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68.マイスター制度
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翌朝、私は謁見広間の椅子に腰かけながら眼下を眺めた。眼の前には全部で十人ほどの色んな種族がわらわらと思い思いに動いたり話したりしている。
「にぎやかですねぇ~、これからダンスパーティーでも始まるんですか?」
左に置かれたタライ桶の中では、すっかり回復したピアジェが瞳を輝かせながら同じ光景を見ている。やっぱり人魚という存在はめずらしいのか先ほどから驚いたような視線で見られている。
「違うよ、彼らはこの国の発展に貢献してくれるかもしれない人たち。今からその査定をするの」
「まいすたぁ制度っつったか? 結局それって何なんだ?」
右側に控えていたラスプがどうにも分かってないような顔つきで腕を組んでいる。あなたにはこのあいだ説明したでしょうが……。
「この国はまだまだ発展途上で特産もなければ施設も未熟。だから知識や技術を持った人たちを他の国から誘致して、ここで存分に研究してもらおうって仕組みなの」
国の発展に貢献してくれそうな職人を認定して、国が援助資金を行うのが『マイスター制度』だ。
まぁ援助資金って言っても、最初は食料とかの現物支給になる。希望すれば城で空いてる部屋を使ってもいいし、要は衣食住を保証するので研究に専念してねっていうのが『ウリ』だ。
「星が増えるごとに援助額も増やしていくわ。研究開発してもらった物を輸出してお金にして、そのお金を技術者たちに還元してさらに研究してもらう、ってサイクルを狙いたいの」
審査期間は三か月に一度行う予定だ。その成果で昇格や資格の剥奪を判定する。一度に付けられるのは一つ星だけなので早く始めれば始めるほど有利――ってことを全面に押し出してリカルドに宣伝記事を書いて貰ったけど、うーん思ったより希望者が少ないかも。
書類の束を持って広間に入ってきたライムが、それを机の上にドサッと置いてから得意げにVサインをしてみせる。
「ちなみにボクも一つ星。『機械工学(エンジニア)マイスター』の称号もってるんだよ」
「んなっ、いつのまに!?」
先を越されたのが悔しかったのか、ラスプは私の方にぐわっと振り返って急き込むように尋ねた。
「おい、オレも取得する!」
「え、いいけど。ラスプはなんの研究するの?」
グッと詰まった彼は黙り込む。自警団の隊長を務めてるんだからマイスター制度にまで手が回らないと思うんだけど。
「あっ、『料理研究(キッチン)マイスター』だったら特例ですぐにでも三ツ星つけてあげるよ!」
「……いや、それはいい」
それをニコニコしながら聞いていたピアジェも、羨ましそうなまなざしでライムの胸元に燦然と輝く金ぴかのバッヂを見つめる。
「素敵な制度ですねぇ~、わたしも参加してみたいですけど、歌うことぐらいしかできないですから残念です~」
そうか、歌とか音楽の芸術系だって立派な特技だよね。国の即戦力としては難しいかもしれないけど、ゆくゆくはそっちの方面にもスポットを当てていきたいな……。
そんな事をしている間にも開始時刻になる。最初に出て来た武器職人さんにいくつか作品を見せて貰い、次にお酒の醸造したいと申し出て来た若者の試作品をルカにチェックしてもらう。
「悪くないですね、果実酒を中心に?」
「はい! こちらの地域には人間領では育たない野生の果実があると聞きまして!」
「わ、私も味見……」
「子供はダメです主様」
「これでも成人してるから!」
次に進み出て来たのは、おぉ、さっきから気になってた下半身がクモになってる女の人だ。南国風の衣装に褐色の肌、後ろでまとめた紫の髪がなんともエキゾチック。妖艶に微笑んだ彼女は、くるりと丸められた筒状のものを背嚢から取り出した。
「お初にお目にかかります、アラクネー族のマイラと申します。魔王様にお持ちしましたのはわたくしが丹精込めて織り上げた敷き物ですわ」
バサァと広げると、色鮮やかな糸で織り上げられた見事なカーペットが現れた。すごーい、糸の一本いっぽんがキラキラと輝いて寝そべるのをためらうレベルの芸術品だ。
「さぁどうです、ぜひお手にとって確かめて下さいませ、これほどの美しさを出すには一族の中でもわたくしのように熟練した織り手でなければ難しいんですのよ、ホホホホ」
色んな角度から見たり撫でたりしながらみんなで褒めたたえる。うん、これなら目玉の特産品になるんじゃない?
