慣れている”人のようだ。ビリビリとした殺気を肌に感じる。まだ日の昇らない薄暗さと相まって、緊張感が高まる。
「多少傷付けてもかまわねぇ! 人質にとれ」
次々と降りかかる剣撃を躱し、体の小ささを利用して相手の死角に入ると剣を持つ手や手首を斬る。倒れかけた首の後ろにクナイの柄を思いきり、叩き込んだ。1人、2人と倒れていき、全員が地面に倒れたのを確認し、動けないように拘束する。     
 時計を取り出して、時間を確かめた。
「……3分ロスかぁ……。魔獣相手とは、勝手が違いすぎるな……」
 師匠がいたら、“この未熟もん!”と張り手されてしまうだろう。ふう、まだ頑張らないと。
 そんな事を思っていたら、
「チヨ、どうしたのです?」
マーサさんがお庭に出て来ていた。手に箒を持っているところを見ると、お掃除されていたようだ。マーサさんは何かを言いかけ、そこで男達に気付いてギョッとする。
「! この男達は!?」
「あ、あまり近寄らないで下さい」
走り寄ろうとされるのを慌てて止める。拘束はしてあるけど、魔力持ちがいるから油断は出来ない。マーサさんが人質に取られてしまうかも知れない。
「これ、まさか……お前が?」
顔色を変えて、指を指して震えているから、なるべく穏やかに、簡潔に答えることにした。
「はい。声をかけたら攻撃してきたので。……出来ればアントニオさんに来て頂きたいのですが……。そして警備兵さん達を、お呼び頂けますか?」


 私が倒した賊を、警備兵達に引き渡し。
マーサさんとお掃除をしていたら、皆で書斎に集められた。先刻警備兵から報告が届いたらしい。
「隣国で手配されてた盗賊だったって」
 かなり派手に荒らし回っていたそうだ。仲間に魔法使いがいた為、警備を強化してもなかなか捕まえられなかったらしい。
けど暴れすぎたせいで裏社会にも目をつけられることになり、逃げるようにこの国に流れてきたそうだ。
 商団を装って入国したまでは良かったけど、この屋敷の一見地味な様子に“ここはイケそうだ”と目をつけ、様子を伺っていた。そこに私が通りかかり……今に至る。
「この屋敷を狙う時点で、よそ者ですと言ってるようなものですな」
 アントニオさんが言う通り、この屋敷の警備の厳重さは知れ渡っている。旦那様に普段流されているうわさと相まって、リアリティは増すばかりだ。そこにあえて忍び込み、財産を奪おうなどと、自殺行為でしかない。
「ところで、お前、魔力持ちが分かるの?」
旦那様のご質問に、私は少しだけたじろいでしまう。
「確実に、ではないんですけど……」
 今回は何とかなったけど、これはほぼ自己流の分析だから。堂々とは言いにくいんだ……。


 昨今は詠唱なしで魔法を発動出来る人が増えた為に、魔法を発動する前に攻撃するという手段が使えなくなった。けど、そこで考えられるようになったのがその人の持つ癖で、見極める方法だ。
魔法を使うぞという時、彼らはまず、体内に魔力を巡らせるとか。その際に出る癖・些細なしぐさ等を見抜く事で、魔力発動前の攻撃が可能となる。
 私はそれに上乗せして、周囲の反応を観察している。
魔法使いがいるパーティや盗賊団は、いないそれに比べてやや余裕がある。けど何かあった時に、無意識にだけど必ず特定の“誰か”に注目するんだ。今回はそれが背後だった。
「まぁとにかくやったじゃん☆」
リリアンさんがニンマリと笑って、私の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「あんたみたいなガキが旦那様の護衛するって聞いた時、正直まっさかー、って思ってたけどマジで実力あったんだな!」
「本当、あの人数を1人でなんて、普通の大人でも出来ないわよ!」
マリーさんも瞳をキラキラさせて興奮気味に褒めてくれる。普段冷静な人が珍しい。そんな2人に、
「そ、そんな……私は別に……」
 さっきとは違う意味で、口ごもってしまった。……どうしよう、何だか、すごくくすぐったい、というか照れくさい。こんなに手放しで褒めてもらえる事、あんまりないからな……。
 でもマーサさんだけは、違った。何故か怒った顔で私の前にしゃがみ込むと、両肩に手を置いて言う。
「ですがチヨ。今回は無事だったから良かったですが、あまり1人で無茶をしてはいけませんよ。もし大きな怪我でもしたらどうします?」
「…………」
「どうしましたか?」
急に呆けてしまった私に、マーサさんが怒った顔のまま問いかけられた。
「あ、いえ……。“無茶をするな”って言われたこと、今までなかったので……。父達はどんな時も“金はもらえるのか?”だけで、師匠は無茶ぶりしてくるお方ですから……」
ちょっと新鮮だった。
 そう言ったら皆さんは何だか驚いたように目を見開いた後、苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「聞けば聞く程お前の周りって、鬼しかいないん?」
「……子供が怪我をしたら、親は心配するものなのよ?」
マリーさんは諭すように言ってくれるけど、
「……私は“引き取ってもらった子供”だから……普通は望めないので」


 お姉さんも言っていた。
“姉妹で扱いが違うなんて、結構どこでもある事なのよ?”
皆に愛されるヒロインで、お父さん達にも大切にされているお姉さん。彼女が言うのだから、間違いないのだろう、と思う。
 “私が前にいた世界でもそうだったわ。……でも、それを乗越えている人もいるの。だからチヨも乗越えなきゃ! 何ていっても、アンタはモブなんだし。私は『家族仲良く暮らしていたヒロイン』だからお父さん達とケンカしたくないの”
――だから、何もしてあげられないけど、ごめんね?
 そう言って、笑っていた。


……そう言えばお姉さん、どうしているんだろう? 
 来年からお姉さんは、学校に通うことになる。彼女言うところの『ゲーム開始』だ。
 私はお姉さんを、複数の美男子が取り囲んでいる所を想像する。
『ヒロイン』なだけあって、お姉さんはとても可愛い。ふわふわした金髪に、マシュマロみたいな白くてふっくらした肌、睫の長くて大きな緑色の瞳。細身で小柄なのも、『今にも折れそうで守って上げたくなる』って、牛乳配達のお兄さんが言っていた。そんな彼女を美男子達が囲んでいる所は、童話の中のお姫様と王子様みたいで、きっと絵になる光景だろう。
 でも…………私にはあまり、それが幸せと呼べるのか、分からない。私がモブ、だからかな?
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