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第8章 勇者の運命
4 魔界とファルセリア
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「『開門』」
世界と世界を隔てる異空間通路──レグルドは呪言を唱え、その入り口である『門』を通った。
直後、
「ぐっ……ううっ……! うが、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
全身がバラバラになるような強烈な重圧がかかる。
同時に、神経を引きちぎられるような激痛も。
「ちいっ、やっぱり痛ぇぇぇぇぇ……っ!」
何度味わっても世界間の移動は慣れない。
中位や下位の魔族なら、ここまでの苦痛は生じないらしいが、高位魔族であるレグルドのそれは激烈だ。
通過に要する時間は数十秒から、せいぜい数分だろう。
だが、レグルドにはその何倍も、何十倍もの時間に感じた。
やがて──、
「はあ、はあ、はあ……」
永遠とも思える苦痛の刻が過ぎ、ようやく人間界から魔界へと帰還を果たす。
「魔界と人間界を行き来するたびにこんな目に遭うんじゃたまらねーな」
一面に広がる暗い荒野を見回しながら、レグルドは息をついた。
空気が、淀んでいる。
つい先ほどまで人間界にいただけに、よけいにそう感じてしまう。
「他の幹部連中が行きたがらないのもしょうがねーか。ま、とにかく報告だ、報告」
飛行魔法を唱え、一路魔王城へと向かった。
「戻ったか、レグルド」
「お勤めご苦労さま」
「で、勇者とは接触できたわけ?」
城に戻ったとたん、数人の魔族から声をかけられる。
レグルドと同じく幹部クラスの魔族たちだ。
「ああ、すっかり親友になれたぜ」
軽口を叩くレグルド。
脳裏に、彼方の顔が浮かぶ。
彼と過ごした他愛のない時間を思い出した。
ただ町の中を歩いたり、食事をしたり、ゲームとかいうもので遊んだり……。
きっと人間たちにとっては、ごく普通の──当たり前の日常なのだろう。
だが魔族であるレグルドにとっては、新鮮な体験だった。
新鮮で、心が躍る時間だった。
いつの間にか、自分の任務を忘れるほどに。
「ふん、人間ごときと?」
「レグルドは変わり者だねぇ」
彼らからは嘲笑や失笑がもれた。
確かに高位魔族が人間と『親友』などとはお笑い草だ。
レグルドは内心で苦笑する。
「じゃあ、勇者さまと仲良くなれたってことだね? 向こうの警戒を少しは解けたかな?」
「さあ……どうだかな。ま、俺様はそれなりに楽しかったぜ」
はは、とレグルドは冗談めかして笑う。
そう、楽しかったのだ。
(相手は人間ごとき、なのに)
彼方と過ごした時間は思いのほか──思ったよりもずっと、楽しかった。
※
「ナツセ・カナタが魔族とともに行動しているようです」
アリアンが苦々しい思いで告げた。
「ほう」
ナダレは泰然とした態度でそれを聞く。
「彼は魔族に与していたのです。勇者になることを断った理由が、これではっきりとわかりました!」
激情が、あふれかえった。
あんな邪悪な少年を信じて、勇者として勧誘しようとしたベルクが不憫でならない。
最後には、彼方に殺されてしまったベルクの運命が──悲しくてならない。
「……ふむ。彼から悪しき心は感じなかったが」
ナダレがうなる。
「澄んだ良い目をした少年だったぞ」
「それは見せかけだけということでしょう。本性は、魔と結託する邪悪な少年──誅滅あるのみ」
アリアンは力を込めて語る。
「私は、やはり彼を許せません」
アリアンが唇をかみしめる。
ツーッと血が流れ出た。
「っ……!」
痛みのおかげで、湧きあがる怒りをかろうじて抑えこむことができた。
そうでなければ、突発的な衝動で周囲のものを手当たり次第に破壊してしまいそうだ。
ベルクを殺された悲しみは、いまだ癒えない。
それどころか、日に日に大きくなっている。
苦しみ。
絶望。
喪失感。
そして──。
「好きだったのか、ベルクが?」
ナダレがこちらを見た。
「……それは」
「だが、今は大義のために復讐心をいったん忘れることだ」
「忘れるなんて──」
「それより、準備を進めたい。ベルクやフィーラに施したように、私にも『クラスチェンジ』の『祝福』を頼む」
「ナダレ……」
「かの勇者がどう出るかは分からない。が、最終的には力が必要となる。『門番』のこともあるし、な」
ナダレが笑った。
『クラスチェンジ』の『祝福』には危険が伴う。
一歩間違えれば、死ぬこともあり得る。
だが、彼は屈託なく笑っていた。
死など微塵も恐れない本物の戦士──。
それこそが、ナダレという男だ。
「分かりました。ではさっそく」
アリアンは彼に向き合った。
