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アルファちゃんと秘密の海岸 第5話 牛は眠らない
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昔、『山猫は眠らない』という映画があった。狙撃手(スナイパー)の話だ。
戦争において、狙撃手は、負けそうになって命乞いをしても、絶対に捕虜にはなれない。突撃兵とかであれば、誰が誰を殺したかわからないため、負けそうになれば降伏することができる。捕虜になれるのだ。しかし、狙撃手というのは、狙撃という行為そのものが名刺になっているので、捕まれば見せしめのために必ず殺される。だから、絶対に負けられないし、眠れない。
さて、小学四年生の私、ミチは、放課後、所属しているラクロス部が終わって、帰宅途中の通学路にあるたい焼き屋さんでたい焼きを買い食いし、ひいきにしているテレビアニメ美少女戦士・プイキューアの放送を見るために家に帰っていた。
私の特徴といえば、お下げ髪にまん丸の目。特徴がないのが特徴の、どこにでもいる女の子、のつもりだ。
時刻は16時過ぎだろうか。学校も部活も、最近流行している例の風邪のせいで時間が短縮されており、そのおかげで明るいうちに帰路につき、買い食いをし、プイキューアを見れる。例の風邪は怖いが、適度に恐れ、対策をすることで、ある程度防ぐことができる。私も家に帰ったらしっかりとうがいと手洗いをするつもりだ。
しかし、うがいと手洗いをしたら、次にしたいことがある。横になることだ。
正直、たい焼きはまずかった。いや、美味い不味いでいえばうまいのだが、二個は食い過ぎた。給食は残さず食べ、昼休みに寝て、ラクロス部で運動をする。ここまではいい。休憩と運動で、十分消化できたと思う。でも、買い食いが学校で禁止されているのは、お金を学校に持ってくることで、盗難などのトラブルが起こるのを防ぐためだ。そしてもう一つ。放課後に食事というのは、どう考えても食い過ぎだからだ。それを今、理解した。
食べた後にすぐ横になると牛になる。そんなバカな話はないと思うが、要は、太るということだ。
説明したが、私は普通の女の子のつもりだ。体重も平均的で、どちらかといえば痩せている。しかし、太るのはゴメンだ。
前回のラブレター事件は友人のアルファちゃんによるイタズラだったが、ただでさえ浮いた話がない私がまるまると太ってしまったら、余計に男が遠ざかる。私も一応、いっぱしの女の子。付き合うつもりはないが、まぁ、そこそこモテたいというのが本心だ。
しかし、横になると牛になるという言い伝え。牛はいつも横になっていて、寝てるか食ってるかという話だが、実は牛はあまり眠らない。
牛の平均的な睡眠時間は3時間であり、これは犬や猫の12時間と比べてもかなり少ない。というか、犬や猫寝過ぎだろ。
動物というものは、外敵がいない場合、なるべく体力を使わないようにだらだらしている。とはいえ、眠るという行為は、つまり、一番無防備になるということで、外敵のいない日本の犬や猫、百獣の王ライオンなどはさておき、肉食動物に狙われやすい牛などの草食動物は、リラックスこそすれ、睡眠はあまりとらなかったりするのだ。狙われるのはモー勘弁ってなもので、家畜として人間に飼われていても、本能はまだ残っている。
そういうわけで、私は横になりたかった。牛にならないことはわかっているので、ひとまず落ち着きたい。
しかし、そういう時に限って、
「あらあら、買い食いとはいいご身分ね。あの店のたい焼きがおいしいのは認めるけど、2つも食べたら太るわよ」
車道と歩道とを分けるガードレールにもたれかかり、白と黒を基調としたメイド服のような服を着て、銀色のショートカットの下でニヤニヤしながら私を見ているのは、自称、私の心が読めるという不思議な少女、アルファちゃんだ。
いつもいつも、おばけのように私の前に現れる。特に、こちらが忙しい時に限って向こうから会いにくるので、私は喧嘩を売られている気がいつもする。
「出たな」
「人をおばけみたいに言わないで。私はただの女の子よ」
ただの女の子がそんな格好するものか。私は、考え方こそ普通の女の子としてどうかと思うが、少なくとも常識的には生きているつもりだ。しかし、アルファちゃんはいつも私の予想の斜め上の言動をとる。まぁ、それが楽しくてつきあってやってるようなものだが、体力を使うのだ。