「それじゃあ、あなたも我が国のマイスターとして――」
申請書類に認定のハンコを押しかけたその時だった、どこからかちょっとクセのある呑気な声が聞こえてきて広間に響く。
「あ、カーペットダ。僕もそれ仕入れタことあるヨ~」
へ? と、間抜けな声で顔を上げると、外の檻に入っているはずのヒョロ長い男がそこに居た。しゃがんでカーペットの表面を無遠慮に撫でている。
「ペロ! なんでここに!?」
「飽きタから、地面通って出てきちゃっタ」
「ひぃ! 手首ちゃん! 手首ちゃん!?」
しまったー! あの鉄の檻だと下から抜けられたか! 思わぬ欠陥に頭を抱える私をよそに、ペロは再び織り物へと視線を向ける。
「これミグミグ工場で作られてるヤツだよネ。見た目は良いけドけっこうモロくて一年もしない内にボロボロになっちゃうからクレームがすごくてサ~」
「なっ、何よアンタ! 適当なこと言わないでくれる!?」
「ほぁ?」
当然のようにアラクネーは怒り出す。だけど私はペロがさらりと言ったことを聞き逃すことができなかった。
「工場……って、これあなたが手織りしたんじゃないの?」
+++
手首です。マイスター制度、おもしろいですわね。わたくしも何かで星を取得できるかしら…お掃除道具の開発とかどうでしょう。
一つ星になると頂けるバッヂですがライム様が即席で試作したみたいです。このところメキメキと力をつけらっしゃるようで、ちょっとしたものならすぐに作って下さいますの。ピアジェさんも相談して何かを作って頂いたようですけど、あれは何なのかしら? 背中に背負うドラム缶のような物でしたけど…
「にぎやかですねぇ~、これからダンスパーティーでも始まるんですか?」
左に置かれたタライ桶の中では、すっかり回復したピアジェが瞳を輝かせながら同じ光景を見ている。やっぱり人魚という存在はめずらしいのか先ほどから驚いたような視線で見られている。
「違うよ、彼らはこの国の発展に貢献してくれるかもしれない人たち。今からその査定をするの」
「まいすたぁ制度っつったか? 結局それって何なんだ?」
右側に控えていたラスプがどうにも分かってないような顔つきで腕を組んでいる。あなたにはこのあいだ説明したでしょうが……。
「この国はまだまだ発展途上で特産もなければ施設も未熟。だから知識や技術を持った人たちを他の国から誘致して、ここで存分に研究してもらおうって仕組みなの」
国の発展に貢献してくれそうな職人を認定して、国が援助資金を行うのが『マイスター制度』だ。
まぁ援助資金って言っても、最初は食料とかの現物支給になる。希望すれば城で空いてる部屋を使ってもいいし、要は衣食住を保証するので研究に専念してねっていうのが『ウリ』だ。
「星が増えるごとに援助額も増やしていくわ。研究開発してもらった物を輸出してお金にして、そのお金を技術者たちに還元してさらに研究してもらう、ってサイクルを狙いたいの」
審査期間は三か月に一度行う予定だ。その成果で昇格や資格の剥奪を判定する。一度に付けられるのは一つ星だけなので早く始めれば始めるほど有利――ってことを全面に押し出してリカルドに宣伝記事を書いて貰ったけど、うーん思ったより希望者が少ないかも。
書類の束を持って広間に入ってきたライムが、それを机の上にドサッと置いてから得意げにVサインをしてみせる。
「ちなみにボクも一つ星。『機械工学(エンジニア)マイスター』の称号もってるんだよ」
「んなっ、いつのまに!?」
先を越されたのが悔しかったのか、ラスプは私の方にぐわっと振り返って急き込むように尋ねた。
「おい、オレも取得する!」
「え、いいけど。ラスプはなんの研究するの?」
グッと詰まった彼は黙り込む。自警団の隊長を務めてるんだからマイスター制度にまで手が回らないと思うんだけど。
