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第2章 勇者の選択

27 魔法使いフィーラ

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「いくらお前に勇者の素質があるとはいえ、今はまだスキルすら使えない一般人にすぎないわ。あたしの魔法に抗するすべはない」
「……どうかな」

 こいつは、想像すらしていないだろう。

 俺がすでに『一周目』の人生でお前たちとともに魔王を討ったことも。
 異世界で迫害された末に、今こうして『二周目』の人生を送っていることも──。

「まさか『二周目』でもお前と戦うことになるとはな」

 俺は、ふうっ、と息を吐き出した。

「二周目……?」
「いや、こっちの話だ」

 訝しむフィーラに、俺は不敵に告げる。

「大した余裕ね。その顔をすぐに恐怖に変えてあげるわ」

 フィーラが残忍な笑みを浮かべた。

『一周目』では魔王退治を成し遂げた美しく凛々しい魔法使い、と称えられた彼女だが、その表情が本性を現していた。

 強大な力をふるうことへの喜び。
 他者をねじ伏せ、支配したいという獰猛どうもうな衝動。

「やってみろよ」

 俺は彼女をまっすぐに見据えた。

 フィーラは魔法の天才だ。
 旅の終盤ではEXジョブ『賢帝大魔導』を習得し、世界中のあらゆる魔法を──そう、太古の失われた魔法や、未来の魔法すらも使いこなした究極の魔法使いとなった。

 だが今の彼女は、そういった成長を遂げる前。
 RPGでいえば、ラスボス戦どころか、まだ序盤戦あたりのレベルである。
 現代に帰還してから【経験値効率・極大】で鍛えてきた俺の敵じゃないはずだ。

「スキル【短縮詠唱】発動」

 フィーラが右手を突き出す。

「さらに、スキル【連続詠唱】発動」

 詠唱系スキルの二連コンボ……!?

 おかしい。
 こんなことができるのは、少なくともレベル50オーバーくらいの魔法使いのはず。
 今のフィーラにそこまでの力があるはずがない。

「さあ、消えなさい──【ライトニングストーム】!」

 ほとばしる稲妻。

「まだ終わらないわよ! 【ブレイジングストーム】! 【アイシクルストーム】!」

 さらに、炎が、氷が、次々と俺に殺到する。

「スキル【近接格闘・レベル13】発動」

 俺は極限まで身のこなしを高め、迫りくる三種の魔法から逃れた。

 間一髪──。
 さっきまで俺が立っていた場所を、雷、炎、氷の嵐がえぐり、小さなクレーターを作り出す。

「今のを避けた……!?」

 眉を寄せるフィーラ。

「人間の運動能力限界を超えた動き──まさか、その力は」
「スキルを使えない、なんて言った覚えはないぞ」
「……だとしても、お前の力はおそらく近接系。遠距離から削り殺せばすむことよ!」

 フィーラはふたたび炎や氷の魔法を矢継ぎ早に撃ってくる。

「遠距離から削る、か」

 俺は口の端を笑みの形に釣り上げた。

「近距離でしか戦えない、とも言っていない」

 ──スキル【狙撃】発動。
 手近の石を拾い、投げつける。

 スキルによって放たれた石は、弾丸の勢いで飛んでいく。

「きゃあっ!?」

 フィーラは案外可愛らしい悲鳴とともに、吹っ飛ばされた。
 どうやら直前に【マジックバリア】で防いだらしいが、それでも多少のダメージを受けたのだろう。

 胸元を押さえ、苦痛に顔をゆがめている。

「【ヒーリング】」

 治癒魔法のスキルで痛めた箇所を治しつつ、俺を憎々しげににらむフィーラ。

「やはりスキルをいくつか所持しているのね。いったい、どうして──」
「答える必要はない」

 俺は次の石を放つ構えをとった。

「俺は勇者になるつもりはない。諦めて、元の世界に帰れ」
「ふざけないで! 魔王を倒すために、あたしは絶対に勇者を連れて帰らなきゃいけないのよ」

 フィーラは譲らない。

「魔王を倒すためなら、勇者なんていなくても成し遂げられるだろう」

 俺は首を振った。

「悪いが、知ってるんだ。勇者じゃなければ魔王を倒せない──そんなものは、勇者として選ばれた人間をだますための嘘だってな」
「お前が何を言っているのか分からないわね」

 フィーラの表情は変わらない。
 ベルクのように、あからさまに動揺しないのはさすがの胆力か。

「あたしは使命を果たすだけ。勇者にならないというなら殺す。勇者になるというなら、あらゆる便宜を図るし、あらゆるものを捧げるわ」

 フィーラが歩み寄った。

「たとえば、それがこのあたし自身であったとしても──」

 するり、と胸元の紐をほどき、豊かな胸を露出させる。
 あらわになった白い乳房に、一瞬視線を引き付けられた。

 こいつ、色仕掛けなんかもするタイプだったのか?
 戸惑う俺に、

「だけど、殺したほうが手っ取り早そうね──」

 フィーラはノーモーションで魔弾を放った。

「無駄だ」

 俺もまたノーモーションで投石し、それを撃墜する。

「……あら、読んでいたの?」
「目的のためには手段を選ばないんだろ? お前がやりそうなことだと思ってな」

 俺はフィーラをにらんだ。

 さっき胸を見せたのは、俺を誘惑できればそれでよし、できなくても一瞬でも隙を見せればよし、って感じの行動だろう。
 いかにもフィーラが考えそうなことだ。

 そして、そんなやり口はとっくに知っているんだ。
 何十年も前に──。

「もう一度言うぞ。諦めて、帰れ」
「……!」

 気圧されたのか、フィーラがさらに後ずさった。

「ベルクも同じだ。そして扉を閉じて、二度とこっちの世界には来るな」
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