今年の干支は辛牛(かのとうし)ということで、季節は夏も終わりの頃だが、私はなんとなく牛について思い耽っていたところにアルファちゃん。白と黒のメイド服。
牛というものは、モノクロームの世界で生きている。つまり、白と黒の色しか見えない目を持っているのだ。スペインの闘牛士が赤い布をひらめかせて牛を挑発するが、牛には赤が認識できない。ただ、動く布に反応して興奮しているだけで、赤い色を使っているのは牛のためではなく、観客や闘牛士自身を興奮させるためだといわれている。
そういう私の着ている学生服も白と黒。そしてリボンが赤だ。なにか運命的なものを感じなくもないが、たぶん偶然だろう。
しかし、アルファちゃんがここにいるのは偶然ではない。こいつは私の心を読めるとのたまい、いつも私がなんらかの悩みを抱えていると、お節介を焼くように現れるのだ。
悩み、ねぇ。悩みというか、願望だ。今日の私が抱えているものは。
私は早く帰って寝たい。
「買い食いをしたところで、腹ごなしにおしゃべりといきましょうよ。いつもの海岸へ」
やっぱりそうなるよな。
まぁ、腹ごなしというのは悪くない。牛になってしまう前に、少しこいつと話そうか。
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というわけで、私とアルファちゃんはこの町の海岸へと連れ立ってやってきた。
この海岸の砂は、ゴルフ場のバンカーにも使用されるくらい粒が揃っていて、綺麗だ。乳白色、ならご機嫌だが、まぁ、さらさらした白色だ。
夏も終わりだが、日差しは強い。海岸で遮蔽物もなく、太陽は遠慮なくその光を私達にぶつけてきて、海からの潮風と、海洋生物の死骸によって生まれる独特のにおいが私の鼻を騒がせる。
女が三人集まるとうるさいといわれる。漢字でも、姦(かしま)しいと書く。また、牛が三人集まれば犇(ひしめ)くと書くが、私達は二人。うるさくもなければ、ひしめいてもいない。
そもそも、私は群れるのがあまり好きじゃない。三人寄れば文殊の知恵というが、私は一人でも充分考えることができるし、今はこいつ、こころちゃんがいる。
「ホルスタインって、意外とおいしいって知ってるかしら」
アルファちゃんは今日も絶好調なので、海へ着くやいなや、いきなりわけのわからないことを言ってきた。
「は? ホルスタインって乳牛でしょう。食えんの?」
ホルスタインといえば、日本では乳牛として有名で、私は腹持ちがいいのと、身長をもう少し伸ばしたいので(私は身長も普通だ。一般的な小学生の平均)、朝食の際に飲んでいる。
「ヨーロッパではミルクを採取するだけでなく、肉も食べてるわ。その味はあっさりしていて、意外といけるらしいわよ」
「なるほど」
とはいえ、わざわざおいしい和牛がある日本で、ホルスタインを食べたいとは思わない。興味は湧いたが、そもそも食用肉としてホルスタインが店頭に並ぶことはないと思うので、食べる機会はまずないだろう。
ホルスタインはさておき、私はラム肉が好きだ。子羊の肉だが、低カロリーでビタミンが多く含まれており、なによりやわらかくてうまい。ただ、注意しなければならないのがそのにおいで、私はたまに食卓に並ぶものを食べるが、その際は家が動物園と化すので、覚悟を決めなければならない。最近はスーパーやデパートにラム肉が置いてあることがある。多少値は張るが、健康のために食べる人も増えているようだ。
しかし、とはいえ、肉といえばやはり牛肉でもある。豚肉もおいしいが、カレーには牛肉を入れてもらいたいし、ステーキなどたまらない。まぁ、小学生の私が和牛を食べる機会など滅多にないが、あの甘い脂肪は一度食べたら忘れられない。日本人でよかったと思う。
日本で肉を食べるようになったのは明治時代からといわれている。なぜなら、日本は仏教の国だからだ。仏教では動物を殺生して肉を食うことはいけないこととされており、食用の家畜を育てる習慣も少なかった。ちなみに、日本で最初にステーキを食べたのは伊達政宗とされているが、食べたのはクジラのステーキだったりする。
というか、そもそも日本人の体には肉食は合わない。日本人はもともと農耕民族であるため、腸が長く、肉の消化に時間がかかってしまうのだ。これは悪いことでは決してなく、腸が長いということはそれだけ長生きできるのである。
