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真相②
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いきなり泣き出した門番に、マリアンヌは慌てて彼の顔をのぞき込む。
「どうしたの? 何か苦しい事とかあった?」
オロオロする彼女に、門番は悩みの種である公爵家の問題を話した。
「良く来てくれたねマリアンヌ。……おや? お茶とお菓子はお気に召さなかったかな? 君の好きな物をと言ったのだが」
「……話をお聞きしてからと思いまして」
応接間に現れたスタン公爵は、丸っきり手つかずの茶菓に少し驚く。
確かにお茶もお菓子も良い匂いを漂わせている。普段のマリアンヌなら目を輝かせている処だが、今は何故かそうならない。
普段の笑みは消え、真剣な表情になったマリアンヌは公爵を真っ直ぐ見つめて言う。
「門番さんから、おおまかな事情は聞きました。セレナはどうしているんですか?」
「心労で、すっかり参っている」
「それって……」
門番から聞いた話を思い出し、“王太子さまが原因で?”と言いかけたが、その前に公爵が頭を抱えた。いつも気さくで余裕のあるところしか見ていなかったので、そんな彼は初めてだ。
「あの王太子は……」
公爵は語る。
学園の卒業パーティの最中に、王太子は長年婚約関係にいたセレナに婚約破棄を告げた。
別の令嬢に対して“真実の愛”に気付いたのが理由らしい。
「なんでまた、そんな大勢の前で言ったりしたんですか」
マリアンヌの問いに、公爵の眉間のしわが更に寄った。
「ルル・ティアーズ……その男爵令嬢の差し金だ。“私を愛してくれるなら当然出来るでしょ?”と唆されたらしい」
しかしセレナはそんな理不尽に泣き出すどころか、“承知しました”と返してカーテシ―をして立ち去った。だが……。
「馭者の言うには、馬車の中からずっと忍び泣きが止まらなかったそうだ……」
マリアンヌは、膝の上で拳をギュ、と握り絞めた。――可哀相なセレナ。
次に怒りがフツフツと湧いてくる。
……ひどいよ王太子様、ずっと婚約者として頑張ってきたセレナを、そんな形で裏切るなんて。どうせ傷付けるにしても、もっとやり方があるじゃないか。
大体その男爵令嬢? その子もだ。何が“愛してくれるなら”だ。人の婚約相手を横取りしておいて。
「その後もセレナを見かける度にやって来て“王太子様に愛されてしまってごめんなさい”だの“捨てられた中古品を拾う男なんているのか”などと言ってきていたらしい」
という話を聞いて、更に怒りは増した。
「その女……セレナに何か、恨みでもあるんですかね……」
“その女”で十分、いや女って言うだけ、親切かつ礼儀正しいと言いたい。
「小物程、勝ち取ったと思えば調子に乗る。父親の男爵も、娘が王太子に見初められていると調子に乗って上位貴族相手にも上からな態度だった。子が子なら親も親だ」
「王太子様は、そんなののどこを好きになったんでしょう?」
どう考えてもセレナより良いところがあるとは思えない。
「君も知っていると思うが、淑女というものは内心を外に出してはいけないと言われている。調べた話によるとその男爵令嬢は、かなりあけすけな態度をとっていたらしい。新鮮に思えたのではないか、と思う」
しかし、そんな歪んだ栄光は、呆気なく幕を閉じる。
王太子が婚約者にしたいと望んだとはいえ、相手は男爵令嬢。妃教育どころか最低限の知識もマナーも危うい相手だ。
国王夫妻は“息子が望むくらいだから、良い娘かも知れない”と婚約を許可しようとしたがそこで重鎮達が待ったをかけた。“せめて試用期間を設けて欲しい”“妃教育を施しその結果と、期間中の動向で決めても遅くはない”と提案してきたのだ。
そして、その期間に……ルルはやらかした。
妃教育をサボり、護衛騎士を誘惑したのである。現場に居合わせたのは、奇しくも王太子本人だった。
「うわ……。まぁそれで、そいつは婚約破棄になったんですね」
ざまぁ。人の婚約者にちょっかいだすからだ。
「配下に調べさせたところ、今は精神病院にいるそうだ。ヤクザの愛人と知らず関係を持ったらしくてね。……まぁ、相当な目にあったらしい」
またずいぶんと男好きな。それはともかくルル・ティアーズはそれで終わった。
しかし……全ては終わらなかった。
