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一目惚れした彼女の足は、魚だった

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「ん? はは、珍しいお客さんだ。やあ坊や。そんなところに突っ立ってないでこっちに来て座りなよ」
「え? 坊やって言われる年じゃないって? いやいや、私からしたら、人間なんてみんな坊やみたいなもんさ。そんなことよりどうだい? 坊やも1杯やらないかい? 今夜は月が良い。こういう夜は酒が上手いんだ」
「お、ノリがいいね。じゃあこいつを持ってくれ。これに酒を注いでっと……よし」
「それじゃあ、珍しい来客に、乾杯」
「コクコク……ん? ああ、そうさ。私は人魚。人間じゃない。だからこうして、人が近寄らないような湖で静かに暮らしてるのさ」
「ふふ……アンタ、私の下半身を見ても平気なんだね? 大概の人間は気味悪がるんだがね……むしろ綺麗だって? なんだ、いっちょ前に口説き文句も知ってるじゃないか」
「……ああ、もうずっと独りだよ。いつからかはもう覚えてない。まあ別に寂しくはないけどね。最初から独りだったわけじゃないしね。もうみんな亡くなっちまったが、思い出はあるからねぇ。お陰様で寂しくはなかったよ」
「……なんだ? ムスっとして。いやいや、ムスっとしてるじゃないか。……ならこっち向けって。……はは! なんだ、可愛いところもあるじゃないか」

「どうだ? 少しは気が晴れたか?」

「何があったかは知らないが、こんな人気(ヒトケ)のないところに来る奴はロクな気持ちを抱えちゃいない。最初に見た時はアンタ、今にも死にそうな顔してたぞ?」
「まあ、気が晴れたなら良かったよ。ここはアンタみたいなのが長居するところじゃない。誘った手前、この瓶が空になるくらいは話に付き合うが、終わったらさっさと去りなよ?」
「ん? どうした?」



「……おお。これはこれは。こんな真っ直ぐな告白を受けたのは初めてだ。いいのかい? 人魚に関わったら良いことないよ?」
「一生を捧げるつもりって、そんな安く言うもんじゃないよ。会ったばかりの、しかも人魚に」
「ああ、そうか……私の何がそんなに良いんかねぇ。……綺麗で優しいって。ふふ、ありがとう。悪い気はしないね。人に好かれるのは」
「まあでも、アンタの一生じゃ足りないねぇ。人間はすぐ死んじまうから、人間の一生程度じゃすぐに私が置いてかれちまう」
「じゃあ何をあげれば、か。何をくれても困るが……そうだ。なあアンタ。こんな話を知ってるかい?」

「人魚の肉は、永遠の命を与えてくれる……私に『永遠を捧げる』気は、あるかい?」
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