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第5章 勇者の試練

3 彼方と夜天

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「さっきから独り言ですか、彼方くん?」

 雫がキョトンとした顔で俺を見る。

「いや、なんでもないんだ。行こうか、雫」
「はい」

 微笑んだ雫は、俺と並んで歩き出した。

 逆側では夜天が歩いている。
 どうやら他の人間は、夜天に触れることもできないらしく、すれ違った人々は彼の体を通過していく。
 まるで幽霊のようだ。

「ところで、彼女は恋人なのか?」

 夜天がたずねた。

「えっ?」
「雫……と呼んでいたな」

 俺たちを興味深そうに見る夜天。

「いや、違うけど……」
「相手はデレデレのようだぞ」
「そんなことないだろ」
「なるほど、そっち方面は疎いわけか」

 夜天は口の端を吊り上げるようにして笑った。

「まあ、戦いに彩られた人生を歩んできたわけだしな。男女の機微に通じてないのは、致し方なし」
「……悪かったな」

 ただ、雫が俺にデレデレっていうのは、明らかに夜天の誤解だと思うが。



 学校に着き、授業が始まっても、夜天は俺の側にいた。

「なかなか興味深い知識を教えているな。しかもこれだけ多くの人がそれを甘受できる──平均的な教育の水準は、こちらの世界のほうがずっと上のようだ」

 夜天がうなる。

「……なあ、ここってあんたの力で作った世界なんだろ。その辺のことも全部知ってるんじゃないのか?」

 俺は夜天にたずねた。

「あくまでも私のスキルでお前の記憶を吸い出して再現しただけだ。最初から隅から隅まで知っていて作った世界じゃない」

 と、夜天。

「ほとんど初見も同然さ」
「そうなのか……」
「一つ一つの物事が非常に新鮮だ」

 夜天は満足げだ。
 ──そんな感じで放課後になった。

「いや、面白かった。できるなら、私自身が生徒として授業を受けたいくらいだぞ」
「そうか? いつでも代わるぞ」

 正直、俺には退屈な授業だし。
 というか、学校に来る楽しみって、基本的に部活とかで雫たちに会えることくらいだからな。

 そのオカ研に行くと、雫以外に凪沙さんと月子もいた。

「ほう。彼女はかなりの魔力だな。鍛えれば、向こうの世界でなら宮廷魔術師クラスだろうに……生まれてきた世界を間違えたな」

 夜天が凪沙さんを見て、うなった。

「こちらはなかなかの面構えだ。ちょっとした動きや身のこなしからも、高い戦闘能力が見て取れる。彼女はいい戦士になるだろう」

 と、これは月子を評しての言葉。

「お前の恋人に関しては、戦闘能力はほぼ皆無だが」
「だから、雫は恋人じゃないし」

 そもそも、こいつの評価基準って戦闘力オンリーなのか?

「彼方くん、また独り言ですか?」
「話したいなら、ボクがいくらでも話し相手になるよ、先輩」
「彼方の側に妙な魔力の気配を感じる……私のダウジングが教えてくれてる」

 キョトンとした雫に、朗らかな月子、そして何やら感じ取っているらしい凪沙さん。
 いつものオカ研って雰囲気だ。

 ──とても、ここが作られた世界なんて信じられないほどに。



「今日一日を一緒に過ごして、だいたい分かった。これがお前の日常か」

 普段通りに授業を受け、放課後はオカ研の仲間たちと楽しく過ごし、そして今、俺は自宅アパートに戻ってきたところだった。
 当然のように夜天もついてきて、俺の部屋の中にいた。

 夕食は帰り道のスーパーで買いものをして、適当な炒め物と味噌汁、作り置きの煮物に昨日炊いたご飯の余りである。

 いつも通りの生活だった。

 ここが夜天の作り出した『現実世界の再現』だと忘れてしまいそうになるくらい、いつも通りの生活だった。

「ふむ、なかなか美味いな」
「自炊は慣れてるからな」

 俺と夜天は一緒に夕食を取っている。
 普段は一人で食べているから、誰かと一緒というのは、まあ悪くない気分だ。

「──で、俺の魂を見極めるとか言っていたけど、どうだったんだ?」

 俺は夜天にたずねた。

「お前の主として認めてもらえるのか?」
「ふむ」

 夜天はジッと俺を見つめる。

 黒い瞳に浮かぶ、深い──吸いこまれそうなほど深い光。

 俺のすべてを見透かすような眼光だった。
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