王太子がセレナに復縁を迫ってきたという。
前触れも寄こさず屋敷に押しかけ“復縁しろ”“君は僕を愛しているはずだ”等と一方的に喚き散らす。拒絶しても“そんな筈は無い”と否定する。
現婚約者のクレイルが間に入って難を逃れるも、次の日からはまた押しかけるわ、居留守を使えば逢えるまで帰らないと座り込まれるわ……。
マリアンヌの眉間のしわが、公爵と同じくらいに深くなった。知らない人が見れば驚いて逃げ出すレベルだ。
「セレナにはもう、クレイル君がいると言うのに……。国王ご夫妻から接近禁止のご沙汰を受けた。これで安心、と思っていたら」
そうため息交じりに呟いて、マリアンヌに紙の束を差し出す。
「連日、こんなに手紙を送ってくるようになった」
「読んでもいいんですか?」
許可をもらった後、封筒の中身を抜いた。
――王太子なだけあって綺麗な字だ。……ど~れ、ふむふむ……。
『愛するセレナ。私の心を救っておくれ』
「キモい」
『君の事を思うと、仕事が手につかない』
「仕事さぼりたいだけですね」
『クレイルと君は似合わない、早く別れろ』
「余計なお世話って感じ」
『私と君は、見えない糸で繋がってるんだ』
「さぶっ!!」
『君を腕ずくで奪いたくなる。私を罪人にしないでくれ』
「……犯罪予告……?」
ぽいぽいっと手紙を走り読みしながらコメントする。数百通あると聞いてからはコメントはなくなり“ずーっとこんな調子なんですか?”と訊いたら無言で肯定された為読むのを止めた。
王太子様ってもしかしてヒマ? と訊かなかっただけマシと思いたい。
「何でそこまで、セレナなんでしょう?」
王太子だ。相手なんて選り取り見取りだろう。
「それは私も考えたが……殿下が拘っているのはセレナではなく、“元の形”なんだろうな」
彼が“真実の愛”だと思ったのは、とんだガラクタだった。
自分は王太子で、いずれ国王となる人間。一時の間違いも許されない、責任のある立場だ。少しの傷も許されない。なのに選択を誤ってしまった。
この傷はどうすればなくなるのか? ……そうだ、元の形に戻せば良い。
セレナを再び元の立場に戻そう。それで全て元通りだ。
「セレナの心情など、まるで見えていない……」
「セレナ……」
マリアンヌは、ここにいない友達の事を思う。
王太子の婚約者に選ばれて、一生懸命妃としての教養を身につけようとしていたセレナ。
自分と同じ年なのに勉強やレッスン漬けで、偉い人って大変なんだなと子供ながらに思っていた。
そんなセレナを裏切ったクセに……復縁だと? ただのつきまといじゃないか。
ハニトラに引っかかった上に更に、問題を積み重ねているぞ。しかも肝心のセレナは寝込んでいる。なぁにが愛するセレナ、だ。
「今では国王ご夫妻と我々臣下の間でも、問題視されている程だ」
王太子がいつまでもこんな様子では、他国に示しがつきません。
この国にも諸外国の人間がいます。隙を与える事になりかねませんぞ――
「“もはや乱心した事にして、お隠れいただきたい”などと言う者もいる」
「それもありでしょうね」
先程までの話だけでも乱心者扱いで良い気がする。
キッパリ言ったマリアンヌに、公爵は苦笑交じりに言ってきた。
「君はそう言うがね。王太子殿下は本当は、有能な方なのだよ。仕事に関してだけは。だから国王ご夫妻も決断を渋って“もうしばらく信じてやって欲しい”と頭を下げられる。そうなるとこっちも……」
承諾せざるを得ないのだ。
「……つまり……その王太子殿下が、自分からセレナを諦めるか忘れてくれれば良いんですよね」
「それが理想だが……今の状態では無理だろうな」
「……忘れる魔法、ってないんですか?」
「あることにはあるが……。加減が難しくてな。間違ったら自分が誰かも分からなくなる」
国王ご夫妻は、それも恐れて渋って使わない。
はぁ、と公爵は何度目かのため息をついた。
「いい手はないものか……」
「手がないことはないけど、大勢で一致団結しないと出来ないでしょうね……」
「ああ。全くもって、頭が痛い……って、ちょっと待った」
公爵の目がカッ! と光る。
「今君……何て言った?」
とんでもない気迫を感じ、若干ビビりながら答えるマリアンヌ。
「……“一致団結しないと”?」
「……いや、その前のセリフ」
「……?……“手がないこともない”??」
「手があるのかね!?」