私などは背が高いアメリカ人をうらやましく思うのだが、その分、日本人と比べて寿命は短い。日本人は腸が長いので平均すると胴長短足なのだ。まぁ、あくまで平均の話だし、今は昔と比べても肉を食べるようになったので、深く考える必要は全然ない。要はバランスの問題で、肉ばっか食べてたらそりゃ病気になるし、かといって野菜ばっか食べててもやはり病気になりやすいのだ。
昨今、ベジタリアンという人種の他に、ビーガンという人種が台頭してきた。ベジタリアン(菜食主義者)に対して、ビーガンは肉、魚の他に、卵・乳製品・はちみつも口にしない。
私は思う。人間とは、他の生命を殺して食べなければ生きていけない罪深い存在である。私は現在無宗教だが、仏教国である日本でもベジタリアン、ビーガンの生き方に共感する人が多いのはわかる。だが、その考えでいくと、では野菜は殺していいのかといいたくなる。野菜だって一生懸命生きているし、命というものに動物も植物もないと思うのだ。
第一、菜食主義は体に悪い。そりゃそうだ。人間はそもそも肉食ではないにしろ、雑食であり、肉と野菜、穀物、いろんなものをバランスよく食べてこそ生きていけるものであり、実際、菜食主義者は病気になりやすい。
要は、人間とは他の命を殺して食べないと生きていけないという事実から逃げず、感謝をもっていただくことが大切だと思う。日本人の食事前の「いただきます」とは、あなたの命をいただきます、そして、せめて、私の血となり肉となり、一緒に生きてくださいという意味のいただきますなのだ。
せっかくアルファちゃんとおしゃべりしにきたのに、長考してしまった。私は食べることに関しては一家言ある。食べることは人間の義務だが、同時に楽しいものだ。
「今年の干支は辛牛だけど、アルファちゃんは牛について、何か知ってるの?」
私は気持ちを切り替えるためにアルファちゃんに話しかけた。私は食べることが好きなので牛についても多少知っていたが、アルファちゃんはまた別の知識を持っているとふんだのだ。
「そうねぇ。牛のげっぷが環境破壊に繋がる、とか」
「ほう」
環境破壊とはまた大きく出たものである。
「牛のげっぷにはメタンガスが含まれているの。牛一頭が1日に出すメタンの量は、160~320リットル。これは大げさな話では決してなくて、地球温暖化の原因として問題視されているわ」
なるほど温暖化か。近頃話題の、学校をサボって環境問題に取り組んでいるバカ娘に聞かせてやりたい話だ。ああ、もう18歳になった筈だし、この問題はご存知か。
「まぁ、だからどうしろってんだって話ね。ヴィーガンみたいに、牛の肉を食べるな、牛乳を飲むなって言っても無理があるし、どうしろというのか・・・」
私は菜食主義者だけでなく、環境保護団体も嫌いだ。ついでにフェミニストも。
あいつらは結局のところ、肉を食べるな、地球を大事にしろ、男女平等に扱え、とのたまっているが、私が思うに、結構無茶なことを言っている気がする。肉を食べなきゃ病気になるし、木を切らなければ畑は作れないし、平均的に女性よりも男性の方が力持ちだから、力仕事に女性は向かない。あいつらに言ってやりたいが、一体お前らはどういう世界が望みなんだ? ・・・というのは、要は対案を示してもらいたいのだ。肉を食べないなら、どうやって健康を保つか。地球を大切にしたいのなら、どうやって畑や居住スペースを作るのか。女性の権利を向上させたいのなら、何ができるか。あ、お母さん食堂をなくせとかいう意見はナシで。あれはただの言葉狩りであり、それを言うならミルキーはママの味とか、母は強しとか、そういう文化を否定する行為だ。
「牛のげっぷはともかくとして、エコテロリズムは問題よねー。クジラ食べるなって言って、船で特攻した団体がいたけど、じゃあ人間は殺してもいいのかよ、的な」
私はクジラの肉はおいしくないと思う。でも、クジラの肉を食べるという文化が日本にはあって、そういう文化のない人間が日本を攻撃するという行為は、すなわち十字軍的な、俺達と違う価値観のやつは殺す、みたいな危険性を感じる。
人間の価値観は人間の数だけ違う。だからお話をして、相手の価値観と折り合いをつけて迎合したり我慢したりする。それが平和というものだ。相手の価値観を否定するというとは、それはもう戦争である。
「牛のげっぷが地球に悪いから牛肉を食べるな、というのは、私は一種の宗教だと思うわ。ミチちゃんじゃないけど、価値観の違いは話し合いによって埋めるものであって、否定から入ると、あいつは悪いから殺してもいいというところに行き着く。それは魔女狩りとなにも変わらないのかもね」