「あっ、『料理研究(キッチン)マイスター』だったら特例ですぐにでも三ツ星つけてあげるよ!」
「……いや、それはいい」
それをニコニコしながら聞いていたピアジェも、羨ましそうなまなざしでライムの胸元に燦然と輝く金ぴかのバッヂを見つめる。
「素敵な制度ですねぇ~、わたしも参加してみたいですけど、歌うことぐらいしかできないですから残念です~」
そうか、歌とか音楽の芸術系だって立派な特技だよね。国の即戦力としては難しいかもしれないけど、ゆくゆくはそっちの方面にもスポットを当てていきたいな……。
そんな事をしている間にも開始時刻になる。最初に出て来た武器職人さんにいくつか作品を見せて貰い、次にお酒の醸造したいと申し出て来た若者の試作品をルカにチェックしてもらう。
「悪くないですね、果実酒を中心に?」
「はい! こちらの地域には人間領では育たない野生の果実があると聞きまして!」
「わ、私も味見……」
「子供はダメです主様」
「これでも成人してるから!」
次に進み出て来たのは、おぉ、さっきから気になってた下半身がクモになってる女の人だ。南国風の衣装に褐色の肌、後ろでまとめた紫の髪がなんともエキゾチック。妖艶に微笑んだ彼女は、くるりと丸められた筒状のものを背嚢から取り出した。
「お初にお目にかかります、アラクネー族のマイラと申します。魔王様にお持ちしましたのはわたくしが丹精込めて織り上げた敷き物ですわ」
バサァと広げると、色鮮やかな糸で織り上げられた見事なカーペットが現れた。すごーい、糸の一本いっぽんがキラキラと輝いて寝そべるのをためらうレベルの芸術品だ。
「さぁどうです、ぜひお手にとって確かめて下さいませ、これほどの美しさを出すには一族の中でもわたくしのように熟練した織り手でなければ難しいんですのよ、ホホホホ」
色んな角度から見たり撫でたりしながらみんなで褒めたたえる。うん、これなら目玉の特産品になるんじゃない?
「それじゃあ、あなたも我が国のマイスターとして――」
申請書類に認定のハンコを押しかけたその時だった、どこからかちょっとクセのある呑気な声が聞こえてきて広間に響く。
「あ、カーペットダ。僕もそれ仕入れタことあるヨ~」
へ? と、間抜けな声で顔を上げると、外の檻に入っているはずのヒョロ長い男がそこに居た。しゃがんでカーペットの表面を無遠慮に撫でている。
「ペロ! なんでここに!?」
「飽きタから、地面通って出てきちゃっタ」
「ひぃ! 手首ちゃん! 手首ちゃん!?」
しまったー! あの鉄の檻だと下から抜けられたか! 思わぬ欠陥に頭を抱える私をよそに、ペロは再び織り物へと視線を向ける。
「これミグミグ工場で作られてるヤツだよネ。見た目は良いけドけっこうモロくて一年もしない内にボロボロになっちゃうからクレームがすごくてサ~」
「なっ、何よアンタ! 適当なこと言わないでくれる!?」
「ほぁ?」
当然のようにアラクネーは怒り出す。だけど私はペロがさらりと言ったことを聞き逃すことができなかった。
「工場……って、これあなたが手織りしたんじゃないの?」
+++
手首です。マイスター制度、おもしろいですわね。わたくしも何かで星を取得できるかしら…お掃除道具の開発とかどうでしょう。
一つ星になると頂けるバッヂですがライム様が即席で試作したみたいです。このところメキメキと力をつけらっしゃるようで、ちょっとしたものならすぐに作って下さいますの。ピアジェさんも相談して何かを作って頂いたようですけど、あれは何なのかしら? 背中に背負うドラム缶のような物でしたけど…
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