自分を見つめる公爵の眼光にたじろぎながら、でもキッパリと断言した。
「あります。ただしすっごーく穴だらけですが」
「どうしたの? 何か苦しい事とかあった?」
オロオロする彼女に、門番は悩みの種である公爵家の問題を話した。
「良く来てくれたねマリアンヌ。……おや? お茶とお菓子はお気に召さなかったかな? 君の好きな物をと言ったのだが」
「……話をお聞きしてからと思いまして」
応接間に現れたスタン公爵は、丸っきり手つかずの茶菓に少し驚く。
確かにお茶もお菓子も良い匂いを漂わせている。普段のマリアンヌなら目を輝かせている処だが、今は何故かそうならない。
普段の笑みは消え、真剣な表情になったマリアンヌは公爵を真っ直ぐ見つめて言う。
「門番さんから、おおまかな事情は聞きました。セレナはどうしているんですか?」
「心労で、すっかり参っている」
「それって……」
門番から聞いた話を思い出し、“王太子さまが原因で?”と言いかけたが、その前に公爵が頭を抱えた。いつも気さくで余裕のあるところしか見ていなかったので、そんな彼は初めてだ。
「あの王太子は……」
公爵は語る。
学園の卒業パーティの最中に、王太子は長年婚約関係にいたセレナに婚約破棄を告げた。
別の令嬢に対して“真実の愛”に気付いたのが理由らしい。
「なんでまた、そんな大勢の前で言ったりしたんですか」
マリアンヌの問いに、公爵の眉間のしわが更に寄った。
「ルル・ティアーズ……その男爵令嬢の差し金だ。“私を愛してくれるなら当然出来るでしょ?”と唆されたらしい」
しかしセレナはそんな理不尽に泣き出すどころか、“承知しました”と返してカーテシ―をして立ち去った。だが……。
「馭者の言うには、馬車の中からずっと忍び泣きが止まらなかったそうだ……」
マリアンヌは、膝の上で拳をギュ、と握り絞めた。――可哀相なセレナ。
次に怒りがフツフツと湧いてくる。
……ひどいよ王太子様、ずっと婚約者として頑張ってきたセレナを、そんな形で裏切るなんて。どうせ傷付けるにしても、もっとやり方があるじゃないか。
大体その男爵令嬢? その子もだ。何が“愛してくれるなら”だ。人の婚約相手を横取りしておいて。
「その後もセレナを見かける度にやって来て“王太子様に愛されてしまってごめんなさい”だの“捨てられた中古品を拾う男なんているのか”などと言ってきていたらしい」
という話を聞いて、更に怒りは増した。
「その女……セレナに何か、恨みでもあるんですかね……」
“その女”で十分、いや女って言うだけ、親切かつ礼儀正しいと言いたい。
「小物程、勝ち取ったと思えば調子に乗る。父親の男爵も、娘が王太子に見初められていると調子に乗って上位貴族相手にも上からな態度だった。子が子なら親も親だ」
「王太子様は、そんなののどこを好きになったんでしょう?」
どう考えてもセレナより良いところがあるとは思えない。
「君も知っていると思うが、淑女というものは内心を外に出してはいけないと言われている。調べた話によるとその男爵令嬢は、かなりあけすけな態度をとっていたらしい。新鮮に思えたのではないか、と思う」
しかし、そんな歪んだ栄光は、呆気なく幕を閉じる。
王太子が婚約者にしたいと望んだとはいえ、相手は男爵令嬢。妃教育どころか最低限の知識もマナーも危うい相手だ。
国王夫妻は“息子が望むくらいだから、良い娘かも知れない”と婚約を許可しようとしたがそこで重鎮達が待ったをかけた。“せめて試用期間を設けて欲しい”“妃教育を施しその結果と、期間中の動向で決めても遅くはない”と提案してきたのだ。
そして、その期間に……ルルはやらかした。
妃教育をサボり、護衛騎士を誘惑したのである。現場に居合わせたのは、奇しくも王太子本人だった。
「うわ……。まぁそれで、そいつは婚約破棄になったんですね」
ざまぁ。人の婚約者にちょっかいだすからだ。
「配下に調べさせたところ、今は精神病院にいるそうだ。ヤクザの愛人と知らず関係を持ったらしくてね。……まぁ、相当な目にあったらしい」
またずいぶんと男好きな。それはともかくルル・ティアーズはそれで終わった。
しかし……全ては終わらなかった。
王太子がセレナに復縁を迫ってきたという。
前触れも寄こさず屋敷に押しかけ“復縁しろ”“君は僕を愛しているはずだ”等と一方的に喚き散らす。拒絶しても“そんな筈は無い”と否定する。
