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73.いつか来るその時には

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 そこでようやく振り向いたルカは、海ではなく自分を見つめている私の視線に気づいたのだろう。何か? と、声には出さずに問いかけてくる。

「ん、いや、こんなにはしゃぐルカって初めて見たなぁって思って」

 そういうと、彼は一瞬たまごでも丸のみにしたような顔をした後、怪訝そうな顔で自分を指してみせる。

「……はしゃいでいましたか?」
「うん、でもいつもより素のルカっぽくて私は良いと思う。海の生き物が好きなの?」

 急に恥ずかしくなったんだろうか、いつもの余裕の態度はどこへやら、視線を外へと向けたルカはボソボソと歯切れ悪く話し出した。

「海の、というわけではありませんが、知らないものを見る事は好きです」

 すぐ目の前を大きなウツボに似た虹色の生物が横切る。ふっと口元をほころばせた彼は目を細めてそれを見送った。

「自分の知らない未知の物が世界にはまだまだ広がっている、それを思うだけで心が躍るような気がします」

 ニッと笑った私は覗き込むように下からその横顔を見上げてみた。彼は虚を突かれたように少しだけのけぞる。

「ルカってさ、デスクワークも得意だけど実は旅人気質なんでしょ。ひとところに留まれない風みたいな性質(たち)」

 言われなくたってわかる。その目の輝きは本当に好きなものを語るときの目つきだ。しばらく何か言いたそうに口をモゴモゴさせていたルカだったけど、諦めたように軽い溜息をつくと苦笑を浮かべた。

「皆には言わないでくださいね」
「大当たり~」

 視線が合って二人して子供みたいに笑いあう。なんだかそれがおかしくて、嬉しくて、理由なんて無いのに私たちはしばらく笑い転げていた。きっと先を泳ぐピアジェはふしぎに思っているだろうけど、それでも笑いは止まらなかった。

 こんな風に笑うルカって新鮮だな。いつも完璧に整った微笑みしか見てこなかったから、こんな大口開けて笑ってるところを見ると少年みたいでかわ――

(……かわいい?)

 ぴたりと動きを止めて急に暴れ出した心臓を抑える。こっ、これがギャップ萌えというやつか!? 恐るべしイケメン補正。

 そんなこちらの様子にはお構いなしに、ようやく笑いの発作が収まってきたらしいルカが涙を拭いながら話し始める。

「そうですね、いずれ国が安定したらまたあちらこちらを見て回りたいとは思っています。ですがそれまでは主様の傍に仕えさせて頂きますよ、それが先代魔王様との約束でもありますし」
「あっちこっちを旅か。いいなぁ、その時は私も連れてってよ。あ、でも元の世界に戻ってまたこっちに戻って来れたりとかするのかな」

 ちょうどいい機会だ。私は兼ねてからハッキリさせておこうと思っていた事を真正面からまっすぐに見上げて伝える。

「そうだ、この際だから言うけど、ひと段落したらちゃんと元の世界に帰してよね! 五日くらいなら有休でなんとかするけど、それ以上はホントにムリ!」

 きっぱりと言い切ると、ルカは顎に指をあて考え込むお決まりのポーズをしてぼそりとつぶやく。

「おかしいですね、計画では我らに愛着が湧いた主様が、もう元の世界なんてどうでも良いと言い出す頃合いだと思っていたのですが」
「それ本気で言ってたら殴るからね」

 半目でにらみつけていた私は、ふぅっと肩の力を抜いて本音を口にした。

「この世界に愛着が湧いてきたってのも間違いじゃないけどさ、私にだってこれまで過ごしてきた人生があるんだから。それをないがしろにするような真似はできないの」

 その言葉にルカは何かを言いたそうに口を開きかけて、でも結局何も言わずに再び口をつぐんでしまった。その目が少しだけ遠いものになったことに心の中で首を傾げる。

「? とにかく、夏休みとか長期休暇になったらこっちの様子も見に来るからさ、約束」

 右手の小指を立てて青い瞳の目の前に掲げてみせる。ふしぎそうな顔をしてそれを見ていた吸血鬼にニヤと笑って日本古来のおまじないを教えてあげる。

「私の国につたわる『契約の呪い』 ここで結んだ約束をやぶったら針千本のまされるんだからね」

 子供っぽい真似だけど、魔術とかある世界なんだから言うだけでも案外効果はあるかもしれない。ルカはバブルの横を通りすがったハリセンボンを横目で追――違う、それじゃない。

「忠誠を誓うようなものですか?」
「そんなおおげさな物じゃないって」

 手を取り甲にキスをしようとするのを引っこ抜いて、小指同士をひっかけて上下にブンブン振る。お決まりの節をつけて文言を唱えた後、ゆーび切った! と、呪う。ではなく、約束をする。

「まぁこんなの口約束だけどさ、いつか全部が片付いたらルカが見る世界を少しでも見せて欲しいな。これは命令じゃなくてお願い」

 笑ってそういうと、先ほどから表情が薄かったルカもつられたように少しだけ笑う。小さく「わかりました」と答えた彼を見ていた私は、無意識の内に口を開いていた。


「その頃までには、少しでも本心を見せてくれる?」


 穏やかに微笑んでいた彼の表情が凍り付く。一方の私は、ハッと我に返り自分が口にした言葉を信じられない思いで振り返っていた。なっ、なんで今そんなこと言った? これじゃまるでルカが私に対して隠し事してるみたいじゃ……

「ごっ、ごめん! 別に今のは深い意味じゃなくて――」
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