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『次はない』

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「うふふ……殿下、ではいつにしましょうか」
「い、いつって?」
セレナの肉に埋まった目が、熱く私に注がれていることに背筋がゾッとするも、何とか訊いた。
「イヤですわ、わたくし達の結婚式に決まっております♪」
結婚……二度見する。
このデブ……じゃない、セレナと???
「一生の思い出ですもの。殿下とバージンロードを歩くのが楽しみです」
頬に両手をあて、うっとりとそんな事を言うセレナ。ブヨブヨした肉がそこだけ寄せられ、見苦しい。
「子供は何人欲しいですか? 私は……」
 セレナと……子作りする。
ずっしりとのしかかった現実に、私は恐怖した。
私に……出来るのか? 目の前の“この”セレナと子作りを?
――耐えられるのか?
「セ……」
「はい?」
「セレナ、私は……」
「“もう次はない”」
「え?」
キョトンとした私に、セレナは続ける。その肉に埋もれた両目が鋭く光った。
「“次はない”と……仰られませんでしたか? 国王ご夫妻に」


 ……言われた。
昨晩、父上と母上――国王陛下と王妃殿下――に呼び出され、セレナとの話の中で言われた。
セレナとの婚約を再び結び治しても構わない。
ただし肝に銘じておくように。――次はない、と。
『そなたは王家の者で、王太子です。本来なら一度決めた事をひっくり返すなど、人の上に立つ者のする事ではありません。
 王家や貴族にとって、婚約は義務です。それを個人の都合で破棄しただけでも顰蹙ものなのに、その乾かぬ舌でもう一度結び治せなどとあるまじき行いです』
『で、ですが私はルルに騙されて』
『騙されたというなら』
重々しく口を開いたのは父上だ。
『騙される方にも多少の責はある。次期王としての教育を受けているのにも関わらず騙されたのなら、そなたに隙があったからだ』
正論にグ、と言葉が詰まる。
 確かに私にも隙があったのだろう。全てにおいて恵まれた場所で、婚約者は聡明でと幸せを感じてはいても、どこかで物足りなく思っていた。
 刺激が欲しい。そう思う中ルルが接触してきた。私がしっかりしていれば、騙される事も、セレナとの婚約破棄もなかったかも知れない。
けど……実の親子ではないか。もう少し情をかけてくれても良いのではないか?
正論だけが全てじゃないだろう?
セレナもそうだ。婚約破棄を当たり前のように受け容れるし、その後も平然と臣下として接してくる。少しくらい素直になって、未練がある様子を見せてくれてたら、こちらも騙されたことに気づけたんだ。――と、それはもう、水に流してあげよう。
私達は元の形に戻れるのだから。

『とにかく、肝に銘じておきなさい。次はありません』
『……はい、母上』
 長く辛辣なお小言は、母上の一言で終わった。
あの時、私はやれやれ、と思っただけだった。お2人が危惧するような事態は起こるわけないじゃないか。
 セレナは私の事を愛していて、私もそうなのだから。

…………それが、まさか……こんな事になるなんて。
「次はない、という事は私と再婚約したらもう、別の令嬢と婚約出来ない! という事ですのよ」
ふふふ……と、嬉しそうに笑っているが、狂気をはらんだ眼光に体はガタガタと震え出す。
ギシリ……ッ。
「ひっ!」
座ったままジリジリと距離を縮められ、とうとう隅に追い込まれた。突き出た腹に圧迫され隙間なく押さえつけられる。
「さぁ殿下、熱い口づけを致しましょう! んーっ!!」
タラコのような唇が私に迫ってくる。どうにかして背けたいが両頬を挟まれている為に出来ない。押しのけようと両腕で押しても、巨体はビクリとも動かない。
きっと私は今、顔面蒼白になっているだろう。全身からダラダラと、冷汗が流れている。
 私の引き結んだ唇に、セレナの唇がぶっちゅうとせんばかりに寄ってきた。
ほ、捕食される!!
私の恐怖は絶頂に達し――。
「む、無理だー!!!」
「きゃあん!」
声を限りに叫び渾身の力でセレナを突き飛ばすと、ソファから這うようにして離れた。

「よ、用を思い出した!! 失礼する」

 転がるように部屋から飛び出し、全力疾走する。
これで逃げられる、と思っていた。
だが……考えが甘かった。

「お待ちになって、殿下ぁ……!!」

ズダダダダ……!
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