現婚約者のクレイルが間に入って難を逃れるも、次の日からはまた押しかけるわ、居留守を使えば逢えるまで帰らないと座り込まれるわ……。
マリアンヌの眉間のしわが、公爵と同じくらいに深くなった。知らない人が見れば驚いて逃げ出すレベルだ。
「セレナにはもう、クレイル君がいると言うのに……。国王ご夫妻から接近禁止のご沙汰を受けた。これで安心、と思っていたら」
そうため息交じりに呟いて、マリアンヌに紙の束を差し出す。
「連日、こんなに手紙を送ってくるようになった」
「読んでもいいんですか?」
許可をもらった後、封筒の中身を抜いた。
――王太子なだけあって綺麗な字だ。……ど~れ、ふむふむ……。
『愛するセレナ。私の心を救っておくれ』
「キモい」
『君の事を思うと、仕事が手につかない』
「仕事さぼりたいだけですね」
『クレイルと君は似合わない、早く別れろ』
「余計なお世話って感じ」
『私と君は、見えない糸で繋がってるんだ』
「さぶっ!!」
『君を腕ずくで奪いたくなる。私を罪人にしないでくれ』
「……犯罪予告……?」
ぽいぽいっと手紙を走り読みしながらコメントする。数百通あると聞いてからはコメントはなくなり“ずーっとこんな調子なんですか?”と訊いたら無言で肯定された為読むのを止めた。
王太子様ってもしかしてヒマ? と訊かなかっただけマシと思いたい。
「何でそこまで、セレナなんでしょう?」
王太子だ。相手なんて選り取り見取りだろう。
「それは私も考えたが……殿下が拘っているのはセレナではなく、“元の形”なんだろうな」
彼が“真実の愛”だと思ったのは、とんだガラクタだった。
自分は王太子で、いずれ国王となる人間。一時の間違いも許されない、責任のある立場だ。少しの傷も許されない。なのに選択を誤ってしまった。
この傷はどうすればなくなるのか? ……そうだ、元の形に戻せば良い。
セレナを再び元の立場に戻そう。それで全て元通りだ。
「セレナの心情など、まるで見えていない……」
「セレナ……」
マリアンヌは、ここにいない友達の事を思う。
王太子の婚約者に選ばれて、一生懸命妃としての教養を身につけようとしていたセレナ。
自分と同じ年なのに勉強やレッスン漬けで、偉い人って大変なんだなと子供ながらに思っていた。
そんなセレナを裏切ったクセに……復縁だと? ただのつきまといじゃないか。
ハニトラに引っかかった上に更に、問題を積み重ねているぞ。しかも肝心のセレナは寝込んでいる。なぁにが愛するセレナ、だ。
「今では国王ご夫妻と我々臣下の間でも、問題視されている程だ」
王太子がいつまでもこんな様子では、他国に示しがつきません。
この国にも諸外国の人間がいます。隙を与える事になりかねませんぞ――
「“もはや乱心した事にして、お隠れいただきたい”などと言う者もいる」
「それもありでしょうね」
先程までの話だけでも乱心者扱いで良い気がする。
キッパリ言ったマリアンヌに、公爵は苦笑交じりに言ってきた。
「君はそう言うがね。王太子殿下は本当は、有能な方なのだよ。仕事に関してだけは。だから国王ご夫妻も決断を渋って“もうしばらく信じてやって欲しい”と頭を下げられる。そうなるとこっちも……」
承諾せざるを得ないのだ。
「……つまり……その王太子殿下が、自分からセレナを諦めるか忘れてくれれば良いんですよね」
「それが理想だが……今の状態では無理だろうな」
「……忘れる魔法、ってないんですか?」
「あることにはあるが……。加減が難しくてな。間違ったら自分が誰かも分からなくなる」
国王ご夫妻は、それも恐れて渋って使わない。
はぁ、と公爵は何度目かのため息をついた。
「いい手はないものか……」
「手がないことはないけど、大勢で一致団結しないと出来ないでしょうね……」
「ああ。全くもって、頭が痛い……って、ちょっと待った」
公爵の目がカッ! と光る。
「今君……何て言った?」
とんでもない気迫を感じ、若干ビビりながら答えるマリアンヌ。
「……“一致団結しないと”?」
「……いや、その前のセリフ」
「……?……“手がないこともない”??」
「手があるのかね!?」
自分を見つめる公爵の眼光にたじろぎながら、でもキッパリと断言した。
「あります。ただしすっごーく穴だらけですが」
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