アルファちゃんがため息をついた。十字軍や魔女狩りは、いわば価値観の押し付けだ。自分達は正義で、反対するやつは悪。だから攻撃してもいいし、殺してもいい。それはそういう考え方だ。
「まぁ、牛のげっぷ問題については、ちゃんと研究されていて、牛に食べさせる餌を変えようとか、いろいろ試してる。重要なのは問題の研究と対策であって、攻撃ではないということね」
「問題があるのならば、解決すればいい。そうすれば問題はクリアになる。どいうことは、この世に問題など存在しないのである。唯一の問題は、生き物は必ず死ぬということくらいのものよ」
私は持論を展開した。
因果律。この世で起こる全ての事象は結果であり、結果であるなら、原因が必ず存在するという、哲学者の考え方だ。原因があるなら、解決すればいいだけである。
「まぁ、別に牛の肉を食べなくたって、鳥肉もおいしいし、牛乳の代わりに豆乳を飲んでもいいんだけれどね」
解決策というか、逃げ道だが、私は逃げ道もなるべくたくさん作っておく性質(たち)だ。
私は弱い。自覚してる。では、弱い私が世の中をうまく立ち回るにはどうすればいいかと考えると、障害に対して正面からぶつかるのではなく、逃げ道を二つ三つと用意しておくことが必要だと思うのだ。
激流を制するは静水、とどこかの格闘家が言ったが、激流に激流をぶつけたら戦争であり、両者共倒れである。そうではなくて、うまく受け流して、背後から一撃を加えるのがベストなのだ。
私は決して正々堂々とは戦わない。不意打ち、闇討ち、だまし討ちこそ至高。
繰り返すが、人生は戦争だ。家の玄関を出たら、男であれば7人の敵がいるし、女でもそれなりに敵はいる。しかし、私は戦わない。逃げて避けて蛇のようにチャンスをうかがい、不意をついてその牙でかみつく。私の蛇の毒には即効性はない。というか、かまれたことにすらたぶん気づかない。でも、毒が回った頃に知るのだ。この私、ミチを敵にしたのは間違いだった、と。にしし。
「ミチちゃん、悪い顔になってるわよ」
アルファちゃんに注意された。
いけないいけない。悪い癖だ。私はすぐ顔に出る。
「失敗したわ。アルファちゃんは心が読める、というのは大げさだったけど、カンは間違いなく鋭いからなー」
ふう、と私は一息ついた。敵というなら、アルファちゃんは私にとって、おしゃべり仲間であり、友であり、もし敵になった場合は最大の敵になるであろう存在だ。そうなりたくはないと心から願っているが。
「まぁ、牛肉の話に戻すけれど、日本人は腸が長いから、肉食は向いてない。けれど、牛の腸の長さは体長の20倍近くあるってご存知かしら? これは、なにか皮肉めいたものを私なんかは感じるのだけれど」
なるほど。そんなに長いのか。
「20倍か。日本人は腸が長く、肉食は向いてない。牛は腸が長いから草ばっか食べてるってのは面白いわね。というか、腸が長いということは、ゆっくり消化するから、草が“食べれる”わけだ。人間はこうはいかない。草が食べられるほどには腸が長くない。なんか、真理というか」
面白い。実に面白い。
「まぁ、牛はただ腸が長いから消化できるというだけではなくて、消化酵素の存在とか、反芻とかが関係してくるのだけど、面白い事実よね」
アルファちゃんはなんでも知ってるな。いや、なんでもは知らないか。嬉しそうに話す様は、見ていて気持ちがいい。なぜなら、私も知識を手に入れることに関しては貪欲だし、人の話は聞いていて面白いと思う性格だ。
「反芻か。牛は確か、胃が4つもあるんだっけ?」
私はそう聞いている。胃がたくさんあるから、とにかく消化能力が高いのだ。牛は始終寝ている、というのは間違いで、実際は3時間しか寝てない。でも、しょっちゅう草を食べている印象がある。食うか横になるか、とは、いいご身分だが、子牛のためのミルクを搾り取られるわ、屠殺されて肉を食べられるわ、可哀想なことこの上ないので、自分はうらやましいとは思わない。
「ちなみに、牛はたくさん草を食べるだけあって、1日に60~80キロも糞尿をしたりするわ。でも、あくまで草がメインなので、肥料としても優秀だし、なんなら燃料にだってなる」
アルファちゃんのそれは汚い話だが、牛糞は私が通う小学校の花壇でも利用されている。ミミズが住めるほど安心・安全だし、なにより有機肥料は栄養満点で長持ちするのだ。
