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第7章 勇者の意志

9 神託と女神たち

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「神よ、我が問いかけに応えたまえ……示したまえ……導きたまえ……」

 アリアンは一糸まとわぬ裸身で、浴室にたたずんでいた。
 ほっそりした体つきに、控えめながら形のよい小ぶりな胸、キュッと締まった尻。
 淫らさを一片も感じさせない、神々しいまでに美しい裸体だ。

「この世界のあちこちに、魔の痕跡があります。今日も『プール』とやらに出かけたり、色々と見回っていましたが……」

 彼女が話しかけている相手は、人間ではない。

 バスタブに張った湯……いや、そこに映し出されるぼんやりとした人型だ。
 天界の神──その意志の一部が、具現化したものである。

「女神よ……三柱の、運命を司る者たちよ……私に真実の姿を……」

 アリアンは一心に聖句を唱えた。
『神託』を受け取るための聖句である。

 神託は決まった儀式を行えば、必ず受信できる──というものではない。
 受信者が高い魔力を備え、徳を積んだ高位僧侶というのが前提条件になるが、その条件を満たした者でも、ごく偶発的にしか成功しない。

 しかもその内容は断片的で、受け取った者の解釈に委ねるような不完全なものであることがほとんどだ。

 ただし、神託そのものは百パーセント的中する。

 ゆえに、アリアンは祈る。
 自分たちを導いてくれる『絶対的な答え』を求めて。

 やがて、答えは──突然訪れた。

「っ……!」

 脳内に直接送りこまれる、断片的なイメージ画像。
 具体的な光景。
 抽象的な映像。

 乱舞するそれらを一つ一つ吟味し、自分なりに組み合わせ、推測する。

 神の、意志を。

「もう一つの遺跡──ですか」

 アリアンはつぶやいた。

「そこに、我らが世界ファルセリアを救う手だてがある──」

 次の瞬間、アリアンはハッと顔をこわばらせた。

 さらに、追加の映像が浮かんだのだ。

 それは、この世界が無数の魔族に攻めこまれている景色だった。

 押し寄せる万単位の魔族。
 それらの放つ火炎や雷撃が、人々を、都市を、焼き払っていく。

 上空から鳥のような形をした兵器──確か『戦闘機』とか呼ばれていた──が攻撃を加えるが、魔族の反撃で次々に撃ち落とされる。

 陸上から金属製の車──こちらは『戦車』と言ったはずだ──が火砲を放つが、魔族たちはものともせず、戦車部隊を駆逐していく。

 まさしく、終末戦争アーマゲドンと呼ぶべきものだった。

「ファルセリアの代わりに──この世界が滅ぶ……!?」

 アリアンは呆然とつぶやいた。
 それとも、この映像にはさらなる真実が隠されているのか。



 魔王とファルセリア、そしてこの世界を巡る戦いは、今──大きく動き出そうとしていた。

    ※

 古びた神殿の深奥に、三つの影があった。

 いずれも、女だ。
 そしていずれも、神々しい雰囲気をまとった絶世の美女──。

 三柱の女神たちだった。

「『第十五世界マテリアノヴァ』への──正確には、その中の『地球』という惑星への魔族侵入数が増しています」

 そのうちの一柱──女神アトロポスが言った。

「お姉さまの仕業でしょうか」
「あら人聞きの悪い」

 クロトが眉を寄せた。

「私たち神が魔族を操り、人を苦難に陥れる──そんなことをするはずがないでしょう?」

 微笑むラキシス。

 二柱の姉たちが何かを企んでいることは明白だ。
 だが、その全貌はいまだ見えない。

 そもそもアトロポスが管轄する世界は数十にも及ぶ。
 彼方のいる世界や、そこに隣接するファルセリアだけを見守っていればいいわけではない。

 他の世界でも、それぞれ喫緊の問題はいくつもあり、十分に手が回らない──というのが実情だった。

(彼方たちは……大丈夫かしら)

 アトロポスは内心でため息をついた。
 神たる自分が、一人の人間に過度に肩入れすることは好ましくない。

 だが彼はアトロポス自身が選び、その運命に介入し、『第十五世界マテリアノヴァ』の地球から『第十四世界ファルセリア』へと送りこんだ勇者だ。
 結果、魔王を討つことはできたものの、その後に原住民の迫害を受け、彼方は不遇のうちに死を遂げた。

 そんな彼に『二周目』の人生を与えたのは、せめてもの償いだった。

 今度こそは穏やかで安らげる人生を送ってほしい──。
 アトロポスは心から願った。

 だが、その『二周目』にも不穏な気配が漂っている。
 しかも、それを為そうとしているのはアトロポスと同等以上の力を持つ二柱の女神たちだ。

(ごめんなさい、彼方。私では十分な力にはなれないかもしれない)
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