「『武闘家』ナダレ、あなたが『武神』へと『クラスチェンジ』するために」
世界と世界を隔てる異空間通路──レグルドは呪言を唱え、その入り口である『門』を通った。
直後、
「ぐっ……ううっ……! うが、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
全身がバラバラになるような強烈な重圧がかかる。
同時に、神経を引きちぎられるような激痛も。
「ちいっ、やっぱり痛ぇぇぇぇぇ……っ!」
何度味わっても世界間の移動は慣れない。
中位や下位の魔族なら、ここまでの苦痛は生じないらしいが、高位魔族であるレグルドのそれは激烈だ。
通過に要する時間は数十秒から、せいぜい数分だろう。
だが、レグルドにはその何倍も、何十倍もの時間に感じた。
やがて──、
「はあ、はあ、はあ……」
永遠とも思える苦痛の刻が過ぎ、ようやく人間界から魔界へと帰還を果たす。
「魔界と人間界を行き来するたびにこんな目に遭うんじゃたまらねーな」
一面に広がる暗い荒野を見回しながら、レグルドは息をついた。
空気が、淀んでいる。
つい先ほどまで人間界にいただけに、よけいにそう感じてしまう。
「他の幹部連中が行きたがらないのもしょうがねーか。ま、とにかく報告だ、報告」
飛行魔法を唱え、一路魔王城へと向かった。
「戻ったか、レグルド」
「お勤めご苦労さま」
「で、勇者とは接触できたわけ?」
城に戻ったとたん、数人の魔族から声をかけられる。
レグルドと同じく幹部クラスの魔族たちだ。
「ああ、すっかり親友になれたぜ」
軽口を叩くレグルド。
脳裏に、彼方の顔が浮かぶ。
彼と過ごした他愛のない時間を思い出した。
ただ町の中を歩いたり、食事をしたり、ゲームとかいうもので遊んだり……。
きっと人間たちにとっては、ごく普通の──当たり前の日常なのだろう。
だが魔族であるレグルドにとっては、新鮮な体験だった。
新鮮で、心が躍る時間だった。
いつの間にか、自分の任務を忘れるほどに。
「ふん、人間ごときと?」
「レグルドは変わり者だねぇ」
彼らからは嘲笑や失笑がもれた。
確かに高位魔族が人間と『親友』などとはお笑い草だ。
レグルドは内心で苦笑する。
「じゃあ、勇者さまと仲良くなれたってことだね? 向こうの警戒を少しは解けたかな?」
「さあ……どうだかな。ま、俺様はそれなりに楽しかったぜ」
はは、とレグルドは冗談めかして笑う。
そう、楽しかったのだ。
(相手は人間ごとき、なのに)
彼方と過ごした時間は思いのほか──思ったよりもずっと、楽しかった。
※
「ナツセ・カナタが魔族とともに行動しているようです」
アリアンが苦々しい思いで告げた。
「ほう」
ナダレは泰然とした態度でそれを聞く。
「彼は魔族に与していたのです。勇者になることを断った理由が、これではっきりとわかりました!」
激情が、あふれかえった。
あんな邪悪な少年を信じて、勇者として勧誘しようとしたベルクが不憫でならない。
最後には、彼方に殺されてしまったベルクの運命が──悲しくてならない。
「……ふむ。彼から悪しき心は感じなかったが」
ナダレがうなる。
「澄んだ良い目をした少年だったぞ」
「それは見せかけだけということでしょう。本性は、魔と結託する邪悪な少年──誅滅あるのみ」
アリアンは力を込めて語る。
「私は、やはり彼を許せません」
アリアンが唇をかみしめる。
ツーッと血が流れ出た。
「っ……!」
痛みのおかげで、湧きあがる怒りをかろうじて抑えこむことができた。
そうでなければ、突発的な衝動で周囲のものを手当たり次第に破壊してしまいそうだ。
ベルクを殺された悲しみは、いまだ癒えない。
それどころか、日に日に大きくなっている。
苦しみ。
絶望。
喪失感。
そして──。
「好きだったのか、ベルクが?」
ナダレがこちらを見た。
「……それは」
「だが、今は大義のために復讐心をいったん忘れることだ」
「忘れるなんて──」
「それより、準備を進めたい。ベルクやフィーラに施したように、私にも『クラスチェンジ』の『祝福』を頼む」
「ナダレ……」
「かの勇者がどう出るかは分からない。が、最終的には力が必要となる。『門番』のこともあるし、な」
ナダレが笑った。
『クラスチェンジ』の『祝福』には危険が伴う。
一歩間違えれば、死ぬこともあり得る。
だが、彼は屈託なく笑っていた。
死など微塵も恐れない本物の戦士──。
それこそが、ナダレという男だ。
「分かりました。ではさっそく」
アリアンは彼に向き合った。
「『武闘家』ナダレ、あなたが『武神』へと『クラスチェンジ』するために」
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