たまに、小学校でも、虫が苦手、という生徒がいて、花壇を手入れする際に大騒ぎするやつがいるのだが、虫がいるということは上記の通りいいことで、毛虫とかの害虫は駆除する必要があるが、基本的に虫は野放しでいい。うちのお父さんなどは、日本酒のつまみに生でキャベツを食べたりするが、その時に青虫がついていたりする。しかし、昔気質(かたぎ)の人なので、日本酒でキャベツと一緒に飲み込んでしまえばいいとのことだ。いやぁ、私は酒は飲みたくない。いろんな意味で。
最近は例の風邪が流行しているが、私が牛について考える時に、ホラー好きとして決してわけて考えられないのが、とある妖怪の存在だ。
『件(くだん)』
名前の通り、頭が人間で、体が牛の姿をしている。19世紀前半ごろから日本各地で目撃され始め、人間の言葉を話し、生まれて数日で死ぬ。死ぬ前に、作物の豊凶や流行病などを予言し、それは間違いなく起こるとされている。令和の今でも目撃情報があったりして、ということは、この風邪の大流行という事態も予言したかもしれない。
「件という妖怪がいるんだけど、あいつは流行病を予言するだけじゃなくて、その姿を描き、飾ることで、災厄を打ち払ってくれるっていうのよね」
妖怪の話ということで、私は少し前のめり気味に説明した。
「知ってるわ。例の風邪を預言しにきたかどうかは不明だけれど、あの忌まわしい東日本大震災の際には目撃情報が報告されているもの。第二次世界大戦の時には、空襲にあいたくなければ、小豆飯かおはぎを食べろと言ったようね」
アルファちゃんはやはり知っていたか。
件は牛から生まれるとされるが、人間から生まれる牛女というのも存在したという。こいつは件とは違い、牛の頭に女性の体を持つとされる。頭が牛だから、こいつは喋れない。
まぁ、そんな化け物がいるか、と言われればなにも言い返せないが、人間、自分達にはどうすることもできない事態に遭遇した時、誰か、というか、なにかにすがりたくなるものだ。時としてそれは神様だったり、件のような妖怪だったりと色んなパターンがあるが、要は心の拠り所、というか、逃げ道の必要性だと思う。
どうしようもない時は「アーメン」と祈ったり、数珠を数えて「なむあみだぶつ」を唱えたり、妖怪のイラストを拝んだりして、心を静める必要がある。ぶっちゃけ、信仰の対象は大した問題ではない。なにか、超自然的なもの。大きなものだ。
牛は、確かに大きい。件という妖怪だけではなく、牛といえば、古くはインドや日本の仏教でも牛神とか牛頭天皇とかいって崇められている。神様や仏様の乗り物とされることもあるので、お盆の際、ナスにつまようじを刺して牛を作り、ご先祖様を送り返している日本人も多いのではないだろうか。
牛。食べてもよし、崇めてもよし。まさにパーフェクトだ。げっぷは地球環境的に勘弁してもらいたいが。
「例の風邪が流行っている今は、牛歩戦術で確かに、しっかりと切り抜ける必要があるわね」
私は、うまいこと言ったった、的なドヤ顔で決めた。大変な時こそゆっくりが重要なのだ。よく、朝、小学校に間に合わないと走っている小学生がいるが、あれは失敗である。なにが失敗なのかというと、朝、決められた時間に起きることができなかったという失敗。さかのぼると、夜、早く寝なかったという失敗。さらにさかのぼって、夕食後、早く寝ずにだらだらテレビを見ていたという失敗。あ、それは私だ。ぐぬぬ。
「食べてすぐ寝ると牛になる。これは、だらだらするな、ゆっくりでもいいからしっかり歩け、そして寝ろ、ということなのよ。勉強になるでしょ、ミチちゃん」
ああー。本当に勉強になる。牛は3時間しか寝ないが、しっかりと寝ているというわけだ。
「牛のことばかり考えてたら、またお腹が減ってきた。たいやき2個分のおしゃべりはしたようね」
私はお腹に手を当てた。少しもたれていた胃の調子が戻っている。
「じゃあ、牛丼というのはちょっと重すぎるでしょから、スーパーで牛肉コロッケでも買って食べようかしら? 私がおごるわ」
「マジで?」
アルファちゃんの言葉に、私は色めき立った。そうだそうだ、近所のスーパーに牛肉コロッケが売っていたな。
「牛肉には豊富なたんぱく質と、ビタミンB群が含まれている。健康に美容に、とてもメリットがあるのよ」
なに。美容にもいいのか。知らなんだ。
「そうとわかればさっさと行きまょう。今すぐに!」
私は、あらあら、と戸惑うアルファちゃんを引っ張るようにして、いつもの海岸を後にした。
おしまい
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